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第十四話    不穏な予感 ②

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 第一体育館に集合したパイロットコースの生徒たちは、二人一組になって柔軟体操を行っていた。

 上下に白色のジャージを着込み、室内用のスニーカーを履いている。

 第一体育館は中学校で使用していた体育館と同じ作りになっていた。

 フローリング材を敷いた床にバスケットゴールが二台設置され、儀式的行事を行う際に必要になるステージや緞帳なども設けられている。

 航空戦闘学校とはいえ時期によって学校行事が催されるらしく、文化祭や航空祭が開かれる月になればステージ上で生徒たちによる演劇などが行われるらしい。

 生徒たちの柔軟体操が終了した頃合を見計らい、生徒と同じ白色のジャージを着ていた鹿取が首に提げていたホイッスルを口に咥えた。

 ピッ! という短い音が鳴り響くと同時に、生徒たちは鹿取の前に整列する。

「パイロットは何も戦闘機に乗るだけが仕事ではない。日頃から心身を鍛え、強いGに耐えうる屈強な肉体を作り上げることも必要だ」

 軽く身体が温まった生徒たちを一望し、鹿取は言葉を続けた。

「よし、では今から屋内でのトレーニングに移る。全員、そのまま壁際まで下がれ」

 教官である鹿取の指示に従い、クラス別に整列していた生徒たちは駆け足で下がっていく。

 30メートルほど下がって生徒たちは壁際に到達した。

 生徒たちは縦三人、横五人ずつで綺麗に整列していた。

 天馬はその中でほぼ中央の位置に整列しており、真後ろには空也がいる。

「なあ、今から何をすると思う?」

 壁際まで下がると、空也が何気ない口調で訊いてきた。

「トレーニングだろ?」

 振り向かずに答えた天馬に、空也は「そうじゃなくて」と溜息混じりに言った。

「俺が訊きたいのは、今からどんなトレーニングをするのかってことだ」

 そんなことは黙っていても分かることだが、天馬は一通り考えてみた。

 器具を使用しないのならば、腹筋や腕立て伏せなどが定番だろうか。

 他にも背筋やスクワット、体育館をフルに使用するならば往復ダッシュなどが考えられる。

 天馬は顔だけを振り向かせ、現在の状況から考えられるトレーニングを答えた。

「壁際まで俺たちを下がらせたってことは、この体育館の面積をフルに使用する気なんだろう。だとすると、ダッシュ系のトレーニングをさせられるのかもな」 

「うえ~、ダッシュかよ。入学早々やりたくねえな」

 それは天馬も少なからず同意見だった。が、教官の言うことは絶対である。 

「もう諦めろ。どのみち俺らは別に罰も受けるんだ。あんまり考えないほうがいいぞ」

 天馬がそう言った直後、ゆっくりした足取りで近づいてきた鹿取が指示を出す。

「今から一列ごとにステージまでダッシュをしてもらう。本数は5往復――」

 鹿取の指示を聞いて、生徒たちは全員顔をしかめた。

 天馬たちが集合している壁際からステージまでは約50メートルほどだろうか。

 それを五往復となると全部で500メートル。

 まあ妥当なところだろう。

 だが、鹿取の指示には続きがあった。 

「――を5セットだ」

 鹿取の指示を最後まで聞いた生徒たちは、明らかに顔を歪めた。

 空也に至っては大きな声で「うげっ!」と漏らしていた。

(2・5キロの距離をダッシュか……さすがにきついな)

 天馬は唇を激しく噛み締めた。

 まさか入学初日からこうも飛ばしてくるとは思わなかった。

 さすがに航空自衛軍の下部組織である航空戦闘学校である。

 半人前のパイロットになるにも常に過酷な環境に身を置かなくてはならないということか。

 そのとき、天馬ははっと気づいた。

 大きく息を吸い込み、肺一杯に新鮮な空気を循環させる。

 すると次第に脳がクリアになり、身体全体に力が漲ってきた。

 今から弱気になってどうする。

 天馬は固めた右拳を左手の掌に叩きつけた。

 この航空戦闘学校に入学したのは、一流のパイロットになると自分自身で決意したからだ。

 どんな過酷な訓練にも耐え抜き、航空自衛軍に入隊する。

 それが父親と交わした約束であり、同時に誓いでもあった。

「どうしたんだよ。急にやる気になって」

 肩に手を乗せてきた空也が、げんなりした声で呟いた。

 天馬はそっと肩に乗せられた空也の手を払い除ける。

「別に。ただ、思い出しただけだ」

 そう天馬が答えた直後、鹿取は口に咥えたホイッスルを鳴らした。

 ピッ! という短い音が鳴るとともに、一列目の生徒たちがステージに向かってダッシュする。

 続いて二列目の生徒たちがダッシュの用意をする。

 天馬も二列目だったため、軽くその場で跳躍して準備を整える。

 一列目の生徒がステージに到着したことを確認すると、鹿取は再びホイッスルを口に咥えた。

 しかし、鹿取は天馬の顔を見るなりホイッスルを口から離す。

「そう言えば、神田と白樺にはまだ罰を与えていなかったな」

 鹿取は天馬と空也に列から出るように指示した。

 言われたとおりに天馬と空也は列の外に出ると、鹿取は二人に特別なトレーニングを課した。

「え? マジっすか?」

 思わず普段の言葉遣いになり、声を上げたのは空也である。

「聞こえなかったのか? お前ら二人はダッシュではなく手押し車で回数をこなせ。その代わり、セットは2セットでいい」

 一人がもう一人の両足を持って手だけで移動する手押し車は、やってみれば分かるが相当に両手の筋力を使う。

 それに疲れてくると大きくバランスが崩れ、両足を持っている人間も苦労するトレーニングであった。

 その手押し車で約1キロを移動する。

 確実に両腕は棒になるだろう。

 それでも鹿取は「いいからやれ。ただ立っていても無駄に時間が過ぎるだけだぞ」と言って反論を聞き入れてくれる態度ではなかった。

 そして天馬と空也に罰を与えた鹿取は、さっさと踵を返して他の生徒たちの号令を与えに戻っていった。

 去り際に「自分たちのペースで完遂しろ」と言い残して。

「絶対に無理。マジで無理。途中で腕が折れるっつうの」

 鹿取が傍にいなくなった途端、空也は駄々をこねる子どものように弱気なことを口走り始めた。

「そうボヤくな。元々、お前が悪いんだろうが」

「それはそうだけど、絶対に手押し車で1キロなんて歩けねえよ。これならまだ便所掃除とかのほうがマシだ」

 空也の気持ちも分からなくはないが、教官に指示されてしまっては仕方ない。 

「いい加減に諦めろ。ほら、俺から始めてやるから足を持て」

「うう、お前は見かけによらず優しいな。さすが俺の心の友だぜ」

「見かけによらずは余計だ。いいから足を――」

 持て、と言いかけた直後、体育館内にけたたましいサイレンが鳴り響いた。

 ダッシュの途中だった生徒たちは立ち止まり、サイレンが響いてくるスピーカーを一斉に見つめた。

「全員、落ち着け!」

 騒然とし出した生徒たちを一喝し、鹿取はステージ脇に設置されていた無線機の受話器を取った。

 おそらく、このサイレンが鳴った原因を管制塔に待機している管制官に訊いているのだろう。

 それから1分も経たず、鹿取は通信を終えて受話器を元に戻した。

 その後、呆然と立ち尽くしている生徒たちに指示を出した。

「今日のトレーニングは中止だ! 全員、制服に着替えて教室で待機していろ!」

 それだけ告げた鹿取は、疾風のような速度で体育館から出て行った。

「おい、一体何があったか分かるか?」

 怪訝そうな表情で訊いてくる空也に天馬は首を横に振った。

「さあな。だが、避難訓練って訳でもなさそうだ」

 唐突に告げられたトレーニングの中止に、空也や他の生徒たちはただ呆然とその場に立ち尽くしていた。
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