アメジストの軌跡

JEDI_tkms1984

文字の大きさ
上 下
31 / 115
序章篇

8 叛乱、興る-4-

しおりを挟む
 レイーズたちは離着陸スペースからやや離れた山間部に艦を降下させた。

 目的のグレグ基地では小競り合いがあったようで、着艦できる場所がなかったためだ。

「お待ちしておりました」

 この基地を預かるディジィ隊長が重鎮たちを出迎えた。

 優秀な女性で戦果も挙げているが軍人とは思えないほど物腰が柔らかく、部下たちはいつもそのギャップに驚いている。

「この荒れよう……やはり衝突してしまったのか?」

 グランは辺りを見回した。

 基地といっても平時は格納庫代わりのようなもので、実際はこの地域での戦はほとんどなく、型落ちの兵器の数々はほこりを被っている。

 それらが久しぶりに持ち出され、砲火を交えた跡がある。

 特に基地周辺の損壊は激しく、レーダーも格納庫も使い物にならないほどだ。

「報せを受けた時、多くは叛乱に呼応しましたが、隊員の中には政府に追従しようとする者もおりました。そのため衝突が起こり十数名が犠牲に……」

 ディジィは顔色ひとつ変えずに言った。

 ひとしきり悲しんだ後だったから、今は重鎮たちにそのような表情を見せるべきではないと彼女は考えている。

「彼らを責めないでやってください。それが本来の仕事であり、彼らは職務を全うしたに過ぎません。悪いのは私たちです」

「ああ、分かっている。いや、誰も悪くない。皆が皆、正しいと思ったことをした。その結果が――こうなっただけだ」

 山の向こうに黒煙が上がっている。

 叛乱が始まった合図なのか、終わった後なのかは分からない。

「そちらの子が噂の……?」

 アシュレイの陰に隠れるようにして立っていたシェイドは、ゆっくりと進み出た。

「信じられないと思うが、驚異的な魔法の才能の持ち主だ」

「とてもそうは……ですがタークジェイの隊がプラトウで消息を絶ったと。空が光ったのを見ました――それがこの子なんですね?」

「そうだ。詳しい話は道中でしよう。今は一刻も早く出発しなくては」

 グランは説明不足のまま協力を要請することを申し訳なく思った。

「いくらかの戦力は失いましたが、艦二隻と航空部隊は無事です。すぐに出られるようにしています」

 だがディジィにそのような懸念は不要だった。

 重鎮が叛乱を掲げたと知った彼女は申し出があれば協力を厭わないつもりだった。

「私たちの艦には救出したプラトウの民がいる。ここには充分な物資があるだろう。彼らを慰撫してあげてくれ」

「了解しました……しかし民間人を連れて行くのですか?」

「皆、戦うことを決めてくれたんだ。どこかに避難させることも考えたが、どこに政府側の人間が紛れているか分からない現状、一緒に行動するほうが安全だと思ってね」

「分かりました。では私たちが先行します。小規模とはいえ私たちは正規の軍です。民間人が乗っている艦の後ろを飛ぶわけにはいきません」

「ああ、よろしく頼む」

「みんな、聞いたとおりよ! 発艦準備を急いで。その間に物資の配分、地上の戦力もできる限り収容して!」

 ただちに物資が運び出され、食料や寝具等がレイーズの艦に届けられた。

「感謝します、ディジィ隊長。救助を前提にしていなかったため、食料や救護品が不足していました。おかげで彼らの不安も和らぎます」

 艦を降りたレイーズが礼を述べた。

「皇帝の命令なく動いている以上、私はもう隊長ではありません。同じ思いを持つ同志のお手伝いをしているだけです」

 自分と同じだ、とレイーズは思った。

 彼女もまた軍律よりも己の信念に従い、自分を追い詰めてしまっている者のひとりだった。

「ですがそのお陰で救われる人がたくさんあります。いま失われようとしている命も、これから奪われるかもしれない命も――」

「私もそう思っていますが……」

 と前置きしたうえでディジィは訥々と話し始めた。

「不安が拭えないんです。政府のやり方に反対する者はたくさんいました。それを知っていながら私は何も言いませんでした。私自身、皇帝の残虐さは許せませんでしたが、本心がどうであれ職務を果たしていれば問題はないと思っていましたから」

「ええ、それは――私もそうでした」

「しかし実際にこんなことになって……皇帝に従う者とそうでない者とが争い、こんな小さな基地でさえ死傷者が出ました。生き残った私たちは叛乱者ということになるでしょうが、本当にこれでいいのかと……」

「どうしてそう思うのですか?」

「もし私たちが敗ければ国家に盾突いた者として粛清されるでしょう。そのとき私はきっと後悔します。叛乱に手を貸さずエルディラントの軍として皇帝の側についていれば、彼らも死なずにすんだハズだと」

 ディジィは慌ただしく動き回る隊員たちを見やった。

「皇帝に従おうとした者が死に、背いた者まで殺されたら――私はただの人殺しです。隊長なのに、隊員のたったひとりさえ救えない……それが恐いんです……」

「ディジィさん……」

 憐れむような目でレイーズは言った。

「失われた命は私たちにはどうにもできませんが、未来の犠牲は防ぐことができます。あなたが言うように私たちが敗ければ全員が死にます。だから――」

「………………」

「勝つしかないんです。前に進むしかないんです。私たちが勝てば私たちは生き延びることができます。皇帝によって奪われるかも知れない、大勢の命を救うことができるんです」

 諭すように言い、レイーズは彼女をそっと抱いた。

「今さら立ち止まる必要はありません。重鎮やあの男の子を信じましょう。私たちの選択が正しかったと――これ以上の犠牲を出さないために戦いましょう……」

 ディジィは涙を堪えた。

 が、呼吸に合わせてレイーズがその背中を撫でたためにとうとう落涙してしまった。

「すみません、取り乱してしまって……掩護するなんて言っておきながら……」

「きっと誰もが同じ気持ちです。私だって――」

 レイーズが耳元で囁く。

 不安な想いも未来への僅かな希望も、こうして共有することで次第にディジィも落ち着きを取り戻しはじめた。

「ごめんなさい……今は泣いている場合じゃないですよね……」

 涙を拭い、彼女はおもむろに顔を上げた。

 優しく、凛々しい表情を――まだ少し無理をしながら――作ったディジィは部下を指揮するために持ち場に戻った。

 その後ろ姿を見送ったレイーズは、赤くなった顔を隠そうともしないでグランの元へ駆け寄った。

「ずっと見てましたよね?」

「ん? あ、ああ……」

「言っておきますけど、今のは……そういう関係とかじゃないですから!」

 小さく怒鳴った彼女はそのまま艦に引き揚げていった。

 分からない顔をしているグランの元に、搬入を手伝っていたアシュレイがやって来た。

「どうしたんだ?」

 と問う彼に、

「そういう関係じゃないらしい」

 グランは拗ねたような口調で返した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

神々に天界に召喚され下界に追放された戦場カメラマンは神々に戦いを挑む。

黒ハット
ファンタジー
戦場カメラマンの北村大和は,異世界の神々の戦の戦力として神々の召喚魔法で特殊部隊の召喚に巻き込まれてしまい、天界に召喚されるが神力が弱い無能者の烙印を押され、役に立たないという理由で異世界の人間界に追放されて冒険者になる。剣と魔法の力をつけて人間を玩具のように扱う神々に戦いを挑むが果たして彼は神々に勝てるのだろうか

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
恋愛
公爵家の末娘として生まれた8歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。 ただ、愛されたいと願った。 そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

処理中です...