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新たなる脅威篇
4 暗躍-9-
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「………………」
ライネは息を殺した。
身軽さと格闘術をウリにしている彼女にとって、これは最も苦手な分野に入る。
だが引き受けた任務の一環だ。
アシュレイの期待を裏切りたくないという責任感もある。
深夜。
施設内の照明は落とされ、夜間灯のわずかな明かりだけが通路を照らしている。
あたりは静まり返っている。
紙くずを落としただけでもその音が隅々にまで響き渡りそうだ。
だからこそ彼女は慎重になる。
緊張でやや荒くなった息遣いさえ憚るように。
そうする必要があったのだ。
暗がりの中――。
通路を横切った影を彼女は確かに見た。
(思ったとおりだ!)
確信する。
人影の正体はイエレドだった。
部屋でひとりで寝ている今、シェイドは無防備だ。
何か行動を起こすならこの機会を逃すハズはないと、ライネは張り込んでいた。
そうとも知らず彼は薄暗い廊下を進む。
「………………」
探偵よろしく尾行する。
ここで気付かれては意味がない。
シェイドを襲うその瞬間を取り押さえ、動かぬ証拠を突きつける必要がある。
だがこの方法は危険と隣り合わせだ。
わずかでも遅れればシェイドは良くて怪我、悪ければ命を落としかねない。
(よし…………!)
ならば彼の背後にぴったりと張りつき、その素振りを見せたと同時に押さえ込むしかない。
イエレドは角で止まり、顔だけを出して通路の奥を見ている。
その先にあるのはもちろん、シェイドの部屋だ。
数秒してイエレドが歩を進めた。
気付かれないよう一定の距離を保つ。
「………………ッ!?」
突如、イエレドが走り出した。
シェイドの部屋へ向かっている!
ライネも急いでそのあとを追う。
角を曲がり、イエレドが部屋に飛び込んだ。
「そこまでだ!」
突入と同時に叫んだのは彼をたじろがせる効果を狙ってのことだった。
「え…………えっ!?」
だが意表を突かれたのは彼女のほうだった。
目の前にいたのはケッセルだった。
彼は2人の従者とイエレドに銃を向けられ、身動きがとれずにいた。
(どういうことだ……!?)
まったく状況が呑み込めないライネはすっかり狼狽してしまう。
「お前も気付いていたのか?」
「な、なにを……?」
イエレドはケッセルをあごでしゃくった。
「こいつは裏切り者だ。シェイド様を暗殺しようとした」
銃口は背中に押し当てられている。
「やるなら今夜だろうと張っていた」
「えっと……じゃあアタシが尾行してたのは……?」
彼はケッセルを尾行していた。
そうとは知らずライネはそのイエレドを追っていたことになる。
「そ、そうだ! シェイドく……様は無事なのか!?」
思い出したようにベッドに近づき、シーツをめくる。
いくつかのクッションを並べ、人が寝ているように偽装されていた。
「あらかじめシェイド様には別の部屋に移っていただいた。万が一のことがあってはならないからな」
「……そ、そっか……うん、そうだよな――」
ライネは不自然な笑みを浮かべるしかなかった。
「こいつが連中に情報を流していたにちがいない。いつの間に、どこでどう繋がったのか――」
イエレドは忌々しそうにケッセルを睨みつけた。
両手を拘束し、部屋から引きずり出す。
ケッセルは先に捕らえた襲撃者とは別の場所に隔離し、尋問を受けることになった。
「見事な観察眼だな」
裏切り者の後ろ姿を見送りながらイエレドが言う。
ライネは室内を見回した。
争った形跡はない。
そもそも彼がこの部屋に入った直後にライネも飛び込んだから、時間にして2秒もない。
その状況でケッセルの動きを完全に封じていたのだから、手際が良いというほかない。
「シェイド様のボディガードを任されるだけはある」
彼女は喜ばなかった。
これは彼女にとって完全な敗北だ。
相手を見誤り、もしかしたらシェイドを危険に晒していたかもしれない失態が――。
イエレドのひかえめな賛辞を、彼女に対する嘲弄に変えた。
「いや――たいしたことないよ……」
だから彼女はこう答えるしかなかった。
ライネは息を殺した。
身軽さと格闘術をウリにしている彼女にとって、これは最も苦手な分野に入る。
だが引き受けた任務の一環だ。
アシュレイの期待を裏切りたくないという責任感もある。
深夜。
施設内の照明は落とされ、夜間灯のわずかな明かりだけが通路を照らしている。
あたりは静まり返っている。
紙くずを落としただけでもその音が隅々にまで響き渡りそうだ。
だからこそ彼女は慎重になる。
緊張でやや荒くなった息遣いさえ憚るように。
そうする必要があったのだ。
暗がりの中――。
通路を横切った影を彼女は確かに見た。
(思ったとおりだ!)
確信する。
人影の正体はイエレドだった。
部屋でひとりで寝ている今、シェイドは無防備だ。
何か行動を起こすならこの機会を逃すハズはないと、ライネは張り込んでいた。
そうとも知らず彼は薄暗い廊下を進む。
「………………」
探偵よろしく尾行する。
ここで気付かれては意味がない。
シェイドを襲うその瞬間を取り押さえ、動かぬ証拠を突きつける必要がある。
だがこの方法は危険と隣り合わせだ。
わずかでも遅れればシェイドは良くて怪我、悪ければ命を落としかねない。
(よし…………!)
ならば彼の背後にぴったりと張りつき、その素振りを見せたと同時に押さえ込むしかない。
イエレドは角で止まり、顔だけを出して通路の奥を見ている。
その先にあるのはもちろん、シェイドの部屋だ。
数秒してイエレドが歩を進めた。
気付かれないよう一定の距離を保つ。
「………………ッ!?」
突如、イエレドが走り出した。
シェイドの部屋へ向かっている!
ライネも急いでそのあとを追う。
角を曲がり、イエレドが部屋に飛び込んだ。
「そこまでだ!」
突入と同時に叫んだのは彼をたじろがせる効果を狙ってのことだった。
「え…………えっ!?」
だが意表を突かれたのは彼女のほうだった。
目の前にいたのはケッセルだった。
彼は2人の従者とイエレドに銃を向けられ、身動きがとれずにいた。
(どういうことだ……!?)
まったく状況が呑み込めないライネはすっかり狼狽してしまう。
「お前も気付いていたのか?」
「な、なにを……?」
イエレドはケッセルをあごでしゃくった。
「こいつは裏切り者だ。シェイド様を暗殺しようとした」
銃口は背中に押し当てられている。
「やるなら今夜だろうと張っていた」
「えっと……じゃあアタシが尾行してたのは……?」
彼はケッセルを尾行していた。
そうとは知らずライネはそのイエレドを追っていたことになる。
「そ、そうだ! シェイドく……様は無事なのか!?」
思い出したようにベッドに近づき、シーツをめくる。
いくつかのクッションを並べ、人が寝ているように偽装されていた。
「あらかじめシェイド様には別の部屋に移っていただいた。万が一のことがあってはならないからな」
「……そ、そっか……うん、そうだよな――」
ライネは不自然な笑みを浮かべるしかなかった。
「こいつが連中に情報を流していたにちがいない。いつの間に、どこでどう繋がったのか――」
イエレドは忌々しそうにケッセルを睨みつけた。
両手を拘束し、部屋から引きずり出す。
ケッセルは先に捕らえた襲撃者とは別の場所に隔離し、尋問を受けることになった。
「見事な観察眼だな」
裏切り者の後ろ姿を見送りながらイエレドが言う。
ライネは室内を見回した。
争った形跡はない。
そもそも彼がこの部屋に入った直後にライネも飛び込んだから、時間にして2秒もない。
その状況でケッセルの動きを完全に封じていたのだから、手際が良いというほかない。
「シェイド様のボディガードを任されるだけはある」
彼女は喜ばなかった。
これは彼女にとって完全な敗北だ。
相手を見誤り、もしかしたらシェイドを危険に晒していたかもしれない失態が――。
イエレドのひかえめな賛辞を、彼女に対する嘲弄に変えた。
「いや――たいしたことないよ……」
だから彼女はこう答えるしかなかった。
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