アメジストの軌跡

JEDI_tkms1984

文字の大きさ
上 下
29 / 115
序章篇

8 叛乱、興る-2-

しおりを挟む
「これからどうするんですか?」

 シェイドは艦中部のやや広いスペースに連れてこられた。

「きみの魔法の適性を見つつ、使い方も一緒に教えようと思ってね。本来、教えるなんてクライダード相手に失礼極まりない話だが」

 グランは苦笑した。

 雑種である自分たちとは異なり、この少年はいわば血統書付きだ。

 その才能は並外れている。

 知識や経験の差など彼ならば簡単に覆してしまうだろう。

「きみの力をいま一度確認しておきたいんだ。協力してくれるかい?」

「僕にできることなら」

「ちょっと体を動かす程度のことだよ」

 扉を閉め、グランは壁に触れた。

 五指から伸びた青い光が波のようにうねりながら広がる。

 光はやがて天井と床にも達し、部屋は淡い輝きに覆われた。

「始める前に……きみは魔法の原理を知っているかな?」

 シェイドはかぶりを振った。

「簡単にいえばエネルギーの変換だ。元々あるものから別のものに変える。液体が固体や気体に変化するようなものさ」

 アシュレイが右手を差し出す。

 シェイドが訝るように見ていると、掌の上に火種が発生した。

 火はたちまち拳大ほどに大きくなり、ゆらゆらと踊るように指先と手首の間を行ったり来たりしている。

 膨れ上がった火球を掴むようにしてアシュレイは壁に向かって腕を伸ばした。

 火は目では追いきれないほどの速度で壁にぶつかり、青い光の膜に吸い込まれるようにして消えた。

「いま火をおこしたが、何もないところから生まれたワケじゃない。ミストを集めてそこに意思を送り、火の球というかたちにしたんだ」

「ミスト……?」

「魔法の元となる物質のことだよ。普段は目には見えないし、触ることもできない。空気のようなものだと思えばいい。この部屋にもミストはあるし、私たちの体の中にも呼吸を通じて蓄積されているんだ」

「見えないのにあるのが分かるんですか?」

「ああ、ある程度凝集すれば見えるようになるけどね。湯気や霧をイメージすると分かりやすいかもしれない。重要なのはこれを消費して魔法を行使している、ということだ」

「さっき私が部屋を守るために張ったこのシールドも、ミストを使っているんだ」

 学校に通っていれば理解も早かっただろうが、彼がこれを咀嚼するのには時間を要した。

「次はきみの番だ。魔法でできることをやってみてくれ」

「できること……改めて言われると傷を治す以外にはあまり――」

「隠さなくていい。きみは艦を破壊したじゃないか。少なくともそういう使い方を知っているということだよ。さあ――」

 大雑把なグランの要求にシェイドは困惑した。

 彼の中ではまだ母親との約束が生きていて、魔法を使うことには躊躇いがあった。

「焦るな、グラン。事情があるのかもしれない。もしかしたら自覚していないのかも……」

 何か抱えているらしいシェイドを気遣うようにアシュレイがたしなめる。

「なら私の真似をしてごらん。まずは小さな火の玉を作ってみよう。火は普段から見ているからイメージしやすいだろう。さあ、手を伸ばして」

 シェイドは言われるままに左手を差し出した。

「最初はイメージからだ。私がやったように掌に火が灯る様子を頭の中に描くんだ。そうだな――何かがそこに集まって燃えるような情景を思い浮かべられればいいが……」

 指先が小刻みに震える。

 アシュレイが言ったとおりのイメージはできているが、それを具現化することへの抵抗が消えない。

 シェイドはじっと自分の手を凝視する。

 まだ何も起こらない。

 火種が生まれる兆候すらない。

「大丈夫。できると信じるんだ。きみの手の中……体の中に小さな火が宿っている。それを外に出すんだ」

 小さな手を見つめながら、シェイドは呼吸を整えた。

 この訓練は魔法の使い方を学ぶためのものではない。

 危急によるものではなく、明確な自らの意思で母の言いつけを破るための儀式だ。

(僕に――)

 そんなことができるのか、と自問する。

 怒りと悲しみで我を忘れていた、あの時とはちがう。

「きみの力が多くの人を救うんだ」

 囁くように言ったグランのその一言がキッカケになった。

 そうしようと思いもしないうちに小さな手の上に火が生まれる。

 微風にも吹き消えてしまいそうなほど儚く、弱々しい赤色の火だ。

「ああ、その調子だ。少し大きくしてみよう。できるかい?」

 アシュレイが言った直後だった。

 一度消えかけた火は瞬く間に膨れ上がり、シェイドの手を包み込む。

 巨大な火球が火柱となって伸び上がる。

 動転したシェイドは咄嗟に腕を振って炎を引き剥がした。

 拠所を失った炎は中空に溶けるようにして消えた。

「ご、ごめんなさい! 上手くできなくて……」

 彼は母に叱られるのではないかと思った。

「少しずつ上達していけばいい。それよりも見たところ、きみの体内には厖大な量のミストが蓄積されているようだ。たしか幼い頃から採石をしていた、と言っていたね?」

 裕福でない多くの子どもたちは、生活のために石集めに明け暮れている。

 つまり彼らはその石から発せられるミストを恒常的に体内に取り込んでいることになる。

 しかし限界はある。

 許容量を超えた分は再び体外に排出されるハズなのだ。

(今のは体内にあるミストのみで生成された炎だ。しかも変換効率も良いとはいえない。艦を焼き払うほどの力を使ったにもかかわらず、まだあれだけの……?)

 アシュレイはこの少年が少しだけ恐ろしくなった。

 この小さな体の中にどれほどの力が宿っているかは未知数だ。

「きみの才能には驚かされるよ。でもまだまだ変換が甘いようだね。無駄が生じてる」

「変換……?」

「炎にならずにミストのまま外に流れ出てしまった分があるということだよ。たとえば水汲み場から家まで水を運ぶとき、途中でこぼれてしまって家に着いたときには半分にまで減ってしまった。これと同じようなことが起こっているんだ」

「……分かります」

「しかしこぼれた水が地面に吸い込まれたり蒸発したりするように、ミストもなくなったワケではなく、空気中に放散されただけだ。きみの場合は力というか勢いが強すぎるために制御が利かないのだろう。こればかりは実際に何度も練習するしかないな」

 心配そうな彼にグランが微笑みかけた。

「大丈夫、できるとも。基礎レベルで留まっているのが幸いしたよ。ヘンに癖がついてしまっていたら矯正に時間がかかるところだった」

「あの、僕、頑張ります……! 頑張って使いこなせるようになります!」

 迷いが完全に晴れたワケではない。

 母親を裏切ってしまったという後ろめたさもある。

 しかしこの力が必要とされているのなら、今だけは敢えていいつけを破ろうと思った。

「よし。じゃあ続けよう。さっきの感覚を忘れないうちに、今度はもっと大きな炎をイメージするんだ」

 シェイドは言われたとおりにした。

 いくらか要領を得たか、掌に生じた火種はすぐに先ほどと同じ大きさの火球に成長する。

「いいぞ、その調子――」

 グランが言いかけた時、炎は眩い光を放ちながら蛇のように伸び上がった。

 先端が天井に達してもその勢いは衰えず、逃げ場を探すように室内を縦横に駆けまわり始める。

 グランが慌てて床に手をついてシールドを張り直す。

 壁にぶつかった炎は光の膜としばらくせめぎ合った。

 鋭い爪が岩を砕き削るようにシールドを喰い裂いていく。

 だがやがて勢いを失った炎は最後は光に覆われるようにして中空に溶けて消えた。

 重鎮は互いに目配せをすると、納得したように頷いた。

「まあ、その……次からは外でやろう……」

 焦げ跡を残した壁を見てグランが言った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

とあるおっさんのVRMMO活動記

椎名ほわほわ
ファンタジー
VRMMORPGが普及した世界。 念のため申し上げますが戦闘も生産もあります。 戦闘は生々しい表現も含みます。 のんびりする時もあるし、えぐい戦闘もあります。 また一話一話が3000文字ぐらいの日記帳ぐらいの分量であり 一人の冒険者の一日の活動記録を覗く、ぐらいの感覚が お好みではない場合は読まれないほうがよろしいと思われます。 また、このお話の舞台となっているVRMMOはクリアする事や 無双する事が目的ではなく、冒険し生きていくもう1つの人生が テーマとなっているVRMMOですので、極端に戦闘続きという 事もございません。 また、転生物やデスゲームなどに変化することもございませんので、そのようなお話がお好みの方は読まれないほうが良いと思われます。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

素材採取家の異世界旅行記

木乃子増緒
ファンタジー
28歳会社員、ある日突然死にました。謎の青年にとある惑星へと転生させられ、溢れんばかりの能力を便利に使って地味に旅をするお話です。主人公最強だけど最強だと気づいていない。 可愛い女子がやたら出てくるお話ではありません。ハーレムしません。恋愛要素一切ありません。 個性的な仲間と共に素材採取をしながら旅を続ける青年の異世界暮らし。たまーに戦っています。 このお話はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。 裏話やネタバレはついったーにて。たまにぼやいております。 この度アルファポリスより書籍化致しました。 書籍化部分はレンタルしております。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

処理中です...