アメジストの軌跡

JEDI_tkms1984

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雌伏する大毒

2 ウィンタナへ-4-

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「多くは避難しているようですが……一部の市民は戦場にいます」

 輸送機を降りるとき、シェイドはそう聞かされた。

 戦なんてなくなればいい。

 彼に限らず、たいていがそう願っている。

 しかしそれが簡単ではないことは分かっている。

 だからシェイドはさらに次のように考える。



 ――戦をするなら軍人だけでやるべきだ。

 

 民には何の罪も責任も、義務すらもない。

 民が戦を始めたワケではないのだから、彼らはいつも巻き込まれ、常に犠牲になる側なのだと。

 つい最近まで自分もそちら側だった彼は、こうして胸を痛めている。

「シェイド様、どうか――」

 前に出過ぎませんように、と従者が言うより先に彼は駆け出していた。

 何か言いかけた従者はしかし言葉を呑み込み、慌ててあとを追う。

(これならペルガモンの従者をやっているほうが楽だった!)

 プラトウの時から何人かはそう思っていた。

 当時は従者といえば自ら名乗り出るか、ペルガモンの命令で随行するのが常だった。

 自ら甲冑を着込み、好んで戦場に向かう姿勢はどちらも同じだ。

 しかしペルガモンの場合、苛政に次ぐ苛政ですでに人心が離れていることもあり、従者として守る意義は薄かった。

 口にこそ出さないものの、従者の中にはペルガモンが戦死すればいいと思っていた者さえいる。

 表向きは付き従い、命懸けでお守りしようとしたが彼は不運にも命を落とした――これなら誰にも咎められずにすむ。

 そもそもその叱責する者が死ぬのだから、咎める者などいないのだ。

 ところがシェイドとなると、これは大きく異なる。

 今回、同行している者たちは志願ではなく、どちらかというと重鎮に命じられた格好となっている。

 お守りを頼まれているようなものだ。

 つまり任地での失敗は、そのまま重鎮からの叱責につながってしまう。

 おまけにシェイドは民や平和を一番に考える、稀代の仁君と評されている。

 もし彼の身に何かあれば、重鎮から咎められるだけでなく、世間からも冷たい目で見られかねない。

(せめて後方でおとなしくしてくれたら……)

 というのが大半の本心であった。




 とはいえシェイド自らが戦線に出るのは、味方を鼓舞するには充分すぎるほどの効果があった。

 すでに戦場の只中であり、砲火が飛び交っているが、さすがの彼も単独で飛び込むほど愚かでも勇敢でもない。

 兵士や従者たちとも次第に足並みがそろってくる。

「隊長のキイルです! 感謝の言葉もありません!」

 軍人らしく、彼は謝意を述べるにしてもきびきびとした動作である。

 が、その表情には疲れの色がはっきりと見てとれた。

「よく頑張ってくれた。ここは我々が引き受ける。あなた方は民間人の安全を確保してくれ」

 イエレドが手配した軍勢だけあって、兵員も武装もキイルたちのそれより充実している。

 シーラの部下たちは、自分たちが主導して戦うのがいいと判断した。

「いえ、ミュラシティは私たちの管轄です。それに離叛した部下が敵勢に加わっています。その始末もつけなければなりません」

 キイルは責任感の強い男だった。

「だからこそ任せたいのだ。我々には土地勘がない。地理をよく知っているあなた方のほうが迅速に避難させられるハズだ」

「しかし……」

「あの、僕もそう思います……」

 渋るキイルにシェイドが言った。

「人の命を優先してください。お願いします」

 敵をひとり殺すより、民をひとり救う。

 そのために自分たちは来たのだ、と彼は言った。

「――ご深慮に気づかず、失礼いたしました」

 下手に出ていようとひかえめな口調であろうと、シェイドの口から出た言葉には逆らえない。

 キイルは隊をふたつに分け、第二隊を民間人の避難にあたらせた。




 その後、戦況を共有した彼らは、居住区の防衛のために戦力を投入した。

 市民の安全を確保し、それから叛乱分子を一掃する方針だ。

 キイルの隊にシェイドたちが加わったことで、勢力図は正規軍有利に傾いた。

 しかしそれがならず者集団を刺激したか、叛乱者たちはいっそう攻勢を強めた。

 両勢は市街地の真ん中で激しくぶつかり合った。

 飛び交う光弾が兵士の肩を撃ち、ドールの頭部を跳ね飛ばす。

 シェイドは両手にミストを集めると、立て続けに火球を放った。

 相変わらずの直線的で戦局を考えない攻撃だが、緩慢な動きのドール相手にはそれで充分だった。

 撃ち漏らした標的はライネの獲物だ。

 断続的に放たれる火球を追い越し、前方から迫る無数の光弾をすり抜け、風のように戦場を駆ける。

 彼女が通り過ぎたあとには叩き割られたドールの残骸が累々と積み重なっている。

「ライネさん!」

 シェイドが叫んだ。

 すでにそれを察知していた彼女は咄嗟に伏せた。

 背後から飛んだ光弾が頭上をかすめた。

 ライネは宙返りを打って後ろに飛び、今度は自分がドールの背後をとる。

 ドールは再び狙いをつけようと振り向いたが、これは彼女にとっては遅すぎた。

 ミストの力を乗せて水平に弧を描いた爪先が、機械じかけの兵隊を腰から真っ二つにした。

「うあっ……!」

 そのはずみで跳ね飛んだ上半身がシェイドの目の前に落ちた。

「あ、悪りぃ! 大丈夫か?」

「は、はい……」

 転がったドールの頭はシェイドのほうを向いていた。

 何か、言葉にならない何かを言っているようで、彼は反射的に目をそらした。

 その時、降り注いだ光弾に味方が倒れた。

「あのビル! 上だ!」

 誰かが叫んだ。

 ビルの上層階。

 陽光を受けて光る窓ガラスのすぐ横に、もうひとつ光る何かが見えた。

 銃口だ。

 シェイドは倒れた味方のそばに駆け寄ると、ミストを操ってシールドを展開した。

「くそ……やられた……」

 彼は脚を撃たれていた。

 ライネは彼から銃をひったくると、ビルに向けて発砲した。

 鋭い光が仰角に伸び、敵兵の額を撃ち抜く。

 敵は左右によろめいたあと、割れた窓を突き破って転落した。

「……ウソ、当たった!?」

 はじめて狙いどおりに射撃できたことに彼女は喜んだが、

「残念だが、今のは私だ」

 歩み寄ってきた従者の一言がぬか喜びに変えた。

「お前の撃った弾はどこかに飛んでいったぞ」

「あ、やっぱり……?」

 やっぱりこの武器とは相性が悪いな、と彼女は思った。

「はやく手当てをしないと……」

 シールドを解いたシェイドが、倒れている兵士の傷を治そうとした時だった。

(…………!?)

 彼は見た。

 瓦礫と黒煙の向こうで、少女が何者かに連れ去られようとしているのを。

 少女たちはすぐにビルの陰に隠れて見えなくなった。

「その人のこと、お願いします!」

 展開しかけた治癒の魔法を解除し、従者にそう言い置いてシェイドは走りだした。

「あ、ちょっと!?」

 従者とライネは同時に声をあげた。

「アタシからも頼んだ!!」

 負傷兵を飛び越えるようにしてライネは慌ててあとを追った。

「――ったく、なんでいつもいつもそう先走るんだよ!」

 手のかかる弟分だな、と彼女は思った。

 
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