アメジストの軌跡

JEDI_tkms1984

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雌伏する大毒

1 艦での一夜-5-

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 昼間に片付けた大部屋だ。

 ひと騒動起こしてしまったが、艦長は封鎖まではしなかったらしい。

「よし、まずは適当に打ち込んでみろ」

 グラムは部屋に入るなり言った。

 両者、まだかまえてもいない。

「いきなり……!?」

 ちょっとくらい前置きなり世間話なりがあってもいいのに、とライネは思った。

「戦場で敵が待ってくれるか?」

 言葉数は少ないが言っていることはいちいちもっともだ、と彼女は感心する。

「じゃあ……」

 少女は勝ち気な笑みを浮かべた。

 ”戦場で敵が待ってくれるか?”

 たった今、彼はそう言ったのだ。

「――遠慮なく!」

 敵が正々堂々と挑んでくるとは限らない。

 不意打ちだって許されるべきだ。

「…………!」

 だが、奇襲は失敗に終わった。

 目にも留まらない速さで振り上げられた爪先を、グラムはそれよりも早く上体を反らせて躱していた。

 この反応は想定済みだ。

 ライネは体勢を崩すことなく、その勢いを利用して腰をひねって回し蹴りを放つ。

 間髪を入れない二撃目がグラムの腹にめり込んだ。

「む、ん……っ!」

 しかし強靭な肉体がその威力を押さえ込む。

 ライネは床を蹴って宙返りを打ち、グラムと距離をとった。

「なんだ、細っこいガキかと思ったが……なかなかやる。筋力のなさを速さで補っているのか」

「ど、どうも……」

 やや怒気をはらんでいるような彼の賛辞に、ライネは反応に惑った。

 凄みのある性質も相俟あいまって、褒められているのか叱られているのか分からない。

(これでも一応、鍛えてるつもりだったんだけどなぁ……)

 警備隊として日々のトレーニングに励み、アシュレイのお墨付きももらっていたが、彼から見ればまだまだらしい。

 グラムは彼女の真正面に立つと、頭のてっぺんから爪先まで品定めするように視線を往復させた。

 何度かそうしたあと、彼の目は太腿で止まった。

 小麦色の、健康的な脚である。

 同年代に比べてずっと肉付きがいいが、荒々しい筋肉のうねりはない。

 むしろ少女らしくつやっぽく、そしてしなやかだ。

「あの~……」

 ジロジロ見るな、と言うワケにもいかず、ライネは遠慮がちに抗議の声をあげようとした。

「無駄がなくていい。トレーニングは今のままでいいだろう」

 若い異性の肌を間近に見ているというのに、グラムはそうした情には一切なびかない。

「そ、そですか……?」

 彼女は不格好な愛想笑いを浮かべた。

(苦手なんだよなぁ、こういう人……めちゃくちゃ強い人って聞いたから声かけたんだけど)



 ”ウィンタナ行きに同行する艦の中に格闘の手練れがいる”

 

 従者たちがささやき合っているのをライネは耳にした。

 結果的に戦いに発展してしまったプラトウとは異なり、今度は戦地に飛び込むことになる。

 当然、シェイドの護衛も強化しなければならない。

 そこでグラムを中心に隊を組んではどうか、という声があがったのだ。



「ついでだ。どれくらい反応できるかも試してやる」

 低い声で言い、グラムはライネの目をまっすぐに見据えた。

 倣うように彼女も見返す。

 その一瞬後、グラムは拳を突き出した。

 巨躯からは想像もできないほど速い!

 だが反応速度では彼女も負けてはいない。

 ライネは紙一重でかわす。

 拳はわずかに頬をかすった。

 それでも痛みが走るのは、彼の一撃に速さと重さ、正確さがあったからだ。

 素早く身を退いたライネは、グラムのかかとがわずかに浮いたのを見た。

(――――!)

 二撃目は蹴りがくる!

 彼女の咄嗟の判断は正しかった。

 振り上げられた爪先が描く軌道は、熟練騎士の太刀筋のように鋭い。

 しかもそれがまばたきをする暇もなく繰り出されたため、ライネは避けるので精いっぱいだった。

 だがこれが裏目に出る。

 連撃を無理に回避したために、体勢を立て直す余裕がなかった。

 グラムはそれを見逃さず、床を蹴ってライネとの距離を詰めた。

 そして再び繰り出された拳は――。

「うわ…………っ!!」

 ブロックした彼女の両腕に阻まれた。

「まだまだ甘い!」

 グラムは手首を返してライネの前腕をつかむと、強引に引っ張り上げた。

 一瞬、宙に浮いた感覚に襲われ、ライネがよろめく。

 そうしてがら空きになった腹に巨漢の膝が突き刺さった。

「くっ……ぅ…………!」

 ――が、わずかに衝撃はあったが痛みはない。

 さすがに手練れと言われるだけあって、寸止めの技術も見事なものだった。

「…………」

 手を離したグラムは何かを言おうとしてやめ、その場に座り込んだ。

 促されてライネも、しぶしぶといった様子で両足を組んで座った。

「悪くはない」

 これは口数少ないグラムの最大級の賛辞だ。

「そ、そう……?」

 言葉を飾らない――飾れない――から、相手がどう受け取ろうとおかまいなしである。

「お前の強みはその速さだ。それをもっと活かせ」

「は、はい」

「無駄に筋肉をつける必要はない、動きが鈍くなるだけだ」

「なるほど……」

「少々の力不足は速さでカバーできる。持久力よりも瞬発力を鍛えろ」

「はい」

「――反論してもいいんだぞ?」

 グラムは首をかしげた。

「言うことが全部説得力があって……さすがグラムさんだなーって……」

 いまひとつ距離感がつかめず、ライネはまた愛想笑いを浮かべた。

「これでも多くの訓練生を見てきたからな。お前のような奴もいた」

 懐かしむように彼は笑んだ――ように彼女には見えた。

「悪くはないと言ったが課題もある」

「…………」

 ころころ変わる人だな、とライネは思った。

 思い出話のひとつでも語るかと思いきや、彼はすぐに過去から現在へ話題を戻した。

 その意味での速さではライネも到底かなわない。

「反応が遅い。いや、他の奴よりは速い。だが遅い」

 グラムは腕を組んでうなった。

(どっちだよ!)

 ライネは危うく声に出しそうになった。

「お前は相手の動きを予測するときはどうする?」

「どう、って……そりゃ動きを見る、ですね。動き始めを見れば、次の行動は予測できるし」

「そうだ。それは正しい。だが間違いだ」

「だからどっちだよ!」

「ん……?」

「あ、いや! なんでもないです!! 続けてください、どうぞ続けて――」

「ああ」

 グラムは訝ったが追及はしなかった。

「お前はさっき、オレがどう動くかを目で見て予測した。腰を落とす、踵を浮かせる……どれも些細な動作だ」

 ライネは小さく頷いた。

「それらわずかな動きを見抜く目はいい。そしてそれに合わせて動けることもな」

「はい」

「だが見てからでは遅い。目で捉えた時には手遅れだ」

「そういうものなんですか?」

「そういうものだ」

 グラムは持論が正しいというように何度も頷く。

「相手を見て動く――これではどうしても自分は後手に回る。相手が動き始めてから自分も動くからだ」

 もっともだ、とライネは思った。

 が、よく考えると当たり前のことだから特に感心することでもないなと思いなおした。

「光より速いものを知っているか?」

「はい――?」

「光より速いものだ」

「いや、勉強はあんまり得意じゃなくて……でもたしか光って一番速いんじゃ……? あ! もしかしてミストとか?」

「ちがう。ミストにも限界があるし、光よりずっと遅い――らしい」

「じゃあ――」

「答えは気配だ。気配は何よりも速い。それにあらゆるものを通り抜ける。分厚い壁だろうと」

 ライネは最後にいつ開いたかも覚えていない教科書を思い浮かべた。

 ほとんど記憶に残っていないが、少なくとも”気配が一番速い”という記述は頭の中のどこを探しても見当たらない。

「目で見てからでは遅い。気配を読み取れるようになれ。それができればもっと早く動けるようになる」

「どうやって……?」

 当惑するライネ。

「やってみるか?」

 グラムは答えが分かりきっている質問をした。
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