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14 叛乱-9-
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リエが二度ウインクしてみせた。
そして自由に動かせる左手をコルドーに気付かれない位置に持っていき、親指と人差し指でL字を作った。
「…………?」
何かのサインのつもりなのだろうが、それが何を示すのか彼には分からなかった。
「あなたは人質なんですよ? 分かってますか、バカ女?」
「分かってるわ。最後になるかもしれないから、言いたいことを言っただけよ」
「それは良い心掛けですね。ですが最後になるかどうかを決めるのは彼ですよ。助かりたければ彼を説得することです」
「――いいえ」
彼女は左手をゆっくりと持ち上げ、
「決めるのは――私よ!」
力いっぱい振り下ろした。
「あぐあああぁぁぁ!!」
言葉にならない悲鳴を上げて、コルドーが後退る。
拘束の手が緩んだ一瞬の隙を突いて、リエは燃料タンクとは反対の方向に走った。
コルドーはふらつきながら太腿に突き刺さったペンを引き抜いた。
じわりと傷口から鮮血が広がり、白衣の裾をみるみる赤く染め上げていく。
リエを取り返そうとメスを振り上げ走ろうとした彼は、激痛に耐えられず転倒した。
苦悶に歪む顔を上げた時、リエは既にカイロウの傍にいた。
視界に映るのは銃口を自分に向けているドクターの姿だった。
「ひやひやさせないでくれ。心臓に悪い」
うずくまるコルドーから目を離さないようにして小声で言う。
「私も、ドキドキしていますよ。でもネメアのおかげで助かりました」
彼はメスを握りしめたまま、憎々しげに2人を睨みつけている。
「こ、こんなこと、クジラ様がお許しになるハズがない! きっと罰を受けるぞ!」
痛みを誤魔化すように、失敗した自分を隠すように彼は吼えた。
血はわずかだが今も止まらず流れている。
無様に地に伏せている様からは滑稽な負け惜しみにしか見えないが、手にはまだ武器が握られている。
銃口を向けたままカイロウはゆっくりと下がった。
「無理に動こうとするな。血の止まりが遅くなるだけだぞ」
「僕はお前たちのことを言っているんだ! 信者である僕を傷つけたんだ! クジラ様を傷つけたのと同じだぞ! 分かっているのか!?」
「大声を出すのもやめたほうがいい。怪我を治す一番の方法は安静にすることだ」
カイロウに言われ、彼に代わってリエが残りのタードナイトを運ぶことになった。
その作業を見守っている余裕はない。
ほんのわずかではあるが、コルドーが這うように近づいてきているからだ。
銃口が左右に揺れる。
手にしているメスを撃てば戦意を削ぐことができるかもしれない。
だが身を守るために携行していただけで、これまで一度も発砲したことはない。
狙いが逸れれば本当に彼を殺害してしまうかもしれない。
その恐怖に耐えられるだけの気概はカイロウには、ない。
「なあ、頼む。大人しくしてくれ。上にいけば止血剤でも何でもあるだろう?」
互いの距離は少しずつ詰められていく。
だが飛び掛かって来るにしてはまだ間合いが広い。
「これは僕に与えられた試練なんだ……クジラ様への忠誠を示す、チャンスなんだ…………」
ぶつぶつと呟く彼を見て、カイロウは分かった。
この男はクジラ教の虜に成り果ててしまったのだ。
どういう経緯で入信したのかは分からない。
だが無根拠な教義に身を捧げ、自己を失った憐れな信徒に落魄れたことだけは明らかだった。
「ドクター、全て積み終わりました」
リエが囁くように言い、カイロウがそちらに気を取られた一瞬のことだった。
太腿を押さえながら跳ねるように飛び掛かったコルドーが、真っ直ぐにメスを突き出した。
「………………!?」
鈍く照り返す刃先はカイロウの喉を突き破るハズだった。
だがそれより先に飛び出した弾丸がコルドーの右足を貫いていた。
体勢を崩して転がり落ちる信者は、メスを握りしめたまま苦痛に喘いだ。
痛みはすぐに熱さに変わり、その熱を見せつけるように赤い液体が辺りに流れ出す。
その様子を、それをもたらした本人は他人事のように眺めていた。
銃は既に彼の手にはなかった。
力の抜けた手からするりとそれを引き抜いたのは、リエだった。
「撃ってしまった…………」
覚悟はしていたハズだった。
いざという時には強硬な手段もとる。
銃を持つ、ということはその覚悟の表れでもあった。
そして自由に動かせる左手をコルドーに気付かれない位置に持っていき、親指と人差し指でL字を作った。
「…………?」
何かのサインのつもりなのだろうが、それが何を示すのか彼には分からなかった。
「あなたは人質なんですよ? 分かってますか、バカ女?」
「分かってるわ。最後になるかもしれないから、言いたいことを言っただけよ」
「それは良い心掛けですね。ですが最後になるかどうかを決めるのは彼ですよ。助かりたければ彼を説得することです」
「――いいえ」
彼女は左手をゆっくりと持ち上げ、
「決めるのは――私よ!」
力いっぱい振り下ろした。
「あぐあああぁぁぁ!!」
言葉にならない悲鳴を上げて、コルドーが後退る。
拘束の手が緩んだ一瞬の隙を突いて、リエは燃料タンクとは反対の方向に走った。
コルドーはふらつきながら太腿に突き刺さったペンを引き抜いた。
じわりと傷口から鮮血が広がり、白衣の裾をみるみる赤く染め上げていく。
リエを取り返そうとメスを振り上げ走ろうとした彼は、激痛に耐えられず転倒した。
苦悶に歪む顔を上げた時、リエは既にカイロウの傍にいた。
視界に映るのは銃口を自分に向けているドクターの姿だった。
「ひやひやさせないでくれ。心臓に悪い」
うずくまるコルドーから目を離さないようにして小声で言う。
「私も、ドキドキしていますよ。でもネメアのおかげで助かりました」
彼はメスを握りしめたまま、憎々しげに2人を睨みつけている。
「こ、こんなこと、クジラ様がお許しになるハズがない! きっと罰を受けるぞ!」
痛みを誤魔化すように、失敗した自分を隠すように彼は吼えた。
血はわずかだが今も止まらず流れている。
無様に地に伏せている様からは滑稽な負け惜しみにしか見えないが、手にはまだ武器が握られている。
銃口を向けたままカイロウはゆっくりと下がった。
「無理に動こうとするな。血の止まりが遅くなるだけだぞ」
「僕はお前たちのことを言っているんだ! 信者である僕を傷つけたんだ! クジラ様を傷つけたのと同じだぞ! 分かっているのか!?」
「大声を出すのもやめたほうがいい。怪我を治す一番の方法は安静にすることだ」
カイロウに言われ、彼に代わってリエが残りのタードナイトを運ぶことになった。
その作業を見守っている余裕はない。
ほんのわずかではあるが、コルドーが這うように近づいてきているからだ。
銃口が左右に揺れる。
手にしているメスを撃てば戦意を削ぐことができるかもしれない。
だが身を守るために携行していただけで、これまで一度も発砲したことはない。
狙いが逸れれば本当に彼を殺害してしまうかもしれない。
その恐怖に耐えられるだけの気概はカイロウには、ない。
「なあ、頼む。大人しくしてくれ。上にいけば止血剤でも何でもあるだろう?」
互いの距離は少しずつ詰められていく。
だが飛び掛かって来るにしてはまだ間合いが広い。
「これは僕に与えられた試練なんだ……クジラ様への忠誠を示す、チャンスなんだ…………」
ぶつぶつと呟く彼を見て、カイロウは分かった。
この男はクジラ教の虜に成り果ててしまったのだ。
どういう経緯で入信したのかは分からない。
だが無根拠な教義に身を捧げ、自己を失った憐れな信徒に落魄れたことだけは明らかだった。
「ドクター、全て積み終わりました」
リエが囁くように言い、カイロウがそちらに気を取られた一瞬のことだった。
太腿を押さえながら跳ねるように飛び掛かったコルドーが、真っ直ぐにメスを突き出した。
「………………!?」
鈍く照り返す刃先はカイロウの喉を突き破るハズだった。
だがそれより先に飛び出した弾丸がコルドーの右足を貫いていた。
体勢を崩して転がり落ちる信者は、メスを握りしめたまま苦痛に喘いだ。
痛みはすぐに熱さに変わり、その熱を見せつけるように赤い液体が辺りに流れ出す。
その様子を、それをもたらした本人は他人事のように眺めていた。
銃は既に彼の手にはなかった。
力の抜けた手からするりとそれを引き抜いたのは、リエだった。
「撃ってしまった…………」
覚悟はしていたハズだった。
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