BYOND A WORLD

四葉八朔

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第1章

9.孫六

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 ◇

『農業プラントの稼働率増強により、食料自給率が168%まで上昇。現時点の備蓄分だけでも7か月ほどの余裕があります。養畜プラントのほうもさらなる供給力上昇に向けて、生産性アップを推進中です』

 俺のすぐそばで、カランカランと少しばかり耳障りな音が鳴っていた。
 どうやらテーブルに置いてあった器がひっくり返った音らしい。器の中身のプチトマトがその場へと散乱し、コロコロとテーブルを転がっていく。
 そのプチトマトの行方を目で追いながら、俺はウーラから朝の定時報告を聞いていた。

『また、先日提案が許可された実験農場を設置。惑星上の地表部分にて原始的な有機栽培を行い、農作物に対する影響を調査開始致しました。それに伴い、付近の河川から伸ばした灌漑かんがい施設を併設。なお、河川の水質に大きな問題点は見られません』
「ん、了解。リリアーテ、孫六の世話を頼む」
「わかりました。ほら孫六、大人しくして」 

 俺のその言葉に、テーブルを挟んで差し向いに控えていたリリアーテが即座に反応を示す。
 リリアーテは羊を模した角を持つ女性型のドールで、柔和な表情がごく自然な感じに周囲へと安心感を振りまいている。そんな優し気な表情からこういった世話役に適していると考え、現在この任務を与えていた。
 逃げていくプチトマトを拾おうとして身を乗り出す小さな身体をひょいっと持ち上げると、元の位置である椅子の上へと立たせてやるリリアーテ。
 こぼれたプチトマトのほうもひとつひとつ拾ってやり、器の中へと戻していく甲斐甲斐しい姿を、俺はぼんやりと眺めていた。

 M-56がキメラの爪撃により負傷してから、はや5日。
 NBSによる再生治療のおかげで一命を取り留めたこの小さな生物は、負傷が全快した現在もこの宇宙船内にとどまっていた。
 いつまでもM-56という個体サンプル名で呼んでいるのもはばかられるので、一応それらしく孫六と呼んでいる状況。
 生物学的に見て一応オスだったので、孫六と呼んでも差し支えないだろう。
 なぜ、こうして客人扱いまでして食事を与えているかといえば、孫六の生態観察及び地球産の食物による中毒症状の有無を調べるためだ。
 それはいずれこの俺も、この世界の食物を口にしなければならなくなる可能性を見越してのことだった。

 むろん成分分析をすれば毒性などは判断可能だが、まったくの未知の世界で果たしてそれだけを信用しきってもいいものかという不安が残る。
 孫六が地球産の食物を口にして安全だったので、この俺もこちらの世界の食物を口にしても安全だという理屈にはならないこともわかっているが、それでもある程度の参考にはなるはず。
 むろんそれだけではなく、養畜プラントの家畜の餌を一部こちらの世界の穀物と変えてみたりと色々試しているのが現状だった。 
 一方的に実験動物のような真似をしている感は否めないが、毒性が強いものは与えていないし、たとえ人間が食べられるようなものであっても、小動物にとって中毒になりそうなものは避けている。
 今、与えているプチトマトにしたって、小動物に悪影響がありそうな実が青い状態のものは避け、完熟したものを選んでいるくらいだ。
 それに万が一中毒症状が現れたとしても、現在孫六の体内に移植されたNBSにより、すぐに体外へと排出されるのだから、そこまで問題にならないはず。

「それにしても、こいつ本当にプチトマトが好きだな。多少酸味があるほうが好みなのかも知れないな」
「みょ?」

 ふとした俺の呟きに孫六が反応する。
 口一杯にプチトマトを放り込み、もぐもぐと咀嚼しながらも、こちらをうかがうような視線を投げかけてくる孫六。
 といっても、言葉が通じているわけではなかろう。
 色々と調べてみた結果、言語による意思疎通能力を持たない生き物だと判明。
 知能だけなら人類でいうところの猿人レベルはあるらしいが、言語中枢が未発達のままで声帯も言語を発生することに適していないため、鳴き声で単純な感情を伝えることくらいしかできないようだ。
 だからこそ情報が漏れる危険性が薄く、宇宙船に滞在させても問題ないと判断したってのもあるが。
 肝心のゲノム解析の結果については、こちらの予測通りでもあったとも言えるし、期待外れだったとも言える。なにしろ、ほとんど何もわからなかったといったほうが正しいのだから。

 体内構造においても至って普通という診断結果で、地球の野生動物と構造上なんら違いは見られなかった。
 一点だけ特異点を挙げるなら、血液中のマナ粒子量が他の組織と比べて色濃かったことくらいか。
 遺伝子的に言えば、食肉目イタチ科のユーラシアカワウソが比較的近い――ゲノム解析でわかったことといえばそれぐらいだろう。
 まあ顔のほうはユーラシアカワウソよりもコツメカワウソに似ている気もするが。
 
 そういったわけで遺伝子上カワウソと何らかの因果関係があると匂わせる部分はあったのだが、それでも地球種だとはっきり断言できないのは、それ以上に未知の部分が多かったせいらしい。
 カワウソと違い体型がずんぐりむっくりなのは、二足歩行を可能とするために重心の位置が低くなるような進化の道を辿ったのだろうと予想が付く。
 が、そのわりには足が小さなままで、これでは少々安定性に欠けるような気もするのだが。
 そもそもカワウソは肉食のはずであり、孫六の特徴にも当て嵌まっていない。
 まあ、この個体がたまたま草食か雑食性だったということも考えられるので、それだけでどうこう言える問題でもないが。
 これはキメラであるK-1のゲノム解析結果も同様で、いくつかの類似点はあるものの、地球種として断定できるレベルの根拠にはなり得ないとのこと。
 過去、幾度か地球の生物が転移してきているというウーラの推論を後押しする形にはなったが、それらの生物が進化してこうなったと単純に考えるのは早計だろう、というのが率直な見解らしい。
 それ以上は推測の域を出ない話であり、正直なところお手上げという話だ。

 ちなみに帰還後キメラの記録映像を見たが、最終的にアケイオスには敵わないことを悟ったのか逃走していった。
 アケイオスも生命活動に支障を来すほどのダメージは与えていない。かといって、無傷というわけでもないだろう。
 しばらくまともに動けない程度の傷は負わせているはず。

 片肘をつき、そんなことをぼんやりと考えていた俺の視界の端に、木目模様の木製器が浮かんでいた。
 そちらに目を向けると、無作法にもテーブル上に足を乗り上げた孫六が、空の器を手にこちらへと差し向けている姿が見える。

「はあ。こういうところだけは妙に知恵が回るんだよな」
「みょみょ?」
「リリアーテ。どうやら孫六様がお代わりをご所望のようだ。といっても、与える量は今の半分ぐらいにしとけ。食事自体には問題がなくとも、食べ過ぎて単純に腹を壊すかも知れないからな」
「みょみょおおお!」
「わかったわかった。今、お代わりを用意させているから、そんなに器を振り回すなって」

 どうやら誰がボスなのかを一応理解しているみたいだ。
 現状、孫六の世話をしているのはリリアーテなのに、わざわざ俺にお代わりを要求してくるぐらいには。
 いや、最初遭遇したときは、それだけでいきなり失神したほどだ。あれだけ臆病な生物だというのに、わずか数日間で人懐っこさを見せるまでに変化したというのも不思議な話だった。
 脳内シナプスの構造から推測したかぎりでは猿人レベルという話ではあったものの、その想定以上に知能が高い可能性がある。
 少なくとも、今のところ敵対行動を取ろうとしていないので、平和的な生物でありそうな印象は受けている。
 といっても、100%信用したわけでもなく、孫六の世話を任せたリリアーテが常時監視の目を向けているというのが現実だった。
 いずれにせよ、こちらに敵意がないことはすぐに理解してくれたようだ。
 それだけにとどまらずこれだけ知能が高いのなら、自分が危ない場面で助けられたという認識だって持っていてもおかしくはない。負傷したあともしばらく意識があったことからすれば、自分がどのような目に遭ったかも薄々は理解しているはず。
 それにしては少しばかり図々しいような気もするが。

「それとリリアーテ。こいつの食事が済んだら、昨日と同じように崖下にある棲み処まで送り届けてくれ」
「はい、おおせのとおりに。送還後は昨日と同じ行動でよろしいでしょうか?」
「ああ、それも昨日と同じでいい。日中は離れて監視。日没後、崖下近くまで戻ってくるようなら宇宙船内に招き入れても構わん」

 リリアーテが優雅に頷く。
 一連の会話どおり、俺は何も孫六を監禁しているわけではない。
 あらかた検証も済んでおり、孫六にはいつ棲み処に戻ってもらっても構わないのだ。
 リリアーテへの命令については、他に仲間が居るのならどの程度の規模なのか知っておきたくて、一応監視を続けさせている感じだった。言ってみれば孫六に対して取っている対応は、よき隣人といったところだろう。

 と、そんなのんびりとした朝の空気が、ウーラの報告によりかき消される。

『艦長。緊急のご報告がございます。現在地から西南西方面、約128キロメートル先地点にて、人工的に作られた建造物を発見。さらに地球人によく似た知的生命体を発見致しました』
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