BYOND A WORLD

四葉八朔

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第1章

85.首なし騎士

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「兄さん、どうする? 一気に片付けようか?」

 イヤーカフからそんなラウフローラの声が聞こえてくる。

「いや、多少は手こずっている様子を見せたほうがいいだろう。それにさきほどの兵士たちの話がある。あとになってマガルムーク先王の遺体を切り刻んだと言い始める輩が出てこないとも限らん。なるべくならそこを有耶無耶にしておきたい」
「あの首なし騎士もグールってやつなのかしら?」
「わからんが、見た目的にはどう見ても死んでるようにしか見えないんだ。多分グールの一種なんだと思う」
「そうなると爆発させるか、燃やしてしまうのが一番でしょうね」
「かもな。その辺はローラに任せる」

 俺たちふたりは死んだことにするつもりだが、のちのち大事になりそうな事態は避けておいたほうが無難だろう。
 敵に操られている以上仕方ないこととはいえ、あとでマガルムーク先王の死体だったとわかったときに良い感情を持たない人間が出てくるかも知れない。
 となると、跡形もなく消し飛ばすか、死体を燃やし尽くしてしまったほうがいいのだろうが……。
 
 爆発物の類いを使うのはちょっとだけ躊躇われるが、油壷のようなものならそこまで目立つこともないはず。ちょうどラウフローラが発火性の高い液体燃料をいくつか持っているはずだ。
 いずれにせよその辺のことはラウフローラに任せるしかない。
 そう判断した俺はラウフローラと左右に別れて、首なしの元へ走っていた。

「首なし騎士は俺たちがやる! お前らは後ろに下がってろ。その実力では邪魔になるだけだ!」

 首なし騎士と戦っていた兵士たちに俺はそう声をかける。
 少しばかり不遜な言い方だったが、優しく声をかけている暇なんてなかったのだから仕方ない。
 が、兵士たちはその言葉に従おうとしなかった。
 どこの誰ともわからない相手から突然そんなことを言われたんだ。当然といえば当然だろうが。
  
 ただし少なくともこれで味方であることは伝わったはずだ。
 兵士たちも後ろに下がろうとしなかったものの、どうやら少しだけ成り行きを見守ることにしたらしい。
 俺とラウフローラはそんな兵士たちの囲いを迂回して前へ躍り出ると、すぐ間近で首なし騎士と対面していた。

 俺が左手前側。
 そしてラウフローラが右手前側に位置取り、左右から首なし騎士を相手取る。
 が、俺たちのことを侮っているのか、相変わらず首なし騎士は騎乗したまま。
 その首なし騎士に向けて挨拶代わりとばかりにラウフローラが矢を放つ。
 ――しかし、
 カキンという軽い音とともにラウフローラが放った矢は首なし騎士の鎧に弾かれていた。

「それなりに強度の高い鎧みたいよ」
「ああ。多分アーティファクトってやつなんだろうな。どうだ、貫けそうか?」
「大丈夫。軽く当ててみただけだから確かなことは言えないけれど、多少スピードと回転力を増せば貫通しそうな感じだと思うわ」

 その言葉を聞いて俺も首なし騎士の左側から軽く斬り込んでみることにする。
 といっても、俺の攻撃が届く前に首なし騎士が攻撃するそぶりを見せたために中途半端に終わってしまったが。

 ドンという衝撃がシールド越しに伝わる。
 首なし騎士が真横に振るった剣が俺のすぐ目の前の何もない空間を通り過ぎていったからだ。
 今までにない感触。
 直接剣が当たったわけではない。
 衝撃波がシールドまで届き、跳ね返した際に起きたわずかな反動が俺にも伝わってきただけの話だ。
 
 が、充分な間合いを取り、剣の軌道を避けたと思った次の瞬間、不可視の衝撃波が襲ってきたぐらいだ。
 たしかにこいつは一般の兵士にとって厄介な相手だろう。
 衝撃波は扇状に放たれている様子で、首なし騎士が振るった剣の軌道を見切ったとしても、衝撃波まで完全に避け切ることは難しい気がする。

 といっても、俺にとってはそこまで難しい相手でもない。
 おそらくラウフローラの手を借りずとも余裕で対処できるレベルだろう。 
 むしろ苦戦しているように見せかけることに苦労するかも知れない。
 といっても慢心しているわけではなく、俺と首なし騎士では単純に武器や防具の性能にずいぶんと差がありそうだったからだ。

「兄さん、大丈夫?」
「問題ない。ほぼローラの予測どおりだろうよ。首なし騎士はいつでも倒せそうなんで馬のほうを先に片付けるぞ」
「承知したわ」

 一旦標的を変える。
 ラウフローラが弓矢を射かけて首なし騎士に挑発行為を繰り返している間に、俺は逆側から馬へと近付き、心臓に近い前脚の付け根辺りを狙って剣を真っ直ぐに押し込んでいた。

「ちっ。こいつもグールってやつか」

 思わずそんな悪態をつく。
 剣で刺し貫いたというのに引き抜いた剣にはまったく血が付着しておらず、馬のほうも平気で俺に噛み付こうとしていたからだ。

「燃やすわよ。離れて」

 俺の行動をろくに待たないまま、ラウフローラが馬に向かって油壷を投げつける。
 そしてラウフローラはすぐに弓矢も放っていた。
 と、矢じりに発火装置でも付いているのか、グール馬の身体が瞬時に燃え上がり始める。

 投げたのが油壷とはいえ、中身は燃焼速度が早くすぐに高温になる液体燃料だ。
 グール馬と首なし騎士の姿は瞬時に燃え盛る炎の中に包まれていた。
 と、わずかな間をおいてグール馬がバランスを崩し始める。
 炎自体はまるで気にしていない様子だったが、重い自分の身体や首なし騎士の体重を細い四つ足が支えきれなくなったためだろう。
 首なし騎士もろともドスンと横向きに倒れると、グール馬はそのまま身動きが取れなくなった様子。
 が、首なし騎士が着ている鎧に炎避けの効果でもあったのか。
 炎に包まれているグール馬の下から首なし騎士が這い出すと、まるでダメージを受けていない様子で、その場に悠然と立ち塞がっていた。

「どうやら首なし騎士のほうは弱点っぽい炎を対策済みらしいな」
「ええ、どうやらそうみたい。こうなってくると爆発させるしかなさそうね。小型のサーモバリック弾があるわ。人1人を吹き飛ばすぐらいの威力に調整済みよ。矢じり部分にセットしてあるから起動すればいつでも使えるわ」

 少々前時代的な兵器だし威力のほうも若干弱めてあるが、この世界でなら充分に通用するはず。
 というか、近代兵器を使用するとすればこの程度が妥当なラインだろう。

「そうだな。派手な演出になってしまうがこの際仕方ないか」

 よもや兜の下ではそんな会話が交わされているとは誰も思わなかったはずだ。
 その間も馬から降りた首なしに対し、俺とラウフローラが交代で攻撃し続けていたからだ。
 周囲の兵士たちの目には俺たちふたりが首なし相手に苦戦しているように映っているはず。
 それでも手を出そうとしていないのだから、俺たちふたりで充分勝負になっているという認識でもあったはずだが。
 そんな様子をちらりと横目で確認する。
 この距離なら兵士たちが爆風に巻き込まれることもないだろう。多少鎧の破片なんかが飛んでくるかも知れないが、大怪我を負うことはないはずだ。

「そろそろ決めるぞ」
「了解」

 ラウフローラが後ろに背負った矢筒に手を伸ばしたのを確認したのち、俺は首なしに接近して注意を引く。
 途中で一度衝撃波が飛んできたが、それをシールド頼みで強引に押し通ると、俺は首なしのすぐ目の前まで肉薄していた。

 再度首なし騎士の剣が俺に向かって振るわれる。
 その剣を俺は自分の剣の刃ではね除ける。
 と、その反対側ではラウフローラが首なし騎士に向けて弓を引き絞っている姿があった。
 咄嗟に俺は後方へと飛び退く。

 次の瞬間――。
 ラウフローラの放った矢が鎧を突き抜け、首なしの胴体に深く突き刺さる。
 と、すぐにサーモバリック弾特有の2度の爆発が起こり、周囲にもその爆風による影響が起きていた。

 ◆

 ルメロは現在、乱戦の真っ只中に居た。
 一応ルメロのことをカイルを初め何人かの兵士が守っているが、すぐ目と鼻の先では味方の兵士が敵兵と斬り結んでいるような状況。
 ガウルザーク将軍の首なしが出現してからというもの、形勢も一気に反乱軍のほうへと傾いていた。
 反乱軍に本隊の中央部分を易々と突破させるわけにもいかず、南からの奇襲を諦めたルメロは防衛に回っていた。一度南へと後退したルメロの軍勢が本隊の一部と合流し、守勢に回らなくてはならなくなったぐらいだ。
 ルメロとしても正規軍全体にとっても極めてマズい事態だと言えた。

 首なしひとりに対し、為すすべもなく押され始めている正規軍。
 むろんその混乱に反乱軍が乗じ、かさに懸かって攻め込んできているという現状もみられる。
 前線は徐々に東へと移っていき、ぱっと見では正規軍のほうが防戦一方になっている様子。
 だが、まだ勝敗が決したわけではない。
 ドールマン伯爵率いる右翼の軍勢が反乱軍の後方に回り込んだという情報も入ってきており、一気に中央突破して正規軍本陣を目指そうとする反乱軍と、そんな反乱軍の勢いを跳ね返し、前後から挟撃しようとする正規軍という構図がその場には出来上がっていた。

「守れ! この地をなんとしてでも死守するんだ!」

 激しい怒号がそこらじゅうに飛び交う。
 その場で力尽き、ひとりまたひとりと倒れ伏していたのは何も正規軍の兵士に限った話ではない。
 反乱軍のほうもそれなりに被害を出している様子で、その場では血みどろの戦いが繰り広げられていた。
 とはいえ状況としては反乱軍のほうが多少優勢といった感じだろう。
 だが、正規軍のほうにはまだまだ余力があり、本隊が一箇所にまとまれば充分に太刀打ちできるだけの兵数も残されている。
 それに首なしさえ倒すことができれば、一気に形勢が逆転する可能性だってあった。
 だが、その首なしひとりに対し、正規軍が束になってかかっても歯が立たないという現実を突きつけられていた。

 と、そのとき。
 新たな標的を見つけたとばかりに首なしがルメロの元へ向かってこようとしていた。

「こちらに首なしがやって来るぞ! 皆、迎え撃て。護衛隊はルメロ様を後方へお連れしろ。絶対にルメロ様のことだけはお守りするんだ!」

 そんなカイルの叫び声が上がっていたが、後方へ逃げようにもすでに敵味方入り乱れての乱戦状態。
 そんな乱戦状態なのだからルメロひとりを逃すための馬も見当たらない。
 ルメロが逃げられるような場所はすでにどこにも見当たらなかった。
 そんな状況に追い込まるまでルメロとともにこの場に残っていたのがカイルの判断ミスだったことは間違いないが、これほど一気に押し込まれることはカイルでなくても予測できなかったはずだ。

 まるで目の前に生い茂った草むらでもかき分けるような感じで、軽々と兵士たちをなぎ倒しながら首なしがルメロの元に向かってくる。
 ルメロたちだってその場でただぼうっとしていたわけじゃない。
 じりじりと少しずつ後退はしていたが、周りで戦っている兵士たちが邪魔をして如何ともしがたい状況だった。

 だんだんと距離が縮まる。
 兵士たちも必死になって首なしのことを止めようとしている様子だったが、ほとんど効果がなかった。
 そればかりか味方に新たな犠牲者が生まれるだけ。
 そんな中、首なしがルメロのことを重要人物だと認識したかのように一直線にルメロの元へとやってこようとしていた。

 いざとなれば自分の身を犠牲にしてルメロ様を逃すしかない。
 カイルが少しだけそんなことを考え始めていたとき。

 ここにきて初めて首なしが足を止めていた。
 味方の兵士のうちのひとりが首なしの剣を真正面から受け止めていたからだ。

「あとは私たちに任せなさい。この魔物は私たちがやるわ」

 カイルの耳にそんな女性らしき声も聞こえてくる。
 そちらを見ると、ある兵士が弓を構えて首なしを狙っている様子だった。
 そして――。 

「ワルキュリア様だ! ワルキュリア様と英雄リグルズ様が助勢に駆け付けてくだされたぞ!」

 周りの兵士たちから次々にそのような声が上がる。
 カイルもその声を聞いてようやくあれが噂の兵士であることに気付いていた。
 戦闘の真っ最中だというのに兵士たちの口から次々に歓声が沸き起こる。
 だが、ひとりルメロの口からはまったく違う呟きが漏れていた。

「ディーディー……?」
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