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13 復讐鬼-7-

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 休憩室を出て、再び地下の作業場へ。

 隠し通すべきだったものを自ら披露することに抵抗はなかった。

 理解者がいてくれる。

 それだけで万倍の味方を得た気持ちになれた。

「これを作っていたんですか……?」

 巨大な金属の塊を見上げて、リエは大息した。

 闇夜のように黒く塗装されたそれは、作業場いっぱいに翼を広げている。

 堂々とした佇まいに、彼女は神話に出てきたカラスが現実の世界に現れたのかと思った。

「飛行機……ですよね?」

 カイロウは頷いた。

 一目でそう分かるなら形状には問題はないようである。

 農業機を参考に設計されたこの飛行機は、カイロウの手によって世界で唯一の機体に仕上がった。

 機首から機尾まで黒一色に染め上げたのは夜に紛れるためだ。

 方舟に忍び込めるならそれが一番良かったが、厳重な警備体制の中でそれが不可能だと分かると、あとは自力でクジラに乗り込むしかない。

 ダージとネメアの働きにより、方舟が夜間にも飛来することが明らかになると、彼の中でプランは定まった。

(これをたったひとりで……?)

 リエは迫力に呑まれそうになった。

 全長は20メートル、翼幅は30メートル以上はある。

 むらなく塗装された黒は、間近に見るとこちらに迫ってくるような威圧感があった。

 彼女はこれにカイロウの執念を見た。

 途方もない時間と労力と資金が要っただろう。

 言葉どおり、彼はきっと全てを投げ打ったのだと。

 そうまでして娘を取り返したいのだと。

 日頃の温厚篤実な”ドクター”からは想像もつかないほどの気迫だった。

「飛ぶかどうかが不安でね」

 テストができないことを彼は残念そうに言った。

「飛びますよ、絶対に」

 リエは力強く言った。

 そうでなければ意味がない。

 秘密を打ち明けたことも、彼がこれまで努力してきたことも、何もかもが意味を成さなくなってしまう。

「恐くないのかい?」

「何がです?」

「これで飛ぶんだ。旅客機だって墜落することがあるのに、素人が作った飛行機が無事に飛ぶと思うかい?」

 せめてどこかで試運転できれば、と彼はずっと考えていた。

 ほとんどの人間にとって空は見上げるものであって、飛ぶものではない。

 失敗すれば大怪我どころではすまないだろう。

「墜ちるかもしれないものを作っていたんですか?」

 リエは不思議そうな顔で問い返した。

「いや、それは――そうだね」

「他に方法がないなら私はこれに乗ります。乗せてくれますよね?」

 彼女は賢しいだけでなく度胸もあるようだ。

 既に失うものがない者の強みと言えるかもしれない。

 2人ともその程度の覚悟はとうにできている。

「ああ、もちろんだ。きみのことは信頼しているからね」

 その言葉が偽りでない証として、彼は計画の仔細を話すことにした。

「3日後の夜、クジラ教があちこちで大規模な集会をやるらしい。その騒ぎに乗じてこれを飛ばす予定なんだ」

「クジラは近くにいるんですか?」

「ああ、それも計算してある。いろいろな好条件が3日後に重なってるんだ。決行はその日をおいて他にない」

 直前になってリエとこうした間柄になったのも、何かの運命かもしれないと彼は思った。

「私にできることはありますか?」

「当日にいくつか手伝ってほしいことがある。まず燃料をここに運び込まなければならない。それからそこにある石を積み込む。ああ、他にもあるぞ。それから――」

 リエがくすりと笑った。

「まさかそれらもひとりでするつもりだったんですか?」

 指を折って工程を数えていたカイロウの顔が少し赤くなる。

「ちょっとばかり無理があるみたいだな……」

「私はドクターの助手ですから」

 いくらでも頼ってほしい、と彼女は言った。

「ああ、きみの手際の良さはよく知ってる」

 言ってから彼ははたと思い当たった。

「人手はあったほうがいいのかもしれないな」

「どういうことですか?」

「ここにいるのは私たちのように事情がある者ばかりだ。信頼できる者を募って協力してもらえ――」

「私は反対です」

 リエの顔から笑みが消えた。

「他に行き場所がないからここに流れ着いた人もいますし皆が皆、クジラに対して悪感情を持っているとは限りません」

 そういう人間はアテにならないどころか、かえって災いの種になるかもしれないと彼女は言う。

 推測ながらその口調がずいぶんと強かったから、カイロウは気圧されたように頷くしかなかった。

「人手が必要なら私がその人数分動きます」

「………………」

 少し考え、彼はリエの意見に従うことにした。

 彼女と痛みを共有したおかげで、張り詰めていた気が緩んでしまったのかもしれない。

 たしかに彼女の言うとおり、自分たちは共通の目的のために集まったのではない。

 表の世界で生きられないだけで、その背景はさまざまだ。

 言わば寄り合い所帯も同然で、出自や思想を隠している者もいる。

 そんな中から理想の協力者を探すのは難しく、ことによってはトラブルの種になる。

 カイロウはいま一度、気を引き締めようと思った。

 助手はひとりでいい。

 その腕をよく知っていて、互いに多くの時を過ごしてきた、気の置けない間柄であれば。

 それから2人は遅くまで打ち合わせた。

 カイロウが当日の計画を説明すると、それに対しリエがいくつかの不備を指摘した。

 ここでも彼は自分の視野が狭くなっていたことに気付かされる。

 娘に逢いたいという想いが先走り、細部にまで注意を払っていなかったのだ。

 それを異なる視点から検証し、適切に代替案を出せるリエはもはやなくてはならない存在だった。

 細かな修整を重ねながら、ようやく計画が完成した頃には夜が明けていた。
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