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第1章
25.依頼
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◇
「ドレイクの誘導か……」
「どうかね? 話に聞くかぎりでは、冒険者として優秀だそうだが」
「まあな。腕のほうは悪くないと自負している」
「ふむ。それで、これまでにドレイクと対峙した経験は?」
「いや、一度もないな」
「まあ、そうだろうな。本来ならドレイクなど棲み処にでも近付かなければ滅多に遭遇しない魔物だ」
ジルに案内された屋敷の一室。
俺はそこでラカムという中年の男性と会っていた。
村の責任者にしては意外に若い気がする。村長という話を聞いて勝手に老人をイメージしていたので、余計にそう思ってしまったのかも知れないが。
まあ、村長などといってもその上に領主が存在しているのはエルセリア王国と変わらないらしく、ラカムは言うなれば村の代表者という立ち位置みたいだ。
だが、ただの代表者とはいえ屋敷の規模をみるとけっこう貯め込んでいそうな雰囲気があった。
調度品の類いもこの世界にしてはそこそこ高級そうな物を取り揃えており、財力の豊かさを見せつけるものだった。
そのラカムが実は平民で、準貴族ですらないことにも少しだけ驚かされた。
何でも元々ディララに根を張っていた商人の一族らしく、ディララの村が大きくなるとともに村の取りまとめ役に収まったとか。
道すがら、これから会いにいく村長とはどんな人物なのかジルに尋ねたところ、まるで自分のことのようにそう自慢げに語っていたのだ。
まあ、ラカムがどんな身分だろうと今は関係ない。
こちらは一介の冒険者に過ぎず、何とか塩を譲ってほしいと頼んでいる立場だ。それなりに下出に出る必要があるだろう。
そんなラカムからの提案は、塩の取引をする代わりに湿地帯に住み着いたドレイクを何とか南の領地外までおびき出してほしいというものだった。
「なかなか危険そうな依頼だな」
「無理なら無理で仕方がない。その代わり、塩の取引のほうも勘弁してもらうことにはなるが」
「ほかに当てでもあるのか?」
「いや。こちらとしてもそこまで火急の事態ではないというだけだ。引き続き、湿地帯方面への移動を禁じれば済む話なのでな」
「なるほど。それで、どれくらいの距離、湿地帯から離せばいいんだ?」
「湿地帯から南に真っ直ぐ行くと、やがて林が見えてくる。その林を抜けてちょっと行ったところに小さな川が流れているはずだ。最低でもそこまでは誘導してほしい」
「けっこうな距離がありそうだな。ちょっとだけ考えさせてくれ」
正直なところ、俺にとっては朝飯前の仕事だ。
準備もせず、このまま取り掛かってくれと言われても、なんら問題ないぐらいの。
だが、即答はしなかった。
駆け引きのために勿体ぶっているわけではない。現実的な話、依頼をこなしたところで俺たちに利する点は少ないのがわかり切っていたからだ。
「何もドレイクを討伐しろと言ってるわけじゃねえんだ。南の領地外までおびき寄せたあとは、そのまま放っておいて逃げ出せばいいってことよ。つまり、あんたらの得意な逃げ足が生きるっていう寸法さ」
「そのことは理解しているが」
「なんだ、もしかして怖気づいてんのか?」
いきなり横から口を出してきたジルのことを、お前は余計なことを言うなとでもいうように一瞬ラカムが睨んだことに気付く。
ジルは軽々しくああ言っているが、普通の感覚で考えればかなり難易度の高い依頼だろう。
映像で確認したかぎり、ドレイクの移動速度はそれなりに速い。
大型の肉食獣はリーチが長い分、それだけで移動速度も速くなるからだ。
相当、身体能力に優れた冒険者でもなければ、そのうち追い付かれてしまう可能性が高いはず。そこで何も策がなければ一巻の終わりだ。
「依頼を受けるかどうか決める前に2,3確認しておきたいことがある」
「何かね?」
「この依頼は俺たちだけで行うってことか?」
今回の依頼は討伐ではなく誘導だ。
けっして人手が必要というわけでもないが、遠目からの監視役に誰かが付き、きちんと西の湿地帯からドレイクが居なくなったことを確認する必要がある。さすがに誰も人を寄越さないとは思えないのだが。
「むろん、この村からも人手を出すつもりでいる。だが、そいつらが下手にドレイクの注意を集めてしまっては元も子もない。いくらドレイクの視力が低いといっても、匂いやら何やらで勘付かれてしまう恐れがあるのでな。ほかの冒険者連中は今回遠くからの援護を担当してもらうという形で了承してもらいたい」
言っていることはあながち間違っていないのだろう。
囮になる人間以外がそばに居ても誘導の妨げになるだけだ。下手に途中で別方向に向かわれては、目的地までの誘導が難しくなってしまう。
だが、そもそもが逃げ切れるという前提があってこその話。
本心では、俺たちのことを捨て駒に使い、ドレイクを少しでも湿地帯から離そうとしているだけのようにも思える。
俺たちが途中で追いつかれてどうなろうと、こいつらにとってみればそれでドレイクが湿地帯から消えてくれれば済む話だ。
元々、ドレイクからは逃げ切れないと踏んでいるのなら、犠牲は少ないほうがいいだろう。
いや、冒険者への依頼は基本的に全額成功報酬という形。
依頼料を払わなくて済む分、そのほうが儲けものとまで考えていてもおかしくない。
「その依頼に成功した場合、どの程度の量の塩を取引してくれるの?」
俺の思考の隙を縫って、ラウフローラがラカムへと質問を投げかけていた。
本来なら建前上、真っ先に質問しておかなければならない言葉だ。うっかり失念しかけていた俺のフォローに入ったということだろう。
と、その言葉を受けラカムが椅子から一度立ち上がると、あらかじめ用意してあったと思われる塩袋を持ってくる。そして、そのまま目の前にあるテーブルの上にドシリと置いた。
「そいつをあと2袋、全部で3袋がこちらも限度だな。その3袋の代金と、ドレイク誘導の成功報酬を相殺にするという形でどうかね? こちらとしては公平な取引のつもりでいるが」
そうラカムは言っているものの、本当に値段的な釣り合いが取れているのかは怪しいもんだ。
といっても、塩の値段ならある程度の予想が付くが、ドレイク依頼のほうが一般的にどの程度の報酬額が妥当なのかわからないせいで確かなことは言えなかったのだが。
当然、そのへんもエルパドールに詳しく調べさせてはいる。
が、冒険者への報酬額はほぼ依頼主側の言い値でしかないらしく、同じ隊商警護の依頼でも隊商によって何倍も報酬に差があったり、命懸けのわりには驚くほど安価な報酬もあったりして、いまいち掴めていないのが現状だ。
結局のところ冒険者側が納得しさえすれば、それが妥当な値段ということになってしまうのだろう。
「中身を確認させてもらってもいい?」
「それは構わんが、間違いなくバーパル岩塩抗産の良質な塩だ。そんなことで誤魔化したりはせぬよ」
ラウフローラが塩袋を手に持って、中身を確かめようとする。
バーパル岩塩抗というのは初耳だったが、マガルムーク有数の岩塩の産地であることは容易に想像が付く。
塩が不足しているってことは、そのバーパル岩塩抗からの採掘を現在中止にでもしているのだろうか?
そうではなく流通のほうがストップしている可能性も考えられる。どちらかといえば後者くさいが。
「うん、大丈夫みたいね。1袋だいたい13キログラムってとこかしら」
報酬額をこちらの足元を見て低く設定していてもおかしくないが、そもそもが文句を付けられる立場でもない。
少なくとも、こちらの設定どおり100人前後の村だと仮定すれば、余裕で2,3か月もつ量であることは事実だ。
「塩の品質に問題はなさそうだな。あとはそうだな。仮にドレイクを討伐した場合、依頼の内容と若干変わってしまうが、依頼に成功したと捉えてもらえるんだろうな?」
「あん? お前らがドレイクをか?」
俺の言葉を聞いて、こいつはいったい何を言ってるんだとでも言いたげに鼻で笑うジル。
その口から漏れたのは嘲笑混じりの言葉だった。
「そうだ。場合によっては、否応なく戦闘状態に突入してしまうことも考えられる。結果的にそうなってしまった場合、依頼に失敗したと後でケチを付けられても困るんでな」
「あーはっはっは。エルセリアから来た冒険者さんはよほど腕に覚えがあるらしいな。それともあれか? 今から村に戻って仲間を呼んでくるつもりなのか?」
「ジル、お前は少し黙っていろ。そうだな、ドレイクを退治したことがはっきりと確認できるのなら、こちらとしては文句の付けようがない。ただ、期限を切るわけではないが、さすがにひと月後とかになってしまうのも困る。なるべく早目に依頼に取り掛かってほしい」
「いや。条件さえ問題がないようなら、今日の午後にでも取り掛かるつもりだ。ローラもそれでいいな?」
そう言ってラウフローラのほうを向くと、小さく頷くのが見えた。
本当はラウフローラが反対していることもわかっているが、ここは俺の意見を押し通させてもらうことにした。
少しだけ試したいことがあったからだ。
「と、いうことだ。それと、そちらから人手を出すにしても、依頼遂行中は俺たちの指示に従ってもらいたい」
「ふーむ、いいだろう。ある程度やり方はそちらに任せることにする。だが、まかり間違っても村方面に近付けるような真似だけはしないでくれ」
「その点は安心してもらっていい。それよりもそちらの準備はいいのか? 昼過ぎには動きたいんだが」
「ジル。ひとっ走り行って、村の冒険者連中をかき集めてきてくれ。私のほうから事情を説明する」
「あ、ああ。わかりました。でも、本当にいいんですかい?」
「お前が気にすることじゃない。さっさと行ってこい!」
驚くほどあっさりとこちらの要望を受け入れたラカム。
その真意のほどが定かではなくとも、悪意があるとまでは言い難い気がする。
俺たちのことを捨て駒にしか見ていないとしても、もそもそもがこの世界の冒険者の立場は極めて低いものだ。仮に依頼に失敗して死んだとしても、替えの効く存在でしかないというのが一般的な認識らしい。
元々扱いとしてはこんなものでしかないのだろう。
「契約が成立したってことでいいんだな?」
「うむ。こちらとの話し合いが終わり次第、冒険者たちを向かわせるので酒場にでも居てくれ」
「了解した。それじゃあ俺たちも戻ることにするか」
慌てて部屋から出て行ったジルの後を追うように、俺もラウフローラを促してラカムの屋敷を辞去する。
半分ほど俺たちの思惑とはズレているが、結果的にいえば元々こちらから持ち掛けようとしていたことだ。
ジェネットの町へ旅立つ前に寄り道することについても、この程度のロスなら誤差の範疇でしかない。エルセリア王国には最悪一か月後までに戻れば済む話だ。
屋敷から表へと出た俺たちは、ラカムに言われたとおり一旦酒場に戻ることにした。
◇
「止めとけ、あまりにも無謀過ぎる!」
「そうね。今すぐに塩が必要な事情もわかるけど、もっと別の方法を探すべきよ」
酒場の一階部分に俺たちの行動を諫める声が響き渡る。どこかで話を聞きつけてきたらしいゲイツと、酒場に残っていたラァラの声だ。
ラァラのほうはともかく、昨日あれほど俺たちのことを拒んでいたゲイツが、まさかこんなことを言い出してくるとは少々驚きだった。
「心配してくれるのは有り難いが、何も問題はない。俺もローラもこういった荒事には慣れているんでな」
「ドレイクのことを舐めすぎだ。まさか、あいつの凶暴性を知らないのか?」
「依頼の内容はドレイクをおびき出して湿地帯から離すことだ。直接、手を出すわけじゃない。それにいざってときには、奥の手もあるしな」
「それでどうにかなる相手だとでも?」
「ああ、そういうことだ」
「ふう……。ドレイク相手というわけではないが、似たようなことを言ってそのまま帰って来なかった冒険者がどれほど居るか。ときに命を賭けるのが冒険者とはいえ、賭けどころが間違っているように思うぞ」
「そうよ。別にディララ村に恩義があるわけでもないんでしょ。絶対にあなたたちがしなければならない仕事ではないんじゃない?」
ふたりの言い分はけっして間違っていないように思える。
俺たちが普通の冒険者ならばの話だが。
とはいえ、そのことを詳しく説明できるわけがない。腕がいいという説明だけでは、到底納得できない気持ちもよくわかるつもりだ。
だが、ふたりにとって俺たちは、昨日初めて出会ったよそ者でしかないはず。ゲイツに至ってはぶっきら棒に頭から拒絶されたというイメージしか残っていなかったぐらいだ。
だというのに、まるで昔からの知り合いのように親身になって忠告してくるとは思わなかった。
単にふたりとも根がお人好しというだけなのかも知れないが。
「ふたりともちょっとだけ勘違いをしてるな」
「何をだ?」
「俺は昔、手痛い目に遭った経験があるんでな。それ以来勝算がある戦いでなければ挑まないようにしているのさ」
「確実な策がある、と?」
「さっきも言ったろ。奥の手があるってな」
「本当? ローラちゃんのほうもディーディーと同じ意見なの?」
「ええ、そうよ。まったく問題がないわ。ラァラさん」
「そう……」
それきり口を閉ざしてしまうふたり。
もうこれ以上、何か言ったところで俺たちの決心は変わらないと気付いたのか。ただ、その顔を見るとまったく納得していない様子ではあったが。
「すまんな。出掛ける前に少しだけローラと打ち合わせをしておきたい。聞かれて困る話でもないんだが、ふたりの相手をしている暇はない。できればご遠慮願いたいんだが」
冷たくそう言い放った俺の言葉に、不承不承といった様子でその場から離れていくラァラとゲイツ。
俺はその様子を横目で眺めながら、ラウフローラと最終的な変更点について話し始めていた。
「ドレイクの誘導か……」
「どうかね? 話に聞くかぎりでは、冒険者として優秀だそうだが」
「まあな。腕のほうは悪くないと自負している」
「ふむ。それで、これまでにドレイクと対峙した経験は?」
「いや、一度もないな」
「まあ、そうだろうな。本来ならドレイクなど棲み処にでも近付かなければ滅多に遭遇しない魔物だ」
ジルに案内された屋敷の一室。
俺はそこでラカムという中年の男性と会っていた。
村の責任者にしては意外に若い気がする。村長という話を聞いて勝手に老人をイメージしていたので、余計にそう思ってしまったのかも知れないが。
まあ、村長などといってもその上に領主が存在しているのはエルセリア王国と変わらないらしく、ラカムは言うなれば村の代表者という立ち位置みたいだ。
だが、ただの代表者とはいえ屋敷の規模をみるとけっこう貯め込んでいそうな雰囲気があった。
調度品の類いもこの世界にしてはそこそこ高級そうな物を取り揃えており、財力の豊かさを見せつけるものだった。
そのラカムが実は平民で、準貴族ですらないことにも少しだけ驚かされた。
何でも元々ディララに根を張っていた商人の一族らしく、ディララの村が大きくなるとともに村の取りまとめ役に収まったとか。
道すがら、これから会いにいく村長とはどんな人物なのかジルに尋ねたところ、まるで自分のことのようにそう自慢げに語っていたのだ。
まあ、ラカムがどんな身分だろうと今は関係ない。
こちらは一介の冒険者に過ぎず、何とか塩を譲ってほしいと頼んでいる立場だ。それなりに下出に出る必要があるだろう。
そんなラカムからの提案は、塩の取引をする代わりに湿地帯に住み着いたドレイクを何とか南の領地外までおびき出してほしいというものだった。
「なかなか危険そうな依頼だな」
「無理なら無理で仕方がない。その代わり、塩の取引のほうも勘弁してもらうことにはなるが」
「ほかに当てでもあるのか?」
「いや。こちらとしてもそこまで火急の事態ではないというだけだ。引き続き、湿地帯方面への移動を禁じれば済む話なのでな」
「なるほど。それで、どれくらいの距離、湿地帯から離せばいいんだ?」
「湿地帯から南に真っ直ぐ行くと、やがて林が見えてくる。その林を抜けてちょっと行ったところに小さな川が流れているはずだ。最低でもそこまでは誘導してほしい」
「けっこうな距離がありそうだな。ちょっとだけ考えさせてくれ」
正直なところ、俺にとっては朝飯前の仕事だ。
準備もせず、このまま取り掛かってくれと言われても、なんら問題ないぐらいの。
だが、即答はしなかった。
駆け引きのために勿体ぶっているわけではない。現実的な話、依頼をこなしたところで俺たちに利する点は少ないのがわかり切っていたからだ。
「何もドレイクを討伐しろと言ってるわけじゃねえんだ。南の領地外までおびき寄せたあとは、そのまま放っておいて逃げ出せばいいってことよ。つまり、あんたらの得意な逃げ足が生きるっていう寸法さ」
「そのことは理解しているが」
「なんだ、もしかして怖気づいてんのか?」
いきなり横から口を出してきたジルのことを、お前は余計なことを言うなとでもいうように一瞬ラカムが睨んだことに気付く。
ジルは軽々しくああ言っているが、普通の感覚で考えればかなり難易度の高い依頼だろう。
映像で確認したかぎり、ドレイクの移動速度はそれなりに速い。
大型の肉食獣はリーチが長い分、それだけで移動速度も速くなるからだ。
相当、身体能力に優れた冒険者でもなければ、そのうち追い付かれてしまう可能性が高いはず。そこで何も策がなければ一巻の終わりだ。
「依頼を受けるかどうか決める前に2,3確認しておきたいことがある」
「何かね?」
「この依頼は俺たちだけで行うってことか?」
今回の依頼は討伐ではなく誘導だ。
けっして人手が必要というわけでもないが、遠目からの監視役に誰かが付き、きちんと西の湿地帯からドレイクが居なくなったことを確認する必要がある。さすがに誰も人を寄越さないとは思えないのだが。
「むろん、この村からも人手を出すつもりでいる。だが、そいつらが下手にドレイクの注意を集めてしまっては元も子もない。いくらドレイクの視力が低いといっても、匂いやら何やらで勘付かれてしまう恐れがあるのでな。ほかの冒険者連中は今回遠くからの援護を担当してもらうという形で了承してもらいたい」
言っていることはあながち間違っていないのだろう。
囮になる人間以外がそばに居ても誘導の妨げになるだけだ。下手に途中で別方向に向かわれては、目的地までの誘導が難しくなってしまう。
だが、そもそもが逃げ切れるという前提があってこその話。
本心では、俺たちのことを捨て駒に使い、ドレイクを少しでも湿地帯から離そうとしているだけのようにも思える。
俺たちが途中で追いつかれてどうなろうと、こいつらにとってみればそれでドレイクが湿地帯から消えてくれれば済む話だ。
元々、ドレイクからは逃げ切れないと踏んでいるのなら、犠牲は少ないほうがいいだろう。
いや、冒険者への依頼は基本的に全額成功報酬という形。
依頼料を払わなくて済む分、そのほうが儲けものとまで考えていてもおかしくない。
「その依頼に成功した場合、どの程度の量の塩を取引してくれるの?」
俺の思考の隙を縫って、ラウフローラがラカムへと質問を投げかけていた。
本来なら建前上、真っ先に質問しておかなければならない言葉だ。うっかり失念しかけていた俺のフォローに入ったということだろう。
と、その言葉を受けラカムが椅子から一度立ち上がると、あらかじめ用意してあったと思われる塩袋を持ってくる。そして、そのまま目の前にあるテーブルの上にドシリと置いた。
「そいつをあと2袋、全部で3袋がこちらも限度だな。その3袋の代金と、ドレイク誘導の成功報酬を相殺にするという形でどうかね? こちらとしては公平な取引のつもりでいるが」
そうラカムは言っているものの、本当に値段的な釣り合いが取れているのかは怪しいもんだ。
といっても、塩の値段ならある程度の予想が付くが、ドレイク依頼のほうが一般的にどの程度の報酬額が妥当なのかわからないせいで確かなことは言えなかったのだが。
当然、そのへんもエルパドールに詳しく調べさせてはいる。
が、冒険者への報酬額はほぼ依頼主側の言い値でしかないらしく、同じ隊商警護の依頼でも隊商によって何倍も報酬に差があったり、命懸けのわりには驚くほど安価な報酬もあったりして、いまいち掴めていないのが現状だ。
結局のところ冒険者側が納得しさえすれば、それが妥当な値段ということになってしまうのだろう。
「中身を確認させてもらってもいい?」
「それは構わんが、間違いなくバーパル岩塩抗産の良質な塩だ。そんなことで誤魔化したりはせぬよ」
ラウフローラが塩袋を手に持って、中身を確かめようとする。
バーパル岩塩抗というのは初耳だったが、マガルムーク有数の岩塩の産地であることは容易に想像が付く。
塩が不足しているってことは、そのバーパル岩塩抗からの採掘を現在中止にでもしているのだろうか?
そうではなく流通のほうがストップしている可能性も考えられる。どちらかといえば後者くさいが。
「うん、大丈夫みたいね。1袋だいたい13キログラムってとこかしら」
報酬額をこちらの足元を見て低く設定していてもおかしくないが、そもそもが文句を付けられる立場でもない。
少なくとも、こちらの設定どおり100人前後の村だと仮定すれば、余裕で2,3か月もつ量であることは事実だ。
「塩の品質に問題はなさそうだな。あとはそうだな。仮にドレイクを討伐した場合、依頼の内容と若干変わってしまうが、依頼に成功したと捉えてもらえるんだろうな?」
「あん? お前らがドレイクをか?」
俺の言葉を聞いて、こいつはいったい何を言ってるんだとでも言いたげに鼻で笑うジル。
その口から漏れたのは嘲笑混じりの言葉だった。
「そうだ。場合によっては、否応なく戦闘状態に突入してしまうことも考えられる。結果的にそうなってしまった場合、依頼に失敗したと後でケチを付けられても困るんでな」
「あーはっはっは。エルセリアから来た冒険者さんはよほど腕に覚えがあるらしいな。それともあれか? 今から村に戻って仲間を呼んでくるつもりなのか?」
「ジル、お前は少し黙っていろ。そうだな、ドレイクを退治したことがはっきりと確認できるのなら、こちらとしては文句の付けようがない。ただ、期限を切るわけではないが、さすがにひと月後とかになってしまうのも困る。なるべく早目に依頼に取り掛かってほしい」
「いや。条件さえ問題がないようなら、今日の午後にでも取り掛かるつもりだ。ローラもそれでいいな?」
そう言ってラウフローラのほうを向くと、小さく頷くのが見えた。
本当はラウフローラが反対していることもわかっているが、ここは俺の意見を押し通させてもらうことにした。
少しだけ試したいことがあったからだ。
「と、いうことだ。それと、そちらから人手を出すにしても、依頼遂行中は俺たちの指示に従ってもらいたい」
「ふーむ、いいだろう。ある程度やり方はそちらに任せることにする。だが、まかり間違っても村方面に近付けるような真似だけはしないでくれ」
「その点は安心してもらっていい。それよりもそちらの準備はいいのか? 昼過ぎには動きたいんだが」
「ジル。ひとっ走り行って、村の冒険者連中をかき集めてきてくれ。私のほうから事情を説明する」
「あ、ああ。わかりました。でも、本当にいいんですかい?」
「お前が気にすることじゃない。さっさと行ってこい!」
驚くほどあっさりとこちらの要望を受け入れたラカム。
その真意のほどが定かではなくとも、悪意があるとまでは言い難い気がする。
俺たちのことを捨て駒にしか見ていないとしても、もそもそもがこの世界の冒険者の立場は極めて低いものだ。仮に依頼に失敗して死んだとしても、替えの効く存在でしかないというのが一般的な認識らしい。
元々扱いとしてはこんなものでしかないのだろう。
「契約が成立したってことでいいんだな?」
「うむ。こちらとの話し合いが終わり次第、冒険者たちを向かわせるので酒場にでも居てくれ」
「了解した。それじゃあ俺たちも戻ることにするか」
慌てて部屋から出て行ったジルの後を追うように、俺もラウフローラを促してラカムの屋敷を辞去する。
半分ほど俺たちの思惑とはズレているが、結果的にいえば元々こちらから持ち掛けようとしていたことだ。
ジェネットの町へ旅立つ前に寄り道することについても、この程度のロスなら誤差の範疇でしかない。エルセリア王国には最悪一か月後までに戻れば済む話だ。
屋敷から表へと出た俺たちは、ラカムに言われたとおり一旦酒場に戻ることにした。
◇
「止めとけ、あまりにも無謀過ぎる!」
「そうね。今すぐに塩が必要な事情もわかるけど、もっと別の方法を探すべきよ」
酒場の一階部分に俺たちの行動を諫める声が響き渡る。どこかで話を聞きつけてきたらしいゲイツと、酒場に残っていたラァラの声だ。
ラァラのほうはともかく、昨日あれほど俺たちのことを拒んでいたゲイツが、まさかこんなことを言い出してくるとは少々驚きだった。
「心配してくれるのは有り難いが、何も問題はない。俺もローラもこういった荒事には慣れているんでな」
「ドレイクのことを舐めすぎだ。まさか、あいつの凶暴性を知らないのか?」
「依頼の内容はドレイクをおびき出して湿地帯から離すことだ。直接、手を出すわけじゃない。それにいざってときには、奥の手もあるしな」
「それでどうにかなる相手だとでも?」
「ああ、そういうことだ」
「ふう……。ドレイク相手というわけではないが、似たようなことを言ってそのまま帰って来なかった冒険者がどれほど居るか。ときに命を賭けるのが冒険者とはいえ、賭けどころが間違っているように思うぞ」
「そうよ。別にディララ村に恩義があるわけでもないんでしょ。絶対にあなたたちがしなければならない仕事ではないんじゃない?」
ふたりの言い分はけっして間違っていないように思える。
俺たちが普通の冒険者ならばの話だが。
とはいえ、そのことを詳しく説明できるわけがない。腕がいいという説明だけでは、到底納得できない気持ちもよくわかるつもりだ。
だが、ふたりにとって俺たちは、昨日初めて出会ったよそ者でしかないはず。ゲイツに至ってはぶっきら棒に頭から拒絶されたというイメージしか残っていなかったぐらいだ。
だというのに、まるで昔からの知り合いのように親身になって忠告してくるとは思わなかった。
単にふたりとも根がお人好しというだけなのかも知れないが。
「ふたりともちょっとだけ勘違いをしてるな」
「何をだ?」
「俺は昔、手痛い目に遭った経験があるんでな。それ以来勝算がある戦いでなければ挑まないようにしているのさ」
「確実な策がある、と?」
「さっきも言ったろ。奥の手があるってな」
「本当? ローラちゃんのほうもディーディーと同じ意見なの?」
「ええ、そうよ。まったく問題がないわ。ラァラさん」
「そう……」
それきり口を閉ざしてしまうふたり。
もうこれ以上、何か言ったところで俺たちの決心は変わらないと気付いたのか。ただ、その顔を見るとまったく納得していない様子ではあったが。
「すまんな。出掛ける前に少しだけローラと打ち合わせをしておきたい。聞かれて困る話でもないんだが、ふたりの相手をしている暇はない。できればご遠慮願いたいんだが」
冷たくそう言い放った俺の言葉に、不承不承といった様子でその場から離れていくラァラとゲイツ。
俺はその様子を横目で眺めながら、ラウフローラと最終的な変更点について話し始めていた。
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【ストーリー紹介】
幼い頃、孤児院から引き取られた主人公リュークは、養父となった侯爵から酷い扱いを受けていた。
そんなある日、リュークは『スマホ』という史上初の『Xランク』スキルを授かる。
養父は『Xランク』をただの『バツランク』だと馬鹿にし、リュークをきつくぶん殴ったうえ、親子の縁を切って家から追い出す。
だが本当は『Extraランク』という意味で、超絶ぶっちぎりの能力を持っていた。
『スマホ』の能力――それは鑑定、検索、マップ機能、動物の言葉が翻訳ができるほか、他人やモンスターの持つスキル・魔法などをコピーして取得が可能なうえ、写真に撮ったものを現物として出せたり、合成することで強力な魔導装備すら製作できる最凶のものだった。
貴族家から放り出されたリュークは、朱鷺色の髪をした天才美少女剣士アニスと出会う。
『剣姫』の二つ名を持つアニスは雲の上の存在だったが、『スマホ』の力でリュークは成り上がり、徐々にその関係は接近していく。
『スマホ』はリュークの成長とともにさらに進化し、最弱の男はいつしか世界最強の存在へ……。
どん底だった主人公が一発逆転する物語です。
※別小説『ぶっ壊れ錬金術師(チート・アルケミスト)はいつか本気を出してみたい 魔導と科学を極めたら異世界最強になったので、自由気ままに生きていきます』も書いてますので、そちらもどうぞよろしくお願いいたします。
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