アメジストの軌跡

JEDI_tkms1984

文字の大きさ
上 下
91 / 115
新たなる脅威篇

6 予言を覆す力-10-

しおりを挟む
 朦朧とした意識の中、シェイドはそれを見ていた。

 前に立っているのはライネで、その向こうにドールがいる。

(なんとか……しなきゃ……)

 そう思うが体は動かない。

 気を抜けば眠ってしまいそうになる。

 どの程度の魔法を使えばどの程度の疲労を感じるのか――それを彼は全く分かっていなかった。

 体内にはライネを援護できるだけのミストは充分残っているが、それを使う力がこの少年にはなかった。

 だから彼は肩で息をしながら、それを見ていることしかできなかった。

 視界の奥から放たれた光がライネの脇腹を切り裂いた。

 血液が中空にばらまかれ、地面にまだらの模様を描く。

 戦の熱を帯びていた土がそれを吸い込み、辺りを赤黒く変えた。

「う……くっ……!」

 痛みにライネは体勢を崩したが、かろうじて持ちこたえる。

 だが、それだけだ。

 彼女には遠く離れた敵への攻撃手段がない。

 四肢の装具もシールドを展開する類のものではない。

 つまり彼女が生き延びる方法はシェイドを見捨てて逃げるか、彼を危険に晒すことを覚悟でドールたちに肉薄するか、しかない。

 後者は――もはや不可能だった。

 シェイドを庇ってできたいくつもの銃創が、彼女から俊敏さを奪った。

 自分が倒れれば、その次は彼だと分かっていても、動くことはできなかった。

 命を懸けるなんてバカバカしい――とは思わない。

 警備隊という生き方を選んだのは彼女の意思だし、任務にかこつけて外に出たいと思っていたのも事実だ。

 その結果は受け入れなければならない。

「………………」

 ライネはドールを見据えた。

 まだ諦めてはいない。

 最後の最期まで、この少女は諦めない。

 銃口が火を噴き、光弾が放たれた。

 真っ直ぐに飛んだ光の刃が、ドールの右腕を吹き飛ばす。

 続く一撃が頭部を撃ち抜き、それはただのガラクタと化した。

 不意の攻撃にもう一体のドールがその出所を探る。

 が、それを光学的に捉えた瞬間、視界はまばゆい光に包まれたあと真っ暗になった。

 緊張から弛緩へ。

 ひとまず脅威が去ったと見たライネはがくりと膝をついた。

 シェイドを守りたい、という一心が忘れさせていた激痛が全身を襲う。

 銃を収め、ドールの残骸を跳び越えるようにしてフェルノーラが駆け寄る。

「いまの……フェル、か……?」

 彼女は頷いた。

 壁を背に座り込むシェイドを認めたフェルノーラは、ライネが負傷した理由をすぐに理解した。

 ドールの射撃精度が低いのか、射線を見切って寸前で躱したのか、致命傷には至っていない。

 しかしいずれもかすった程度とはいえ、出血量は少なくない。

「ちょっと待ってて!」

 フェルノーラはライネの太腿に両手をかざした。

「……なにするんだ?」

 目を凝らしても見えないほどの小さな光の粒が指先に生じた。

 金色の、あまりに弱々しい光だ。

「フェル……?」

「静かにして! 集中できないから!」

 光の粒子はまるで行く先を知らないようにふわふわと宙を漂っている。

「私、こういう魔法は苦手なの!」

 ライネに対して、できないという言葉を遣いたくない彼女は、これが初めて使う治癒の魔法だと気取られないようにした。

 指先に意識を集中し、力を込める。

 淡い金色の輝きはまだ目的地を定められずにいる。

 そよ風になぶられるように光は明後日の方向へ流れた。

(どうしてできないの……!?)

 力を見せつけたいワケではない。

 魔法の力があると証明したいワケでもない。

 ただ、彼女に助けられたままではいたくない。

 それがこうしている理由だ。

 しかしその想いに反し、金色の瞬きはさまよい続けている。

「………………」

 ライネは何か言いかけてやめた。

 フェルノーラが何をしようとしているかは分かったが、いっこうに効果を及ぼさない。

 つい先ほどシェイドの魔法を見たばかりとあって、彼女のやり方はうわべだけを真似しているように見えた。

(お願い…………!!)

 フェルノーラは嘆願した。

 途端、粒子の動きが変わった。

 ほのかなミストの輝きが蛇行しながらも傷口へと吸い込まれていく。

 その効力は薄い。

 とはいえ治癒の魔法は対象の回復力を促進させるものだ。

 だから完治はできなくとも止血くらいはできる。

 どうやら成功らしいと安堵したフェルノーラは、表情を変えることなく他の傷にも同様に治癒を施した。

「あとでお医者さんに診てもらって」

 立ち上がったライネは試しにと手足を動かしてみた。

 痛みはほとんど感じない。

 わずかに残る違和感は軽い打ち身程度のもので運動に支障はない。

(初めてだったけど、うまくいったみたい――)

 フェルノーラは短く息を吐いた。

 よほど運が良かったか、これまで魔法の力を必要とするほどの怪我とは無縁だった彼女は、この種の魔法は不得手だった。

 ミストの使い方も、いま腰に提げている銃に弾丸代わりに込める程度しか知らない。

 即興の魔法が成功したのは、ひとえに彼女の意地によるものだ。

「――フェル」

 死を覚悟していたライネは、激痛を遠い過去のものにしてくれた彼女に、

「助かったよ、あり――」

 謝意を伝えようとした。

 だが言い切るより先に、

「ちゃんと返したから」

 フェルノーラは拗ねたように言い、そして微笑した。

 その表情はどこか勝ち気だった。

 目をしばたかせたライネだったが、しばらくしてその意味を理解すると、

「フェルってさ、かわいいとこあるよな」

 吹き出しつつそう言った。

「バ……バカにしてるの!?」

 彼女は耳まで真っ赤になって反駁した。

「してないって……いや、ちょっとしてるかも?」

「ん…………!!」

 声にならない声をあげ、フェルノーラはふいとよそを向いた。



 ほどなくして駆けつけた数名の従者が良い報せをもたらした。

 襲撃者が投降した、という。

 それをぼんやりとした意識の中で聴いたシェイドは小さく頷いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

とある元令嬢の選択

こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

処理中です...