アメジストの軌跡

JEDI_tkms1984

文字の大きさ
上 下
24 / 115
序章篇

6 悲劇的-10-

しおりを挟む
 重鎮たちと通路ですれちがったレイーズはそこで初めて彼らの帰還を知った。
「お戻りだったのですね。申し訳ありません、お出迎えもできず……」
「今はそんなことを言っているときではないよ。それより状況は?」
「捜索隊が新たに71名の生存者を保護しました。官吏が……10名、61名が民間人です。大半が負傷していますが命に別状はありません」
「それは――」
 二人は人数については考えないことにした。
「大変だっただろう。私たちも1名保護しているのだが医務室に空きはあるか?」
「使っていない部屋を急遽、医務室にあてました。軽傷ならそちらへ。ところで――」
 レイーズは不安そうな顔をして言った。
「少し前、空が光りましたが……何かあったのですか?」
 彼女によれば救護にあたっていた多くの乗員が、アメジスト色の輝きを目撃したという。
 負傷者も同様で襲撃の記憶と結びつけてちょっとした混乱になっていた。
 今は落ち着いているが光の正体は依然不明であり、乗員にも動揺が広がっている。
「ああ、それは――後で話すよ。込み入った話になるんだ。今はまず、この子の手当てをするのが先だ。皆には何も心配はない、と言っておいてくれ」
 重鎮はそれだけ言うと、シェイドを連れて医務室に急いだ。
 艦内は騒然としている。
 生存者が逐次運び込まれ、その度に乗員が対応にあたる。
 負傷者の数が多く、看護師たちは手当てに走り回るはめになった。
 艦は最低限の医療設備しか持っておらず、傷の浅い者は治療を後回しにされる事態まで起こっている。
「心配しなくていい。怪我をしていないか念のために診るだけだから」
 周囲を見回すシェイドに、グランは優しく言った。
「は、はい……」
 彼は生きた心地がしなかった。
 一度は生を諦めた彼は一転、自分がこれからどうなるのか気が気ではない。
 捕獲された小動物のようにシェイドは二人に連れられて、急ごしらえの医務室に通された。
 室内には4台のベッドとテーブル以外には何もなかった。
 元々は乗員の仮眠室でいくつかの備品があったが、それらを放り出して応急処置ができるように空間を広くとっている。
 各ベッドの間には簡易の仕切りが設けられていて、奥の様子は見えない。
 シェイドはグランに勧められてそのひとつに横たわった。
 二人は念のために頭から爪先まで丁寧に診たが、何カ所か擦りむいている以外には大きな怪我はなかった。
「これでいいだろう。擦り傷も治しておいたが、どこか痛むところはあるかい?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
 二人が治癒の魔法を使ったのはわずかの間だったが、傷が癒えるとともに彼の緊張もようやく解けてきた。
 先への不安はあるが、少なくともここでは命の心配はないと分かり、シェイドは簡素なベッドを心地よく感じた。
「疲れているだろうから少し休むといい。私たちは席を外すが、もし何か用があったらそこのボタンを押せば誰か来てくれるよ」
「はい、あの……何から何までありがとうございます……」
 起き上がって礼を述べようとしたシェイドを、グランがそっと手で制した。
「気にしなくていい、今は体を休めるんだ」
 彼はシェイドの頭を軽く撫でると、アシュレイと部屋を出ていった。
「………………」
 シェイドはぼんやりと天井を眺めた。
 体のどこにもおかしなところはない。
 銃創は無意識のうちに彼自身が治していたし、それ以外の傷も重鎮が癒やしてくれた。
 肉体だけなら今すぐにでも洞窟に潜って石をかき集められるくらいだった。
 だが精神はそうはいかない。
 あまりにも多くのことが起こったから彼の頭ではそれを処理しきれなかった。
 ここまでの出来事を正確に順番に思い出すことができない。
 感情的になったあまり、記憶が曖昧な瞬間もいくつかある。
「ねえ……?」
 仕切りの向こうから声をかけられ、シェイドはそちらを見た。
「誰……ですか?」
「私よ」
 仕切りからそっと顔を出した少女を見て、シェイドはあっと声をあげた。
「あの時は世話になったわね」
 そこにいたのは以前にシェイドが助けたテスタ家の娘だった。
 頭に包帯が巻かれているが相変わらずのよく通る声だったため軽傷で済んだのだろうとシェイドは思った。
「よかった、無事だったんだね」
 彼が言うと少女は顔を曇らせた。
「私は、ね――」
 表情と言葉から事情を悟ったシェイドは、思わず目を伏せた。
「あなたもそうなの?」
「うん……」
 二人はしばらく無言のまま互いの痛みを共有した。
「僕たち、これからどうなるのかな?」
「分からないわ。この艦にいるのは悪い人たちじゃなさそうだけど」
「そうだね、助けてくれたし」
「さっきあなたを連れてきた二人組、一番偉い人みたいよ?」
「そうなの?」
「他の人たちの言葉遣いがちがってたから。あの人たちに訊いたほうがいいかもね」
 少女の妙な落ち着きぶりにシェイドはソーマを重ねた。
 彼がここにいたら、どこか面倒くさそうな口調で同じようなことを言っただろう。
 少なくとも辺りを見回していちいち不安そうな顔をしたり弱音や恐れを口にしたりはしない。
「でも、あれこれ考えても仕方ないわよ。どうせ私たちに自由はないんだから」
 この少女は自分の置かれている立場も状況も、当たり前のように受け入れていた。
 達観しているのか、諦観しているのか。
 とにかくその所作を彼は頼もしく感じていた。
 成り行きから右も左も分からない艦に連れられ、何も見出せなかったシェイドにとって、彼女の存在は暗闇を照らすサイオライトのようだった。
「あ、名前聞いてない……」
「フェルノーラよ」
「うん、僕はシェイド。よろしくね」
「ええ」
 すげない対応に、彼女は馴れ合いが嫌いなのかもしれない、とシェイドは思った。
(この子には親戚とかいるのかな……?)
 シェイドはまた漠然とした不安を抱いた。
 彼にはもう身寄りがいない。
 一方でフェルノーラに保護者が現れたら、彼女が引き取られていく様を見送ることになる。
 彼女だけではない。
 ここには数十人の生存者がいる。
 彼らにそれぞれ身内や引き取り手がいて、住む場所もあてがわれるのだとしたら。
 そうなればひとり取り残された自分はどうすればいいのか――。
 こう考えると彼は怖くなる。
 先ほど彼女に感じたばかりの頼もしさは、孤独の種になった。
(僕は……どうなるんだろう……)
 やがて重鎮がやって来るまで、彼はそのことばかり考えていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

とある元令嬢の選択

こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!

ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」 ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。 「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」 そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。 (やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。 ※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない

一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。 クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。 さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。 両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。 ……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。 それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。 皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。 ※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。

そのご令嬢、婚約破棄されました。

玉響なつめ
恋愛
学校内で呼び出されたアルシャンティ・バーナード侯爵令嬢は婚約者の姿を見て「きたな」と思った。 婚約者であるレオナルド・ディルファはただ頭を下げ、「すまない」といった。 その傍らには見るも愛らしい男爵令嬢の姿がある。 よくある婚約破棄の、一幕。 ※小説家になろう にも掲載しています。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

処理中です...