上 下
14 / 30

第14話   城内潜入

しおりを挟む
 今日の天気は雲一つない清々しいほどの快晴だった。

 近頃は東の領域を治めるポートレイとシェスタがこのアトランティスに宣戦布告したらしいが、城の者たちを始め、ゼノポリスに生きる民衆たちは特に気にしてはいない。

 彼もそうであった。

 この国には他国にはない特殊な金属が存在する。

 その金属を加工して造った武器や防具は、そこらの国々の武器や防具とは比較にならない程の精度と強度を誇る。

 だからこそ、東の国々が戦争を仕掛けてきたとしても特に気にはならない。

 この国の騎士団たちが負けるはずがないのだから。

 そんなことを気にするよりも、今日の仕事のことのほうが何倍も気になってしまう。

 彼は門番兵であった。

 頭には鉄兜を被り、上半身には鉄鎧。

 右手には長槍を掲げて、次の交代時間まで正門を守護するのが仕事だった。

 隣には同じ格好をした男がいるが、彼の同僚だ。

 通常は二人一組で門番を務めることが決まりなのである。

 そして彼ら門番兵が立っている場所は、跳ね橋の上だった。

 普段は城に来客してくるのは各地の諸侯たちや貴族たちぐらいのもので、貴族たちは門番兵たちが一生働いても買えないような豪勢な馬車に乗って堂々と跳ね橋を渡ってくる。

 たまに見ていて羨ましいと思ってしまうが、この世が平等でないことくらいわかっている。

 人にはそれぞれ身分相応の生き方と仕事があり、こうして門の前で長槍を掲げているのが自分に相応しい生き方だと彼は思っている。

 今日は快晴。

 昼過ぎのこの時間帯は普段ならば特に目立った来客もなく、隣にいる同僚と他愛もない話で盛り上がるところなのだが、今日はそうもいかない。

 なぜなら、今日は城内の広場で志願兵の入隊試験が行われるからだ。

 来るべき戦争に備えて志願兵を募り、軍備を向上させるのが主な募集の主な名目だったが、彼は試験の真相を知っている。

 近年、この国も海外に物資を輸出したりして表向きには豊かに見えるのだが、その実、職に溢れた人々が裏通りに住みついて犯罪が増大した問題も抱えていた。

 そこでこの国の王は少しでも問題を解消すべく、わざわざ志願兵を募って職に溢れた人たちを救済しようと考えたのだ。

 そんな王に彼は好意を抱いていた。

 常に民を想ってくれている今の王がいる限り、この国が他国に負けるはずがない。

 それに王はめでたく御結婚され、心身ともに充実している時期だ。

 今この国はまさに『敵無し』と呼んでも過言ではないかもしれない。

 だが、さすがにこいつらでは役不足だろうと彼はため息をついた。

 彼の目の前には、様々な人間たちが自分を売り込もうと闘志を漲らせている光景が広がっていた。

 その中には見るからに強そうな筋骨隆々な男もいれば、枯れ木のようにか細い身体で咳き込んでいる男もいる。

 いくら王の好意で志願兵を募るとしても、まともに剣を触れないような人間たちが大半では話にならない。

 それにあそこで震えているのは肉屋の息子のトーマスではないだろうか。

 遊びが過ぎて勘当寸前とは知っているが、おおかた親に焚きつけられて志願したのだろう。

 だが、今日の試験の教官たちは白獅子騎士団の人間たちだ。

 怪我をしない内にさっさと帰ったほうが身のためだぞトーマス。

 彼は志願兵たちを哀れむような目で見つめていると、その中で特に目を引く奇妙な二人連れを発見した。

 それは隣にいる同僚も感じたらしく、何やら二人連れに対して色々と質問していた。

 一人はさほど背が高くない黒髪の青年だった。

 短く切り揃えられた髪に精悍な顔つきをしている青年は、白シャツに黒ズボンという普段着の格好をしており、腰に巻いている革ベルトには見たことのない細身の長剣と小剣を差して固定させていた。

 顔つきからしてこの大陸の人間ではないのだろうと彼は思った。

 そして、それは青年の話し方を聞いて確信に変わった。

 同僚が青年に対して「どこから来たんだ?」と問うと、「拙者は江戸……い、いや、海を越えてきたでござる」と妙な言葉使いで青年は応対をしていたからだ。

 それに気になったのはもう一人。

 青年の隣で寄り添うようにしていた少年だった。

 青年と同じ黒髪で格好も同じ白シャツに黒ズボン。

 茶色の鍔付の帽子を深々と被っていて、見た感じ年齢は14、5歳くらいに見える。

 話をさらに横から聞いていると少年は青年の雇い主らしく、今回の志願兵にぜひ青年を推挙したいからとここまで彼に付き添ってきたらしい。

 わざわざ海を越えてまで志願しに来るとは見上げた根性だが、いったい何の雇い主なんだ?

 結局、同僚は奇妙な二人連れを城内に通してしまった。

 まあ隣で話を聞いていても特に変な回答はしていなかったので別によかったのだが、奇妙なのはその二人連れだけではなかったのだから堪らない。

 彼は目の前で順番待ちしている志願兵たちを一望した。

 ざっと見たところで志願兵は3~40人くらいはいる。

 その大半が何を思って志願しにきたのか理由を問い詰めたい、身分不相応な人間たちだと判断できる。

 伊達に10年もこうして城の最前線を守護する門番兵を務めているわけではない。

 彼は素直に思った。

 この中で試験に合格する人間は数人、そして五体満足で帰れるやつはほとんどいないだろうな……と。



 アトランティス城の正門を抜けると、すぐ正面には城内に入るための正式な入り口が存在している。

 普段から城で従事していない人間からして見れば、城の外観は心身ともに圧倒されてしまうような迫力に満ち溢れてくるだろう。

 そしてその巨大な入り口の手前には左右に分かれる細長い通路があり、右側に行くと庭園へ、左側に行くと芝生が絨毯のように生え茂っている広場へと辿り着ける。

 黒髪の二人連れは正門を抜けると、迷わず左側へと歩きだした。

 所々で立ち番をしている兵士が道標になっているから迷いようがなかったが、予定のない場所を無闇に歩き回って拿捕されては元も子もない。

 細い通路を歩き終わり、黒髪の二人連れは広場へと到着した。

 広場の地面はよく手入れされた深緑の芝生が土を覆い隠し、100人の兵士が調練しても不都合がないほどの広さがあった。

 すでに広場には数十人の志願者たちの姿があった。

 志願者たちは各々好きな場所で瞑想に耽っていたり、自前の剣で素振りをしていたりと、必死に今回の入隊試験に合格したいという気迫が感じられた。

 黒髪の二人連れは自分たちより先に到着していた志願者たちを一望すると、城に近い石壁に寄り添うように背中を預けた。

 黒髪の少年が隣にいる黒髪の青年に話しかける。

「思いのほか上手くいったね、シン」

 黒髪の青年はこくりとうなずく。

「まさか、ここまで上手くいくとは思わなかったでござる」

 黒髪の青年こと進之介は、この広場に来たことでやっと張り詰めていた緊張が解けたらしく、長い息を吐き出して呼吸を落ち着かせた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

俺は善人にはなれない

気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

転生墓守は伝説騎士団の後継者

深田くれと
ファンタジー
 歴代最高の墓守のロアが圧倒的な力で無双する物語。

レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~

喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。 おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。 ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。 落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。 機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。 覚悟を決めてボスに挑む無二。 通販能力でからくも勝利する。 そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。 アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。 霧のモンスターには掃除機が大活躍。 異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。 カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

辺境領の底辺領主は知識チートでのんびり開拓します~前世の【全知データベース】で、あらゆる危機を回避して世界を掌握する~

昼から山猫
ファンタジー
異世界に転生したリューイは、前世で培った圧倒的な知識を手にしていた。 辺境の小さな領地を相続した彼は、王都の学士たちも驚く画期的な技術を次々と編み出す。 農業を革命し、魔物への対処法を確立し、そして人々の生活を豊かにするため、彼は動く。 だがその一方、強欲な諸侯や闇に潜む魔族が、リューイの繁栄を脅かそうと企む。 彼は仲間たちと協力しながら、領地を守り、さらには国家の危機にも立ち向かうことに。 ところが、次々に襲い来る困難を解決するたびに、リューイはさらに大きな注目を集めてしまう。 望んでいたのは「のんびりしたスローライフ」のはずが、彼の活躍は留まることを知らない。 リューイは果たして、すべての敵意を退けて平穏を手にできるのか。

処理中です...