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新たなる脅威篇
2 プラトウへ-7-
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「あ…………!」
思わず声をあげる。
抱えていた箱を置いた彼女は少し笑っていた。
「フェルノーラさん!」
それまでどこか強張っていた彼の表情が一気に弛緩する。
「足はもう大丈夫なの?」
「ええ、平気よ。それより悪かったわね。あなたに黙ってて」
治療を終えたあと、シェイドに何も告げずプラトウに戻ったことを彼女は詫びた。
しかし申し訳なさそうにしたのも一瞬のこと。
次にはいつもの彼女らしい勝ち気な顔に戻っていた。
「挨拶くらいするべきだったんだろうけどあなた、忙しそうだったから」
仕事の邪魔をしたくなかった、とフェルノーラは言う。
たしかに即位式を終えた直後のシェイドは公務に追われていた。
高官たちに挨拶して回ったり、復興計画の策定や滞っていた事業の再開など、彼自身には何ひとつ理解できないことばかりだった。
四方から難しい言葉ばかりを投げかけられ、取り敢えず言われるままに書類に押印しているうちに半月ほどが過ぎていた。
「あ、うん、ごめんね」
落ち込んだ様子のシェイドを見て、
「相変わらずね」
彼女は呆れたように笑ったあと、従者たちに気付いて軽く咳払いをした。
「――失礼しました。非礼をお詫びします」
そして表情を一転させると恭しく頭を下げた。
またか、と思ったシェイドは不満気に振り返る。
「すみません、皆さんがいると気を遣うみたいなので――」
周囲に威圧感を与えないように少し離れてほしい、という要望を遠回しに伝える。
「ですが……」
「大丈夫ですよ。避難所ですし、皆さんが心配しているようなことはないと思いますから」
従者はただついて来るだけではない。
彼らがライネと同じ理由で同行していることをシェイドは知っていた。
お願いとはいえ、これはシェイドの命令であり意思である。
目の届く範囲にいる、という条件をつけて彼らは散り散りになった。
「アタシはいてもいいだろ?」
ライネは答えを迫るように言った。
「あ、はい、そうですね」
やや気圧されたように彼は頷く。
従者たちが離れている以上、ライネまでもが彼の傍を離れるワケにはいかなかった。
それにアシュレイとの約束もある。
かけられている期待を裏切ることはできない。
「その子は?」
フェルノーラが訊いた。
「ライネさん。僕のために付いてきてくれたんだ。アシュレイさんのお墨付きなんだって」
「ふーん」
興味なさそうに返し、いかにも好戦的な少女を見上げる。
「どうした?」
あまり歓迎されていないような視線にライネは表情を硬くした。
(ん……? そういえばこの子……?)
仕返しとばかりに挑むような目で見下ろしてやる。
(式典で見たな。シェイド君の横にいた――功労者とかどうとかで……)
記憶を辿ってようやく思い当たる。
即位式では独裁の終わりを強調する意味も込めて、功績のあった者への表彰も行われた。
そこにいた彼女は車椅子に座っていたこともありかなり目立っていた。
「別に……」
フェルノーラは拗ねたように目をそらした。
(なぁるほど、そういうことね)
そういうことなら、とライネは一歩退いた位置に立ってやる。
「普通でいいよ。気を遣うのも遣われるのも慣れてないから」
「そう? あなたがそれでいいならいいけど?」
なぜか自分たちと距離を置いたライネを訝りながら、彼女は小さく息を吐いた。
「慰問に来たのよね? しばらくはここにいるの?」
「うん。数日ならいてもいいって。他の場所も回るつもりだけどね」
「ならちょうどいいわ」
そう言って部屋の隅を指差す。
膨らんだ麻袋がいっぱいに積み上げられている。
中身は穀物が大半で、ここから南に数十キロメートル先の避難所に送るためだという。
「今日中にあれを運ばなくちゃならないの。人手も多そうだし、手伝ってもらえると助かるんだけど」
プライドの高さか、彼女は素直に頼もうとはしない。
「いいですか?」
という彼の問いに、
「良いも悪いもアタシたちはキミに付いていくだけさ」
恬淡とした様子でライネが返す。
従者3名ほどがフェルノーラを手伝って麻袋を運び出すことになった。
その間にシェイドたちは避難所内を回って罹災者を慰撫することになる。
「さっきの子のこと、どう思ってるのさ?」
耳打ちするようにライネが訊く。
「フェルノーラさんのことですか?」
「そう。ずいぶん親しいみたいじゃないか」
「親しいというか――」
シェイドは彼女との出会いから説明した。
付き合いとしてはけして長くはない。
しかし数日間とはいえ共に戦った仲であり、短いながらも濃密な時を過ごしたのは間違いない。
「そっか…………」
茶化すような訊き方をするべきではなかった、とライネは後悔した。
淡々と話すシェイドからは事態の悲愴感も彼女への恋情も伝わってこない。
(そういう気持ちになりそうなもんだけどな……)
惨劇を考えれば生きることが最優先で恋慕を抱いている暇はないのかもしれない、と彼女は考えなおした。
思わず声をあげる。
抱えていた箱を置いた彼女は少し笑っていた。
「フェルノーラさん!」
それまでどこか強張っていた彼の表情が一気に弛緩する。
「足はもう大丈夫なの?」
「ええ、平気よ。それより悪かったわね。あなたに黙ってて」
治療を終えたあと、シェイドに何も告げずプラトウに戻ったことを彼女は詫びた。
しかし申し訳なさそうにしたのも一瞬のこと。
次にはいつもの彼女らしい勝ち気な顔に戻っていた。
「挨拶くらいするべきだったんだろうけどあなた、忙しそうだったから」
仕事の邪魔をしたくなかった、とフェルノーラは言う。
たしかに即位式を終えた直後のシェイドは公務に追われていた。
高官たちに挨拶して回ったり、復興計画の策定や滞っていた事業の再開など、彼自身には何ひとつ理解できないことばかりだった。
四方から難しい言葉ばかりを投げかけられ、取り敢えず言われるままに書類に押印しているうちに半月ほどが過ぎていた。
「あ、うん、ごめんね」
落ち込んだ様子のシェイドを見て、
「相変わらずね」
彼女は呆れたように笑ったあと、従者たちに気付いて軽く咳払いをした。
「――失礼しました。非礼をお詫びします」
そして表情を一転させると恭しく頭を下げた。
またか、と思ったシェイドは不満気に振り返る。
「すみません、皆さんがいると気を遣うみたいなので――」
周囲に威圧感を与えないように少し離れてほしい、という要望を遠回しに伝える。
「ですが……」
「大丈夫ですよ。避難所ですし、皆さんが心配しているようなことはないと思いますから」
従者はただついて来るだけではない。
彼らがライネと同じ理由で同行していることをシェイドは知っていた。
お願いとはいえ、これはシェイドの命令であり意思である。
目の届く範囲にいる、という条件をつけて彼らは散り散りになった。
「アタシはいてもいいだろ?」
ライネは答えを迫るように言った。
「あ、はい、そうですね」
やや気圧されたように彼は頷く。
従者たちが離れている以上、ライネまでもが彼の傍を離れるワケにはいかなかった。
それにアシュレイとの約束もある。
かけられている期待を裏切ることはできない。
「その子は?」
フェルノーラが訊いた。
「ライネさん。僕のために付いてきてくれたんだ。アシュレイさんのお墨付きなんだって」
「ふーん」
興味なさそうに返し、いかにも好戦的な少女を見上げる。
「どうした?」
あまり歓迎されていないような視線にライネは表情を硬くした。
(ん……? そういえばこの子……?)
仕返しとばかりに挑むような目で見下ろしてやる。
(式典で見たな。シェイド君の横にいた――功労者とかどうとかで……)
記憶を辿ってようやく思い当たる。
即位式では独裁の終わりを強調する意味も込めて、功績のあった者への表彰も行われた。
そこにいた彼女は車椅子に座っていたこともありかなり目立っていた。
「別に……」
フェルノーラは拗ねたように目をそらした。
(なぁるほど、そういうことね)
そういうことなら、とライネは一歩退いた位置に立ってやる。
「普通でいいよ。気を遣うのも遣われるのも慣れてないから」
「そう? あなたがそれでいいならいいけど?」
なぜか自分たちと距離を置いたライネを訝りながら、彼女は小さく息を吐いた。
「慰問に来たのよね? しばらくはここにいるの?」
「うん。数日ならいてもいいって。他の場所も回るつもりだけどね」
「ならちょうどいいわ」
そう言って部屋の隅を指差す。
膨らんだ麻袋がいっぱいに積み上げられている。
中身は穀物が大半で、ここから南に数十キロメートル先の避難所に送るためだという。
「今日中にあれを運ばなくちゃならないの。人手も多そうだし、手伝ってもらえると助かるんだけど」
プライドの高さか、彼女は素直に頼もうとはしない。
「いいですか?」
という彼の問いに、
「良いも悪いもアタシたちはキミに付いていくだけさ」
恬淡とした様子でライネが返す。
従者3名ほどがフェルノーラを手伝って麻袋を運び出すことになった。
その間にシェイドたちは避難所内を回って罹災者を慰撫することになる。
「さっきの子のこと、どう思ってるのさ?」
耳打ちするようにライネが訊く。
「フェルノーラさんのことですか?」
「そう。ずいぶん親しいみたいじゃないか」
「親しいというか――」
シェイドは彼女との出会いから説明した。
付き合いとしてはけして長くはない。
しかし数日間とはいえ共に戦った仲であり、短いながらも濃密な時を過ごしたのは間違いない。
「そっか…………」
茶化すような訊き方をするべきではなかった、とライネは後悔した。
淡々と話すシェイドからは事態の悲愴感も彼女への恋情も伝わってこない。
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