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新たなる脅威篇
5 復讐の始まり-2-
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「そんなことが……!?」
翌朝、ケッセルの一件を聞かされたシェイドは青ざめた。
もしかしたら自分が殺されていたかもしれない恐怖よりも、ここで暗殺騒ぎが起こらなくてよかったという安堵のほうが先にくる。
「イエレドさんのおかげですね……」
昨夜、寝入りばなを彼に起こされたシェイドは、ワケも分からないままに部屋を移動させられた。
「それに……ライネさんも…………」
出遅れこそしたものの、ケッセル確保のために張り込んでいた――とイエレドたちは思っている――彼女の活躍も伝わっている。
ボディガードとしての務めを果たしたライネを評価してやってほしい。
そういう想いからイエレドは顛末を語ったのだった。
(僕は…………)
なにをしていたんだろう、と不甲斐なさを呪う。
周囲があれこれと手を焼いてくれ、暗殺まで未然に防いでくれたことも知らず、ただ眠っていただけではないか。
命を狙われている本人が無警戒でどうする。
ケッセルではなく、ライネやイエレドが暗殺者だったら自分はとっくに殺されている。
このままでいいのか?
何もかも頼りきりでいいのか?
「シェイド様にはお心苦しいかと思いますが――」
そう前置きしたうえで従者は切り出す。
「ただちにこの場を離れ、エルドランに戻られるべきかと」
「………………」
もしかしたらそう言われるかもしれない、と考えていたシェイドは沈黙でそれに答えた。
彼を守るためといっても、随行しているのはライネを含めて数名しかいない。
おまけにその中に暗殺者が紛れ込んでいたのだから、もはや万全とはいえない。
(たとえ拒否されたとしても――)
身の安全のためにエルドランに戻らなければならない、と想いを固めたイエレドは昨夜の尋問の模様を振り返った。
両手を縛られたケッセルは面倒くさそうにため息をついた。
射抜くような目で自分を見下ろすイエレドたちを相手に、面倒な話し合いをしなければならないからだ。
「皇帝への忠誠心を失ったようだな」
あざけるような口調で従者が言う。
「忠誠心なら今も持っているぞ。ペルガモン様に対してな」
ケッセルは心の内で笑った。
次に何を言うかは見当がつく。
「ペルガモン政権は潰えた。今はシェイド様が皇帝だ」
「お前たちこそ忠誠心がないんじゃないか? 仕えるべき主を簡単に変えるのは節操がなさすぎるな」
「こいつは…………!」
余計なことをしゃべらせてはダメだ、とイエレドは思った。
尋問は簡潔に、必要な事柄だけを吐かせなければならない。
「暗殺はお前の意思か? それとも後ろに誰かいるのか?」
「………………」
「答えろ。ここにはシェイド様はいない。分かっているな?」
口を割らないなら殺す、という脅しを彼は遠回しに表現した。
「………………」
ケッセルは己の信念と命とを秤にかけた。
折れるのは癪だ。
だが先ほどの言葉はたんなる脅しではない。
このイエレドという男はシェイドのいないところでなら、先帝のやり方を踏襲するのに躊躇いを抱かない。
「クライズデールという人物だ」
彼は結局、自分の命を選んだ。
あの若き皇帝は温厚でお人好しだ。
この尋問さえやり過ごせば殺されることはないだろう、と踏んでの自白である。
「顔も声も知らない。若い男らしい。そいつに頼まれたんだ。シェイドを殺して先帝の恨みを晴らせ、と」
「なんだと?」
「ペルガモン政権を取り戻すのが目的らしい。俺も同じ考えだ。だから協力した」
小馬鹿にしたように言う。
訊きたいことがあるなら早々としろ、と言いたげな口ぶりだ。
「連中もお前の仲間か?」
「俺は知らないが、クライズデールに雇われたんだろう」
「面識はない、ということか……」
この男は生かしておいたほうがいい、とイエレドは思った。
先の襲撃者からも情報を得られるかもしれない。
ケッセルの証言と合わせればクライズデールなる人物にたどり着けるかもしれない。
そう思った矢先、
「考えていることは分かるが無理だろうな。毎回、異なる代理人から連絡が来る。正体を暴こうなどと思わないほうがいい」
なら殺してやろうか、と言いかけてやめる。
その後も尋問を続けたが、核心にいたる情報を引き出すことはできなかった。
翌朝、ケッセルの一件を聞かされたシェイドは青ざめた。
もしかしたら自分が殺されていたかもしれない恐怖よりも、ここで暗殺騒ぎが起こらなくてよかったという安堵のほうが先にくる。
「イエレドさんのおかげですね……」
昨夜、寝入りばなを彼に起こされたシェイドは、ワケも分からないままに部屋を移動させられた。
「それに……ライネさんも…………」
出遅れこそしたものの、ケッセル確保のために張り込んでいた――とイエレドたちは思っている――彼女の活躍も伝わっている。
ボディガードとしての務めを果たしたライネを評価してやってほしい。
そういう想いからイエレドは顛末を語ったのだった。
(僕は…………)
なにをしていたんだろう、と不甲斐なさを呪う。
周囲があれこれと手を焼いてくれ、暗殺まで未然に防いでくれたことも知らず、ただ眠っていただけではないか。
命を狙われている本人が無警戒でどうする。
ケッセルではなく、ライネやイエレドが暗殺者だったら自分はとっくに殺されている。
このままでいいのか?
何もかも頼りきりでいいのか?
「シェイド様にはお心苦しいかと思いますが――」
そう前置きしたうえで従者は切り出す。
「ただちにこの場を離れ、エルドランに戻られるべきかと」
「………………」
もしかしたらそう言われるかもしれない、と考えていたシェイドは沈黙でそれに答えた。
彼を守るためといっても、随行しているのはライネを含めて数名しかいない。
おまけにその中に暗殺者が紛れ込んでいたのだから、もはや万全とはいえない。
(たとえ拒否されたとしても――)
身の安全のためにエルドランに戻らなければならない、と想いを固めたイエレドは昨夜の尋問の模様を振り返った。
両手を縛られたケッセルは面倒くさそうにため息をついた。
射抜くような目で自分を見下ろすイエレドたちを相手に、面倒な話し合いをしなければならないからだ。
「皇帝への忠誠心を失ったようだな」
あざけるような口調で従者が言う。
「忠誠心なら今も持っているぞ。ペルガモン様に対してな」
ケッセルは心の内で笑った。
次に何を言うかは見当がつく。
「ペルガモン政権は潰えた。今はシェイド様が皇帝だ」
「お前たちこそ忠誠心がないんじゃないか? 仕えるべき主を簡単に変えるのは節操がなさすぎるな」
「こいつは…………!」
余計なことをしゃべらせてはダメだ、とイエレドは思った。
尋問は簡潔に、必要な事柄だけを吐かせなければならない。
「暗殺はお前の意思か? それとも後ろに誰かいるのか?」
「………………」
「答えろ。ここにはシェイド様はいない。分かっているな?」
口を割らないなら殺す、という脅しを彼は遠回しに表現した。
「………………」
ケッセルは己の信念と命とを秤にかけた。
折れるのは癪だ。
だが先ほどの言葉はたんなる脅しではない。
このイエレドという男はシェイドのいないところでなら、先帝のやり方を踏襲するのに躊躇いを抱かない。
「クライズデールという人物だ」
彼は結局、自分の命を選んだ。
あの若き皇帝は温厚でお人好しだ。
この尋問さえやり過ごせば殺されることはないだろう、と踏んでの自白である。
「顔も声も知らない。若い男らしい。そいつに頼まれたんだ。シェイドを殺して先帝の恨みを晴らせ、と」
「なんだと?」
「ペルガモン政権を取り戻すのが目的らしい。俺も同じ考えだ。だから協力した」
小馬鹿にしたように言う。
訊きたいことがあるなら早々としろ、と言いたげな口ぶりだ。
「連中もお前の仲間か?」
「俺は知らないが、クライズデールに雇われたんだろう」
「面識はない、ということか……」
この男は生かしておいたほうがいい、とイエレドは思った。
先の襲撃者からも情報を得られるかもしれない。
ケッセルの証言と合わせればクライズデールなる人物にたどり着けるかもしれない。
そう思った矢先、
「考えていることは分かるが無理だろうな。毎回、異なる代理人から連絡が来る。正体を暴こうなどと思わないほうがいい」
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