BYOND A WORLD

四葉八朔

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第1章

68.ジェネットとの別れ

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 ◆

「ラプラール殿、マルカ。本当にそれで構わないのだな?」
「はい。さきほど一族の皆ともよく話し合って、決めました。ただ、この話をお受けさせていただくと決めたのは小角鬼族と白狼族の者だけ。ほかの種族が何と言うか実際に聞いてみないことには」
「そうか、わかった。俺もそうするのが一番ではないかと考えているのだが、俺がでしゃばっていい問題でもない。結局は当人たちの問題でしかないのでな」
「いえ、そのようなことは。ともあれ、そういう話で一族の者がまとまりましたので、これから何卒よろしくお願い致します」
「よろしくお願い致します」

 そう言ってラプラールとマルカが揃ってイオスに頭を下げる。
 そんなふたりに鷹揚に頷いたあと、イオスはふたりの後ろに並んでいた者たちに視線を向けていた。

「うむ。それで後ろに居る者たちは? 見知らぬ顔があるようだが?」
「それが……。本来は話し合いの場に呼ぶ予定ではなかった少人数の種族の者たちでして。それに最近来た新参者の中にも話し合いに参加したいと申す者がおったりと」
「そうか。そういう話ならば仕方あるまい。その者たちの意見をまるっきり無視するのもよろしくない。ただ最終的な決定には従ってもらわねば困るが。そうでないと、途中で袂をわかつしかなくなるのでな」
「申し訳ございません。差し出口は控えるように申しつけてありますので」
「いや、なに。むしろ部外者なのは俺のほうだろう。俺のほうからも助言させてもらうつもりでいるが、結局のところ皆で話し合って決めなければならないことだ。俺のことはあまり気にしなくてもいい」

 そう言ってイオスが周囲を見渡す。
 ジェネットの町の北門からほど近い場所。
 城壁沿いに設置された焚き火が闇夜の中に多くの顔を照らし出す。
 その焚き火の周りには避難してきた亜人たちの中でも族長やリーダー格の亜人など、主だった者たちが集められていた。

 小角鬼族のラプラールを始め、同じく小角鬼族のラオ、そして白狼族のマルカに黄虎族のシリィの姿がその場には見える。
 ほかにも妖弧族の族長ゼント、牙虎族を代表してこの場に来たというガウス、それに亜人の中においても珍しい半妖精という存在であるサリウティーヌの姿などもあった。

 ほかにもいくつかの種族がジェネットの町に避難している様子だったが、その数はけっして多くない。
 シリィのように他種族の中に交じって生活している亜人も居ないわけではないが、同じ種族同士で一緒の村に住みつくのが基本。
 ジェネットの町に比較的近い場所に住んでいたのが、シリィの黄虎族を抜いた今の5種族だったというわけだ。
 ただ、さきほどのラプラールの言葉どおり、その場には5種族以外にもほかの種族の亜人が何名か交ざっており、周りを取り囲むようにしながら黙ってラプラールたちの話を聞いていた。

「ガウス。おめえんとこはどんくらいの被害が出た?」
「残念ながらピピンのやつが犠牲になった。ほかの者は何とか軽傷で済んだがな」
「そうか……。だが、仕方あんめえ。俺んとこなんか場所が北門から遠かったせいで、4人も魔物にやられちまってよ。まあ、4人つってもラウじいさんだけは今のところ何とか生きてっけどな。ただ、あの様子じゃあおそらく明日の朝まで持たねえだろうな」

 どうやら今回の魔物騒動により、亜人たちにまったく被害が出なかったわけでもないらしい。
 押し寄せてくる魔物の存在にいち早く気付き、多くの者はすぐに北門へと駆け込んだようだが、逃げだしたところを襲われたり、寝たきりの状態で動けなかった者も居たりして、犠牲者はそれなりに出ている様子。
 まあ、魔物の狙いがジェネットの町内部だったこともあり、あれほどの魔物の大軍に襲われたにしては、思ったより被害が少なかったとも言えるのだろうが。

 と、亜人たちが現状を確認し合う中、ラプラールがおもむろに口を開く。

「皆の衆。すでに聞き及んでいることだとは思うが、我々は明日中にこの地を発たねばならなくなった」
「ふう……」
「どうやらそうするしかなさそうじゃな」

 ラプラールの言葉にガウスがため息を吐き、サリウティーヌが即座に言葉を返す。
 半妖精であるサリウティーヌは美しく若い女性の見た目をしていたが、実際にはそれなりの年齢らしい。種全体で表情に乏しいというか、年齢不詳のような怪しい雰囲気があり、魔法のほうも多少なら扱えるという話だった。
 といっても、獣人系の亜人と一緒に避難してきたぐらいだ。
 そこまでほかの亜人と変わらず、立場的なことを言えばしいたげられている側の存在でしかなかった。

「とはいえ、あまりにも急な話だ。動ける者は問題ないだろうが……」
「病気や怪我などで動けぬ者は皆で協力して運んでいくしかあるまい。もっこ(*1)なら今ある天幕を壊せば作れるはずじゃ」

 ガウスの言葉にラプラールがそう答える。
 もっこを担ぎ病人を運んでいくとなると相当な重労働になりそうだが、かといって病人たちをこの場に置いていくわけにもいかない。
 まあ、振動が激しい馬車などで運ぶことに比べれば、病人にとっては却って良かったのかも知れない。

「けっ。それにしても何とも勝手な言い草じゃねえか。ぜんぶ俺たちのせいにしやがってよ」
「ゼントよ。不平不満をこぼしたところでどうにもならぬことぐらいわかっているであろう。貴族連中の身勝手な言動など、今に始まったことでもない。これまでにも嫌というほど味わってきたはずだからの」
「そりゃそうだが……。だが、どうするよ? これからどんどん冬場に入っていくんだぞ。行く宛てもない状態でただ彷徨っても、体力のない老人や子供から順々に死んでいくだけだ」
「かといって、どこか行く宛てがあるわけでもなかろう」

 そんなふたりのやり取りを聞いて、急に押し黙ってしまうラプラール。
 ゼントやガウスの言葉が間違っていなかったからだろう。
 だが、ラプラールは一瞬だけ隣を見てマルカが頷いたのを確認したのち、この場に居る皆に宣言するようにはっきりと言葉を発していた。

「皆、聞いてくれ。ここに居る小角鬼族と白狼族は、今後イオス様のご命令に従うつもりだ」

 が、その言葉を耳にした周りの者たちは、皆一斉にキョトンとしただけ。
 それどころか、何を今更そんな当たり前のことをとでも言いたげな、怪訝そうな表情を浮かべていたほどだった。

「ん? いったい何を? そりゃあ俺らだってイオス様のお言葉には従うつもりだぞ。なあ、そうだよな?」
「ああ」
「そうね。イオス様のおかげで、こうやって何とか飢えずに済んでいるのですもの。たとえ例の話がどうであろうと、私たち半妖精族もイオス様に従うつもりよ」

 本人にその名を呼ぶことを止められているため口に出さずにはいるが、イオス様こそアグランソルその人ではないのか――そう考える亜人がほとんどの様子。

 いや。
 そうであって欲しいという願望が大きかっただけなのかも知れない。
 それもそのはず。
 教義によっては多少解釈も違ってくるが、アグランガル教の教えでは、いつの日かアグラやアグランソルがこの世に再び顕現して、自分たち亜人を救ってくれることになっているのだから。

「皆の衆、そういう話ではないのだ。イオス様、例の件をここに居る者たちに話してしまっても構わないでしょうか?」
「いや。そのことなら俺のほうから話そう。ほかに良案がないようなら、こちらから話を切り出そうと思っていたのでな」
「そうでございましたか。そういうことならばイオス様にすべてお任せ致します」
「すまんな。それでだな、以前ラプラール殿とマルカには話したことだが、今から俺が話す提案を聞いて、各々の判断でこの先どうするかを決めてほしい。ただし無理強いするつもりはない。俺の提案に納得がいかなければ、忌憚なく反対意見を言ってくれて構わないからな」
「イオス様。それはどういった感じのお話でしょうか?」
「うむ。この地を離れ、皆で一緒にある場所へ移り住まないかという話だ。この人数が移り住んでも普通に生活ができそうな場所に心当たりがあるのでな」

 イオスの言葉に驚きを露わにする亜人たち。
 まさしく今そんな場所はどこにもないと皆で話していたのだから、当たり前の反応かも知れない。

「そんな場所が? 本当でございますか?」
「ということは、その場所に行けば、私たち亜人であっても拒絶されないということでしょうか?」
「うむ、そうだ。さすがに歓迎されるとまでは言わぬが、拒絶されぬことだけはこの俺が保証しよう」
「ラプラールのじいさんよお。これはいったいどういうことだ? なんでそんな重大な話を俺らに黙ってたんだ」
「そう言うな、ゼント。皆には黙っているようにと俺のほうから口止めしておいたのだ。勘違いしては困るが、けっして甘い話などではないからな。それに事情が事情だけに軽々しく口にできる内容でもなかったのだ」
「そうだったんですか」
「最初にはっきりと言っておこう。これはな、マガルムークという国を捨てて、別の国の領主様の庇護下に入るかどうかという話だ」
「別の国ですか」
「私は最初からそこまでマガルムークという国に愛着を持っていないけど……」
「だけどよお、本当にマガルムーク以外で亜人をまともに扱ってくれる場所なんかあるんですかい?」
「奴隷以外の亜人を認めていないドゥワイゼ帝国は論外でしょうね。それにエルセリアだって亜人に対してはけっしていい顔をしないはず。となると、ラーカンシア諸島連邦か西方国家辺りかしら? いいえ、違うわね。まさか……」
「サリー? まさかってなんだよ? 何か心当たりでもあんのか?」
「ゼント、あんたって本当に鈍いわよね」
「はあ? それじゃあサリーはいったいどの国だと思ってるんだよ」

 サリウティーヌとゼントがそんなことを言い合う中、ひとり冷静に話を聞いていたガウスがイオスに詳細を問い質す。
 
「イオス様、申し訳ありません。それはいかなる国の何というお方なのか、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「それが今は言えぬのだ」
「はい? 今は言えないとは? もしやそれは場所もですか?」
「すまんが、お前たちがそのお方に仕えることを決心し、実際にその場所にたどり着くまでは、俺に話せることはあまりない」
「では、我々にどこの誰ともわからないお方にお仕えしろ、と?」
「ああ、そうだ。ラプラール殿やマルカからもそういう条件で了承を得ている」

 今のやり取りを聞いていた周りの亜人たちがざわざわと騒ぎ始める。
 いきなり見ず知らずの相手に仕えろと言われて、素直に頷けるはずもない。皆、顔を見合わせて今のイオスの提案に困惑している様子だった。

「構わないんじゃねえのか?」
「ゼント?」
「だってそうじゃねえかよ。俺らにとっちゃあ領主様がどなたかなんて、あまり意味がない話だろ? 元の領主様の名前だって、ほとんどのやつが知らねえぐらいなんだからよ」
「それはそうだろうな。重税を課したり、亜人に対する差別が酷い領主でなければ誰だって構わないというのが、多くの者の本音であろう。だが、祖国を捨てるとなると抵抗が……」
「その祖国がこんな酷い仕打ちをしやがったんだぞ。戦争に加担しなかった俺たちまで、無理やり町から追い出してな。そんな仕打ちを受けてもまだ、ガウスはマガルムークという国に愛国心を持てるっていうのか?」
「うっ……」
「俺は決めたぞ。俺たち妖狐族もイオス様のお言葉に従う」
「いいの、ゼント? 一度話を持ち帰って、皆と相談しなくて?」
「ああ、構やしねえさ。どんなことがあっても俺に付いていくとまで、みんな言ってくれてるんだ。この選択が地獄への道だと言うのなら、その責め苦はこの俺が全部背負うつもりでいる」
「ちょっと待て、ゼント。この話を持ちかけている俺が言うのもなんだが、判断するのは俺の話を全部聞いてからにしてくれ。今はまだ話せないことも多いが、肝心な話をまだしていないからな」
「そりゃあ申し訳なかったです。ですが、もう俺の気は変わりませんよ」
「それはいささか短慮過ぎるように思うが。問題はさっきの話でもあった税のことだ。お前たちにはその荘園で得た生産物の7割を領主様に納めてもらうことになる」

 と、イオスが税のことを話し始めた途端、周りを囲んでいた亜人から一斉に非難する声が上がった。

「あっ? 納める税が7割だって? そんなんでどうやって俺らに生活していけっていうんだ」
「そうだそうだ。これまでの領主様だって5割しか税を取らなかったぞ」
「俺たちの現状がこんなんだからって、いくらなんでも足下を見過ぎなんじゃないのか」

 今のような戦時下では、領主や荘園主も税率を上げざるを得なくなってしまう。
 そうはいっても5割程度が限界だろう。
 実際に現在のマガルムーク国内においては農奴に対して6割以上の税を課している領主や荘園主は存在しなかった。
 これは魔物が棲息していることで、農地が広く確保しにくく、その分生産量が低かったことが関係しているのかも知れない。
 さすがに6割も税として取られてしまったら、生活に困窮するどころの騒ぎではなくなる。農奴といえど、自分の生活があるのだから。

「あん? 貴様らあまり見かけない顔だな。いったいどこの村から来た?」

 そう言ってゼントが文句を言い始めた亜人たちに対して睨みを効かせる。
 これまで大人しく話し合いに参加していたマルカやシリィやラオも、その亜人たちを鋭い目つきで睨んでいた。

「それにしても7割ですか? さすがにそれは……」
「生活ができなくなるほどの重い税を取られるとなると、さすがにちょっと考え物よね」
「いや。税が高いように感じるだろうが、それもこれも充分な収穫量が見込めるためだ。まあ最初に話したとおりけっして甘い話ではないが、何とか生きていけることだけは間違いないぞ」
「うーむ」
「ガウス。お前はイオス様のお言葉が信じられないのか?」
「そういうわけではない。むろん俺だってイオス様のことは信じているが、俺はほかの者たちを代表してこの場に来ているのだ。安易な判断ができないというだけよ」
「イオス様。仮にその領主様にお仕えした場合、すぐに農作物を収穫できるわけでもないでしょう? それまでの食料はいったいどうやって用意しろと?」
「その領主様はほかにもいくつかの荘園を所持しておられるのだ。足りない分の食料はよその村から一時的に借り受けられるように俺が段取りを付けるという感じになる。むろんその分はあとで返してもらうことになるがな」
「なるほど。それなら……」
「あとはそうだな。その村には厳格な掟があり、掟に反した者は最悪追放することになる。今俺から話せる内容はこれぐらいだな」
「掟に厳しいのはどこの村でも同じことでしょう。ただ……」
「ふーん。ラプラールさんやマルカさんは今の条件ですべて納得したということよね?」
「ああ、そうじゃ。小角鬼族や白狼族はイオス様のことを信用すると決めたからの。イオス様がそのようにせよと仰られるのなら、その命令がたとえ苦難の道に思えてもただ従うのみよ」
「そう……」
「すぐに結論を出さなくてもいいぞ。ほかに良案があるのなら遠慮なく意見を申せば良いし、一度話を持ち帰って皆で相談してから決めても構わない。最悪、明日の夕方までにどうするか決めればいいからな」
「ええ、そうですね。申し訳ありませんが、一度皆と相談させていただきますわ」

 ゼントはともかく、イオスの話を聞き終えたガウスやサリウティーヌの表情は正直微妙なものだった。
 かといって、今後どうすべきかなんてこれまで何回話し合ってもまるで結論がでなかったことだ。
 その日は夜がすっかり更けてしまう頃まで、焚き火の周りに集まった亜人たちの間に喧々諤々けんけんがくがくとした論議が繰り返されていた。

 ◆

「皆の衆、準備はできたか?」
「ああ」
「大丈夫よ」
「ならば順に出立するぞ。先頭は白狼族からだったな」
「はい」
「マルカ、向かう方向はしっかりと理解しているな? 俺もすぐに追いつくと思うので、しばらくは先を進んでいてくれ。さすがに城の兵士たちも仕掛けてこないとは思うが、万が一のことがあるのでな」
「承知致しました、イオス様。それでは」

 翌日、太陽が昇ってすぐ。
 マルカが白狼族の集団を引き連れて、ジェネットの町から離れ始める。
 だが、病人や老人を皆で担いでの道行きになっていたため、その歩みはずいぶんとゆっくりしたものだった。
 
 昨晩は夜遅くまで話し合いが続けられたが、イオスの提案に対して亜人たちが満場一致で納得したわけでもない。
 ほかにこれといった案も出なかっただけだ。
 長たちが帰ったあと一族の者たちにその話をしてみても、途中で別れて一度村に戻ろうと考える者がいたり、ほかの領地を訪ねてみようと考えている者だって中には居たほど。
 そんな者も含めて、とりあえず皆がジェネットの町から離れることになったというわけだった。

 西へと向かう街道上に、荷物を背負った亜人の集団が縦に長く伸びた隊伍を形作る。
 別れを告げるように城壁に背を向け、ひとりまたひとりとジェネットの町から亜人たちが旅立っていった。



 *1) もっこ……時代劇などによく出てくる、肩に担いだ棒の両脇に荷物を吊るすアレ。農作物を運ぶときにも使うもので、2本の棒の真ん中に縄、竹、蔓などを網状に張り、ふたりで棒を前後に持って担架のようにして使うものもある。
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