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新たなる脅威篇
7 深謀-2-
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褒められたりからかわれたりと忙しかったライネは、イエレドと別れて医務室に戻った。
「あ、お話はもう終わったんですか?」
ベッドに身を横たえたシェイドはどこか居づらそうな雰囲気である。
「ああ、たいした話じゃなかった」
ライネはすぐ横の椅子に腰をおろした。
「あの……怪我、大丈夫なんですか……?」
「ん? ああ、平気だって。痛みもほとんどないし」
言ってから彼女は、”ほとんどない”はまずかったか、と思った。
この少年はなにかと繊細で敏感だから、ささいな事柄でも自分に落ち度があるのではないかと考えてしまうからだ。
「それより魔法ってすごいんだな。アタシにも使えたらよかったのに」
「グランさんが言ってました。ほとんどの人は魔法が使えるって。本来は道具がなくてもミストを自由に操れるみたいです」
「ん、そうなの?」
「生まれつき魔法が使えない人もいるみたいですけど……。でもライネさんからは少しですけどミストを感じるのでできると思います」
「へぇ、ちょっと練習してみようかな――って、少しだけかよ!」
ライネはわざとらしく拗ねてみせた。
「ご、ごめんなさい……!」
「冗談だって! でも、そっか……そういうことならやってみてもいいかもな」
軽くそう言ったがライネにとっては深刻な問題でもあった。
持ち前の俊敏さを封じられたとき、彼女は何もできなかった。
もしフェルノーラが助けに来なかったら自分たちはどうなっていたか。
「…………」
魔法のひとつくらいは習得しておくべきかもしれない、とライネは思った。
「あの……?」
急に黙り込んでしまったライネを見て、シェイドの小さな体はさらに小さくなった。
(気に障ること、言っちゃったかな――)
純血種と持ち上げられてもそれに驕ることはなかったが、先ほどの発言は魔法の才能についてライネを下に見たも同然だと思い返す。
彼女に不愉快な想いをさせてしまった。
そのことをどう詫びようかと考えているところに、
「シェイド君さぁ――」
明らかに不機嫌な声でライネが言う。
怒っているようにも、あきれているようにも聞こえる声色に彼は返事もできなかった。
善意でついてきてくれたのに、なんてひどいことを言ってしまったのだろう。
とにかく謝ろう、と彼が顔を上げた時だった。
「敬語遣わなくていいって言ったの、忘れてるだろ?」
ライネは軽くため息をついて言った。
「あ…………」
そういえばそうだった、と緊張がゆるむ。
どうやら彼女は気にしていないようだ。
「ええっと――」
ライネが対等な口の利き方を望んでいるなら、それに応えたい。
が、先ほどの失言が引っかかっているシェイドには、むしろ難しい要求になってしまった。
――数秒。
ためらいがちに彼は重くなった口を開いた。
「努力します…………努力する」
「はぁ~……やっぱダメかぁ……」
ライネはあてつけがましく大息した。
「ったく、しゃあねえなあ」
ゆっくりと立ち上がった彼女は、シェイドの頭を乱暴に撫でた。
「アタシはキミのこと、友だちだと思ってるんだけど?」
「あ、はい……え……?」
なぜこの人はいつも自分が困るようなことばかり言うのだろう?
シェイドは――顔に出さないようにして――そう思った。
「だからアタシの前でくらい、気を抜いてもいいんだぜ?」
それが彼女にとっての友だちだった。
立場も身分も年齢も関係ない。
公私の”私”の部分だ。
外に出ればこの少年は嫌でも皇帝としての振る舞いを求められ、決断を迫られる。
ならばこの場、この時くらいはそうしたしがらみから解放されてもいいだろう。
「…………うん」
返した言葉は力なく。
耳を澄ましても聞こえないくらいの、小さな声だった。
しかしそのか弱さに、ライネは彼の些細な変化を感じ取った。
護衛とはいえ年の近い彼女の前でさえ、シェイドは体裁を取り繕おうとしてきた。
そうすることを求められているからだ。
たとえどれほど憔悴していても、この少年は自分がそうであることをたったひとりにさえ悟らせまいとする。
そんな彼が、ライネの強引で不器用な気遣いに甘えた。
(そうそう、そんな感じでさ)
これだけでも同行した甲斐があった、と彼女は思った。
「あ、お話はもう終わったんですか?」
ベッドに身を横たえたシェイドはどこか居づらそうな雰囲気である。
「ああ、たいした話じゃなかった」
ライネはすぐ横の椅子に腰をおろした。
「あの……怪我、大丈夫なんですか……?」
「ん? ああ、平気だって。痛みもほとんどないし」
言ってから彼女は、”ほとんどない”はまずかったか、と思った。
この少年はなにかと繊細で敏感だから、ささいな事柄でも自分に落ち度があるのではないかと考えてしまうからだ。
「それより魔法ってすごいんだな。アタシにも使えたらよかったのに」
「グランさんが言ってました。ほとんどの人は魔法が使えるって。本来は道具がなくてもミストを自由に操れるみたいです」
「ん、そうなの?」
「生まれつき魔法が使えない人もいるみたいですけど……。でもライネさんからは少しですけどミストを感じるのでできると思います」
「へぇ、ちょっと練習してみようかな――って、少しだけかよ!」
ライネはわざとらしく拗ねてみせた。
「ご、ごめんなさい……!」
「冗談だって! でも、そっか……そういうことならやってみてもいいかもな」
軽くそう言ったがライネにとっては深刻な問題でもあった。
持ち前の俊敏さを封じられたとき、彼女は何もできなかった。
もしフェルノーラが助けに来なかったら自分たちはどうなっていたか。
「…………」
魔法のひとつくらいは習得しておくべきかもしれない、とライネは思った。
「あの……?」
急に黙り込んでしまったライネを見て、シェイドの小さな体はさらに小さくなった。
(気に障ること、言っちゃったかな――)
純血種と持ち上げられてもそれに驕ることはなかったが、先ほどの発言は魔法の才能についてライネを下に見たも同然だと思い返す。
彼女に不愉快な想いをさせてしまった。
そのことをどう詫びようかと考えているところに、
「シェイド君さぁ――」
明らかに不機嫌な声でライネが言う。
怒っているようにも、あきれているようにも聞こえる声色に彼は返事もできなかった。
善意でついてきてくれたのに、なんてひどいことを言ってしまったのだろう。
とにかく謝ろう、と彼が顔を上げた時だった。
「敬語遣わなくていいって言ったの、忘れてるだろ?」
ライネは軽くため息をついて言った。
「あ…………」
そういえばそうだった、と緊張がゆるむ。
どうやら彼女は気にしていないようだ。
「ええっと――」
ライネが対等な口の利き方を望んでいるなら、それに応えたい。
が、先ほどの失言が引っかかっているシェイドには、むしろ難しい要求になってしまった。
――数秒。
ためらいがちに彼は重くなった口を開いた。
「努力します…………努力する」
「はぁ~……やっぱダメかぁ……」
ライネはあてつけがましく大息した。
「ったく、しゃあねえなあ」
ゆっくりと立ち上がった彼女は、シェイドの頭を乱暴に撫でた。
「アタシはキミのこと、友だちだと思ってるんだけど?」
「あ、はい……え……?」
なぜこの人はいつも自分が困るようなことばかり言うのだろう?
シェイドは――顔に出さないようにして――そう思った。
「だからアタシの前でくらい、気を抜いてもいいんだぜ?」
それが彼女にとっての友だちだった。
立場も身分も年齢も関係ない。
公私の”私”の部分だ。
外に出ればこの少年は嫌でも皇帝としての振る舞いを求められ、決断を迫られる。
ならばこの場、この時くらいはそうしたしがらみから解放されてもいいだろう。
「…………うん」
返した言葉は力なく。
耳を澄ましても聞こえないくらいの、小さな声だった。
しかしそのか弱さに、ライネは彼の些細な変化を感じ取った。
護衛とはいえ年の近い彼女の前でさえ、シェイドは体裁を取り繕おうとしてきた。
そうすることを求められているからだ。
たとえどれほど憔悴していても、この少年は自分がそうであることをたったひとりにさえ悟らせまいとする。
そんな彼が、ライネの強引で不器用な気遣いに甘えた。
(そうそう、そんな感じでさ)
これだけでも同行した甲斐があった、と彼女は思った。
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