79 / 115
新たなる脅威篇
5 復讐の始まり-5-
しおりを挟む
フェルノーラはライネを乱暴に振り払った。
皆、一様に彼女を見た。
「やっと戻ってきたのよ! 戻ってきて……これからだったのに! なのに――私たちはまた怯えなくちゃならないの!?」
今にもシェイドにつかみかかりそうな勢いに、従者たちは咄嗟に彼を守るように前に出た。
「し、仕方ないだろ。シェイド君の安全を考えたらこれが一番なんだ――」
諭すように言うライネは理解していた。
これはたんなる誤魔化しでしかない。
彼を守り通す自信がないのを、安全という言葉で覆い隠すだけの。
「安全な場所なんてないじゃない!」
なじるような叫びに、ライネは彼女に心の内を見透かされているような気がした。
「フェルノーラさん……あの……」
あの戦いでさえここまで感情を露にしなかった彼女に、シェイドはすっかり気後れしてしまう。
「あなたたちには――私たちがどれだけ不安な想いでいるのか分からないのよ!」
少女の視線は誰にも向けられていなかった。
だが、ここにいる誰もが彼女に睨まれているような錯覚に陥った。
(………………)
シェイドは悟った。
”あなたたち”の中には、今や自分も含まれていることに。
「イエレドさん、ここにいる人たちも一緒に連れていくことはできませんか?」
後ろめたさに耐えかねたシェイドが訊くが、彼はかぶりを振った。
「今回は住民の移送が目的ではありませんので……それに――」
イエレドは批難がましい目を向ける彼らに向かって言った。
「連中の狙いは皇帝です。もし皇帝がここに留まられるなら、かえってあなた方に危険が及ぶでしょう」
テロリストは手段を選ばない。
一帯を爆破することも人質をとることも躊躇しないだろう。
つまりシェイドたちがこのまま引き揚げるほうが、プラトウの民にとっては安全なのだ。
「はい…………」
こう言われては返す言葉もない。
「艦を一隻、ここに残します。精鋭ぞろいです。武装集団程度なら難なく退けられましょう」
どうかこれで納得してほしい、とイエレドは下手に出る。
滞空しているのは全長800メートルを超える大型艦船ばかりである。
いずれも多数の戦闘機、ドールを艦載している。
賊はもちろん正規の軍隊とも充分に渡り合えるだけの戦力だ。
避難者たちは顔を見合わせた。
現状ではこの条件を呑むしかない。
しばらくの沈黙のあと、彼らはイエレドの勧めに従うことにした。
あの大型の艦は睨みを利かせる意味でも最適だ。
あれがあればテロリストも迂闊に手は出せないだろう。
「フェル…………」
まだ納得していない様子の彼女に、どう声をかけるべきかライネは迷った。
先ほどの取り乱しぶりから感情を昂らせていることは明らかだ。
ヘタな慰め方では神経を逆なでするかもしれない。
(いやいや、なにを悩んでんだ、アタシ? シェイド君を守るのが最優先なんだからなにも――)
ここに来たのはたんなる任務。
安全のためにシェイドがエルドランに戻ると決まったのだから、他に何も考える必要はないハズだ。
だが――。
情が湧いてしまったことにライネは気付いた。
悲惨な現場と、そこで懸命に生活を立て直そうとしている人たちに触れて――。
どうにかしてあげたい、という気持ちだ。
新しい政府――この少年――はきっとそんな気持ちがいっぱいに溢れる国を目指しているのだろう。
そう思い至るとライネもどうすべきか分からなくなる。
現に今、困窮している町を救えなくて国を救えるだろうか。
「それでプラトウが守られるなら――」
彼女が答えを出す前に、シェイドが答えを出した。
標的はあくまで自分であることと、艦一隻を残すことが後押ししたようだ。
「みなさん、すみません。復興の手伝いに来たのに何もできなかったばかりか、よけいな危険を招いてしまって……」
伏し目がちに言ったとき、山の向こうが赤く光った。
続いて爆音。
少し遅れて地がわずかに鳴動した。
「今のって……?」
避難者たちの間に動揺が広がる。
「どうなってるんだよ! なんでまたここが戦地にならなくちゃなんねえんだ!?」
「いったい誰よ? 何の目的があって私たちを狙うっていうの?」
理不尽への怒りと諦念が入り混じった怨嗟の声があちこちであがった。
「連中が動き出したようです! 皇帝、急ぎましょう!」
従者たちは艇へと先導した。
「あ……え!? ちょ、っと……!」
緊急事態は別れを惜しむ暇を与えてくれない。
「あなた方も避難を! すぐに兵をよこします!」
イエレドが呼びかけるが彼らは動かない。
「避難って言ったってどこに避難すればいいの!? 隠れられる場所なんてないわ!」
「施設にゃ怪我してる奴も大勢いるんだ。それに車の数も人員も足りねえ。連れ出そうにも間に合わないぜ」
「ああ、そうだ! こうなったら救急隊も自警団も役に立ちゃしねえよ」
プラトウの民にはもはや隠れる場所も逃げる先もない。
艦一隻だけが頼りなのだ。
シェイドは思った。
これもまた、あの時と同じだ。
ただ死を待つか、死を覚悟で戦うかを選ばされた、あの時と。
「待ってください!」
だから彼は足を止めた。
同じだったからだ。
皆、一様に彼女を見た。
「やっと戻ってきたのよ! 戻ってきて……これからだったのに! なのに――私たちはまた怯えなくちゃならないの!?」
今にもシェイドにつかみかかりそうな勢いに、従者たちは咄嗟に彼を守るように前に出た。
「し、仕方ないだろ。シェイド君の安全を考えたらこれが一番なんだ――」
諭すように言うライネは理解していた。
これはたんなる誤魔化しでしかない。
彼を守り通す自信がないのを、安全という言葉で覆い隠すだけの。
「安全な場所なんてないじゃない!」
なじるような叫びに、ライネは彼女に心の内を見透かされているような気がした。
「フェルノーラさん……あの……」
あの戦いでさえここまで感情を露にしなかった彼女に、シェイドはすっかり気後れしてしまう。
「あなたたちには――私たちがどれだけ不安な想いでいるのか分からないのよ!」
少女の視線は誰にも向けられていなかった。
だが、ここにいる誰もが彼女に睨まれているような錯覚に陥った。
(………………)
シェイドは悟った。
”あなたたち”の中には、今や自分も含まれていることに。
「イエレドさん、ここにいる人たちも一緒に連れていくことはできませんか?」
後ろめたさに耐えかねたシェイドが訊くが、彼はかぶりを振った。
「今回は住民の移送が目的ではありませんので……それに――」
イエレドは批難がましい目を向ける彼らに向かって言った。
「連中の狙いは皇帝です。もし皇帝がここに留まられるなら、かえってあなた方に危険が及ぶでしょう」
テロリストは手段を選ばない。
一帯を爆破することも人質をとることも躊躇しないだろう。
つまりシェイドたちがこのまま引き揚げるほうが、プラトウの民にとっては安全なのだ。
「はい…………」
こう言われては返す言葉もない。
「艦を一隻、ここに残します。精鋭ぞろいです。武装集団程度なら難なく退けられましょう」
どうかこれで納得してほしい、とイエレドは下手に出る。
滞空しているのは全長800メートルを超える大型艦船ばかりである。
いずれも多数の戦闘機、ドールを艦載している。
賊はもちろん正規の軍隊とも充分に渡り合えるだけの戦力だ。
避難者たちは顔を見合わせた。
現状ではこの条件を呑むしかない。
しばらくの沈黙のあと、彼らはイエレドの勧めに従うことにした。
あの大型の艦は睨みを利かせる意味でも最適だ。
あれがあればテロリストも迂闊に手は出せないだろう。
「フェル…………」
まだ納得していない様子の彼女に、どう声をかけるべきかライネは迷った。
先ほどの取り乱しぶりから感情を昂らせていることは明らかだ。
ヘタな慰め方では神経を逆なでするかもしれない。
(いやいや、なにを悩んでんだ、アタシ? シェイド君を守るのが最優先なんだからなにも――)
ここに来たのはたんなる任務。
安全のためにシェイドがエルドランに戻ると決まったのだから、他に何も考える必要はないハズだ。
だが――。
情が湧いてしまったことにライネは気付いた。
悲惨な現場と、そこで懸命に生活を立て直そうとしている人たちに触れて――。
どうにかしてあげたい、という気持ちだ。
新しい政府――この少年――はきっとそんな気持ちがいっぱいに溢れる国を目指しているのだろう。
そう思い至るとライネもどうすべきか分からなくなる。
現に今、困窮している町を救えなくて国を救えるだろうか。
「それでプラトウが守られるなら――」
彼女が答えを出す前に、シェイドが答えを出した。
標的はあくまで自分であることと、艦一隻を残すことが後押ししたようだ。
「みなさん、すみません。復興の手伝いに来たのに何もできなかったばかりか、よけいな危険を招いてしまって……」
伏し目がちに言ったとき、山の向こうが赤く光った。
続いて爆音。
少し遅れて地がわずかに鳴動した。
「今のって……?」
避難者たちの間に動揺が広がる。
「どうなってるんだよ! なんでまたここが戦地にならなくちゃなんねえんだ!?」
「いったい誰よ? 何の目的があって私たちを狙うっていうの?」
理不尽への怒りと諦念が入り混じった怨嗟の声があちこちであがった。
「連中が動き出したようです! 皇帝、急ぎましょう!」
従者たちは艇へと先導した。
「あ……え!? ちょ、っと……!」
緊急事態は別れを惜しむ暇を与えてくれない。
「あなた方も避難を! すぐに兵をよこします!」
イエレドが呼びかけるが彼らは動かない。
「避難って言ったってどこに避難すればいいの!? 隠れられる場所なんてないわ!」
「施設にゃ怪我してる奴も大勢いるんだ。それに車の数も人員も足りねえ。連れ出そうにも間に合わないぜ」
「ああ、そうだ! こうなったら救急隊も自警団も役に立ちゃしねえよ」
プラトウの民にはもはや隠れる場所も逃げる先もない。
艦一隻だけが頼りなのだ。
シェイドは思った。
これもまた、あの時と同じだ。
ただ死を待つか、死を覚悟で戦うかを選ばされた、あの時と。
「待ってください!」
だから彼は足を止めた。
同じだったからだ。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
ギルド・ティルナノーグサーガ『還ってきた男』
路地裏の喫茶店
ファンタジー
請け負い冒険者ギルド ティルナノーグにかつて在籍していた男、ヴェスカードは木こりと賭博場を往復する日々だった。
ある日自宅を訪れたティルナノーグの女剣士フィオレはヴェスカードにギルドに戻ることを提案する。嫌がるヴェスカードだったが、彼女の口からかつての戦友クリラが重体となっている事を聞かされるのだった。
ハイファンタジー、冒険譚。群像劇。
長く続く(予定の)ギルドファンタジー。
地の文描写しっかり目。
他のメンバーの冒険は『ブルジァ家の秘密』で検索。(完結済み)
本編完結!!ありがとうございました!!
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。


特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

落ちこぼれの貴族、現地の人達を味方に付けて頑張ります!
ユーリ
ファンタジー
気が付くと見知らぬ部屋にいた。
最初は、何が起こっているのか、状況を把握する事が出来なかった。
でも、鏡に映った自分の姿を見た時、この世界で生きてきた、リュカとしての記憶を思い出した。
記憶を思い出したはいいが、状況はよくなかった。なぜなら、貴族では失敗した人がいない、召喚の儀を失敗してしまった後だったからだ!
貴族としては、落ちこぼれの烙印を押されても、5歳の子供をいきなり屋敷の外に追い出したりしないだろう。しかも、両親共に、過保護だからそこは大丈夫だと思う……。
でも、両親を独占して甘やかされて、勉強もさぼる事が多かったため、兄様との関係はいいとは言えない!!
このままでは、兄様が家督を継いだ後、屋敷から追い出されるかもしれない!
何とか兄様との関係を改善して、追い出されないよう、追い出されてもいいように勉強して力を付けるしかない!
だけど、勉強さぼっていたせいで、一般常識さえも知らない事が多かった……。
それに、勉強と兄様との関係修復を目指して頑張っても、兄様との距離がなかなか縮まらない!!
それでも、今日も関係修復頑張ります!!
5/9から小説になろうでも掲載中
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

とある元令嬢の選択
こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる