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11 方舟-3-
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「ダンナ、こっちです! 乗ってください!」
長い坂を登る前に一息ついていたところにダージが声をかける。
車を用意して待っていたようだ。
「ああ、助かる! ん……きみは……」
急いで乗り込もうとしたカイロウだったが、ダージが運転席に乗っていないことに気付く。
「人手が要りそうな話だったんで急遽、来てもらったんですわ。オレが今、一番信用している相棒だ」
「あんたは後ろだよ。そっちのほうが安全だからね」
ネメアだった。
「今日は調達じゃない。賊に襲われる心配はないと思うが――」
「ボディガードは請け負いの一種さ。今日は依頼主の手伝いで来ただけだよ」
専門的なことはできないと前置きしたうえで、
「荷物運びや運転くらいなら引き受けるよ」
彼女は豪快に笑った。
「ありがたい。人手は多い方がいいんだ」
「それでどこに行けばいい?」
カイロウは助手席にいるダージに地図を渡した。
「その印をつけた所に頼む。できるだけ急いでくれ」
言い終わる前に車は発進した。
一帯は悪路が続くうえに交通量も多いということで本通りを避け、路地を縫うように走る。
民家が密集しているせいで速度は出せないが、精緻な地図のおかげもあって最短距離で目的地を目指している。
「改めて訊きますが、どうするんです? 今日は方舟見学ツアーってワケじゃないんでしょう? あの白っぽい建物を右」
方向を指示しながらダージが問うた。
「いや、見学だ。一部始終を見たい」
ダージはどう返せばいいか分からなかった。
彼の娘が選ばれ、クジラに招かれたことは知っている。
たいていの人間はそれを喜ぶが、カイロウは誘拐だと言った。
いつか資材集めの理由を尋ねた際には、娘のためだとも語っていた。
そして今日。
何を思ったか、方舟の見学である。
妙な気を起こしはしないか、ダージは不安になった。
もし騒動を起こせば――特にクジラに関することで騒ぎになれば良くて終身刑、悪ければ死罪だ。
もちろん近親者や協力者も同様の刑罰を受けることとなっている。
過去の判例から考えると、車を用意したダージ、運転したネメアはまず間違いなく協力者として扱われる。
「見学……ですかい……?」
もしかしたら自分はとんでもないことに足を突っ込んでしまったのでは――?
今すぐドアを開けて大怪我を覚悟で車から飛び降りたほうがいいのではないか。
拭っても拭っても冷や汗が流れて止まらない。
「じゃ、じゃあ、その荷物は何です?」
「大したものじゃないよ」
答えたカイロウは揺れで転がり落ちそうになったバッグをしっかりと持ちなおした。
「そうですか……ああ、次の橋を越えて左に曲がったら、そこからしばらくは真っ直ぐ進むんだ」
彼は考えないことにした。
事を起こすつもりなら、自分を同行させる意味がない。
おおかた調達屋としての行動力や目端を頼りたかったのだろう。
(ダンナのことだ。軽率なことはしないに決まってる)
よぎる不安を払いのけるようにダージは道案内に集中した。
町を離れるとしばらくは平坦な道が続く。
見通しも良くなり、カイロウは窓越しに空を見上げた。
霧の向こうにクジラの姿が見えた。
まだ遠目ではっきりとはしないが、目指す方向は計算どおりのようである。
「今のうちに聞いておきます。オレたちゃ何をすればいいんで?」
車はいつの間にか幹線を走っている。
「見学に付き合ってくれればいい。着いたら双眼鏡を渡す。予備も用意してあるからきみにも――申し訳ない、名前は……」
「ネメアよ」
「そうだった。ネメア君。私たちはそれぞれ別の場所で方舟を待つ。いや、待っている間も見るべきものがあるな」
「まさか本当に見るためだけに来たんですかい?」
「ああ、ただし”見てほしいもの”がある」
運転中だったが一瞬、ネメアは肩越しに振り返った。
この男はよく分からない。
前回も恵みの雨が降る時に何かを計測しているようだった。
ダージによれば金属加工業に従事しているというが、それとは関係ない全く別の何かを企てているのではないか、と彼女は思った。
実際、そう疑いたくなる依頼が彼の口から飛び出した。
ネメアにはクジラを、ダージには地上を注視してほしいというのだ。
「つまりあたしは方舟がどうやってクジラから出てきて、どうやって帰っていくのかを観察すればいいワケだね?」
「そのとおり。雨は腹が割れてそこから降ってきた。方舟も同じなのか、それとも別の場所から出入りするのか見てほしい」
「そんな単純作業でいいのかい? あたしが言うのもヘンだけど一応、報酬が出てるのよ?」
「ああ、その代わり見るべき点は細かいぞ。最低限、どこに注意してほしいかは今からリストを作る。それに沿ってくれ」
「で。オレは地上で待機してる役人を見守って入ればいいんですね」
「そうだ。連中が連れている子どもにも注意してくれ。何か持たせていないか。それと――」
カイロウは声のトーンを落とした。
「子ども以外に方舟に何か載せていないか。特にそこに注目してくれ。責任重大だぞ」
ヘンなことを言うな、と2人は思ったが口にはしなかった。
報酬を約束されている以上、手を抜くワケにもいかない。
真意は測りかねたが、簡単な内容だったので深くは追及しなかった。
ネメアは疑念を抱いたが、ダージは安堵していた。
とりあえず裁判沙汰にはならずに済みそうである。
長い坂を登る前に一息ついていたところにダージが声をかける。
車を用意して待っていたようだ。
「ああ、助かる! ん……きみは……」
急いで乗り込もうとしたカイロウだったが、ダージが運転席に乗っていないことに気付く。
「人手が要りそうな話だったんで急遽、来てもらったんですわ。オレが今、一番信用している相棒だ」
「あんたは後ろだよ。そっちのほうが安全だからね」
ネメアだった。
「今日は調達じゃない。賊に襲われる心配はないと思うが――」
「ボディガードは請け負いの一種さ。今日は依頼主の手伝いで来ただけだよ」
専門的なことはできないと前置きしたうえで、
「荷物運びや運転くらいなら引き受けるよ」
彼女は豪快に笑った。
「ありがたい。人手は多い方がいいんだ」
「それでどこに行けばいい?」
カイロウは助手席にいるダージに地図を渡した。
「その印をつけた所に頼む。できるだけ急いでくれ」
言い終わる前に車は発進した。
一帯は悪路が続くうえに交通量も多いということで本通りを避け、路地を縫うように走る。
民家が密集しているせいで速度は出せないが、精緻な地図のおかげもあって最短距離で目的地を目指している。
「改めて訊きますが、どうするんです? 今日は方舟見学ツアーってワケじゃないんでしょう? あの白っぽい建物を右」
方向を指示しながらダージが問うた。
「いや、見学だ。一部始終を見たい」
ダージはどう返せばいいか分からなかった。
彼の娘が選ばれ、クジラに招かれたことは知っている。
たいていの人間はそれを喜ぶが、カイロウは誘拐だと言った。
いつか資材集めの理由を尋ねた際には、娘のためだとも語っていた。
そして今日。
何を思ったか、方舟の見学である。
妙な気を起こしはしないか、ダージは不安になった。
もし騒動を起こせば――特にクジラに関することで騒ぎになれば良くて終身刑、悪ければ死罪だ。
もちろん近親者や協力者も同様の刑罰を受けることとなっている。
過去の判例から考えると、車を用意したダージ、運転したネメアはまず間違いなく協力者として扱われる。
「見学……ですかい……?」
もしかしたら自分はとんでもないことに足を突っ込んでしまったのでは――?
今すぐドアを開けて大怪我を覚悟で車から飛び降りたほうがいいのではないか。
拭っても拭っても冷や汗が流れて止まらない。
「じゃ、じゃあ、その荷物は何です?」
「大したものじゃないよ」
答えたカイロウは揺れで転がり落ちそうになったバッグをしっかりと持ちなおした。
「そうですか……ああ、次の橋を越えて左に曲がったら、そこからしばらくは真っ直ぐ進むんだ」
彼は考えないことにした。
事を起こすつもりなら、自分を同行させる意味がない。
おおかた調達屋としての行動力や目端を頼りたかったのだろう。
(ダンナのことだ。軽率なことはしないに決まってる)
よぎる不安を払いのけるようにダージは道案内に集中した。
町を離れるとしばらくは平坦な道が続く。
見通しも良くなり、カイロウは窓越しに空を見上げた。
霧の向こうにクジラの姿が見えた。
まだ遠目ではっきりとはしないが、目指す方向は計算どおりのようである。
「今のうちに聞いておきます。オレたちゃ何をすればいいんで?」
車はいつの間にか幹線を走っている。
「見学に付き合ってくれればいい。着いたら双眼鏡を渡す。予備も用意してあるからきみにも――申し訳ない、名前は……」
「ネメアよ」
「そうだった。ネメア君。私たちはそれぞれ別の場所で方舟を待つ。いや、待っている間も見るべきものがあるな」
「まさか本当に見るためだけに来たんですかい?」
「ああ、ただし”見てほしいもの”がある」
運転中だったが一瞬、ネメアは肩越しに振り返った。
この男はよく分からない。
前回も恵みの雨が降る時に何かを計測しているようだった。
ダージによれば金属加工業に従事しているというが、それとは関係ない全く別の何かを企てているのではないか、と彼女は思った。
実際、そう疑いたくなる依頼が彼の口から飛び出した。
ネメアにはクジラを、ダージには地上を注視してほしいというのだ。
「つまりあたしは方舟がどうやってクジラから出てきて、どうやって帰っていくのかを観察すればいいワケだね?」
「そのとおり。雨は腹が割れてそこから降ってきた。方舟も同じなのか、それとも別の場所から出入りするのか見てほしい」
「そんな単純作業でいいのかい? あたしが言うのもヘンだけど一応、報酬が出てるのよ?」
「ああ、その代わり見るべき点は細かいぞ。最低限、どこに注意してほしいかは今からリストを作る。それに沿ってくれ」
「で。オレは地上で待機してる役人を見守って入ればいいんですね」
「そうだ。連中が連れている子どもにも注意してくれ。何か持たせていないか。それと――」
カイロウは声のトーンを落とした。
「子ども以外に方舟に何か載せていないか。特にそこに注目してくれ。責任重大だぞ」
ヘンなことを言うな、と2人は思ったが口にはしなかった。
報酬を約束されている以上、手を抜くワケにもいかない。
真意は測りかねたが、簡単な内容だったので深くは追及しなかった。
ネメアは疑念を抱いたが、ダージは安堵していた。
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