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12 胎動-1-
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クジラ教の勢いは日増しに激しくなっていた。
十数人ほどで行っていた野外での布教活動は、幹部も交えて数倍の規模にまで膨れ上がっている。
常ならば広報担当数名と一般信者が街頭に立つのだが、この日は大教祖と呼ばれる人物の姿もあった。
「時は迫っておる。もはや立ち止まっている時ではない」
齢は80を超えた老女が細枝のような手を伸ばして通行人に訴えかけている。
この人物こそが神のお告げを聞くことができると言われる、大教祖であった。
集った信者たちは彼女が一言発する度、呼応するように喚声をあげる。
「今より13日目の夜、我らは偉大なるクジラ様より慈悲深きお恵みを賜るだろう。そして新たな世界が到来するであろう!」
大教祖というだけあって、金銀や珠玉をちりばめた派手な衣装で身を包んでいる。
それが大袈裟な動きで予言を伝えるものだから、装飾が揺れてぶつかり、澄んだ音を辺りに響かせている。
「偉大なるクジラ様は我らの罪を赦し給う。来たるその時に備えよ。身を清め、心を潔くし、クジラ様をお迎えするのだ」
施設に向かう途中、カイロウはそれを遠くから見つめていた。
(バカバカしい。結局は入信しろという勧誘じゃないか)
普段なら横目に通り過ぎるところだったが、教祖がいると誰かが言っているのを聞いて思わず立ち止まってしまったのだった。
人心を惑わす教団のトップがどんな顔をしているのか見てみたい、という好奇心も手伝っていた。
実際にはただの老女だ。
あれにカリスマがあるように見えるのは、ごちゃごちゃした衣装と、高齢というだけで無条件に抱く貫禄のようなものが合わさった結果だろう。
予言といっても本人がお告げを聞いたというだけで、他人にそれを確かめる術はない。
つまりはどこにでもいる宗教家と同じで、もっともらしいことを言って神秘性を演出しているだけだ。
頭ではそう理解しているつもりの彼だったが、なぜかその場を立ち去ることができないでいた。
「おお、高みより降り落ちる恵みの光だ! 我らを照らす、希望の光だ!」
全身を震わせ、教祖が両手を高々と掲げる。
広げた手に見えない何かを受け止めるような仕草に信者たちは熱狂していた。
「クジラ様に興味をお持ちですか?」
声をかけられ、カイロウが振り向くとそこには信者がいた。
フードを目深に被っているので顔はよく分からない。
「あ、いや、私は……」
慌てて踵を返そうとしたが、その手には既に何かが握られていた。
「水の月の17日。偉大なるクジラ様が私たちを照らしてくださいます」
信者の声は透き通っている。
喉ではなく、すぐ耳元から発せられたような声質が耳朶を打つ。
カイロウはいつの間にか持っていたそれに目を向けた。
広報紙だ。
13日後の夜、各地でクジラを迎えるためのセレモニーを開催する、とある。
「我がクジラ教の扉は広く開いております。信者でない方にもご参列いただけますよ」
どうせそこで勧誘を行うのだろう、と言いたいところを抑える。
「これは何をするのですか?」
「クジラ様をお迎えするために祈りを捧げるのです。私たちの祈りが通じた時、クジラ様は光をお与えくださいます」
ふざけた話だ、とカイロウは思った。
何ひとつ具体的なことを言わない。
そのくせ口調には迷いも躊躇いもないのだからタチが悪い。
誰がこんな抽象的な言い分を信じるのか、と彼は辺りを見回してみた。
足を止める通行人は少なくなかった。
だがよくよく見ると執拗な声かけについ立ち止まってしまい、話を聞かされている者が大半のようだった。
彼は安堵した。
誰も彼もがクジラを盲信しているワケではない。
冷静に現実を見ている人間はまだまだたくさんいる。
つまらない教団のくだらない教えに毒されず、目に見える確かなものだけを信じている。
こういう人間が団結して声を上げれば、クジラの威光を利用して傲慢に振る舞う役人を大人しくさせられるのではないか。
と彼は思うのだが、あいにく権力に立ち向かうことが目的ではない。
十数人ほどで行っていた野外での布教活動は、幹部も交えて数倍の規模にまで膨れ上がっている。
常ならば広報担当数名と一般信者が街頭に立つのだが、この日は大教祖と呼ばれる人物の姿もあった。
「時は迫っておる。もはや立ち止まっている時ではない」
齢は80を超えた老女が細枝のような手を伸ばして通行人に訴えかけている。
この人物こそが神のお告げを聞くことができると言われる、大教祖であった。
集った信者たちは彼女が一言発する度、呼応するように喚声をあげる。
「今より13日目の夜、我らは偉大なるクジラ様より慈悲深きお恵みを賜るだろう。そして新たな世界が到来するであろう!」
大教祖というだけあって、金銀や珠玉をちりばめた派手な衣装で身を包んでいる。
それが大袈裟な動きで予言を伝えるものだから、装飾が揺れてぶつかり、澄んだ音を辺りに響かせている。
「偉大なるクジラ様は我らの罪を赦し給う。来たるその時に備えよ。身を清め、心を潔くし、クジラ様をお迎えするのだ」
施設に向かう途中、カイロウはそれを遠くから見つめていた。
(バカバカしい。結局は入信しろという勧誘じゃないか)
普段なら横目に通り過ぎるところだったが、教祖がいると誰かが言っているのを聞いて思わず立ち止まってしまったのだった。
人心を惑わす教団のトップがどんな顔をしているのか見てみたい、という好奇心も手伝っていた。
実際にはただの老女だ。
あれにカリスマがあるように見えるのは、ごちゃごちゃした衣装と、高齢というだけで無条件に抱く貫禄のようなものが合わさった結果だろう。
予言といっても本人がお告げを聞いたというだけで、他人にそれを確かめる術はない。
つまりはどこにでもいる宗教家と同じで、もっともらしいことを言って神秘性を演出しているだけだ。
頭ではそう理解しているつもりの彼だったが、なぜかその場を立ち去ることができないでいた。
「おお、高みより降り落ちる恵みの光だ! 我らを照らす、希望の光だ!」
全身を震わせ、教祖が両手を高々と掲げる。
広げた手に見えない何かを受け止めるような仕草に信者たちは熱狂していた。
「クジラ様に興味をお持ちですか?」
声をかけられ、カイロウが振り向くとそこには信者がいた。
フードを目深に被っているので顔はよく分からない。
「あ、いや、私は……」
慌てて踵を返そうとしたが、その手には既に何かが握られていた。
「水の月の17日。偉大なるクジラ様が私たちを照らしてくださいます」
信者の声は透き通っている。
喉ではなく、すぐ耳元から発せられたような声質が耳朶を打つ。
カイロウはいつの間にか持っていたそれに目を向けた。
広報紙だ。
13日後の夜、各地でクジラを迎えるためのセレモニーを開催する、とある。
「我がクジラ教の扉は広く開いております。信者でない方にもご参列いただけますよ」
どうせそこで勧誘を行うのだろう、と言いたいところを抑える。
「これは何をするのですか?」
「クジラ様をお迎えするために祈りを捧げるのです。私たちの祈りが通じた時、クジラ様は光をお与えくださいます」
ふざけた話だ、とカイロウは思った。
何ひとつ具体的なことを言わない。
そのくせ口調には迷いも躊躇いもないのだからタチが悪い。
誰がこんな抽象的な言い分を信じるのか、と彼は辺りを見回してみた。
足を止める通行人は少なくなかった。
だがよくよく見ると執拗な声かけについ立ち止まってしまい、話を聞かされている者が大半のようだった。
彼は安堵した。
誰も彼もがクジラを盲信しているワケではない。
冷静に現実を見ている人間はまだまだたくさんいる。
つまらない教団のくだらない教えに毒されず、目に見える確かなものだけを信じている。
こういう人間が団結して声を上げれば、クジラの威光を利用して傲慢に振る舞う役人を大人しくさせられるのではないか。
と彼は思うのだが、あいにく権力に立ち向かうことが目的ではない。
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