BYOND A WORLD

四葉八朔

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第1章

4.ロスト

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 ◇

 見渡せる限り、果ての果てまで雄大な自然。
 おそらく現在は高台に居るのだろう。見下ろす風景には一切の人工物が見当たらず、敷き詰められた木々の絨毯じゅうたんと、それを引き裂く一筋の川の流れが見えるのみ。
 地球でもなかなかお目にかかれないであろうその光景に、俺はただ目を奪われただけで、なかなか思考が追い付いてこない。

「実は地球ってことはないのか? 未知の惑星に超常現象により転移して、しかもそこがたまたま居住可能惑星だったなんて偶然があるか? いや、地球だったところで今起こっていることが充分にあり得ない事態だってのはわかるが」
『地球とは大気組成、重力など数々の点において微妙に一致しません。また――』
「いや、数十億年前、もしくは数十億年後の世界とか? それなら環境が変化している説明にもなるはずだ。ほら、俺自身これっぽっちも信じていなかったが、一部の学者連中が示唆しさしていただろ。ワープによる時間軸のズレの可能性を。数十億年も違えば、地球の環境だって多少変化していてもおかしくない。どちらにせよとんでもない話だが、そのほうがまだ信じられるってもんだ。だいたいワープ先のシリウス星系周辺は調査されつくされていて、そんな惑星など存在しないはずだろ」
『時間軸のズレが起き、プラスマイナス50億年以内に時間移動したのだと仮定した場合、星図スターチャートとの相関関係が一致しないことからその可能性を除外。一連の状況にかんがみると、現在位置はシリウス星系ではない可能性が極めて高いように思われます』
「うーむ。にわかには信じ難い話だな。ようは地球ではないし、それどころか未観測領域に居るっていうのか?」
『その可能性が一番高いかと』

 その話に納得できたわけではない。
 ただし、ウーラの言葉を否定する要素も見つからなかった。そもそもワープ先は暗い宇宙空間のはずで、目の前に大森林が広がっているような光景がはなはだおかしいのだ。

「まあいい。現状、判断材料が少なすぎて何とも言えない。その話は一旦保留にする。それで仮にもしそうだとして、帰還できる可能性は?」
『極めて難しいと言わざるを得ません。太陽系の方向も距離も不明である以上、通常の航行手段ではまず不可能でしょう。今回起きた現象が逆のベクトルで起こる、あるいはこの現象の仕組みが解明できれば、帰還できる可能性は僅かながら残されています。ですが過去に同様の現象が起きたという事例が皆無なことから考えますと、あまり期待はできないかと』
「ふぅ……完全にロストしたってことか」

 宇宙空間での行方不明をロストと言うのは、ほぼ生還の見込みがないからだ。
 まあ一概にロストと言っても、犯罪者扱いされていない状況で自ら雲隠れしたような人間も含まれているので、全員が全員死亡していたり、帰還不能状態だというわけでもない。
 ただし、今回のケースは完全に後者のほうのロストだろう。
 そんな絶望的な状況だと理解しても何とか冷静さを保てたのは、レッドになったことで文明社会との縁が切れていたおかげかも知れない。
 もしこれがいまだ精神的に文明社会に縛られている状態なら、今頃激しく取り乱していたに違いない。

「資源惑星調査用の簡易通信衛星があったよな。ウーラ、あれを打ちあげてくれ。それに周辺地域の調査も必要だな。色々合点がてんが行かないことだらけだが、とりあえずこの惑星の全容を把握することが先決だ。くそっ、ファルコンがあればな……。他にこの惑星を調べるのに何かいい方法はないか?」

 本来ならこの惑星の周回軌道上に、艦載機であるファルコンを飛ばすだけで事足りる話だった。それで楽々と様々な観測データを入手できるのだから。とはいえ、ファルコンをなくしてしまった以上、取って代わる方法を考えなければ。

『周辺地域の調査にしか向きませんが、資源探査用のピットを流用してみてはいかがでしょうか? 生体反応や地形データ、物質含有量などで一部代用が可能かと思われます』
「なるほど。確かにピットの資源調査データを元にすれば、ある程度有意義な観測結果に繋がるかも知れん。だが、たしかあのピットは調査可能域が半径100メートル程度と狭かったはず。それに移動速度もかなり遅かったよな?」
『はい。生体反応、地形データ、物質含有量の探査に関しては半径100メートルが限界です。現在、所有しているピットは4機。最高移動速度が時速40キロメートルとなっております』
「むぅ……あまり移動には向いてないな。まあ今更そんなこと言っても仕方ないか。今はある物で対応していくしかない。とりあえずその方向で話を進めてくれ」
『簡易通信衛星の打ち上げ、実行。ピットによる周辺地域の調査を開始。尚、上空からピットにて地表を観測する際、下層雲が視界を遮る事態が憂慮されるため高度2000メートル程度が限界かと思われます。なお視認可能距離は地球と同サイズの惑星だと仮定した場合、約160キロメートル先までとなっております』

 実際のところ、資源のおおまかな存在量を調査するだけならファルコンに搭載されている機能で充分だった。
 ピットはあくまで補助的役割に過ぎず、俺が購入していたものは単純な構造しか有していない安物。
 そもそもピット自体あっちこっち飛ばして何かを探すような用途に使うものではなく、本来は採掘現場で掘り下げた地面内部の詳細を調査する役割でしかない。
 ただ、使い方によっては160キロメートル先まで周囲を確認でき、観測機械として流用可能ではないかという話だった。
 とはいえ、たとえその160キロメートル先に何かあったとしても、とんでもないデカさでもないかぎり何があるのか判別できないだろう。
 対象の大きさや障害物の有無にもよるが、実際に視認可能な距離はせいぜい半分の80キロメートル以下と考えておいたほうがよさそうだ。それでもファルコンを使って成層圏を周回し観測できない以上、どれだけ時間がかかろうともピットに頼らざるを得ないような状況だった。

「周辺地域の安全確保が先だな。上空からの広域観測データものちのち必要になってくるが、現状そっちを優先させてしまうと手元がおろそかになりかねない。ああ、そうだ。重要なことを忘れてた。この地に植生がみられるってことは、それ以外の生物も存在する可能性が高いってことだよな? 植物、微生物以外の生物の存在は?」
『現在、監視モニターにて鳥類、昆虫類に酷似した生物を確認済みです。昆虫類のような生物は現在も監視下にあり、その行動から見るに単純な節足動物と大差なく、危険度は低いものと判断いたしました』

 スクリーンに鳥らしき画像と虫らしき画像が映し出される。
 見たところ地球の鳥や虫となんら変わりないが、俺はその変わらない姿形にこそ違和感を覚えた。

 広大な宇宙だ。
 今のところ発見されてないだけで、地球と似たような環境の惑星は存在するものと考えられていた。そして地球で起きたこと――すなわち全生物の共通祖先がその惑星で誕生しないとも限らない、というのが一般的な学説である。
 まあ天文学的に低い確率らしいが。
 ただし、たとえ地球と同じように全生物の共通祖先が誕生したとしても、微妙な環境の違いにより異なった進化を遂げるはず。それが最初はわずかな違いであっても、時を経ていくうちにその違いは徐々に大きくなっていくはずだ。
 だというのに、地球の生物と酷似しているという違和感。
 もちろん、この惑星の生物の見かけが地球の生物に似ているというだけで、中身はまったく別の生物ということはあり得るが。

「危険がないようなら、DNAを採取してゲノム解析を頼む。もしかしたら何かわかるかも知れない」
『了解しました。至急ドールを向かわせ、安全を確認のうえDNAを採取致します。それと、ピットから通信報告が入っています。捜索した範囲内すべて、マナ粒子の存在量が異常な数値であることを確認。マナ粒子の存在量は、通常の数百万倍から数千万倍にものぼるものと計測されました。なお、マナ粒子による人体への影響は現在のところ確認されておりません』
「はあ? なんだ、それ。いくらなんでも異常すぎるだろ。しかも、全範囲だと? ってことは、この惑星はお宝の山ってことか。そりゃ大発見じゃないか……。いや、それも帰還できればの話だが」

 これが平時なら素直に喜べたのだが。
 レッドでも裏ルートを使い資源を流すことは可能だ。
 それどころか、計測された存在量に間違いがなければ、政府との赦免取引にだって使えるかも知れない……。
 まあ、いまさら手打ちをする気になるのかと問われればいささか疑問だが、この情報が自分にとって大きな武器になることは間違いないだろう。
 ともあれ、この惑星は重金属の元素構成比が高いのかも知れない。少なくともこれまで発見された資源惑星では、マナ粒子の存在量と重金属元素の間に密接な関係があったことは事実。
 といっても、マナ粒子についてすべて解明されているわけではないのが難しいところだ。
 あくまでマナ粒子の運動エネルギーをエネルギーリソースとして運用できているというだけで、本来の役割も存在意義も以前謎のまま。
 それに通常のレベルという前提条件が、全宇宙単位でみれば間違っている可能性だってある。

「マナ粒子に関しては、人体に悪影響がないようなら問題視しない方向でいくしかない。ゲートは使い切ってもうないし、そもそも大気圏突破すらできないような状況だ。マナ粒子の量がこの惑星全体で同じならどうしようもない。というか、しばらくこの惑星に滞在することを前提にして行動したほうが無難だろうな。安全の確保を優先。ただし、何か起きたときにいつでも逃げ出せるような準備だけは進めておいてくれ。あとは一定レベル以上の知的生命体の存在の有無が問題と……」

 地球の規則ルールでは、個人による異星人との接触が固く禁じられている。
 もちろん異星人との遭遇を想定したものであって、歴史上そんな事件が起きたことなど皆無なのだが。
 人類が光速というかせを外し、太陽系外にも進出し始めたため、万が一の可能性を考慮して作られた規則だ。
 まあ実際のところ、そんなもの宇宙船ふな乗りの間では笑い話でしかなく、まさか自分がそんな経験をするかも知れないなどとは夢にも思っていなかったが。

 いずれにせよ情報量が少なすぎる。
 何故こんな事態に陥ったのか、そして帰還できるのかもまるで不明。非常にまずい状況だといえる。
 幸いにもこの惑星に大気が存在し、生存可能な環境である可能性が高いのは唯一の救いだろうが。

 眼前に広がるは雄大な自然。
 仰ぎ見た空にはあかねがかった恒星たいよう
 もうどれくらいこんな景色を見ていなかっただろうか。少なくとも3年弱は地球の土を踏んでいないはずだ。
 今の時代、地球でもこんな景色が見られるのは一部の自然保護区域だけだろうが。

「すごいな。地平線の果てまで、見渡せる限りの自然か……」

 刹那、望郷の念にかられそうになる。すでに打ち捨てたはずが、今頃になりひたひたと蘇ってくる自然な大地への未練。そのせいか、どうしてもここが地球なのではという懐疑心かいぎしんが拭えない。

 他人との繋がりなど、3年前に切り捨てたはず。
 いや、実際に切り捨てられたのは俺のほうか。
 だというのに、心のどこかで人間の存在を期待している自分自身が情けなくもあった。

「クソ、なに心細くなってんだよ。俺らしくもない。まんまと逃げおおせたってことだろ? それに生きてるっていう事実こそが今は重要じゃないのか」

 思わず弱音が口をついて出た。
 強がってみても、自分自身に対しては本音を隠しようがない。それでも自分ひとりでこの状況を打開するほかなかった。
 泣こうがわめこうが、俺を助けてくれる人間などこの場にはいないのだから……。
 俺は迷いを振り払うように、今一度スクリーンに映る光景に目を落としていった。
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