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第1章
38.穴ぐらでの秘密
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◇
洞窟というより、穴ぐらとい言ったほうが正しいのかも知れない。
ほんの4,5メートルも進めば奥に突き当たってしまうような狭い穴ぐらの中、俺の目の前で薪にした木の枝がパチパチと爆ぜていた。
俯き加減のラァラの顔が焚き火の炎で赤く照らされ、寒そうにローブの襟元を手で重ね合わせている姿が見える。
冒険者たちから、ジェネットの町に向かう街道沿いにある唯一の休憩場所だと聞いていたのだが、何ら宿泊施設があるわけではなく雨風をしのぐのにちょうどいい穴ぐらがあっただけ。
ここにたどり着いたのはすっかり日が沈んだ後で、俺たち3人はこの場所で一夜を明かすことになっていた。
まもなく冬がやってこようかという秋の宵の口。焚き火の炎が心地よく感じるほどの肌寒さだった。
「ラァラ、寒そうだな。余っているのでよければ掛け布を貸そうか?」
「ううん、大丈夫」
俺の言葉にブルっと震えながら短く返してくるラァラ。
そんな様子に俺はラウフローラと顔を見合わす。
ディララ村を旅立ってからというもの、ラァラには少しだけふさぎ込んだ様子があり、俺の言葉にも生返事を返してくることが多かった。
あんなことがあったばかりだ。ラァラのせいではないといえ、気に病むのも仕方ないことだろう。
ただ、それだけではない気もする。道中、ラァラが何か言いたそうにして、口ごもる場面が何度か見られたからだ。
といっても、俺のほうもラァラに対して聞けずにいたことがあったが。
ラァラがザルサスの標印やグランガル教の刻印について詳しく知っていたことだ。
本人は旅の途中で話を聞いたと説明していたが、アグランガル教の刻印ならまだわかるが、邪神の印など他人から見聞きする機会が果たしてあるのだろうか、と。
ディララ村の住人たちはアグランガル教の刻印がどういうものか詳しく知らなかったからこそ、一連の事件を亜人の仕業だと思い込んだのだろう。その亜人にしても、本当はその印がザルサスの標印だと知っていればそう言い訳していたはずだ。
少なくとも一般的に広く認知されているようなものではないはず。それをラァラがたまたま聞いたことになる。俺はその点が気になっていたのだ。
むろん、そんなこと絶対にあり得ないと思っているわけではなく、ラァラのことを邪教徒じゃないかと疑っているわけでもない。ラウフローラに聞いてもラァラには何か隠し事がありそうだが、そこに悪意は感じないと言っていたぐらい。
その隠し事がザルサスの標印を知っていたことと関係があるのではないかと疑っているだけだ。
と、不意に顔を上げたラァラが、それまで溜めていた想いを吐き出すように口を開く。
「ディーディーたちから見れば、冷たい女に見えるでしょうね? アリアちゃんのことをダンさんに押し付けて、村から逃げ出したようなものだもの」
「なんだ。まだアリアのことを気にしているのか?」
「だって、あまりにもあの子が可哀そうで……。父親をなくしたことすら理解していないんですもの」
「ラァラは元々、ディララ村を離れる予定だったんだ。そんなときに悪いことがたまたま重なったってだけだ。どうしようもないことだってあるさ」
「そうね。それに厳しい言い方にはなるけど、ラァラさんが村に残ってもけっしてゲイツさんの代わりにはなれなかったと思うわよ」
「ローラちゃん……」
「私個人の意見にはなるけど、ダンさん夫婦に預けて、あれでよかったんだと思うわ」
「そうよね。私に何かできるというのが烏滸がましい考えなのかも知れないわね」
アリアの病気が治ったことをラァラに伝えるべきだろうか?
そんな薬を所持していることを不審がられるかも知れないが、アーティファクトと偽って色々と披露しているぐらいだ。今さらのような気がしないでもない。
だが、それは同時にゲイツのした行為がまるっきり無駄だったと指摘してしまうことにもなる。
結局、アリアを救ったのだって、悲劇的な結末を作り上げてしまった自分の行為を正当化したいという気持ちがあったからだ。とうてい誇れるようなことではないということも自分自身気付いていた。
「ねえ、ディーディー」
「なんだ?」
「ジェネットの町へ行ったあと、ふたりはエルセリアに帰るのよね?」
「ああ」
「そう……」
「なんだよ。言いたいことがあるならはっきりと言ってくれ」
「う、うん。その……ディーディーたちがエルセリア王国の人間ってのは本当のこと?」
ラァラのその言葉にドキリとする。
俺たちはこの世界について完全に手探りな状態。
その場しのぎで対応していた部分があったことは否めない。そのせいで多少疑われるのはわかるが、そこまでボロを出したつもりはなかったのだが。
「俺たちが出自を偽っていると?」
「ごめんなさい、私ったらおかしなことを言って。ディーディ―たちの言葉を疑うなんて」
「いや、俺たちは余所者だからな。多少疑惑の眼差しを向けられるのも仕方ないことだと思っている。だが、いったいどういう理由でそう思ったのかは聞かせてもらえないか?」
「ええと、そのね……もしかしたらディーディーたちってマトゥーサの末裔なんじゃないのかなと思って」
「マトゥーサの末裔?」
「ふーん。私たち兄妹が古代文明マトゥーサ人の末裔ねえ。それはあれかしら? 貴重なアーティファクト級の品を複数所持していたから?」
「ええ」
多少わざとらしい言い方にも聞こえたが、ラウフローラが補足して俺に伝えようとしているのはわかった。
どこかで耳にした名前だとは思っていたが、アーティファクト関連の情報によく出てきた名前だ。
様々なアーティファクトを創り出し、魔法にも精通したという古代に栄えた超文明。
大陸中央部に位置し、現在のドゥワイゼ帝国やエルセリア北西部、マガルムーク南西部までと、広大な領土をその支配下に置いていたらしい。そんな隆盛を極めていたはずの古代文明に関しての記述が、ある時期を境に途切れているとのこと。
エルパドールが探し出してきた本はアーティファクト関連が多く、古代文明が滅亡していることぐらいしか読み取れない。そのためウーラは経緯が不明過ぎて正確性を欠くと言っていたが。
まるで一夜にして大部分の人間が忽然と姿を消したかのような。それぐらい前後の記録の辻津が合わないという話だった。
「なるほどな。確かにそう思われても不思議ではないが、古代文明と俺たちはまったく関係ない。そもそもマトゥーサ人は絶滅したはずだろ?」
おそらくそういう認識で合っているはずだ。
ただ、マトゥーサ人に関してほとんど何も調査していないのと一緒で、確かなことは何も言えなかったが。
「いいえ。マトゥーサの末裔なら居るわよ」
「ん?」
「ラァラさん……。何か知っていそうな口ぶりだけど」
「てっきりディーディーたちには気付かれてるものかと思っていたけど。だって同じマトゥーサの末裔なら、この赤い瞳が何を意味するのか知っているはずですもの。この様子では私の勝手な思い違いみたいだけど」
「どうやらそのようだな。だが、そう言うってことは……」
「ええ、私はその末裔なの。イシュテオールの怒りに触れたせいで首都ラビ・リオスはおろか数多の町が壊滅したと言われている古代文明マトゥーサのね」
正直、マトゥーサの末裔と言われてもどんなものなのかわからない俺は、どんなリアクションを取ればいいのかわからなかった。
だが、今の思いつめたようなラァラの表情を見れば察しが付く。大っぴらに話せる内容ではないことを。おそらくラァラの隠し事はこれのことなのだろう。
「そうだったのか」
「驚かないのね」
「いや、驚いているぞ。ただ、あまりに突拍子もない話過ぎて、何て言ったらいいのかわからないだけだ」
「ディーディーたちがマトゥーサの民でないのなら、知らないのも無理はないわね。自分たちにマトゥーサの血が流れていることは隠しているのが普通だから」
「それはマトゥーサ人がイシュテオールの怒りに触れたからか?」
「ええ、そのとおりよ。そうだと知られれば、亜人以上の差別を受けることにもなり兼ねないわ」
「差別ね……」
「でも馬鹿よね。勝手に勘違いしてペラペラと喋ってしまったんですもの。でも、ディーディーたちが私と同じマトゥーサの末裔だとしたら、隠しても無駄だと思ったの」
「その赤い瞳のせいでか?」
「そういうこと」
「ごめんなさい、ラァラさん。私からもひとつだけ質問していいかしら? その赤い瞳はマトゥーサ人全体の特徴? それともごく一部だけなのかしら?」
瞳が赤くなるのは先天的な遺伝子異常のせいでメラニンを形成できないアルビノによく見られる症状だ。
だが、ラァラ自身がアルビノかどうかはわからない。
髪が艶やかな黒髪だったからだ。むろん眼球部分だけに遺伝子疾患が現れる可能性がないわけではない。髪が黒髪だからといって、アルビノではないと断定することもできなかったが。
「ほんの一部よ。幼い頃、住んでいた集落でも私ともうひとりだけだったからね。こんな呪われた運命を背負う人間はそう多くないはずだけど」
「呪われた運命?」
「古くからマトゥーサには、赤い瞳を持って生まれた私のような人間をアグラへの貢ぎ物にする習慣が残されているの。現在は形式だけになっているので、アグラを自称する氏族の長への貢ぎ物と言ったほうが正しいのだけれど」
「貢ぎ物……か。だったら尚更のこと、同じマトゥーサ人かも知れないと疑っていた俺たち兄妹に正体を打ち明けるのはまずかったんじゃないのか? 俺たちが無理やりラァラを連れ戻すとは考えなかったのか?」
「直感でわかるの。たとえディーディーがマトゥーサの末裔だとしても、けっしてそんなことをする人じゃないって。それとも私の見込み違いだったかしら?」
ここにきて再び耳にしたアグラという言葉。
アグラというのは人物の名前だとばかり思っていたが、今のラァラの言い方からすれば地位を示す敬称のように聞こえる。
いずれにせよ、ラァラはそのアグラへの貢ぎ物になるのが嫌で逃げ出してきたってことか。
ただ、そうなると亜人だけではなくマトゥーサ人もアグランガル教を信奉しているってことになる。
イシュティール教とアグランガル教、そして亜人にマトゥーサ人。
それらが密接に関わり合っていることだけはわかるが、詳しいこととなるとまるでわかっていない状況。しかもこの世界で一般的に信奉されているというイシュテオールですら不穏な話が出てきており、まともな神様だとも思えない。
ともあれ、エルパドールに指示を下し、早急に調査させなければならないことが増えたのは確実だった。
「いや。俺のことをそこまで信じてくれるのは嬉しいが、そもそもマトゥーサ人でも何でもない俺にはどうするもこうするもないからな」
「たとえディーディーが本当はマトゥーサの末裔だったとしても、きっと黙っていてくれると信じているわ。それにあくまでそれは氏族内での問題でしかないから。関係ない他の氏族がわざわざそんなことをする必要がないということもあるの」
そのラァラの言葉に、俺が答えようとしたそのとき。
突然立ち上がったラウフローラが、俺たちのほうに手をかざし、会話を中断させてくる。
「ごめんなさい。遠くのほうで誰かが話す声が聞こえたような気がするの。ここに誰かやって来たのかも知れないから外の様子を見てくるわね」
洞窟というより、穴ぐらとい言ったほうが正しいのかも知れない。
ほんの4,5メートルも進めば奥に突き当たってしまうような狭い穴ぐらの中、俺の目の前で薪にした木の枝がパチパチと爆ぜていた。
俯き加減のラァラの顔が焚き火の炎で赤く照らされ、寒そうにローブの襟元を手で重ね合わせている姿が見える。
冒険者たちから、ジェネットの町に向かう街道沿いにある唯一の休憩場所だと聞いていたのだが、何ら宿泊施設があるわけではなく雨風をしのぐのにちょうどいい穴ぐらがあっただけ。
ここにたどり着いたのはすっかり日が沈んだ後で、俺たち3人はこの場所で一夜を明かすことになっていた。
まもなく冬がやってこようかという秋の宵の口。焚き火の炎が心地よく感じるほどの肌寒さだった。
「ラァラ、寒そうだな。余っているのでよければ掛け布を貸そうか?」
「ううん、大丈夫」
俺の言葉にブルっと震えながら短く返してくるラァラ。
そんな様子に俺はラウフローラと顔を見合わす。
ディララ村を旅立ってからというもの、ラァラには少しだけふさぎ込んだ様子があり、俺の言葉にも生返事を返してくることが多かった。
あんなことがあったばかりだ。ラァラのせいではないといえ、気に病むのも仕方ないことだろう。
ただ、それだけではない気もする。道中、ラァラが何か言いたそうにして、口ごもる場面が何度か見られたからだ。
といっても、俺のほうもラァラに対して聞けずにいたことがあったが。
ラァラがザルサスの標印やグランガル教の刻印について詳しく知っていたことだ。
本人は旅の途中で話を聞いたと説明していたが、アグランガル教の刻印ならまだわかるが、邪神の印など他人から見聞きする機会が果たしてあるのだろうか、と。
ディララ村の住人たちはアグランガル教の刻印がどういうものか詳しく知らなかったからこそ、一連の事件を亜人の仕業だと思い込んだのだろう。その亜人にしても、本当はその印がザルサスの標印だと知っていればそう言い訳していたはずだ。
少なくとも一般的に広く認知されているようなものではないはず。それをラァラがたまたま聞いたことになる。俺はその点が気になっていたのだ。
むろん、そんなこと絶対にあり得ないと思っているわけではなく、ラァラのことを邪教徒じゃないかと疑っているわけでもない。ラウフローラに聞いてもラァラには何か隠し事がありそうだが、そこに悪意は感じないと言っていたぐらい。
その隠し事がザルサスの標印を知っていたことと関係があるのではないかと疑っているだけだ。
と、不意に顔を上げたラァラが、それまで溜めていた想いを吐き出すように口を開く。
「ディーディーたちから見れば、冷たい女に見えるでしょうね? アリアちゃんのことをダンさんに押し付けて、村から逃げ出したようなものだもの」
「なんだ。まだアリアのことを気にしているのか?」
「だって、あまりにもあの子が可哀そうで……。父親をなくしたことすら理解していないんですもの」
「ラァラは元々、ディララ村を離れる予定だったんだ。そんなときに悪いことがたまたま重なったってだけだ。どうしようもないことだってあるさ」
「そうね。それに厳しい言い方にはなるけど、ラァラさんが村に残ってもけっしてゲイツさんの代わりにはなれなかったと思うわよ」
「ローラちゃん……」
「私個人の意見にはなるけど、ダンさん夫婦に預けて、あれでよかったんだと思うわ」
「そうよね。私に何かできるというのが烏滸がましい考えなのかも知れないわね」
アリアの病気が治ったことをラァラに伝えるべきだろうか?
そんな薬を所持していることを不審がられるかも知れないが、アーティファクトと偽って色々と披露しているぐらいだ。今さらのような気がしないでもない。
だが、それは同時にゲイツのした行為がまるっきり無駄だったと指摘してしまうことにもなる。
結局、アリアを救ったのだって、悲劇的な結末を作り上げてしまった自分の行為を正当化したいという気持ちがあったからだ。とうてい誇れるようなことではないということも自分自身気付いていた。
「ねえ、ディーディー」
「なんだ?」
「ジェネットの町へ行ったあと、ふたりはエルセリアに帰るのよね?」
「ああ」
「そう……」
「なんだよ。言いたいことがあるならはっきりと言ってくれ」
「う、うん。その……ディーディーたちがエルセリア王国の人間ってのは本当のこと?」
ラァラのその言葉にドキリとする。
俺たちはこの世界について完全に手探りな状態。
その場しのぎで対応していた部分があったことは否めない。そのせいで多少疑われるのはわかるが、そこまでボロを出したつもりはなかったのだが。
「俺たちが出自を偽っていると?」
「ごめんなさい、私ったらおかしなことを言って。ディーディ―たちの言葉を疑うなんて」
「いや、俺たちは余所者だからな。多少疑惑の眼差しを向けられるのも仕方ないことだと思っている。だが、いったいどういう理由でそう思ったのかは聞かせてもらえないか?」
「ええと、そのね……もしかしたらディーディーたちってマトゥーサの末裔なんじゃないのかなと思って」
「マトゥーサの末裔?」
「ふーん。私たち兄妹が古代文明マトゥーサ人の末裔ねえ。それはあれかしら? 貴重なアーティファクト級の品を複数所持していたから?」
「ええ」
多少わざとらしい言い方にも聞こえたが、ラウフローラが補足して俺に伝えようとしているのはわかった。
どこかで耳にした名前だとは思っていたが、アーティファクト関連の情報によく出てきた名前だ。
様々なアーティファクトを創り出し、魔法にも精通したという古代に栄えた超文明。
大陸中央部に位置し、現在のドゥワイゼ帝国やエルセリア北西部、マガルムーク南西部までと、広大な領土をその支配下に置いていたらしい。そんな隆盛を極めていたはずの古代文明に関しての記述が、ある時期を境に途切れているとのこと。
エルパドールが探し出してきた本はアーティファクト関連が多く、古代文明が滅亡していることぐらいしか読み取れない。そのためウーラは経緯が不明過ぎて正確性を欠くと言っていたが。
まるで一夜にして大部分の人間が忽然と姿を消したかのような。それぐらい前後の記録の辻津が合わないという話だった。
「なるほどな。確かにそう思われても不思議ではないが、古代文明と俺たちはまったく関係ない。そもそもマトゥーサ人は絶滅したはずだろ?」
おそらくそういう認識で合っているはずだ。
ただ、マトゥーサ人に関してほとんど何も調査していないのと一緒で、確かなことは何も言えなかったが。
「いいえ。マトゥーサの末裔なら居るわよ」
「ん?」
「ラァラさん……。何か知っていそうな口ぶりだけど」
「てっきりディーディーたちには気付かれてるものかと思っていたけど。だって同じマトゥーサの末裔なら、この赤い瞳が何を意味するのか知っているはずですもの。この様子では私の勝手な思い違いみたいだけど」
「どうやらそのようだな。だが、そう言うってことは……」
「ええ、私はその末裔なの。イシュテオールの怒りに触れたせいで首都ラビ・リオスはおろか数多の町が壊滅したと言われている古代文明マトゥーサのね」
正直、マトゥーサの末裔と言われてもどんなものなのかわからない俺は、どんなリアクションを取ればいいのかわからなかった。
だが、今の思いつめたようなラァラの表情を見れば察しが付く。大っぴらに話せる内容ではないことを。おそらくラァラの隠し事はこれのことなのだろう。
「そうだったのか」
「驚かないのね」
「いや、驚いているぞ。ただ、あまりに突拍子もない話過ぎて、何て言ったらいいのかわからないだけだ」
「ディーディーたちがマトゥーサの民でないのなら、知らないのも無理はないわね。自分たちにマトゥーサの血が流れていることは隠しているのが普通だから」
「それはマトゥーサ人がイシュテオールの怒りに触れたからか?」
「ええ、そのとおりよ。そうだと知られれば、亜人以上の差別を受けることにもなり兼ねないわ」
「差別ね……」
「でも馬鹿よね。勝手に勘違いしてペラペラと喋ってしまったんですもの。でも、ディーディーたちが私と同じマトゥーサの末裔だとしたら、隠しても無駄だと思ったの」
「その赤い瞳のせいでか?」
「そういうこと」
「ごめんなさい、ラァラさん。私からもひとつだけ質問していいかしら? その赤い瞳はマトゥーサ人全体の特徴? それともごく一部だけなのかしら?」
瞳が赤くなるのは先天的な遺伝子異常のせいでメラニンを形成できないアルビノによく見られる症状だ。
だが、ラァラ自身がアルビノかどうかはわからない。
髪が艶やかな黒髪だったからだ。むろん眼球部分だけに遺伝子疾患が現れる可能性がないわけではない。髪が黒髪だからといって、アルビノではないと断定することもできなかったが。
「ほんの一部よ。幼い頃、住んでいた集落でも私ともうひとりだけだったからね。こんな呪われた運命を背負う人間はそう多くないはずだけど」
「呪われた運命?」
「古くからマトゥーサには、赤い瞳を持って生まれた私のような人間をアグラへの貢ぎ物にする習慣が残されているの。現在は形式だけになっているので、アグラを自称する氏族の長への貢ぎ物と言ったほうが正しいのだけれど」
「貢ぎ物……か。だったら尚更のこと、同じマトゥーサ人かも知れないと疑っていた俺たち兄妹に正体を打ち明けるのはまずかったんじゃないのか? 俺たちが無理やりラァラを連れ戻すとは考えなかったのか?」
「直感でわかるの。たとえディーディーがマトゥーサの末裔だとしても、けっしてそんなことをする人じゃないって。それとも私の見込み違いだったかしら?」
ここにきて再び耳にしたアグラという言葉。
アグラというのは人物の名前だとばかり思っていたが、今のラァラの言い方からすれば地位を示す敬称のように聞こえる。
いずれにせよ、ラァラはそのアグラへの貢ぎ物になるのが嫌で逃げ出してきたってことか。
ただ、そうなると亜人だけではなくマトゥーサ人もアグランガル教を信奉しているってことになる。
イシュティール教とアグランガル教、そして亜人にマトゥーサ人。
それらが密接に関わり合っていることだけはわかるが、詳しいこととなるとまるでわかっていない状況。しかもこの世界で一般的に信奉されているというイシュテオールですら不穏な話が出てきており、まともな神様だとも思えない。
ともあれ、エルパドールに指示を下し、早急に調査させなければならないことが増えたのは確実だった。
「いや。俺のことをそこまで信じてくれるのは嬉しいが、そもそもマトゥーサ人でも何でもない俺にはどうするもこうするもないからな」
「たとえディーディーが本当はマトゥーサの末裔だったとしても、きっと黙っていてくれると信じているわ。それにあくまでそれは氏族内での問題でしかないから。関係ない他の氏族がわざわざそんなことをする必要がないということもあるの」
そのラァラの言葉に、俺が答えようとしたそのとき。
突然立ち上がったラウフローラが、俺たちのほうに手をかざし、会話を中断させてくる。
「ごめんなさい。遠くのほうで誰かが話す声が聞こえたような気がするの。ここに誰かやって来たのかも知れないから外の様子を見てくるわね」
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