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序章篇
4 兆候-1-
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石がある。
どこにでもある、鮮やかさも光沢もないものには誰も見向きしない。
永い年月をかけ、さらに偶然が重なり、美しく化けたものは装飾品として重宝される。
富をかき集めた者はわざわざ高い値段をつけて買いたがる。
部屋に飾り、加工して首に耳につけ、あるいは指に嵌めて自慢したがる。
しかしそれらには宝石として以上の価値はない。
見た目の美麗さや希少性でしか勝負することのできない程度の、所詮は飾りだ。
だがこのアメジスト色に輝く石はちがう。
これには他の全ての石が“たんなる石ころ”に成り果ててしまうだけの、きわめて重要な力が秘められていた。
それが輝きとともに流れ出る、魔力の源だ。
いつの時代かの学者が“ミスト”と名付けたこの物質は、アメジストの輝きに乗って大気中に遍く広がっている。
人間がはじめて魔法という力に出会った時、彼らは自覚しないままにこの光が運ぶミストを燃料にして魔法を行使してきた。
ほんの数百年前までは誰もが魔法とは自身の潜在的な能力の具体化としか認識せず、その発現に何かが犠牲にされているとは考えもしなかった。
ましてやその燃料が土を掘って出てきた石に由来している事実など、それを知っても納得するまでなお数十年の時が必要だった。
現在、その理論は人々に浸透している。
大多数の人間は呼吸によって酸素と一緒にミストを取り入れているから、理解はしていても実感はない。
蝋燭に灯した火にいちいち化学反応を意識しないように、魔法の力は当然のものという程度の認識だ。
これをもっと大規模に、もっと言えば戦に利用できるとなると、空気と同程度でしかなかったミストは恐ろしいほど重大な意味を持つ。
人々の科学への興味は自然の法則を理解することから始まり、最終的には戦争に収束される。
その過程で利便性を追い求めた結果、ひとりの偉大な発明者が世界に革命をもたらすある装置を作った。
自然や法則への歪んだ探究心が生んだ、それらに逆らう原理の完成だ。
“反重力システム(AGS)”
あらゆるものは重力によってその中心に引っ張られるが、AGSはそれを無視できた。
綿密に組み合わされた理論と構造によって作られた装置が特殊な波を発生させ、物質が均衡を保とうとする性質を後押しし、意図的に力の加わる方向を捻じ曲げる。
これにより物質は中空に静止することが可能となる。
その状態でさらに推進力を与えてやれば、物質は落下することなく空を飛ぶ。
波の出力の強弱で高度を変えられるほか、重力との均衡点に設定すれば完全にその場に固定することさえ可能だ。
夢のようなこの技術はまず時間に影響を与えた。
短距離の移動から長距離の輸送まで、地上を走るのが移動手段の常識であった時代に新しい選択肢を加えたのだ。
大規模な輸送が高効率化されたことで物流は転機を迎え、装置の小型化軽量化とともに旅行や軽量の運搬にも普及した。
一方で他国との争いに余念のない者たちは、ただちにこの技術の最も有効な活用法を見出した。
AGS装置は波を発生させる構造さえあれば、その形状も重量も自由が利く。
軍国主義者たちの攻撃的な発想は、まず艦船を空に浮かべることから始まった。
この試みは成功し、山間部やはるか遠方の内陸など、歩兵隊や航空隊が苦手とする補給の難しい行軍に多大な成果をあげた。
強国は空を埋め尽くす艦隊を見せつけることで心理戦に勝利し、また大量の物資を戦地に送り込むことで物理的にも優位に立てる。
AGSは普及性、有用性、実効性のあらゆる意味に於いて世界の常識と化した。
発明者は自らが世に送り出した理論が軍事利用されたことを気に病んで命を絶ったが、その功績は残り続けている。
しかしこの事実の裏には、搾取の始まりがあった。
AGS装置が波を発生させるには、ミストが必要だった。
過去、多くの熱心な研究家たちが代替できる燃料――たとえば大量且つ調達が容易な窒素など――を模索したが、ミストに含まれる、いまだ解明できていない物質がAGSには欠かせなかった。
権力者たちは動力源、つまりミストの源となる石の確保に躍起になった。
手を伸ばせば個人でも利用できるAGS……その燃料に不足が生じれば他国に大きく後れをとることになり、戦況は一変する。
数百の地上戦力は、たった一隻の艦にも劣る。
ミストの枯渇はすなわち実質的には敗北を意味した。
したがって多くの労働力が酷使された。
後付けで制定された強権的な法によって、成功を収めた者さえ瞬く間に弱者の側に転落し、安い賃金で働かせてきた者たちと同じように今度は彼らが汗水を流して人生を捧げる羽目になった。
社会的地位も、名誉も、個人の優れた頭脳も発案も、血筋も家柄も。
戦乱の世の中では大した価値を持たない。
たとえ貧民あがりであったとしても、並外れた嗅覚で石を探し当て、現にそれを持ち帰る者のほうがはるかに重要視された。
石はいまや、第二の貨幣となった。
どこにでもある、鮮やかさも光沢もないものには誰も見向きしない。
永い年月をかけ、さらに偶然が重なり、美しく化けたものは装飾品として重宝される。
富をかき集めた者はわざわざ高い値段をつけて買いたがる。
部屋に飾り、加工して首に耳につけ、あるいは指に嵌めて自慢したがる。
しかしそれらには宝石として以上の価値はない。
見た目の美麗さや希少性でしか勝負することのできない程度の、所詮は飾りだ。
だがこのアメジスト色に輝く石はちがう。
これには他の全ての石が“たんなる石ころ”に成り果ててしまうだけの、きわめて重要な力が秘められていた。
それが輝きとともに流れ出る、魔力の源だ。
いつの時代かの学者が“ミスト”と名付けたこの物質は、アメジストの輝きに乗って大気中に遍く広がっている。
人間がはじめて魔法という力に出会った時、彼らは自覚しないままにこの光が運ぶミストを燃料にして魔法を行使してきた。
ほんの数百年前までは誰もが魔法とは自身の潜在的な能力の具体化としか認識せず、その発現に何かが犠牲にされているとは考えもしなかった。
ましてやその燃料が土を掘って出てきた石に由来している事実など、それを知っても納得するまでなお数十年の時が必要だった。
現在、その理論は人々に浸透している。
大多数の人間は呼吸によって酸素と一緒にミストを取り入れているから、理解はしていても実感はない。
蝋燭に灯した火にいちいち化学反応を意識しないように、魔法の力は当然のものという程度の認識だ。
これをもっと大規模に、もっと言えば戦に利用できるとなると、空気と同程度でしかなかったミストは恐ろしいほど重大な意味を持つ。
人々の科学への興味は自然の法則を理解することから始まり、最終的には戦争に収束される。
その過程で利便性を追い求めた結果、ひとりの偉大な発明者が世界に革命をもたらすある装置を作った。
自然や法則への歪んだ探究心が生んだ、それらに逆らう原理の完成だ。
“反重力システム(AGS)”
あらゆるものは重力によってその中心に引っ張られるが、AGSはそれを無視できた。
綿密に組み合わされた理論と構造によって作られた装置が特殊な波を発生させ、物質が均衡を保とうとする性質を後押しし、意図的に力の加わる方向を捻じ曲げる。
これにより物質は中空に静止することが可能となる。
その状態でさらに推進力を与えてやれば、物質は落下することなく空を飛ぶ。
波の出力の強弱で高度を変えられるほか、重力との均衡点に設定すれば完全にその場に固定することさえ可能だ。
夢のようなこの技術はまず時間に影響を与えた。
短距離の移動から長距離の輸送まで、地上を走るのが移動手段の常識であった時代に新しい選択肢を加えたのだ。
大規模な輸送が高効率化されたことで物流は転機を迎え、装置の小型化軽量化とともに旅行や軽量の運搬にも普及した。
一方で他国との争いに余念のない者たちは、ただちにこの技術の最も有効な活用法を見出した。
AGS装置は波を発生させる構造さえあれば、その形状も重量も自由が利く。
軍国主義者たちの攻撃的な発想は、まず艦船を空に浮かべることから始まった。
この試みは成功し、山間部やはるか遠方の内陸など、歩兵隊や航空隊が苦手とする補給の難しい行軍に多大な成果をあげた。
強国は空を埋め尽くす艦隊を見せつけることで心理戦に勝利し、また大量の物資を戦地に送り込むことで物理的にも優位に立てる。
AGSは普及性、有用性、実効性のあらゆる意味に於いて世界の常識と化した。
発明者は自らが世に送り出した理論が軍事利用されたことを気に病んで命を絶ったが、その功績は残り続けている。
しかしこの事実の裏には、搾取の始まりがあった。
AGS装置が波を発生させるには、ミストが必要だった。
過去、多くの熱心な研究家たちが代替できる燃料――たとえば大量且つ調達が容易な窒素など――を模索したが、ミストに含まれる、いまだ解明できていない物質がAGSには欠かせなかった。
権力者たちは動力源、つまりミストの源となる石の確保に躍起になった。
手を伸ばせば個人でも利用できるAGS……その燃料に不足が生じれば他国に大きく後れをとることになり、戦況は一変する。
数百の地上戦力は、たった一隻の艦にも劣る。
ミストの枯渇はすなわち実質的には敗北を意味した。
したがって多くの労働力が酷使された。
後付けで制定された強権的な法によって、成功を収めた者さえ瞬く間に弱者の側に転落し、安い賃金で働かせてきた者たちと同じように今度は彼らが汗水を流して人生を捧げる羽目になった。
社会的地位も、名誉も、個人の優れた頭脳も発案も、血筋も家柄も。
戦乱の世の中では大した価値を持たない。
たとえ貧民あがりであったとしても、並外れた嗅覚で石を探し当て、現にそれを持ち帰る者のほうがはるかに重要視された。
石はいまや、第二の貨幣となった。
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