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新たなる脅威篇
5 復讐の始まり-4-
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避難所の前に着陸したのは小型艇のみだった。
残る3隻は滞空している。
(僕たちが乗ってきた艇だ……)
小型艇とはいえ、改めて目の前にするとそれなりの大きさに圧倒される。
特に国境に近いプラトウの民は、日ごろから艦に対して良い印象を持っていない。
「エルドランに戻られると聞き、お迎えにあがりました」
艇長が挨拶を述べた。
「戻るってどういうことだ?」
「来たばっかりじゃねえかよ」
艇を見ないようにしながら避難者たちが言う。
「皇帝の安全を考えてのことです」
従者たちが理解を求める。
以前なら役人に対する無礼ということで斬り捨てていたところだ。
「実は未明より各地でテロが起きているとの報告が入っています。目的は不明ですが、皇帝が狙われる可能性は充分にあります」
「なんでだよ? 暴動が起きる理由なんてねえじゃねえか」
「私たち、やっと静かに暮らせると思ってたのに。復興だってまだまだこれからなのよ? なのにどうして――?」
従者の説明に非難の声が上がる。
現状、ここには中央の情勢はおろか、隣町の情報すらまともに届かない。
つまりほとんどの者は外で何が起こっているかを知らないのだ。
「どうして、ですか……?」
それはシェイドも同じだった。
暴君ペルガモンを打ち倒し、民は快哉を叫んだハズだ。
これから平和な国を造ろうという時に、なぜ暴動が起こるのか理解できない。
「――それは」
イエレドはすぐには答えられない。
ケッセルの供述にもあるように、誰もが新政権を歓迎しているワケではない。
それをそのまま伝えたところでこの少年が納得するだろうか――?
「騒ぎを起こして喜ぶ連中がいるのです。中には皇帝の命を狙う過激な者も……」
「そう、ですか……」
世間知らずの少年は皇帝になったばかりで、やはり世間知らずのままだった。
その”騒ぎを起こして喜ぶ連中”や、”命を狙う過激な者”の行動理念はどう考えても想像もつかない。
「これ以上、御身に危険がおよばないようエルドランに戻らなければなりません」
従者は強い口調で言う。
シェイドは小さく頷いた。
本心では反対しているが、従者たちやライネを巻き込んでいるとなると、ここに留まるワケにもいかない。
「本当、なの…………?」
ライネに支えられながらフェルノーラが歩み寄ってくる。
その表情も声色も不安をたたえていた。
「うん――」
彼は目をそらした。
従者たちはそろってそうすべきだと言う。
不本意なのは彼だけだった。
「なら、ここは……プラトウはどうなるの?」
フェルノーラは震える声で言った。
「生活だってままならないのよ? 賊だってあちこちにいる。あなたたちが来てくれて少しは安心できると思ったのに……」
「僕だって本当は――」
「あなたたちが帰ったら誰がこの町を守るの? 誰が守ってくれるの!?」
彼女はまだ泣いてはいない。
だが声色と小刻みに震える体が涙の代わりになった。
「フェルノーラさん……」
彼女の気持ちがシェイドには痛いほど分かっていた。
同じなのだ。
あの時と。
明日どころか数時間先にはどうなっているか分からないほど、この町は逼迫している。
もはや自力では立ち上がれないほどに疲弊しているのだ。
(あの時は――)
誰もが住む場所を失い、家族を喪い、黙って死ぬか、叛乱に賭けるかしか選択肢はなかった。
最後には誰もが後者を選び、生きる道を目指した。
しかし今回はちがう。
ここで再び生活するために彼らは戻ってきた。
遅鈍ではあるが復興に力を注ぐのも、プラトウで生きようという意志があるからだ。
叛乱を起こす相手はもういない。
彼らにはもう、ここしかないのだ。
「アタシも戻るのに賛成だ」
ライネはシェイドの決断を後押しするように言った。
「アタシたちは護衛で来たけど、だからってみすみすシェイド君を危険に晒すべきじゃない」
この少女は楽天的で自信家だが、軽率ではない。
「………………」
昨日の一件で彼女は力不足を痛感した。
襲撃者の突破を許し、シェイドに怪我を負わせてしまった。
軽傷で済んだがもし爆弾でも持っていて、自滅覚悟でそれを爆発させていたら――?
(それに…………)
尾を引くのはケッセルの件だ。
あれは完全に彼女の失態、慢心が招いたことだった。
もしイエレドが機転を利かせてシェイドを別室に移していなかったら――ケッセルは眠っているシェイドを暗殺しただろう。
「エルドランにいたほうが安全だ……アタシはそう思う」
そう呟くライネは自信を失いつつあった。
――二度も彼を危険に晒した、という事実が重くのしかかる。
(調子の良いことを言っておいて……結局アタシ、何もできてないじゃないか……!)
アシュレイに大口をたたいた自分を呪う。
こうなっては”何があっても守るからシェイドがここにいたいならそうすればいい”などとは言えない。
シェイドが寂しげに目を伏せた、その時、
「あなたたちには分からないのよ!」
悲痛な叫び声が聞こえた。
残る3隻は滞空している。
(僕たちが乗ってきた艇だ……)
小型艇とはいえ、改めて目の前にするとそれなりの大きさに圧倒される。
特に国境に近いプラトウの民は、日ごろから艦に対して良い印象を持っていない。
「エルドランに戻られると聞き、お迎えにあがりました」
艇長が挨拶を述べた。
「戻るってどういうことだ?」
「来たばっかりじゃねえかよ」
艇を見ないようにしながら避難者たちが言う。
「皇帝の安全を考えてのことです」
従者たちが理解を求める。
以前なら役人に対する無礼ということで斬り捨てていたところだ。
「実は未明より各地でテロが起きているとの報告が入っています。目的は不明ですが、皇帝が狙われる可能性は充分にあります」
「なんでだよ? 暴動が起きる理由なんてねえじゃねえか」
「私たち、やっと静かに暮らせると思ってたのに。復興だってまだまだこれからなのよ? なのにどうして――?」
従者の説明に非難の声が上がる。
現状、ここには中央の情勢はおろか、隣町の情報すらまともに届かない。
つまりほとんどの者は外で何が起こっているかを知らないのだ。
「どうして、ですか……?」
それはシェイドも同じだった。
暴君ペルガモンを打ち倒し、民は快哉を叫んだハズだ。
これから平和な国を造ろうという時に、なぜ暴動が起こるのか理解できない。
「――それは」
イエレドはすぐには答えられない。
ケッセルの供述にもあるように、誰もが新政権を歓迎しているワケではない。
それをそのまま伝えたところでこの少年が納得するだろうか――?
「騒ぎを起こして喜ぶ連中がいるのです。中には皇帝の命を狙う過激な者も……」
「そう、ですか……」
世間知らずの少年は皇帝になったばかりで、やはり世間知らずのままだった。
その”騒ぎを起こして喜ぶ連中”や、”命を狙う過激な者”の行動理念はどう考えても想像もつかない。
「これ以上、御身に危険がおよばないようエルドランに戻らなければなりません」
従者は強い口調で言う。
シェイドは小さく頷いた。
本心では反対しているが、従者たちやライネを巻き込んでいるとなると、ここに留まるワケにもいかない。
「本当、なの…………?」
ライネに支えられながらフェルノーラが歩み寄ってくる。
その表情も声色も不安をたたえていた。
「うん――」
彼は目をそらした。
従者たちはそろってそうすべきだと言う。
不本意なのは彼だけだった。
「なら、ここは……プラトウはどうなるの?」
フェルノーラは震える声で言った。
「生活だってままならないのよ? 賊だってあちこちにいる。あなたたちが来てくれて少しは安心できると思ったのに……」
「僕だって本当は――」
「あなたたちが帰ったら誰がこの町を守るの? 誰が守ってくれるの!?」
彼女はまだ泣いてはいない。
だが声色と小刻みに震える体が涙の代わりになった。
「フェルノーラさん……」
彼女の気持ちがシェイドには痛いほど分かっていた。
同じなのだ。
あの時と。
明日どころか数時間先にはどうなっているか分からないほど、この町は逼迫している。
もはや自力では立ち上がれないほどに疲弊しているのだ。
(あの時は――)
誰もが住む場所を失い、家族を喪い、黙って死ぬか、叛乱に賭けるかしか選択肢はなかった。
最後には誰もが後者を選び、生きる道を目指した。
しかし今回はちがう。
ここで再び生活するために彼らは戻ってきた。
遅鈍ではあるが復興に力を注ぐのも、プラトウで生きようという意志があるからだ。
叛乱を起こす相手はもういない。
彼らにはもう、ここしかないのだ。
「アタシも戻るのに賛成だ」
ライネはシェイドの決断を後押しするように言った。
「アタシたちは護衛で来たけど、だからってみすみすシェイド君を危険に晒すべきじゃない」
この少女は楽天的で自信家だが、軽率ではない。
「………………」
昨日の一件で彼女は力不足を痛感した。
襲撃者の突破を許し、シェイドに怪我を負わせてしまった。
軽傷で済んだがもし爆弾でも持っていて、自滅覚悟でそれを爆発させていたら――?
(それに…………)
尾を引くのはケッセルの件だ。
あれは完全に彼女の失態、慢心が招いたことだった。
もしイエレドが機転を利かせてシェイドを別室に移していなかったら――ケッセルは眠っているシェイドを暗殺しただろう。
「エルドランにいたほうが安全だ……アタシはそう思う」
そう呟くライネは自信を失いつつあった。
――二度も彼を危険に晒した、という事実が重くのしかかる。
(調子の良いことを言っておいて……結局アタシ、何もできてないじゃないか……!)
アシュレイに大口をたたいた自分を呪う。
こうなっては”何があっても守るからシェイドがここにいたいならそうすればいい”などとは言えない。
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悲痛な叫び声が聞こえた。
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