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11 方舟-9-
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「前にクイと3人で聖地に出かけた時だ。ほら、夜に行っただろ。あの時に聞いたのと同じだ!」
彼の中でも引っかかっていたらしく、記憶がつながったことで興奮を抑えられないようだ。
「そういえば……そうね、たしかにあの音だわ」
ネメアも少し遅れて思い至る。
「でもあれなら何度か聞いてるわよ」
ボディガードとして夜間に仕事をすることも多いが、日が沈めば町からほとんどの音は消える。
方舟の音は特徴的で印象に残りやすいから、彼女もこれまでに何度か聞いているハズだった。
「あたし、子どもを連れていく方舟を見たのは今日が初めてなのよ。でも音が同じってことは――」
3人は互いに顔を見合わせた。
「――方舟は夜にも来てる?」
カイロウが呟くが、2人は分からないという顔をした。
言うまでもなく方舟の往来は、ダージやネメアにとって生活に何ら影響を及ぼさない自然現象のようなものだ。
それが夜に飛んできたところで気に留めるようなことでもない。
「子どもを連れていくのは昼だけか?」
例の地図を広げてカイロウはダージに問うた。
「おそらくそうでしょうな。楽園への道は一大イベントなんで。さっきみたいに厳かにやるのか常なんですわ」
「そうか――」
地図には日中のクジラの移動ルートについては細かく記録されているが、夜間に関しては簡略化されている。
恵みの雨が降るのは昼間だけであり、それ以外のデータは調達屋には必要ないからだ。
「ダージ、それにネメア君」
菓子と一緒に数枚の金貨を差し出し、カイロウは言った。
「頼みがある。正式な依頼だ。きみたちの顔の広さを借りたい」
この男といると当面は仕事に困らないかもしれない。
ネメアは思った。
「どんな内容なの?」
受けるか否かは話を聞いてからだ。
これまでの依頼主は見知ったダージだったから慣れもあったが、今回はカイロウからの依頼である。
ボディガードを必要としなさそうな彼が今度はどんな注文をつけてくるのか、彼女は少しだけ興味を持った。
「ひとつはこの地図の完成だ。調達屋向けに作られているから抜けている部分がある。それを補完してもらいたい」
特に夜間のクジラの動きについて正確な記録がほしい、と念を押す。
「もうひとつは方舟についてだ。きみたちは夜に音を聞いたが、姿までは見ていないだろう? そこで事例を集めてほしい。
いつ、どこで音を聞いたか。実際に方舟を見た者はいるか。どこに降り、何かを積んだり下ろしたりしたか……」
こちらも夜の方舟に関して仔細なデータを求める。
それらをまとめれば、必ず糸口が見つかるハズだと。
カイロウはそう信じていた。
(ずいぶんとあれに拘るわね……)
と思うが、ネメアは口にしない。
もしかしたらダージが言うように、本当に物騒な計画を立てているのかもしれないという考えもよぎる。
「きみたちの本業が別にあることは分かっている。だがきみたちを信頼しているからこそお願いしたい」
カイロウが深々と頭を下げる。
「地図に関してはオレがやりましょう」
その姿勢に負けたダージはどこか呆れた様子で引き受けた。
「ただし時間がかかりますぜ。夜のクジラ様を気にかける奴は少ないんで。情報もどこまで集まるか……」
「それでもかまわない。どんな些細なことでもいいから拾い出してくれ。それで、きみは――」
彼はちらりとネメアを見やった。
彼女はしばらく考えていたが、やがて、
「仕事のついで、ということでもいいのなら引き受ける。人に尋ねて回るのは苦手だから」
そう条件をつけて受諾した。
「だからこれは成功報酬でいいわ」
差し出された金貨を突き返す。
前金は受け取らない主義だった。
カイロウは目の前に戻ってきた金貨を見つめた。
綺麗に磨きあげた表面に、自分の顔が映っている。
彼はそれを胸ポケットにしまいこんだ。
「2人とも、よろしく頼む」
目的を達成するには彼らの協力は欠かせない。
そのためならいくら支払っても惜しくはない。
頭だって何度でも下げよう。
愛する娘にわずかでも近づけるなら、その程度は代償にもならなかった。
彼の中でも引っかかっていたらしく、記憶がつながったことで興奮を抑えられないようだ。
「そういえば……そうね、たしかにあの音だわ」
ネメアも少し遅れて思い至る。
「でもあれなら何度か聞いてるわよ」
ボディガードとして夜間に仕事をすることも多いが、日が沈めば町からほとんどの音は消える。
方舟の音は特徴的で印象に残りやすいから、彼女もこれまでに何度か聞いているハズだった。
「あたし、子どもを連れていく方舟を見たのは今日が初めてなのよ。でも音が同じってことは――」
3人は互いに顔を見合わせた。
「――方舟は夜にも来てる?」
カイロウが呟くが、2人は分からないという顔をした。
言うまでもなく方舟の往来は、ダージやネメアにとって生活に何ら影響を及ぼさない自然現象のようなものだ。
それが夜に飛んできたところで気に留めるようなことでもない。
「子どもを連れていくのは昼だけか?」
例の地図を広げてカイロウはダージに問うた。
「おそらくそうでしょうな。楽園への道は一大イベントなんで。さっきみたいに厳かにやるのか常なんですわ」
「そうか――」
地図には日中のクジラの移動ルートについては細かく記録されているが、夜間に関しては簡略化されている。
恵みの雨が降るのは昼間だけであり、それ以外のデータは調達屋には必要ないからだ。
「ダージ、それにネメア君」
菓子と一緒に数枚の金貨を差し出し、カイロウは言った。
「頼みがある。正式な依頼だ。きみたちの顔の広さを借りたい」
この男といると当面は仕事に困らないかもしれない。
ネメアは思った。
「どんな内容なの?」
受けるか否かは話を聞いてからだ。
これまでの依頼主は見知ったダージだったから慣れもあったが、今回はカイロウからの依頼である。
ボディガードを必要としなさそうな彼が今度はどんな注文をつけてくるのか、彼女は少しだけ興味を持った。
「ひとつはこの地図の完成だ。調達屋向けに作られているから抜けている部分がある。それを補完してもらいたい」
特に夜間のクジラの動きについて正確な記録がほしい、と念を押す。
「もうひとつは方舟についてだ。きみたちは夜に音を聞いたが、姿までは見ていないだろう? そこで事例を集めてほしい。
いつ、どこで音を聞いたか。実際に方舟を見た者はいるか。どこに降り、何かを積んだり下ろしたりしたか……」
こちらも夜の方舟に関して仔細なデータを求める。
それらをまとめれば、必ず糸口が見つかるハズだと。
カイロウはそう信じていた。
(ずいぶんとあれに拘るわね……)
と思うが、ネメアは口にしない。
もしかしたらダージが言うように、本当に物騒な計画を立てているのかもしれないという考えもよぎる。
「きみたちの本業が別にあることは分かっている。だがきみたちを信頼しているからこそお願いしたい」
カイロウが深々と頭を下げる。
「地図に関してはオレがやりましょう」
その姿勢に負けたダージはどこか呆れた様子で引き受けた。
「ただし時間がかかりますぜ。夜のクジラ様を気にかける奴は少ないんで。情報もどこまで集まるか……」
「それでもかまわない。どんな些細なことでもいいから拾い出してくれ。それで、きみは――」
彼はちらりとネメアを見やった。
彼女はしばらく考えていたが、やがて、
「仕事のついで、ということでもいいのなら引き受ける。人に尋ねて回るのは苦手だから」
そう条件をつけて受諾した。
「だからこれは成功報酬でいいわ」
差し出された金貨を突き返す。
前金は受け取らない主義だった。
カイロウは目の前に戻ってきた金貨を見つめた。
綺麗に磨きあげた表面に、自分の顔が映っている。
彼はそれを胸ポケットにしまいこんだ。
「2人とも、よろしく頼む」
目的を達成するには彼らの協力は欠かせない。
そのためならいくら支払っても惜しくはない。
頭だって何度でも下げよう。
愛する娘にわずかでも近づけるなら、その程度は代償にもならなかった。
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