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第26話   死闘、再び

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「前の続きをしようよ、お兄ちゃん」

 そう言うと、クラウディオスは身体を半身に構えながら両腕を上げた。

 飢えていた。

 ひたすらに貪欲にクラウディオスは戦いに飢えていたのである。

 そんなクラウディオスに対して、進之介は口ではなく態度で返答した。

「参るッ!」

 進之介は〈神威〉を上段に構えながら一気に間合いを詰めていった。五間の距離が一瞬で縮まる。

 進之介は手にしている〈神威〉をクラウディオスの頭上めがけて光速で振り下ろした。

 クラウディオスはすでに読んでいたのか、自分の身体に刃が当たらない程度だけ後方に飛んで斬撃を躱した。

 すかさず進之介は追撃を放っていく。

 振り下ろした〈神威〉はまるで生き物のように跳ね上がると、余裕の表情を浮かべていたクラウディオスの前髪を何本か斬り飛ばしていた。

 クラウディオスは反撃もままならないまま、後方にバク転を繰り返して距離を取った。

 ある程度の距離を取ったクラウディオスの顔からは、余裕の笑みが消えていた。

 明らかに時坂神社で一戦交えた時よりも、格段に進之介の腕前が上がっていたからだ。

 逆に二撃目を放った進之介は、正眼に構えなおした〈神威〉の切っ先をクラウディオスに寸分の狂いもなく合わせていた。

 今の進之介には恐怖は微塵もなかった。

 幾度となく進之介はクラウディオスと闘っていた。

 もちろん、目の前にいる本物のクラウディオスではない。

 自分の脳内に想像した仮想敵手としてのクラウディオスとである。

『カシミヤ』の屋上で進之介は時坂神社でのクラウディオスとの闘いを一挙手一投足すべて思い出し、その記憶からクラウディオスがどのような動きを繰り出してくるのかを延々と思考して闘っていた。

 すべてはこの瞬間のためである。

 進之介は正眼の構えを崩さずに突進すると、クラウディオスの額、喉、鳩尾、の同時三箇所に神速の突きを放った。

 3つの刺突は残像を生じさせながらあたかも一つの突きにしか見えなかった。

 突く力と引く力を最大限に利用した突きの威力と速度に、クラウディオスは瞬時に対応する。

 進之介が放った〈三連突き〉は、クラウディオスの急所三箇所に確かに突きこまれたはずであったが、それでも進之介の腕には手応えが感じられなかった。

 クラウディオスの身体が残像を残して消失した。

「シン、上ッ!」

 傍から見ていたエリファスが叫んだ。

 クラウディオスは飛翔していた。異常な脚力でもって上空へと飛び、着地点を定めながら進之介に攻撃を加える。

 かつて同じ方法で進之介の背中に蹴撃をした経験があるクラウディオスは、今回も同じ方法で進之介に攻撃をするつもりであった。

 空中で前方に一回転したクラウディオスは、遠心力を利用して後ろ蹴りの体勢に転じていた。

 あとは何が起こっているか反応できない進之介の背中に蹴りを叩き込むだけである。

 しかし、ここでクラウディオスはある異変に気がついた。

 自分の上空から降り注いでいた月の光が何かに遮られたのである。

 先ほどまでは全身を包んでいた淡い燐光が、何かしらの物体に見事に遮られていた。

 刹那、クラウディオスの後頭部に衝撃が走った。

 体勢を崩されたクラウディオスは矢で撃ち落された小鳥のように地面に落下した。

 続いて地面に綺麗に着地した人間がいた。

 進之介である。進之介はクラウディオスに〈三連突き〉を放った直後、すでに空中に跳躍する体勢を取っていた。

 進之介は〈殺視〉の力を最大限に利用していた。

 進之介はクラウディオスの次の攻撃を明確に〝視〟ることにより、クラウディオスには思いもがけない反撃を繰り出していた。

 進之介はクラウディオスが跳躍する動作に合わせ、自分も空を飛び無防備であったクラウディオスの後頭部に強烈な肘鉄を食らわせたのである。

 まさに2人の立場は逆転した。

 クラウディオスは進之介を甘く見ていたのである。

 剣だけではなく、自分の五体すべてを駆使して戦いに望む武士の信念。

 一切の妥協を許さないほどに鍛えられた神威一刀流の剣士は、真剣を使わずともその腕は十分に凶器となりうるのである。

 地面に落下したクラウディオスはすぐさま起き上がり進之介と対峙した。

 僅かではあるが、クラウディオスの金色の双眸には焦りの色が浮かんでいた。

「進之介……あんなに強かったっけ?」

 神速の攻防の一部始終を何とか目視していたエリファスは、改めて進之介の強さに見惚れてしまった。

 街道で盗賊たちと闘ったときよりも、入隊試験で騎士団の人間と闘ったときよりも、今の進之介の強さは明らかに向上していた。

 たった数日で人間はこんなにも強くなれるのだろうか。

 エリファスは何となく進之介の強さが向上した理由に心当たりがあった。

 冷静さを取り戻しつつあったエリファスは、進之介以外の人間がこの広場にいないことに気がついていた。進之介が心より会いたいと願っていた梓である。

 その梓がこの場所にいないということは……。

「くっくっくっ……ははは」

 どこから声が聞こえてきた。

 進之介はさして同様もせず、剣を下段に構えている。

 クラウディオスである。

 クラウディオスはニヤけた口からくぐった声を吐き出すと、突如として高らかに笑い出した。

 そのあまりの声量に大気が振動するかのような錯覚に陥り、エリファスは咄嗟に両耳を塞いだ。

 進之介の顔も涼しげとはいかず、やや引きつった表情に変化した。

「いい! いいよ! 最高だよ! こんな気分は本当に生まれて初めてだよ!」

 クラウディオスは両手を天に向かって羽のように広げると、その場でくるくると回転し始めた。

 よほど心身が高揚しているのか、回転する速度が異常に速い。まるで独楽のように淀みなく回っていたが、

「だからね」

 回転がピタリと止まった。

「じっくり遊ぶのは止めにしたよ。僕の本気を見せたいからね」

 クラウディオスは両足を左右に大きく広げると、両腕を自分の顔面の前で×字のように交差させた。

 全身にまんべんなく力を集中させているのか、身体が極度に震えている。

 その独特の構えを目にした瞬間、進之介の心臓の鼓動が急速に加速した。

 自分では意識しなくても、全身にじんわりと温い汗が滲み出てくる。

 そしてクラウディオスは進之介が二、三度呼吸をする間にすかさず次の構えに移った。

 上半身を後方に斜めに倒したクラウディオスは、すうううう、と肺に酸素を取り込む動作をすると、見る間にクラウディオスの上半身が大きく膨らんでいく。

 と、普通の人間ならばただそう見えていただろう。

 だが〈殺視〉の力でクラウディオスの一連の動作を〝視〟ていた進之介には、それに加えて相手の気の流れが明確に視認できていた。

 進之介は瞬時に身体を四方に移動させるよう身構えていた。

 何かが来る。

 進之介の目には、クラウディオスの顔の前方に集まる丸い球状の気がはっきりと〝視〟えていた。

 そしてそれは放たれた。
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