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第11話 進之介の決意
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夜風が穏やかに流れる深夜。
ゼノポリスの街並みは深夜だろうとその灯りがなくなることはない。
酒場からは酒や香ばしい料理の匂いとは別に、金や女の匂いも漂ってくる。
ゼノポリス裏通りもそうであった。
煌びやかに彩られた表の街並みとは別に、裏通りには特有の生々しい喧騒ごとが絶えることはなかった。
そして今も表の通りから迷い込んできた中年の男たち数人が、裏通りに巣食う人間たちの餌食になった。
命までは取られなかったが、中年の男たちは身包みを根こそぎ剥がされ金品を強奪されてしまった。
被害にあった中年の男たちは、近くにあった石壁に寄り添いながら、泣く泣く裏通りを後にした。
そしてその石壁の屋上からは、何か軽快な風切り音が鳴り響いていた。
額から飛び散る玉のような汗が地面に零れ落ちる。
眼下に広がるゼノポリスを一望しながら、進之介は『カシミヤ』の屋上にいた。
『カシミヤ』の屋上は主人であるバンヘッドの趣味なのか、石床の隅には鉢に入った植物がいくつも置かれていた広々とした空間であった。
もうどれくらいになるだろうか。
進之介は人一人が動き回っても平気なくらいな広さがある屋上にて、一心不乱に剣を振り続けていた。
その動きは実に独特で、右手一本で剣を横薙ぎにしたかと思うと続いて下から上に剣を切り上げ、そしてそのまま左手を添えて逆袈裟に斬り込む。
およそ型とは呼べない一連の動きも、進之介にとっては理に沿った動きとなっていた。
真剣勝負とは常に一対一とは限らないし、正々堂々とお互いが名乗りあってから始まるものでもない。
どんな不足な状況にでも対応し、自分の生命を守りぬく。
その概念から剣術は発達し、先人は創意工夫を重ねて流派を確立してきたのである。
そこには敵に打ち勝つ力をつけるというよりも、いかに敵との遭遇を回避するかに重点が置かれていた。
進之介がいた江戸は、それが最も如実に表れていた天下泰平の世の中であった。
真剣を使用する試合は法度となり、武士が無礼な町人を切り捨てたりしても厳しい聴取の後に出世の道が閉ざされるという悲惨な現状が待っていた。
時代はすでに刀を必要としない時代に入っていたが、進之介はそれがどうしても納得がいかなかった。
剣士の魂は刀とともにある。
だからこそ進之介は、道場稽古のあとに一人黙々と真剣で修練を積んでいた。
神威一刀流の道場稽古も今では竹刀稽古が主流になり、より安全だからということで門下生が増えたことも事実であった。
しかし、あくまでも剣術は真剣で技を磨いてこそ本物であると進之介は思っている。
そしてその進之介の思いと覚悟は、江戸とはまったく無縁の異国の地で発揮されようとしていた。
進之介は一通り剣を振り終えると、血振りの動作をして剣を鞘に静かに納めた。
高鳴る心臓の鼓動を鎮めるように呼吸を整えると、進之介の目線はゼノポリスの街並みへと向けられた。
夜空に浮かぶ月は暗褐色の雲に遮られてその姿は見えなかったが、屋上から見下ろすゼノポリスの街並みは月の光よりも何十倍も光り輝いていた。
進之介の両眼にははっきりと映っていた。
ゼノポリスの街並みから一つだけ突き抜けるように生えている建造物は、アトランティス城と呼ばれるこの国の最高権力者の住居である。
そして、そこには梓がいる。
進之介はアトランティス城を見つめながら拳を硬く握った。
本当ならば、今すぐにでも進之介はアトランティス城に飛んで行きたかった。
右も左もわからぬ異国に来てしまった進之介にとって、唯一の心の拠り所である梓がそこにいるのだ。
しかし、進之介がすぐに城に行けないのにも理由があった。
『カシミヤ』の屋上からはよく見えないが、アトランティス城は周囲に広大な池が張っている孤島の中に悠然と建てられており、それはまさに難攻不落の城塞であった。
進之介は変装したエリファスと一緒に、アトランティス城の様子を昼間のうちに窺いに行ったからよくわかった。
広大な池の中に佇むアトランティス城に入れる手段は、見る限りでは巨大な橋で渡る正門しかなかった。
その正門に通じる橋も決まった時間にしか通れない跳ね橋になっていて、屈強な兵士が一日中交代で番をしている。
それに池の中にも昼夜問わず小型船が何隻も巡回しており、池を通って城に近づくのは事実上不可能であった。
だからこそ進之介は、バンヘッドに頼んで屋上を使わせて貰い、修練に励んでいた。
すべては明日である。
明日はアトランティス城内で志願兵を募るための試験が執り行われる日であり、おそらくこれが城に入れるための唯一の手段であった。
だが、それも試験に合格しなければ意味がない。
試験に合格しなければ、城に残れず速やかに退去することになるだろう。
そしてもしそんなことになれば、梓と会えることは二度とないかもしれない。
それにエリファスのこともある。
エリファスが色々と協力してくれたお陰でバンヘッドに出会い、梓のことや志願兵の募集のことがわかったのである。
明日は自分のため、そしてエリアスのために何としてでも合格しなければならない。
進之介はアトランティス城を見据えながら胸の内に抱える決意を再確認していると、後ろのほうで何か物音が聞こえた。
進之介は動じることなく後ろを振り返った。
「ごめん、邪魔しちゃった?」
進之介が振り向くと、屋上に続く階段の手すりにエリファスは身体を預けていた。
ゼノポリスの街並みは深夜だろうとその灯りがなくなることはない。
酒場からは酒や香ばしい料理の匂いとは別に、金や女の匂いも漂ってくる。
ゼノポリス裏通りもそうであった。
煌びやかに彩られた表の街並みとは別に、裏通りには特有の生々しい喧騒ごとが絶えることはなかった。
そして今も表の通りから迷い込んできた中年の男たち数人が、裏通りに巣食う人間たちの餌食になった。
命までは取られなかったが、中年の男たちは身包みを根こそぎ剥がされ金品を強奪されてしまった。
被害にあった中年の男たちは、近くにあった石壁に寄り添いながら、泣く泣く裏通りを後にした。
そしてその石壁の屋上からは、何か軽快な風切り音が鳴り響いていた。
額から飛び散る玉のような汗が地面に零れ落ちる。
眼下に広がるゼノポリスを一望しながら、進之介は『カシミヤ』の屋上にいた。
『カシミヤ』の屋上は主人であるバンヘッドの趣味なのか、石床の隅には鉢に入った植物がいくつも置かれていた広々とした空間であった。
もうどれくらいになるだろうか。
進之介は人一人が動き回っても平気なくらいな広さがある屋上にて、一心不乱に剣を振り続けていた。
その動きは実に独特で、右手一本で剣を横薙ぎにしたかと思うと続いて下から上に剣を切り上げ、そしてそのまま左手を添えて逆袈裟に斬り込む。
およそ型とは呼べない一連の動きも、進之介にとっては理に沿った動きとなっていた。
真剣勝負とは常に一対一とは限らないし、正々堂々とお互いが名乗りあってから始まるものでもない。
どんな不足な状況にでも対応し、自分の生命を守りぬく。
その概念から剣術は発達し、先人は創意工夫を重ねて流派を確立してきたのである。
そこには敵に打ち勝つ力をつけるというよりも、いかに敵との遭遇を回避するかに重点が置かれていた。
進之介がいた江戸は、それが最も如実に表れていた天下泰平の世の中であった。
真剣を使用する試合は法度となり、武士が無礼な町人を切り捨てたりしても厳しい聴取の後に出世の道が閉ざされるという悲惨な現状が待っていた。
時代はすでに刀を必要としない時代に入っていたが、進之介はそれがどうしても納得がいかなかった。
剣士の魂は刀とともにある。
だからこそ進之介は、道場稽古のあとに一人黙々と真剣で修練を積んでいた。
神威一刀流の道場稽古も今では竹刀稽古が主流になり、より安全だからということで門下生が増えたことも事実であった。
しかし、あくまでも剣術は真剣で技を磨いてこそ本物であると進之介は思っている。
そしてその進之介の思いと覚悟は、江戸とはまったく無縁の異国の地で発揮されようとしていた。
進之介は一通り剣を振り終えると、血振りの動作をして剣を鞘に静かに納めた。
高鳴る心臓の鼓動を鎮めるように呼吸を整えると、進之介の目線はゼノポリスの街並みへと向けられた。
夜空に浮かぶ月は暗褐色の雲に遮られてその姿は見えなかったが、屋上から見下ろすゼノポリスの街並みは月の光よりも何十倍も光り輝いていた。
進之介の両眼にははっきりと映っていた。
ゼノポリスの街並みから一つだけ突き抜けるように生えている建造物は、アトランティス城と呼ばれるこの国の最高権力者の住居である。
そして、そこには梓がいる。
進之介はアトランティス城を見つめながら拳を硬く握った。
本当ならば、今すぐにでも進之介はアトランティス城に飛んで行きたかった。
右も左もわからぬ異国に来てしまった進之介にとって、唯一の心の拠り所である梓がそこにいるのだ。
しかし、進之介がすぐに城に行けないのにも理由があった。
『カシミヤ』の屋上からはよく見えないが、アトランティス城は周囲に広大な池が張っている孤島の中に悠然と建てられており、それはまさに難攻不落の城塞であった。
進之介は変装したエリファスと一緒に、アトランティス城の様子を昼間のうちに窺いに行ったからよくわかった。
広大な池の中に佇むアトランティス城に入れる手段は、見る限りでは巨大な橋で渡る正門しかなかった。
その正門に通じる橋も決まった時間にしか通れない跳ね橋になっていて、屈強な兵士が一日中交代で番をしている。
それに池の中にも昼夜問わず小型船が何隻も巡回しており、池を通って城に近づくのは事実上不可能であった。
だからこそ進之介は、バンヘッドに頼んで屋上を使わせて貰い、修練に励んでいた。
すべては明日である。
明日はアトランティス城内で志願兵を募るための試験が執り行われる日であり、おそらくこれが城に入れるための唯一の手段であった。
だが、それも試験に合格しなければ意味がない。
試験に合格しなければ、城に残れず速やかに退去することになるだろう。
そしてもしそんなことになれば、梓と会えることは二度とないかもしれない。
それにエリファスのこともある。
エリファスが色々と協力してくれたお陰でバンヘッドに出会い、梓のことや志願兵の募集のことがわかったのである。
明日は自分のため、そしてエリアスのために何としてでも合格しなければならない。
進之介はアトランティス城を見据えながら胸の内に抱える決意を再確認していると、後ろのほうで何か物音が聞こえた。
進之介は動じることなく後ろを振り返った。
「ごめん、邪魔しちゃった?」
進之介が振り向くと、屋上に続く階段の手すりにエリファスは身体を預けていた。
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