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新たなる脅威篇
2 プラトウへ-1-
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体内に宿るミストを収束させ、体外に放出する。
魔法を使うとは簡単にいえばこういうことになる。
「その調子です。そのまま的を撃ち抜いてみてください」
シェイドは言われたとおりにした。
突き出した掌から放たれた小さな火球は周囲の空気を巻き込みながら真っ直ぐに飛んだ。
目指す先には浮遊する的が3機。
狙いどおりに命中させることが目的なので直径は70センチと大きめにしてある。
風を斬りながら中空を滑った火球が最も手前の的を粉砕した。
「姿勢を維持してください。感覚を忘れないうちにもう一度!」
両の掌に再び生じた火が意思を持ったように小さな円を描く。
今度は2発同時だ。
的は左右に散っているがどちらも視界に捉えている。
「…………!」
火球が両方の的を撃ち抜く様子をイメージしながら、シェイドは中空に向けてミストを送り込んだ。
ふたつの火は互いを牽制しあうように歪な軌道を描いて的に迫った。
「あ…………」
そのうちのひとつは見事に的を破壊したが、もうひとつは狙いが逸れて空気中に溶けて消えてしまった。
「まだまだですね……」
「いいえ、移動する標的に命中させるのは難しいことです。ましてやこの距離ですからな。これなら基礎は卒業と言ってよろしいでしょう」
教導係のロワンはにこやかに言った。
時代遅れのローブを着たこの老翁は、魔法に関する知識の深さでは右に出る者はいないという。
今ではほとんど聞かれなくなった“魔導師”と呼ぶに相応しい実力者だ。
元々この言葉は優れた魔法の力を有する者の総称だったが時の流れとともに死語となりつつあり、今ではなかば尊号のように用いられている。
(クライダードという噂にも信憑性が出てきたな。だが――)
1時間ほどの教練でいくつかの問題が見えたことに彼はある種の懸念を抱いた。
(致命的な欠点がある。これを克服できなくば威信に関わるかもしれん。先帝を打ち倒したとなればなおさら――)
評価を聞きたがっているらしいシェイドはきょとんとした顔でロワンを見上げた。
「素晴らしい上達ぶりです。この様子であればじきにミストを手足の如く扱えるようになりましょう」
「本当ですか!?」
「それだけの才能がおありです。正しい訓練を積めば必ず――」
ロワンは少年を見下ろした。
さして体力を使う教練ではなかったハズだが、すっかり息が上がっている。
「お疲れのようですな。今日はここまでといたしましょう」
急いだところで成果は上がらない。
この少年が抱える問題は一朝一夕には解決できない類のものだ。
「あ、はい。ありがとうございました!」
頑張りを褒められたシェイドは嬉しそうに笑って言った。
足取り軽く宮殿に戻るその後ろ姿を見送り、ロワンは深いため息をついた。
「魔導師様もそのようなお顔をされるんですね」
教練場に現れた場違いな文官――ケインは蔑むような目で言った。
「我が事であれば憂える必要もなかろうが……ところで文官がなぜここにおるのだ?」
「新皇帝が魔法の練習をなさっているというので見学に来たんですよ。どうやらもう終わってしまったみたいですね」
「今日のところは、な。政務に支障が出てはならん」
「それは本意ではないでしょう? 何かが上手くいかなかった、というお顔ですよ」
ケインはわざと視線を逸らした。
「文弱の身ではあなた方のお役には立てませんが私も新皇帝に仕える者。魔導師様の憂いは私の問題でもあります」
「うまいこと言うの。それで我が心を窺い知るつもりか?」
「とんでもない。本心ですよ。文官にしかできないこともあるハズです」
ロワンは値踏みするような目で彼を見た。
濁りかかった双眸は反対にケインの真意を暴こうと迫ったが、彼は巧みにそれを躱した。
「まあ、よいわ。見学はけっこうだが邪魔をすることのないようにな」
ローブの裾を大袈裟に翻し、ロワンはその場を立ち去った。
その姿が見えなくなるのを待って彼は教練場を見回った。
地面には浅く抉られた箇所がある。
それが点々と続いて数十メートル先。
練習用の的の残骸が散らばっている。
訓練は魔法の正確性だけでなく威力を確かめる意味もあったのだろう。
3つの的は材質も強度もそれぞれ異なっている。
木材を円く切り抜いただけのもの、薄い金属板を加工したもの、硬い石を削り取ったもの……。
それらに豆粒ほどのAGS装置を取り付ければ浮遊する的の完成だ。
「………………」
ケインは手近にあった破片を拾い上げた。
強い衝撃を受けて砕かれた的は表面に焼け焦げた跡を残している。
破壊された箇所に着目する。
大きな重い物で強引に叩き割ったような壊れ方だ。
(なるほど、思ったとおりか……)
教練場の後片付けがされていないことに彼は感謝した。
(所詮はクライダードの子ども。我々の脅威ではない――いつでも……)
笑みを浮かべた彼はそれを後ろ手に放り投げた。
重量があるハズのそれは強風に舞い上げられたように不自然な軌道を描いて落ちた。
魔法を使うとは簡単にいえばこういうことになる。
「その調子です。そのまま的を撃ち抜いてみてください」
シェイドは言われたとおりにした。
突き出した掌から放たれた小さな火球は周囲の空気を巻き込みながら真っ直ぐに飛んだ。
目指す先には浮遊する的が3機。
狙いどおりに命中させることが目的なので直径は70センチと大きめにしてある。
風を斬りながら中空を滑った火球が最も手前の的を粉砕した。
「姿勢を維持してください。感覚を忘れないうちにもう一度!」
両の掌に再び生じた火が意思を持ったように小さな円を描く。
今度は2発同時だ。
的は左右に散っているがどちらも視界に捉えている。
「…………!」
火球が両方の的を撃ち抜く様子をイメージしながら、シェイドは中空に向けてミストを送り込んだ。
ふたつの火は互いを牽制しあうように歪な軌道を描いて的に迫った。
「あ…………」
そのうちのひとつは見事に的を破壊したが、もうひとつは狙いが逸れて空気中に溶けて消えてしまった。
「まだまだですね……」
「いいえ、移動する標的に命中させるのは難しいことです。ましてやこの距離ですからな。これなら基礎は卒業と言ってよろしいでしょう」
教導係のロワンはにこやかに言った。
時代遅れのローブを着たこの老翁は、魔法に関する知識の深さでは右に出る者はいないという。
今ではほとんど聞かれなくなった“魔導師”と呼ぶに相応しい実力者だ。
元々この言葉は優れた魔法の力を有する者の総称だったが時の流れとともに死語となりつつあり、今ではなかば尊号のように用いられている。
(クライダードという噂にも信憑性が出てきたな。だが――)
1時間ほどの教練でいくつかの問題が見えたことに彼はある種の懸念を抱いた。
(致命的な欠点がある。これを克服できなくば威信に関わるかもしれん。先帝を打ち倒したとなればなおさら――)
評価を聞きたがっているらしいシェイドはきょとんとした顔でロワンを見上げた。
「素晴らしい上達ぶりです。この様子であればじきにミストを手足の如く扱えるようになりましょう」
「本当ですか!?」
「それだけの才能がおありです。正しい訓練を積めば必ず――」
ロワンは少年を見下ろした。
さして体力を使う教練ではなかったハズだが、すっかり息が上がっている。
「お疲れのようですな。今日はここまでといたしましょう」
急いだところで成果は上がらない。
この少年が抱える問題は一朝一夕には解決できない類のものだ。
「あ、はい。ありがとうございました!」
頑張りを褒められたシェイドは嬉しそうに笑って言った。
足取り軽く宮殿に戻るその後ろ姿を見送り、ロワンは深いため息をついた。
「魔導師様もそのようなお顔をされるんですね」
教練場に現れた場違いな文官――ケインは蔑むような目で言った。
「我が事であれば憂える必要もなかろうが……ところで文官がなぜここにおるのだ?」
「新皇帝が魔法の練習をなさっているというので見学に来たんですよ。どうやらもう終わってしまったみたいですね」
「今日のところは、な。政務に支障が出てはならん」
「それは本意ではないでしょう? 何かが上手くいかなかった、というお顔ですよ」
ケインはわざと視線を逸らした。
「文弱の身ではあなた方のお役には立てませんが私も新皇帝に仕える者。魔導師様の憂いは私の問題でもあります」
「うまいこと言うの。それで我が心を窺い知るつもりか?」
「とんでもない。本心ですよ。文官にしかできないこともあるハズです」
ロワンは値踏みするような目で彼を見た。
濁りかかった双眸は反対にケインの真意を暴こうと迫ったが、彼は巧みにそれを躱した。
「まあ、よいわ。見学はけっこうだが邪魔をすることのないようにな」
ローブの裾を大袈裟に翻し、ロワンはその場を立ち去った。
その姿が見えなくなるのを待って彼は教練場を見回った。
地面には浅く抉られた箇所がある。
それが点々と続いて数十メートル先。
練習用の的の残骸が散らばっている。
訓練は魔法の正確性だけでなく威力を確かめる意味もあったのだろう。
3つの的は材質も強度もそれぞれ異なっている。
木材を円く切り抜いただけのもの、薄い金属板を加工したもの、硬い石を削り取ったもの……。
それらに豆粒ほどのAGS装置を取り付ければ浮遊する的の完成だ。
「………………」
ケインは手近にあった破片を拾い上げた。
強い衝撃を受けて砕かれた的は表面に焼け焦げた跡を残している。
破壊された箇所に着目する。
大きな重い物で強引に叩き割ったような壊れ方だ。
(なるほど、思ったとおりか……)
教練場の後片付けがされていないことに彼は感謝した。
(所詮はクライダードの子ども。我々の脅威ではない――いつでも……)
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