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第1章
48.ギフト
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「ギフトか……」
思わせぶりな様子でルメロが言い放ったそのギフトという言葉に対して、俺はどんな反応を見せるべきか迷っていた。
ギフトというものがどのようなものなのか、いまいちよくわかっていなかったからだ。
といっても、言葉自体はエルパドールから報告があったので知っている。簡単に言えば、神様から与えられた特別な才能という話のはずだ。
だが、現時点でわかっているのはそれだけ。
そのギフトの持ち主というのがかなり珍しいらしく、エルパドールがポートラルゴの住人たちに聞いてみてもあまり要領を得なかったそうだ。
単純に人並外れた才能の持ち主という意味にも受け取れたし、そうではなくアンノウンスキルのように俺たちにとっては未知の能力のことを指し示しているのかも知れない。
今のルメロとカイルの思わせぶりなやり取りからすれば、おそらく後者であるような気はしているが……。
「うん。で、そのギフトっていうのが慧眼というものでね。騎士としての才能に非常に優れている人物がわかるんだよね」
「騎士の才能? この俺がそうだと?」
「そうなんだ。といっても、なにも剣や弓なんかの武勇の才能だけじゃない。忠誠、公正、勇気、博愛、礼節……。騎士として求められる様々な品格がディーディーに備わっているという証拠なのさ」
ルメロの口から放たれた、そんなとんでもない話に俺は自分の耳を疑う。
おべっかやでたらめでルメロがこんな話をでっち上げているとも思えなかったが、いくら何でも素直には受け取れない話だ。
この世界の人間に比べて身体能力が並外れて高いことを見抜かれただけならまだしも、レッドであるこの俺のいったいどこに、忠誠心やら公正さが隠れているのかこちらが知りたいぐらいだ。
「その話を俺に信じろと?」
「この僕が嘘を吐いているとでも言うのかい? それはちょっと心外だな。というか、こんな嘘を吐いてまでディーディーのことを騎士に取り立てて、この僕にいったい何の得があるのさ」
「いや、まあ。それはそうなんだが……」
「それで、その慧眼というギフトの持ち主は珍しいの?」
ラウフローラが軽く咳払いをしたあと、突如口を挟んでくる。
横目でちらっとそちらのほうを見ると、ラウフローラが椅子のひじ掛けの上に左腕を置き、頬杖をついているのがわかった。
その様子を見て、俺は思わず鼻を鳴らしそうになった。
ラウフローラの仕草が前もって決めておいた、ルメロが何らかの嘘を吐いている可能性が高いというサインだったからだ。
といっても、確実にルメロが嘘を吐いているとは言い切れない。
ラウフローラがそんなサインを送ってきたといっても、人間が嘘を吐いているときによく表れるバイタルの変化や微妙な表情の変化が、今のルメロにも見られたというだけ。
その程度なら、精神状態によっては真実を語っているにもかかわらず似たような反応が表れることだってあり得るし、逆に嘘を吐いてもまったく変化が表れない人間だって居る。
それに、たとえルメロが嘘を吐いていたとしても、頭から丸っきり嘘を吐いているわけではなく、真実の中に少しだけ嘘を織り交ぜている可能性だってある。
結局のところ参考程度にしかならず、今のルメロの反応を以ってして、嘘を吐いて俺たちのことを騙そうとしていると断定することは出来なかったのだが……。
「うーん。かなり昔に居たという記述は残っているけどね。基本、王族にしか顕現しないと言われているギフトだからね」
「そうなの……」
そんなルメロの答えに、いかにも訝し気な様子でラウフローラが呟く。
ルメロが嘘を吐いているかどうかはさておき、少なくとも何らかの根拠があって俺に目を付けたことは間違いない。
そうである以上、慧眼のギフト持ちだという胡散臭い話も、馬鹿馬鹿しいと切り捨ててしまうわけにはいかなかった。
「だとしてもだ。何故わざわざエルセリア人であるこの俺を?」
「うーん、そうだね。信用できそうだからという理由じゃあ駄目かな?」
「駄目というか……。ルメロの持つギフトの能力で、俺の騎士の才能を見抜いたと言うのはまあいい。だからといって、他国の人間をいきなりそこまで信用できるものなのか?」
「そりゃあ僕だって、身近の人間で騎士の才能があり、信用できる人材が居ればそっちのほうに声を掛けるよ」
それまで終始にこやかな表情を崩さなかったルメロの顔に少しだけ影が差す。
ルメロの口から出た今の言葉が、思わず吐露してしまった本音であるように俺には聞こえた。
「ふーん、何となく訳ありって感じだな……」
「それはどうだろうね。ディーディーが僕の配下になってくれるのなら、そこら辺を話しても構わないのだけどね」
「いや。その話は聞かないほうがいいだろうな。残念だが、この話は断るつもりなんでな」
「どうしてさ? 騎士身分として取り立てると言っているんだよ? こう言っては何だけど、今の暮らしよりもずいぶんと良い暮らしが出来るはずなんだ。それに、今後のディーディーの働き次第によっては、出世だって思いのままさ」
俺の返答を聞いたルメロの顔に少しだけ驚きの表情が現れる。
普通に考えれば、平民である俺にとっては願ってもない話なのだろう。
身分制度の厳しい世界だ。騎士に取り立ててもらえるというだけでも、普通なら飛びつく話であることは間違いない。
だが、さすがに自由の効かない立場になるのは困る。四六時中、護衛としてルメロに引っ付いていたら、ほかのことが何もできなくなってしまうからだ。
一時的に騎士として、マガルムークの王子であるルメロの味方をするというのも、なかなか面白そうだとは思っていたが。
「俺には気ままな冒険者稼業が合ってるのさ。それにこう見えて、けっこう良い暮らしぶりをしているんでな。村では一応それなりの立場に居るのさ」
「どうしてもかい?」
「ああ、悪いな」
「そう……。残念だよ」
心底、残念そうに肩を落とすルメロ。
その様子を見ても、俺を配下にしたいという部分は本当の気持ちであるように思える。まあ、慧眼というギフトに関しては半分以上疑っていたが。
ただ、このまま繋がりをなくしてしまうのは勿体ない相手だ。ルメロの本音がどこにあるのかはわからないが、ある程度繋がりを保っておいたほうがいいだろう。
「ただ、そうだな。友人としてなら多少協力することは出来るかも知れん」
「ん? それはどういう意味?」
「今年、俺たちの村がある地方一帯が例年にない豊作に恵まれてな。食料がだいぶ余っている状態なのさ。そういったわけで、知り合いの商人が現在買い手を探しているらしくてな」
「ほお……。それはどれくらいの量かな?」
「そうだな。改めてその商人に聞いてみないことには詳しい数字はわからないが、結構な量ではあるらしい。他領に流すにしても、これだけ余っていると値崩れして損するのがオチだと嘆いていたぐらいだ」
「へええ、そうなんだね。カイル、うちからはどの程度までなら出せそう?」
「そうですね。現在、マガルムーク金貨2万枚ほどなら持ち出しが可能ですね」
「ただ、遥々エルセリアから食料を運んでくるとなると、だいぶ輸送費がかかってしまいそうだよねえ。正直なところ、経済的にそこまで余裕があるわけではないんだけど」
そう言って、口に手を当てて考え込むルメロ。
「ちょっと待ってくれ。まさか、ルメロが自分で取引するつもりなのか?」
「ん? そうだよ。駄目かい?」
「いや。それは別に構わないが、ここの領主なり商人なりに話を持っていくものだと思っていたんでな。俺としてはそのつもりで、ルメロに話を持ち掛けたんだが」
ルメロが購入したとしても、すべて売り捌ければ元は取れるだろうし、それどころか利益を出すことだって可能だろう。
だが、マガルムークの王子であるルメロがそんな商人のような真似をするとも思えない。いったい何の意図があってそんなことをしようとしているのか、俺にはさっぱりわからなかった。
「むろん仕入れられる量次第では彼らにも話すつもりさ。それとは別に僕のほうでも多少食料を確保しておきたいんだよね」
「それはまたどうしてなのか聞いてもいいか?」
「そう遠くない時期に、この僕もアンドリュース卿と一緒に出兵しなければならなくなりそうなんだよね。どうやらシアード兄上が率いる正規軍の旗色がちょっとだけ悪いらしくてさ」
「そのための糧食ということか。だが、連れていく兵士はアンドリュース伯爵の私兵なんだろ? だったら糧食だって伯爵が用意するんじゃないのか? それともどこかにルメロ直属の兵士が居るのか?」
「いや。名目上は僕の軍勢ということになるだろうけど、お察しのとおり連れていくのはアンドリュース卿の私兵だよ。だからこそ、自分で兵士の糧食ぐらいは用意しないと面目が立たない思ってね」
おそらく、アンドリュース伯爵にあまり借りを作りたくないということなのだろう。
子息であるデニウスのほうとはあまり関係が上手くいっていない様子。
もしかしたら父親のほうとも、そこまでいい関係ではないのかも知れない。
「なるほど。だが、いいのか? 聞いたのは俺のほうだが、そんなことまで話しちまって」
「まあ、どうせ遅かれ早かれエルセリア王国にも伝わる話だと思うからね」
俺たちからすれば是非とも知りたかった話だが、ルメロがこんな内部事情まで漏らすとは思わなかった。
もしかして、わざと内部事情を話して、俺のことを試しているのか?
といっても、そこまで貴重な情報ではないこともわかる。ルメロが言っているように、何か月後になるかはわからないが、いずれエルセリアにも伝わる話だろう。
それに、マガルムークとエルセリアが現在比較的友好的で、俺のことをある程度信用したからこそ出た言葉だとも考えられた。
「それにしても情勢がだいぶ変化しているようだな。俺が聞いたかぎりでは、まもなく戦争も終わるだろうという見込みだったはずだが」
「うーん、まあ色々あってね。そうは言ってもすぐに片付くから心配しないでよ。というか、できれば僕の護衛としてディーディーにも一緒に付いてきて欲しかったんだけどね。これ以上は無理強いはしないよ。これから友人として付き合ってくれるだけでも嬉しいからさ」
「すまんな。だが、戦争ともなれば、俺ひとりが増えたところで何も変わらないと思うからな」
「まあ、必ずこの僕が出向かなければならないと決まったわけでもないからね。現時点では、一応準備だけは整えておいたほうがよさそうって感じなんだよね」
「それで食料はいつまでに必要なんだ?」
「うーん、そうだね。正直まだ何とも言えないからなあ。それに悪いけど、値段次第ではこの話自体を断るかも知れないよ?」
「そこはお互い様だ。こちらも一度村に帰って、さっき話した商人に話を持ち掛けるつもりだが、とっくに買い手が見つかっていることだってあるんだからな」
「それで、その商人はなんていう名前だい?」
「グランベルだ。年は俺と一緒ぐらいだが、かなりのやり手でな。食料だけでなく、ほかの物資なんかも手広く商売しているみたいだから、興味があったら色々聞いてみるといい」
「ありがと。ディーディーたちもまたここにやって来るんだよね?」
「そうだな。いつになるかはわからないが、暇が出来たらまた立ち寄らせてもらうつもりでいる」
「わかったよ。こうやって友人になったんだからさ、ジェネットの町に来たときには是非この屋敷にも立ち寄ってほしいな」
「ああ、そうさせてもらうよ」
その後ルメロと世間話を交わした俺とラウフローラが、屋敷を辞去したのはすっかり夜も遅くなってからだった。
もう少し突っ込んだことを聞けたのかも知れないが、その役目はグランベルに任せても大丈夫だろう。
ついでに女のほうも近付けてみるか?
ルメロの性格的にハニートラップに引っ掛かるかわからないが、試してみる価値はある。
そんなことを考えながら、俺はルメロの屋敷を出て宿屋へと戻っていった。
思わせぶりな様子でルメロが言い放ったそのギフトという言葉に対して、俺はどんな反応を見せるべきか迷っていた。
ギフトというものがどのようなものなのか、いまいちよくわかっていなかったからだ。
といっても、言葉自体はエルパドールから報告があったので知っている。簡単に言えば、神様から与えられた特別な才能という話のはずだ。
だが、現時点でわかっているのはそれだけ。
そのギフトの持ち主というのがかなり珍しいらしく、エルパドールがポートラルゴの住人たちに聞いてみてもあまり要領を得なかったそうだ。
単純に人並外れた才能の持ち主という意味にも受け取れたし、そうではなくアンノウンスキルのように俺たちにとっては未知の能力のことを指し示しているのかも知れない。
今のルメロとカイルの思わせぶりなやり取りからすれば、おそらく後者であるような気はしているが……。
「うん。で、そのギフトっていうのが慧眼というものでね。騎士としての才能に非常に優れている人物がわかるんだよね」
「騎士の才能? この俺がそうだと?」
「そうなんだ。といっても、なにも剣や弓なんかの武勇の才能だけじゃない。忠誠、公正、勇気、博愛、礼節……。騎士として求められる様々な品格がディーディーに備わっているという証拠なのさ」
ルメロの口から放たれた、そんなとんでもない話に俺は自分の耳を疑う。
おべっかやでたらめでルメロがこんな話をでっち上げているとも思えなかったが、いくら何でも素直には受け取れない話だ。
この世界の人間に比べて身体能力が並外れて高いことを見抜かれただけならまだしも、レッドであるこの俺のいったいどこに、忠誠心やら公正さが隠れているのかこちらが知りたいぐらいだ。
「その話を俺に信じろと?」
「この僕が嘘を吐いているとでも言うのかい? それはちょっと心外だな。というか、こんな嘘を吐いてまでディーディーのことを騎士に取り立てて、この僕にいったい何の得があるのさ」
「いや、まあ。それはそうなんだが……」
「それで、その慧眼というギフトの持ち主は珍しいの?」
ラウフローラが軽く咳払いをしたあと、突如口を挟んでくる。
横目でちらっとそちらのほうを見ると、ラウフローラが椅子のひじ掛けの上に左腕を置き、頬杖をついているのがわかった。
その様子を見て、俺は思わず鼻を鳴らしそうになった。
ラウフローラの仕草が前もって決めておいた、ルメロが何らかの嘘を吐いている可能性が高いというサインだったからだ。
といっても、確実にルメロが嘘を吐いているとは言い切れない。
ラウフローラがそんなサインを送ってきたといっても、人間が嘘を吐いているときによく表れるバイタルの変化や微妙な表情の変化が、今のルメロにも見られたというだけ。
その程度なら、精神状態によっては真実を語っているにもかかわらず似たような反応が表れることだってあり得るし、逆に嘘を吐いてもまったく変化が表れない人間だって居る。
それに、たとえルメロが嘘を吐いていたとしても、頭から丸っきり嘘を吐いているわけではなく、真実の中に少しだけ嘘を織り交ぜている可能性だってある。
結局のところ参考程度にしかならず、今のルメロの反応を以ってして、嘘を吐いて俺たちのことを騙そうとしていると断定することは出来なかったのだが……。
「うーん。かなり昔に居たという記述は残っているけどね。基本、王族にしか顕現しないと言われているギフトだからね」
「そうなの……」
そんなルメロの答えに、いかにも訝し気な様子でラウフローラが呟く。
ルメロが嘘を吐いているかどうかはさておき、少なくとも何らかの根拠があって俺に目を付けたことは間違いない。
そうである以上、慧眼のギフト持ちだという胡散臭い話も、馬鹿馬鹿しいと切り捨ててしまうわけにはいかなかった。
「だとしてもだ。何故わざわざエルセリア人であるこの俺を?」
「うーん、そうだね。信用できそうだからという理由じゃあ駄目かな?」
「駄目というか……。ルメロの持つギフトの能力で、俺の騎士の才能を見抜いたと言うのはまあいい。だからといって、他国の人間をいきなりそこまで信用できるものなのか?」
「そりゃあ僕だって、身近の人間で騎士の才能があり、信用できる人材が居ればそっちのほうに声を掛けるよ」
それまで終始にこやかな表情を崩さなかったルメロの顔に少しだけ影が差す。
ルメロの口から出た今の言葉が、思わず吐露してしまった本音であるように俺には聞こえた。
「ふーん、何となく訳ありって感じだな……」
「それはどうだろうね。ディーディーが僕の配下になってくれるのなら、そこら辺を話しても構わないのだけどね」
「いや。その話は聞かないほうがいいだろうな。残念だが、この話は断るつもりなんでな」
「どうしてさ? 騎士身分として取り立てると言っているんだよ? こう言っては何だけど、今の暮らしよりもずいぶんと良い暮らしが出来るはずなんだ。それに、今後のディーディーの働き次第によっては、出世だって思いのままさ」
俺の返答を聞いたルメロの顔に少しだけ驚きの表情が現れる。
普通に考えれば、平民である俺にとっては願ってもない話なのだろう。
身分制度の厳しい世界だ。騎士に取り立ててもらえるというだけでも、普通なら飛びつく話であることは間違いない。
だが、さすがに自由の効かない立場になるのは困る。四六時中、護衛としてルメロに引っ付いていたら、ほかのことが何もできなくなってしまうからだ。
一時的に騎士として、マガルムークの王子であるルメロの味方をするというのも、なかなか面白そうだとは思っていたが。
「俺には気ままな冒険者稼業が合ってるのさ。それにこう見えて、けっこう良い暮らしぶりをしているんでな。村では一応それなりの立場に居るのさ」
「どうしてもかい?」
「ああ、悪いな」
「そう……。残念だよ」
心底、残念そうに肩を落とすルメロ。
その様子を見ても、俺を配下にしたいという部分は本当の気持ちであるように思える。まあ、慧眼というギフトに関しては半分以上疑っていたが。
ただ、このまま繋がりをなくしてしまうのは勿体ない相手だ。ルメロの本音がどこにあるのかはわからないが、ある程度繋がりを保っておいたほうがいいだろう。
「ただ、そうだな。友人としてなら多少協力することは出来るかも知れん」
「ん? それはどういう意味?」
「今年、俺たちの村がある地方一帯が例年にない豊作に恵まれてな。食料がだいぶ余っている状態なのさ。そういったわけで、知り合いの商人が現在買い手を探しているらしくてな」
「ほお……。それはどれくらいの量かな?」
「そうだな。改めてその商人に聞いてみないことには詳しい数字はわからないが、結構な量ではあるらしい。他領に流すにしても、これだけ余っていると値崩れして損するのがオチだと嘆いていたぐらいだ」
「へええ、そうなんだね。カイル、うちからはどの程度までなら出せそう?」
「そうですね。現在、マガルムーク金貨2万枚ほどなら持ち出しが可能ですね」
「ただ、遥々エルセリアから食料を運んでくるとなると、だいぶ輸送費がかかってしまいそうだよねえ。正直なところ、経済的にそこまで余裕があるわけではないんだけど」
そう言って、口に手を当てて考え込むルメロ。
「ちょっと待ってくれ。まさか、ルメロが自分で取引するつもりなのか?」
「ん? そうだよ。駄目かい?」
「いや。それは別に構わないが、ここの領主なり商人なりに話を持っていくものだと思っていたんでな。俺としてはそのつもりで、ルメロに話を持ち掛けたんだが」
ルメロが購入したとしても、すべて売り捌ければ元は取れるだろうし、それどころか利益を出すことだって可能だろう。
だが、マガルムークの王子であるルメロがそんな商人のような真似をするとも思えない。いったい何の意図があってそんなことをしようとしているのか、俺にはさっぱりわからなかった。
「むろん仕入れられる量次第では彼らにも話すつもりさ。それとは別に僕のほうでも多少食料を確保しておきたいんだよね」
「それはまたどうしてなのか聞いてもいいか?」
「そう遠くない時期に、この僕もアンドリュース卿と一緒に出兵しなければならなくなりそうなんだよね。どうやらシアード兄上が率いる正規軍の旗色がちょっとだけ悪いらしくてさ」
「そのための糧食ということか。だが、連れていく兵士はアンドリュース伯爵の私兵なんだろ? だったら糧食だって伯爵が用意するんじゃないのか? それともどこかにルメロ直属の兵士が居るのか?」
「いや。名目上は僕の軍勢ということになるだろうけど、お察しのとおり連れていくのはアンドリュース卿の私兵だよ。だからこそ、自分で兵士の糧食ぐらいは用意しないと面目が立たない思ってね」
おそらく、アンドリュース伯爵にあまり借りを作りたくないということなのだろう。
子息であるデニウスのほうとはあまり関係が上手くいっていない様子。
もしかしたら父親のほうとも、そこまでいい関係ではないのかも知れない。
「なるほど。だが、いいのか? 聞いたのは俺のほうだが、そんなことまで話しちまって」
「まあ、どうせ遅かれ早かれエルセリア王国にも伝わる話だと思うからね」
俺たちからすれば是非とも知りたかった話だが、ルメロがこんな内部事情まで漏らすとは思わなかった。
もしかして、わざと内部事情を話して、俺のことを試しているのか?
といっても、そこまで貴重な情報ではないこともわかる。ルメロが言っているように、何か月後になるかはわからないが、いずれエルセリアにも伝わる話だろう。
それに、マガルムークとエルセリアが現在比較的友好的で、俺のことをある程度信用したからこそ出た言葉だとも考えられた。
「それにしても情勢がだいぶ変化しているようだな。俺が聞いたかぎりでは、まもなく戦争も終わるだろうという見込みだったはずだが」
「うーん、まあ色々あってね。そうは言ってもすぐに片付くから心配しないでよ。というか、できれば僕の護衛としてディーディーにも一緒に付いてきて欲しかったんだけどね。これ以上は無理強いはしないよ。これから友人として付き合ってくれるだけでも嬉しいからさ」
「すまんな。だが、戦争ともなれば、俺ひとりが増えたところで何も変わらないと思うからな」
「まあ、必ずこの僕が出向かなければならないと決まったわけでもないからね。現時点では、一応準備だけは整えておいたほうがよさそうって感じなんだよね」
「それで食料はいつまでに必要なんだ?」
「うーん、そうだね。正直まだ何とも言えないからなあ。それに悪いけど、値段次第ではこの話自体を断るかも知れないよ?」
「そこはお互い様だ。こちらも一度村に帰って、さっき話した商人に話を持ち掛けるつもりだが、とっくに買い手が見つかっていることだってあるんだからな」
「それで、その商人はなんていう名前だい?」
「グランベルだ。年は俺と一緒ぐらいだが、かなりのやり手でな。食料だけでなく、ほかの物資なんかも手広く商売しているみたいだから、興味があったら色々聞いてみるといい」
「ありがと。ディーディーたちもまたここにやって来るんだよね?」
「そうだな。いつになるかはわからないが、暇が出来たらまた立ち寄らせてもらうつもりでいる」
「わかったよ。こうやって友人になったんだからさ、ジェネットの町に来たときには是非この屋敷にも立ち寄ってほしいな」
「ああ、そうさせてもらうよ」
その後ルメロと世間話を交わした俺とラウフローラが、屋敷を辞去したのはすっかり夜も遅くなってからだった。
もう少し突っ込んだことを聞けたのかも知れないが、その役目はグランベルに任せても大丈夫だろう。
ついでに女のほうも近付けてみるか?
ルメロの性格的にハニートラップに引っ掛かるかわからないが、試してみる価値はある。
そんなことを考えながら、俺はルメロの屋敷を出て宿屋へと戻っていった。
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