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第1章
83.死した軍団の行進
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◇
だんだんと空が白んでくる。
遠くのほうで火の手が上がっているのが見えた。
おそらく本陣のある辺りからだろう。
まだ朝日も登り切っていないというのに一部の空が赤く焼けており、俺も何か起きたことだけは察しが付いた。
「奇襲か?」
「ええ、多分ね」
「ふんっ。反乱軍もだいぶ焦ってきたらしいな。それにしても反乱軍の接近に気付かなかったのか? 戦場がだいぶ本陣に近いように見えるが」
「もしかしたらこの深い霧のせいかもね」
「確かにかなり深い霧ではあるな。とにかく先を急ぐぞ、ローラ」
「わかったわ、兄さん」
靄も霧も同じく空気中の水蒸気が水滴になって浮かんでいる状態だが、視認できる距離に違いがある。
春先の季語を靄、秋先の季語を霧と使い分けることもあるが、一般的には1キロメートル先が見えなくなっていれば霧だ。そして視認できる距離がもっと短くなれば濃霧ということになる。
そんな濃霧の中を全身鎧を着たまま、ふたりして駆け出す。
誰かにその様子を見られていたら異常さを感じ取られていたかも知れない。
あきらかに軽装の人間の動きだったからだ。まあ、この濃霧のせいでそこまでの判断が付いたかどうかは怪しいが。
といっても、俺の身体能力がそこまで高かったわけじゃない。鎧そのものが特殊合金で作られていたために異常に軽かったせいだ。
当然ながら強度のほうも相当なもので、この世界の剣では表面を傷付けるだけで精一杯のはず。
ウーラアテネから持ってきたものはこれだけじゃない。
もう1対、俺とラウフローラの分の全身鎧をアケイオスが隠し持っていた。
見た目だけは今着ている鎧とまるで変わらないが、こちらはマガルムークで使用されている鎧と同じ素材から出来ている普通の鎧だ。
ウーラが遠隔操作できるように、電子回路が内蔵済みだったり可動部分に多少余分な部品が付いていたりもするが、それだってわからないようにこっそりと仕込まれている状態。
最後の最後で適当な死体にかぶせたこの鎧と入れ替わり、俺たちは戦死したことにする予定だった。
「どうも様子がおかしいのよね」
と、先行して走っているラウフローラが俺にそう告げてくる。
おそらくピットによる映像が送られてきたのだろう。
「どんな感じにだ?」
「反乱軍に本陣近くまで攻め込まれてしまっているみたいなの。炎が天幕まで燃え広がって大騒ぎになっているわ」
「敵が火矢でも放っているのか?」
「いいえ。そんな様子には見えないけれど……」
「それなら魔法ということもあり得るな」
「いえ、違うわね。正規軍の兵士が松明や薪を使って敵の身体を燃やしているんだわ。まるで死体を火葬しようとでもしているみたい」
そこまで聞いた俺はひとつだけ思い当たるフシがあった。
戦の直前になって宿営地に俺とラウフローラが潜り込んだ際、兵士たちの会話の中に歩く死体の話が出てきたからだ。
どうやらその歩く死体はグールと言う名前の怪物らしい。
そこには邪法という怪しい魔術が関係しているみたいだったが。
ガルバイン砦ではどうやらそのグールという怪物のせいで敗走する結果に繋がったらしい。
映画でもあるまいし、死体がひとりで勝手に歩き始めるなんてと、鼻で笑うわけにもいかなかった。この世界でならけっしてあり得ない話ではないからだ。
死体だけあって動きは緩慢でそこまで驚異的な相手というわけでもないらしいのだが、問題はなかなか戦闘不能状態にならないことだという。
腕が千切れようが、足がもげようが、そのまま平気で襲いかかってくるそうだ。
そのため始末するには頭部を完全に潰すか、身体全体を燃やしてしまうのが手っ取り早いとのこと。
そんなことを兵士たちが口にしているのを以前俺とラウフローラは盗み聞きしていた。
「ローラ、例のグールだと思うか?」
「ええ。今ギリギリにまでピットを近付けてみたけど、どうやらそれっぽいわね」
「正規軍の兵士は?」
「一時的に混乱したみたいだけど、今は何とか体勢を立て直しているみたい。だけど歩哨だって見張っていたはずなのに、こうも簡単に本陣近くまで侵入を許したのは、何かある気がするわね」
「やはりこの濃霧のせいか?」
「おそらく。だけど上空からの映像ではその霧のかかり方も少し不自然なように見えたのよね」
「だとすれば注意が必要か。魔法の類いってこともあり得る」
前回はルメロが朝靄を上手いこと利用して敵に被害を与えたが、今度はそれを逆手に取られたってわけだ。
それが魔法によるものだったのかどうかは定かでないが、ラウフローラはどこかおかしいと思っている様子だった。
「どうする、兄さん?」
「こうなったら手を貸すしかないな。本陣が落とされてしまったら正規軍は総崩れになり兼ねない」
「ええ、そうね。兄さん、気を付けて。まもなく森から抜け出て接敵するわよ」
「わかった」
飛び出すように森から抜け出す。
と、視界のほうも一気に広がっていた。
霧のほうもちょっとずつ薄らいでいる気がする。
そんな前方ではすでに激しい戦闘が繰り広げられている様子だった。
まだ少しだけ霧がかかっていたために敵兵がグールかどうかしっかりと判断できなかったが、どうやらそれっぽい。
あきらかに異質さを感じる兵士も俺の視界にちらほらとだが映っていたからだ。
「間違いないわね。生体反応がまるで感じられないわ」
「そういうことなら首を狙っていけ。頭部をなくせば、それ以上は動かなくなるらしい」
俺はラウフローラにそうひと声かけて、颯爽と戦場へ躍り出ていく。
ラウフローラはラウフローラですぐに俺とは別方向へ走り出していた。
立っている相手の首を剣で刎ねるなんて、そうそう出来る芸当じゃない。
ハルバードのような重量武器ならともかく、そんなことをしても首にくい込んだ剣が抜けなくなるだけだろう。
が、それは剣を振るうスピードや力、そして剣の斬れ味次第でもある。
俺はグールに近付いたそばから一刀の元に首を刎ねていく。
これまでに比べれば、ずいぶんと気楽なもんだ。
これは戦争だ。
村人を虐殺してまわるような行為とはまったく違うことだって理解している。
敵兵はこちらのことを殺そうとしているのだから、俺が何もしなければその分正規軍のほうに殺される兵士が増えるだけ。ルメロに味方すると決めた俺がマガルムーク人に手をかけたとしてもそこはお互い様だろう。
それにそこまで俺が積極的に殺し回ったわけでもない。
相手が向かってきた場合を除き、基本的には危ない場面に駆け付けて味方を助けるために剣を振るっていただけだ。
そう言い訳してみたところで、結局俺が自分の都合のために数多くのマガルムーク人を殺めていることは疑いようもない事実だった。
が、今回の相手はおそらく死人。
それなら遠慮する必要もない。
敵に接近し、思いっきり真横へと剣を振るうだけだ。
が、やはり出血はなかった。
間違いなくグールだろう。
それに歯ごたえのある相手でもない。これなら正規軍の兵士だってそれほど苦戦するとは思えないのだが。
それがなぜ、ガルバイン砦では敗北を喫したのか……。
「ルメロのほうは大丈夫なのか?」
新たなグールへと駆け寄りながら、俺はイヤーカフを通じてラウフローラにそんな質問を投げかける。
今攻め込まれているのは中央に陣取った本隊に近い位置。
左翼に展開しているルメロのほうがどうなっているのか俺は気になっていた。
「あちらは攻め込まれなかったみたいだから大丈夫よ。ただ、どうやら本隊の異変には気付いている様子ね。今中央に向かって動き出したところ」
「そうか。こちらをあらかた片付けたらルメロの軍隊に合流するぞ」
「了解」
すぐそばでまた1体グールの身体が崩れ落ちる。
俺は戦場を駆け抜けるようにして徐々にルメロが居るらしき南の方向へと移動していった。
◆
「ルメロ様。無茶な真似はお止めください!」
単騎で先頭を駆けていくルメロに、馬に跨り後ろから必死な形相で追いかけてきたカイルが声をかける。
「はっ! やあっ! 反乱軍が真っ直ぐこちらの本隊へ向けて行軍しているんだ。そのままここを素通りさせるわけにはいかないだろ?」
「グール襲来の混乱に乗じ、反乱軍全軍が動き出したことはすでに本陣にも伝令を出してあります。今頃は迎撃の準備を整えているはずです」
「そうは言ってもグールだってまだ殲滅し切れていないはずだ。ここで少しでも時間を稼いでおかないとね」
「ですが、何もルメロ様御自らがご出馬なされる必要は……」
「駄目だ。きっとこの戦いが勝負どころになるはずだからね。マクシミリアン公爵だっておそらくそのつもりで決着を付けにきているはずさ」
ルメロが本隊の異変に気付き、救援に向かおうとしたその矢先、マクシミリアン公爵率いる反乱軍全軍が動き出したとの報告が別の伝令から入っていた。
すでに左翼の部隊のうち3分の1ほどは北に位置する本隊の救援に向かわせたところだ。
そこでルメロは北西側から東進してくる反乱軍を迎え撃つべく、残りの兵にも出撃命令を下すと、自らも愛馬に跨り北西の方向へ向かって真っ先に駆け出していた。
一国の王子自らが血気に逸って戦地へ赴くなど愚行もいいところ。
後方で大人しく指揮を取っていてくださいと、カイルからは散々に窘められていたぐらいだ。
といっても、ルメロからすれば己の武勇も少しぐらいは示しておきたいところだった。
これまでにそこそこの功績を上げているものの、それは比較的安全な場所から作戦を立てたというだけ。
武を重んじるマガルムーク人の気性からすれば、今回の内戦においてルメロ自らの手で敵兵を討ち取ったり、前線で指揮を執ったという成果のほうが受け入れられやすく、ルメロの評価もずいぶんと鰻登りになるはずだ。
ルメロ自身それなりに腕に覚えもあった。
むろんそれは賭けでしかない。
すでに充分過ぎるほどの手柄を立てているのだから、このままでもルメロの計画に瑕疵が生じるわけでもない。
が、多少ルメロの中に焦りのようなものがあったのかも知れない。
カイルに止められているにもかかわらず、ルメロは一向に騎馬の手綱を引こうとしなかった。
「そ、それならばせめて私のそばから離れないでください。それが出来ないのならばルメロ様のことを気絶させてでも連れ戻しますよ」
「わかったよ、カイル。だけど、前線に赴いて指揮を取ることは止めないからね」
ここにきてようやく騎馬のスピードを緩めるルメロ。
ルメロにようやく追いついたカイルも、手を振って後続の兵士たちにそのまま北西に向けて前進するように指示をしている様子。
そんなルメロとカイルを避けるようにして、正規軍の兵士たちが戦場を駆け抜けていった。
だんだんと空が白んでくる。
遠くのほうで火の手が上がっているのが見えた。
おそらく本陣のある辺りからだろう。
まだ朝日も登り切っていないというのに一部の空が赤く焼けており、俺も何か起きたことだけは察しが付いた。
「奇襲か?」
「ええ、多分ね」
「ふんっ。反乱軍もだいぶ焦ってきたらしいな。それにしても反乱軍の接近に気付かなかったのか? 戦場がだいぶ本陣に近いように見えるが」
「もしかしたらこの深い霧のせいかもね」
「確かにかなり深い霧ではあるな。とにかく先を急ぐぞ、ローラ」
「わかったわ、兄さん」
靄も霧も同じく空気中の水蒸気が水滴になって浮かんでいる状態だが、視認できる距離に違いがある。
春先の季語を靄、秋先の季語を霧と使い分けることもあるが、一般的には1キロメートル先が見えなくなっていれば霧だ。そして視認できる距離がもっと短くなれば濃霧ということになる。
そんな濃霧の中を全身鎧を着たまま、ふたりして駆け出す。
誰かにその様子を見られていたら異常さを感じ取られていたかも知れない。
あきらかに軽装の人間の動きだったからだ。まあ、この濃霧のせいでそこまでの判断が付いたかどうかは怪しいが。
といっても、俺の身体能力がそこまで高かったわけじゃない。鎧そのものが特殊合金で作られていたために異常に軽かったせいだ。
当然ながら強度のほうも相当なもので、この世界の剣では表面を傷付けるだけで精一杯のはず。
ウーラアテネから持ってきたものはこれだけじゃない。
もう1対、俺とラウフローラの分の全身鎧をアケイオスが隠し持っていた。
見た目だけは今着ている鎧とまるで変わらないが、こちらはマガルムークで使用されている鎧と同じ素材から出来ている普通の鎧だ。
ウーラが遠隔操作できるように、電子回路が内蔵済みだったり可動部分に多少余分な部品が付いていたりもするが、それだってわからないようにこっそりと仕込まれている状態。
最後の最後で適当な死体にかぶせたこの鎧と入れ替わり、俺たちは戦死したことにする予定だった。
「どうも様子がおかしいのよね」
と、先行して走っているラウフローラが俺にそう告げてくる。
おそらくピットによる映像が送られてきたのだろう。
「どんな感じにだ?」
「反乱軍に本陣近くまで攻め込まれてしまっているみたいなの。炎が天幕まで燃え広がって大騒ぎになっているわ」
「敵が火矢でも放っているのか?」
「いいえ。そんな様子には見えないけれど……」
「それなら魔法ということもあり得るな」
「いえ、違うわね。正規軍の兵士が松明や薪を使って敵の身体を燃やしているんだわ。まるで死体を火葬しようとでもしているみたい」
そこまで聞いた俺はひとつだけ思い当たるフシがあった。
戦の直前になって宿営地に俺とラウフローラが潜り込んだ際、兵士たちの会話の中に歩く死体の話が出てきたからだ。
どうやらその歩く死体はグールと言う名前の怪物らしい。
そこには邪法という怪しい魔術が関係しているみたいだったが。
ガルバイン砦ではどうやらそのグールという怪物のせいで敗走する結果に繋がったらしい。
映画でもあるまいし、死体がひとりで勝手に歩き始めるなんてと、鼻で笑うわけにもいかなかった。この世界でならけっしてあり得ない話ではないからだ。
死体だけあって動きは緩慢でそこまで驚異的な相手というわけでもないらしいのだが、問題はなかなか戦闘不能状態にならないことだという。
腕が千切れようが、足がもげようが、そのまま平気で襲いかかってくるそうだ。
そのため始末するには頭部を完全に潰すか、身体全体を燃やしてしまうのが手っ取り早いとのこと。
そんなことを兵士たちが口にしているのを以前俺とラウフローラは盗み聞きしていた。
「ローラ、例のグールだと思うか?」
「ええ。今ギリギリにまでピットを近付けてみたけど、どうやらそれっぽいわね」
「正規軍の兵士は?」
「一時的に混乱したみたいだけど、今は何とか体勢を立て直しているみたい。だけど歩哨だって見張っていたはずなのに、こうも簡単に本陣近くまで侵入を許したのは、何かある気がするわね」
「やはりこの濃霧のせいか?」
「おそらく。だけど上空からの映像ではその霧のかかり方も少し不自然なように見えたのよね」
「だとすれば注意が必要か。魔法の類いってこともあり得る」
前回はルメロが朝靄を上手いこと利用して敵に被害を与えたが、今度はそれを逆手に取られたってわけだ。
それが魔法によるものだったのかどうかは定かでないが、ラウフローラはどこかおかしいと思っている様子だった。
「どうする、兄さん?」
「こうなったら手を貸すしかないな。本陣が落とされてしまったら正規軍は総崩れになり兼ねない」
「ええ、そうね。兄さん、気を付けて。まもなく森から抜け出て接敵するわよ」
「わかった」
飛び出すように森から抜け出す。
と、視界のほうも一気に広がっていた。
霧のほうもちょっとずつ薄らいでいる気がする。
そんな前方ではすでに激しい戦闘が繰り広げられている様子だった。
まだ少しだけ霧がかかっていたために敵兵がグールかどうかしっかりと判断できなかったが、どうやらそれっぽい。
あきらかに異質さを感じる兵士も俺の視界にちらほらとだが映っていたからだ。
「間違いないわね。生体反応がまるで感じられないわ」
「そういうことなら首を狙っていけ。頭部をなくせば、それ以上は動かなくなるらしい」
俺はラウフローラにそうひと声かけて、颯爽と戦場へ躍り出ていく。
ラウフローラはラウフローラですぐに俺とは別方向へ走り出していた。
立っている相手の首を剣で刎ねるなんて、そうそう出来る芸当じゃない。
ハルバードのような重量武器ならともかく、そんなことをしても首にくい込んだ剣が抜けなくなるだけだろう。
が、それは剣を振るうスピードや力、そして剣の斬れ味次第でもある。
俺はグールに近付いたそばから一刀の元に首を刎ねていく。
これまでに比べれば、ずいぶんと気楽なもんだ。
これは戦争だ。
村人を虐殺してまわるような行為とはまったく違うことだって理解している。
敵兵はこちらのことを殺そうとしているのだから、俺が何もしなければその分正規軍のほうに殺される兵士が増えるだけ。ルメロに味方すると決めた俺がマガルムーク人に手をかけたとしてもそこはお互い様だろう。
それにそこまで俺が積極的に殺し回ったわけでもない。
相手が向かってきた場合を除き、基本的には危ない場面に駆け付けて味方を助けるために剣を振るっていただけだ。
そう言い訳してみたところで、結局俺が自分の都合のために数多くのマガルムーク人を殺めていることは疑いようもない事実だった。
が、今回の相手はおそらく死人。
それなら遠慮する必要もない。
敵に接近し、思いっきり真横へと剣を振るうだけだ。
が、やはり出血はなかった。
間違いなくグールだろう。
それに歯ごたえのある相手でもない。これなら正規軍の兵士だってそれほど苦戦するとは思えないのだが。
それがなぜ、ガルバイン砦では敗北を喫したのか……。
「ルメロのほうは大丈夫なのか?」
新たなグールへと駆け寄りながら、俺はイヤーカフを通じてラウフローラにそんな質問を投げかける。
今攻め込まれているのは中央に陣取った本隊に近い位置。
左翼に展開しているルメロのほうがどうなっているのか俺は気になっていた。
「あちらは攻め込まれなかったみたいだから大丈夫よ。ただ、どうやら本隊の異変には気付いている様子ね。今中央に向かって動き出したところ」
「そうか。こちらをあらかた片付けたらルメロの軍隊に合流するぞ」
「了解」
すぐそばでまた1体グールの身体が崩れ落ちる。
俺は戦場を駆け抜けるようにして徐々にルメロが居るらしき南の方向へと移動していった。
◆
「ルメロ様。無茶な真似はお止めください!」
単騎で先頭を駆けていくルメロに、馬に跨り後ろから必死な形相で追いかけてきたカイルが声をかける。
「はっ! やあっ! 反乱軍が真っ直ぐこちらの本隊へ向けて行軍しているんだ。そのままここを素通りさせるわけにはいかないだろ?」
「グール襲来の混乱に乗じ、反乱軍全軍が動き出したことはすでに本陣にも伝令を出してあります。今頃は迎撃の準備を整えているはずです」
「そうは言ってもグールだってまだ殲滅し切れていないはずだ。ここで少しでも時間を稼いでおかないとね」
「ですが、何もルメロ様御自らがご出馬なされる必要は……」
「駄目だ。きっとこの戦いが勝負どころになるはずだからね。マクシミリアン公爵だっておそらくそのつもりで決着を付けにきているはずさ」
ルメロが本隊の異変に気付き、救援に向かおうとしたその矢先、マクシミリアン公爵率いる反乱軍全軍が動き出したとの報告が別の伝令から入っていた。
すでに左翼の部隊のうち3分の1ほどは北に位置する本隊の救援に向かわせたところだ。
そこでルメロは北西側から東進してくる反乱軍を迎え撃つべく、残りの兵にも出撃命令を下すと、自らも愛馬に跨り北西の方向へ向かって真っ先に駆け出していた。
一国の王子自らが血気に逸って戦地へ赴くなど愚行もいいところ。
後方で大人しく指揮を取っていてくださいと、カイルからは散々に窘められていたぐらいだ。
といっても、ルメロからすれば己の武勇も少しぐらいは示しておきたいところだった。
これまでにそこそこの功績を上げているものの、それは比較的安全な場所から作戦を立てたというだけ。
武を重んじるマガルムーク人の気性からすれば、今回の内戦においてルメロ自らの手で敵兵を討ち取ったり、前線で指揮を執ったという成果のほうが受け入れられやすく、ルメロの評価もずいぶんと鰻登りになるはずだ。
ルメロ自身それなりに腕に覚えもあった。
むろんそれは賭けでしかない。
すでに充分過ぎるほどの手柄を立てているのだから、このままでもルメロの計画に瑕疵が生じるわけでもない。
が、多少ルメロの中に焦りのようなものがあったのかも知れない。
カイルに止められているにもかかわらず、ルメロは一向に騎馬の手綱を引こうとしなかった。
「そ、それならばせめて私のそばから離れないでください。それが出来ないのならばルメロ様のことを気絶させてでも連れ戻しますよ」
「わかったよ、カイル。だけど、前線に赴いて指揮を取ることは止めないからね」
ここにきてようやく騎馬のスピードを緩めるルメロ。
ルメロにようやく追いついたカイルも、手を振って後続の兵士たちにそのまま北西に向けて前進するように指示をしている様子。
そんなルメロとカイルを避けるようにして、正規軍の兵士たちが戦場を駆け抜けていった。
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