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新たなる脅威篇
5 復讐の始まり-1-
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ケインの怒りはあやうく頂点に達するところだった。
なぜ自分の言うとおりにしないのか。
任せると言ったのはウソだったのか。
「イズミール様」
責め詰りたいのをどうにか抑え、努めて冷静に呼びかける。
「なぜあのような命令を出されました?」
彼が言っているのは2度目の襲撃と、ケッセルによるシェイド暗殺未遂の件だ。
これらにケインは関与しておらず、イズミールの独断である。
「チャンスだと思ったからな。失敗したが」
どうせ使い捨ての戦力だからかまわないだろう、と彼は涼しい顔だ。
「そうではなく――」
ケインは舌打ちしたのを聞かれはしなかったか、と一瞬だけ焦った。
「立て続けに、しかも無策に仕掛けては連中に警戒心を抱かせるだけです。警戒心ではなく猜疑心を植え付けなければなりません」
「回りくどいやり方だ」
イズミールはつまらなさそうに言った。
先帝ペルガモンの遺伝子をしっかりと受け継いだこの男は謀略を嫌う。
「適切なタイミングで断続的に奇襲をしかけ、エルディラントがまだ自分に服していないとシェイドの心に刷り込むのです」
「それでどうなる?」
「芽生えた猜疑心は自分に近い者に向けます。重鎮や取り巻きを疑うように仕向け、孤立を誘い、時機を見て蜂起する予定でしたが――」
ケインはため息をついた。
「連中は警戒を強め、防備を固めるでしょう。こうなってはやり方を変えるしかありますまい」
誰のせいでこうなったか、を彼は口にはしない。
当てこするような口調では豪放なイズミールには通じなかった。
「………………」
蔑するようにイズミールを一瞥する。
彼は方針を変えることにした。
こうも考えなしだと、この男ではシェイドを倒すのは無理だ。
それならさっさと切り捨ててしまったほうがいい。
シェイドが防備を固めてしまう前に先陣を切らせれば、連中の戦力を削ぐ程度には役立つだろう。
「お待たせいたしました」
ならば早いほうがいい。
どうせこの男にペルガモンの跡を継がせるつもりはなかったのだから。
「予定より少し早いですが始めましょう。艦隊をプラトウに送り込み、シェイドを葬り去るのです」
「おお、ついにやるのか!」
「ええ――」
あなたのせいで、と喉まで出かかっている言葉を呑む。
「ガキを殺すついでに見せしめにプラトウごと焼き払ってしまえ。全艦投入すりゃすぐだ」
今度はケインは分かりやすくため息をついた。
「奴を始末して終わり、というワケにはいきませんよ。このわずかな期間でずいぶんと人心をつかんだようです。いまイズミール様が政権を奪取しても民は服しません」
「ならどうするんだ? お前のお得意の計略ってやつか?」
「先帝にならいましょう。恐怖です。恐怖は誰もが等しく抱く感情。心服ではなく平服させるのです」
「それならガキを殺せばすむ話じゃないか」
この直情的で好戦的な性格はやはり血筋によるものだな、とケインは思った。
だがペルガモンほどの優雅さを感じない。
暴れたいが暴れ方を知らない獣――彼にはそう見えた。
「奴を始末してなお余りある力があると内外に示さなければなりません。そのための蜂起です。あとのことを考えなければ――」
むしろシェイドの敵討ちにと反発を招くおそれがある、とケインは述べた。
「分かった分かった。あのガキの味方をする奴らが各地にいるだろうから、そっちにも戦力を回すってことだな?」
イズミールは得意そうに言った。
「ウソか真実か、艦を沈めたという話があります。念のため4隻ほど向かわせましょう。生身の人間にそんなことができるとは思えませんが――」
魔法の訓練の様子から考えるにあれは十中八九、権威付けのための大袈裟な噂だろうと彼は見ていた。
ロワンの指導を受けていた彼には才能の片鱗すら感じなかった。
クライダードの力など時代遅れの過去のもの――。
(魔法が幅を利かせる時代は終わる……それをもたらしたのはシェイド……貴様自身だ)
ケインは嗤った。
なぜ自分の言うとおりにしないのか。
任せると言ったのはウソだったのか。
「イズミール様」
責め詰りたいのをどうにか抑え、努めて冷静に呼びかける。
「なぜあのような命令を出されました?」
彼が言っているのは2度目の襲撃と、ケッセルによるシェイド暗殺未遂の件だ。
これらにケインは関与しておらず、イズミールの独断である。
「チャンスだと思ったからな。失敗したが」
どうせ使い捨ての戦力だからかまわないだろう、と彼は涼しい顔だ。
「そうではなく――」
ケインは舌打ちしたのを聞かれはしなかったか、と一瞬だけ焦った。
「立て続けに、しかも無策に仕掛けては連中に警戒心を抱かせるだけです。警戒心ではなく猜疑心を植え付けなければなりません」
「回りくどいやり方だ」
イズミールはつまらなさそうに言った。
先帝ペルガモンの遺伝子をしっかりと受け継いだこの男は謀略を嫌う。
「適切なタイミングで断続的に奇襲をしかけ、エルディラントがまだ自分に服していないとシェイドの心に刷り込むのです」
「それでどうなる?」
「芽生えた猜疑心は自分に近い者に向けます。重鎮や取り巻きを疑うように仕向け、孤立を誘い、時機を見て蜂起する予定でしたが――」
ケインはため息をついた。
「連中は警戒を強め、防備を固めるでしょう。こうなってはやり方を変えるしかありますまい」
誰のせいでこうなったか、を彼は口にはしない。
当てこするような口調では豪放なイズミールには通じなかった。
「………………」
蔑するようにイズミールを一瞥する。
彼は方針を変えることにした。
こうも考えなしだと、この男ではシェイドを倒すのは無理だ。
それならさっさと切り捨ててしまったほうがいい。
シェイドが防備を固めてしまう前に先陣を切らせれば、連中の戦力を削ぐ程度には役立つだろう。
「お待たせいたしました」
ならば早いほうがいい。
どうせこの男にペルガモンの跡を継がせるつもりはなかったのだから。
「予定より少し早いですが始めましょう。艦隊をプラトウに送り込み、シェイドを葬り去るのです」
「おお、ついにやるのか!」
「ええ――」
あなたのせいで、と喉まで出かかっている言葉を呑む。
「ガキを殺すついでに見せしめにプラトウごと焼き払ってしまえ。全艦投入すりゃすぐだ」
今度はケインは分かりやすくため息をついた。
「奴を始末して終わり、というワケにはいきませんよ。このわずかな期間でずいぶんと人心をつかんだようです。いまイズミール様が政権を奪取しても民は服しません」
「ならどうするんだ? お前のお得意の計略ってやつか?」
「先帝にならいましょう。恐怖です。恐怖は誰もが等しく抱く感情。心服ではなく平服させるのです」
「それならガキを殺せばすむ話じゃないか」
この直情的で好戦的な性格はやはり血筋によるものだな、とケインは思った。
だがペルガモンほどの優雅さを感じない。
暴れたいが暴れ方を知らない獣――彼にはそう見えた。
「奴を始末してなお余りある力があると内外に示さなければなりません。そのための蜂起です。あとのことを考えなければ――」
むしろシェイドの敵討ちにと反発を招くおそれがある、とケインは述べた。
「分かった分かった。あのガキの味方をする奴らが各地にいるだろうから、そっちにも戦力を回すってことだな?」
イズミールは得意そうに言った。
「ウソか真実か、艦を沈めたという話があります。念のため4隻ほど向かわせましょう。生身の人間にそんなことができるとは思えませんが――」
魔法の訓練の様子から考えるにあれは十中八九、権威付けのための大袈裟な噂だろうと彼は見ていた。
ロワンの指導を受けていた彼には才能の片鱗すら感じなかった。
クライダードの力など時代遅れの過去のもの――。
(魔法が幅を利かせる時代は終わる……それをもたらしたのはシェイド……貴様自身だ)
ケインは嗤った。
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