【完結】空戦ドラゴン・バスターズ ~世界中に現れたドラゴンを倒すべく、のちに最強パイロットと呼ばれる少年は戦闘機に乗って空を駆ける~

岡崎 剛柔

文字の大きさ
上 下
1 / 36

プロローグ   ドラゴンとの遭遇

しおりを挟む
 鹿取幹康かとり・みきやす二等空尉は、操縦席の中で鬱屈していた。

 狭くて薄暗い操縦席に収まり、酸素マスク付のヘルメットを被っていると首が自由に動かせない。

 それでも視線だけを動かせば外の風景を堪能できるのだが、今は景色を堪能する余裕も暇もなかった。

 風防の外に広がる光景は見渡す限り曇天に包まれていた。

 一定の高度を一定の速度で飛んでいれば、風防の外には地平線や水平線が見えることがある。

 しかしそれは天候が良く、視界を遮る雲の類がなかったならばの話だ。

 航空自衛隊第七航空団第二○四飛行隊所属のパイロットである鹿取幹康二等空尉はこの日、今現在搭乗している高等練習機T‐2を定期整備してもらうため、名古屋にある整備工場に直接飛行して持っていく最中であった。

 鹿取は風防の外に広がる悪天候の空を見て、暗澹たる思いに駆られた。

 午後9時11分。

 当然の如く日は落ちて、視界に映る光景は自分がまるで黒海を彷徨う木切れにでもなったかのような不安を感じる。

 それでも鹿取は機体を一定の高度に保ち、目的地に向かって順調に飛行していた。

 その日はすでに天気が崩れることが予想されていたので、気象データや天気図を元にスムーズな飛行ができるような飛行高度を選び、航法計算された飛行計画書を提出して一人だけで出発した。

 一昔前ならばいざ知らず、現在の機体には風防の外の様子を目で見なくても飛べる計器飛行法と呼ばれる飛び方がある。

 操縦席に設置された二十数個の計器だけを見渡して操縦するこの計器飛行法は、一定の基礎訓練を行えば視界が利かない夜間や悪天候の中でも順調に飛べる画期的な飛行法であった。

 戦闘機を操縦する航空自衛隊のパイロットならば訓練課程で当然のようにこの計器飛行法を習得している。

 そのため鹿取も灰一色に染まっていた外の様子など微塵も意識せず、ただ計器版に並んでいる計器をチェックしながら悪天候の空を飛行していた。

 大勢の人間は自由な空には何の制約もないと思っている人間たちが多い。

 だが実際の空には、航空機や旅客機などと空中で衝突する危険性を回避するため、航空無線標識などの電波が多種多様に飛び交っている。

 もちろん鹿取が操縦しているT‐2にも無線機は搭載されており、ある航空領域にまで近づけば名古屋の飛行場と輸送機の交信情報が入ってくる仕様になっていた。

 鹿取は計器と機体から伝わってくるかすかなズレを感じ取ると、握っている操縦桿の角度を調整して機体を水平に保つ。

 パイロットになって約5年。

 ようやくこの計器飛行という飛び方に慣れたものの、こうして連隊を組まずに飛行するのは若干の緊張感を伴う。

 子供の頃からパイロットに憧れていた鹿取は、戦闘機に乗って自由な大空を駆け回りたいとの思いから航空自衛隊に意気揚々と入隊した。

 映画や本で搭乗するベテランパイロットになり、武装された戦闘機に乗って派手なドッグファイトに明け暮れるためにである。

 無論、これは子供の頃の夢物語だった。

 一般幹部候補生過程から隊付教育を経て地上準備過程や初級操縦過程をこなし、その後は基本操縦の前期後期過程を経て戦闘操縦過程にまで至る。

 そして数年の歳月を経て無事にパイロットになったときには、さすがの鹿取も現実と夢のギャップの違いを心身に叩き込まれていた。

 現在の日本では戦闘機に武装する許可がアメリカから出ていない。

 これは第二次世界大戦後、GHQから日本政府に出された「航空禁止」の影響が強いためだった。

 そのため、航空自衛隊に配備されている戦闘機はアメリカからライセンス生産されたお古と相場が決まっている。

 しかも日本は戦争禁止を豪語しているため、実際に武装がされているのは航空支援戦闘機と呼ばれる一部の機体だけであった。

 それも仕方ない。

 機体を順調に飛行させながら鹿取はふと遠い目になった。

 こうして念願のパイロットになったものの、これまで一度も実戦を経験したことはなかった。

 戦闘機に搭乗することはできても、毎日が飛行訓練で終了する。

 第二次世界大戦が終結して半世紀、防空侵犯をした敵機を実力で排除するために設立された航空自衛隊はその意義を見失っていた。

 だが、これはある意味よいことではある。

 防空侵犯をしない敵機が存在しないということは、少なくとも日本は空からの平和を保っていることを表していた。

 ただし今の日本はアメリカにすべての面で守られ、だからこそ戦闘機には武装はいらないと言われている。

 これはアメリカ側が一方的に防衛庁に進言していることであり、実際のところは技術大国であった日本が純正の戦闘機を作って戦闘機の市場に介入してくることをアメリカ側が恐れているためだとも言われていた。

 だが、一介のパイロットに過ぎない鹿取には本当のところはわからない。

 さすがにどうでもいいとまでは思わないが、太平洋戦争時のような空戦が頻繁に行われても堪ったものではない。

 現在では航空自衛隊が有している戦闘機の数は予算の都合などにより徐々に減少の一途を辿っている。

 このまま行けば数十年後には日本の防空領域はすべてアメリカに任せっぱなしになるという最悪の事態をも招きかねない。

 そうなると日本は日本でありながらアメリカの属国として機能していくことになるだろう。

(それも時代の流れというやつなのかもな……)

 鹿取は計器から風防の外に向けて視線を移した。

 ヘルメットに取り付けられた濃色シールド越しに、水平にたなびく層雲系の雲と鉛直に立ち上がる積乱雲の雲が荒々しく入り混じっている光景が見えた。

 想像以上に天気は荒れていた。

 計器飛行で飛べば視界が利かなくても必ず目的地に着くと確信していても、こう暗い雲の中を飛んでいると進行方向が果てしなく狂ってくる。

 そしてこの雲を突き抜けた瞬間、自分の機体は水平ではなく地面に向かって急降下しているのではないか、などと不安に思うことは計器飛行の訓練中に何度あったことか。

 パイロットを長年していると、飛行中に平衡感覚を失う空間識失調と呼ばれる状態に陥ることがある。

 この状態に陥ると機体の姿勢や進行方向を把握できなくなって航空事故の原因にもなってしまう。

 ちょうど今現在の状態がその空間識失調と似たような状況であった。

 ただしこれは一時的な視界不良によるものなので、計器板の計器を完璧にチェックしていれば空間識失調に陥ることはない。

(頼むぞT‐2。もう少しだからな)

 戦闘操縦過程で半年間、朝から晩まで練習し尽くした機体である。

 高等練習機と呼ばれるT‐2は前期型と後期型の二種類に大別され、後期型には機銃砲や火器管制装置が備わっており、空中戦闘などの実践的な訓練に使用されていた。

 しかし前期型には戦闘操縦過程において使用されるため、後期型のような武装はされていない。

 そして鹿取が操縦している現在の機体は武装が装備されていない前期型の機体だった。

 どのくらい飛行しただろうか。

 やがて右も左も判別できない暗色の視界の中で、鹿取はそろそろ管制塔からの交信が聞こえてくる頃だろうと予想した。

 ほどしばらくすると、予想通りに無線機に交信が入ってきた。

 交信内容は天気の崩れ方が予想以上に酷いのだが、無事に機体を飛行場に着陸できるのかという心配の言葉だった。

 戦闘操縦過程を終了したばかりの新米パイロットと一緒にするな。

 相変わらず風防の外に広がる光景は灰一色。

 その中でも気流は穏やかだから機体から速度を感じず自分が異世界に迷い込んだような奇妙な感覚を覚える。

 だからこそ計器を信頼して飛ぶ勇気がいる。

 新米とそれ以外のパイロットの違いは、自分が今搭乗している機体を信用できるかどうかでしかない。

 鹿取は管制塔にすかさず交信を返す。

「心配は無用です。予定通り着陸するので、ひとまず……」

 と言いかけた途端、機体が上下に激しく揺れた。

 交信が強制的に遮断されたようにノイズが入り、操縦席の安全ベルトがより一層強く締め付けられる。

 鹿取は何が起こったかわからなかった。

 素早く視線を計器に這わせて確認。

 だが空気吸入口やピトー管与熱装置などの主要な計器類はすべて正常に作動している。

 ならば何が起こった?

 そのとき機首が大きく上を向き、続いて強烈なGに圧迫されて横滑りな状態になっていることを悟った。

 まずい、すぐに機体の態勢を整えなければ!

 鹿取は積乱雲と急激に激しくなった気流の中に突っ込み、必死に大自然の力に抗ってみせた。

 計器類を見て水平方向に機体を直そうと努力するが、乱気流の凄さとGの圧力がそれを中々許さない。

 それでも鹿取はパイロットとして培われた経験と、機体の性能を信用して何とか墜落だけは避けようと操縦桿を握っている手に全神経を集中させた。

 大型の洗濯機の中に放り込まれたように機体が右往左往している中、鹿取は機体を揺らした原因を気にも留めず、とにかく乱気流の中心部に引き込まれないように雲の外を目指して機体を操縦した。

 仲間内からはベテランパイロットと尊敬されている鹿取の努力が報われたのか、水平方向とは言わないが何とかT‐2は雲の外に出ることができた。

 雲の外に出ても天気は崩れたままだったが、まだ雲の中よりはマシである。

 それにもし今搭乗している機体が中古の戦闘機だったのならば、かかったGが機体の設計強度を越えて空中分解したかもしれない。

 鹿取は酸素マスクの中で大きく安堵の息を吐いた。

 額にはびっしりと汗が浮かび、後頭部がズキズキと痛む。

 乱気流にもみくちゃにされたときに後頭部をヘルメットごと座席にぶつけてしまったのだろう。

「くそっ……一体何が起こった!」

 意識が正常に戻ってくると、同時に奇妙な疑問が湧き上がってきた。

 計器類はすべて正常。

 いくら外の天気が崩れていたとしても、気流の激しい場所は避けて飛行していたはずである。

 それなのに機体は横転して死にそうな目に遭った。

 機体が揺れた一瞬、何かが高速で衝突してきたようにも感じたが高度5000メートルの上空で何と衝突するというのだろう。

 航空機や同じ戦闘機と衝突するはずはなかった。

 だとすれば野球の球ほどもある雹のせいかもしれない。

 雲中飛行はベテランパイロットでも危険を伴う飛行である。

 雲の中は気流が悪く、気温が氷点下ということもあり、機体に氷がついて飛行の妨げになることがあるからだ。

 だが、その可能性は低いと鹿取はすぐに思った。

 現在は戦闘機以外の旅客機などにも着氷を防ぐ様々な防氷装置や除氷装置が装備されている。

 そのお陰で機体を危険に晒させるほどの着氷はなくなった。

 ましてや戦闘機のパイロットがそんな単純なミスをするはずはない。

 そのとき鹿取は全身に戦慄とも呼べる悪寒を感じた。

 操縦桿を握る手が小刻みに震え、瞳孔が拡大していく。

「おい……こんな……嘘だろ」

 酸素マスクの下で鹿取は掠れるような声を上げた。

 本来ならば飛行中に私語をするパイロットなどいない。

 パイロットが声を出すのは管制塔からの着陸許可を得て返事を返すときだけだ。

 そしてこのときの鹿取は、そんな当たり前のことすらも忘れていた。

 再び機体が大きく上下に揺れた。

 安全ベルトを装着していたため身体が放り出される危険性はなかったが、これは言ってみればその場からは絶対に逃げられないということを意味していた。

『こちら名古屋飛行場管制官・池上だ! 鹿取さん、一体何があった!』

 無線機からは管制官の高らかな声が響く。

 しかし鹿取は無線機から聞こえてきた声に一言も応じなかった。

 無視したわけではない。

 返せなかったのである。

 鹿取は濃色シールドを通してはっきりと見ていた。

 ド……ドラゴン?

 高度5000メートル。

 時速300キロで飛行していた戦闘機の風防の近くに飛んできた巨大な翼を生やした生物は、鹿取をこの世のものとは思えない凶悪な眼球で見つめていた。

 そしてこのときの香取は自分の明確な死を悟ったと同時に、目の前の生物を空の上で倒せる人間などいないとも思った。

 しかし、この香取の予想は大きく外れることになる。



 15年後――1人の天才的なパイロットが日本で産声を上げた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

蒼穹(そら)に紅~天翔る無敵皇女の冒険~ 五の巻

初音幾生
歴史・時代
日本がイギリスの位置にある、そんな架空戦記的な小説です。 1941年5月、欧州大陸は風前の灯火だった。 遣欧軍はブレストに追い詰められ、もはや撤退するしかない。 そんな中でも綺羅様は派手なことをかましたかった。 「小説家になろう!」と同時公開。 第五巻全14話 (前説入れて15話)

我ら新興文明保護艦隊

ビーデシオン
SF
もしも道行く野良猫が、百戦錬磨の獣戦士だったら? もしも冴えないサラリーマンが、戦争上がりのアンドロイドだったら? これは、実際にそんな空想めいた素性をもって、陰ながら地球を守っているエージェントたちのお話。 ※表紙絵はひのたけきょー(@HinotakeDaYo)様より頂きました!

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

無職ニートの俺は気が付くと聯合艦隊司令長官になっていた

中七七三
ファンタジー
■■アルファポリス 第1回歴史・時代小説大賞 読者賞受賞■■ 無職ニートで軍ヲタの俺が太平洋戦争時の聯合艦隊司令長官となっていた。 これは、別次元から来た女神のせいだった。 その次元では日本が勝利していたのだった。 女神は、神国日本が負けた歴史の世界が許せない。 なぜか、俺を真珠湾攻撃直前の時代に転移させ、聯合艦隊司令長官にした。 軍ヲタ知識で、歴史をどーにかできるのか? 日本勝たせるなんて、無理ゲーじゃねと思いつつ、このままでは自分が死ぬ。 ブーゲンビルで機上戦死か、戦争終わって、戦犯で死刑だ。 この運命を回避するため、必死の戦いが始まった。 参考文献は、各話の最後に掲載しています。完結後に纏めようかと思います。 使用している地図・画像は自作か、ライセンスで再利用可のものを検索し使用しています。 表紙イラストは、ヤングマガジンで賞をとった方が画いたものです。

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

鉄翼の猛禽が掴む空

鳴海邦夫
ファンタジー
大昔、戦争といえば国々の航空戦力は龍に乗る龍騎士が主流となっていた、地上の主力だった甲冑を纏う機甲兵、騎兵、攻撃魔法による支援攻撃を行う魔法兵も今では歴史の中の話となっていた  だが時代が進み、人類自らの叡智による科学発展は、魔法技術の継承を阻んだ事により衰退を招き、竜騎士は龍から飛行機へと変わり、魔法技術を応用する機械技術は極小数になった。  完成した軍用機を各部隊へ引き渡す為に、空輸補助任務(通称.回送屋)に就く主人公ノラ  航空機を回送もあれば、連絡機として飛ぶ事もある。前の戦争の傷が時々心に揺さぶりをかける それでも、ノラは飛べる限り、任務がある限り飛び続ける。  時々危険な物語ーー  Nolaで投稿改訂を加えたものを投稿しています

イリス=オリヴィエ戦記・外伝 ~アラン・フルーリーは兵士になった~(完結)

熊吉(モノカキグマ)
歴史・時代
 アラン・フルーリーは兵士になった。  軍服を着たいと思ったことなどなかったが、それが、彼の暮らす国、イリス=オリヴィエ連合王国での[義務]なのだから、仕方がない。  マグナ・テラ大陸の南側に突き出た半島部と、そこに連なる島々を国土として有する王国は、[連邦]と[帝国]という二大勢力に挟まれた永世中立国だった。  王国に暮らす人々には、誰かに押しつけたい思想も、誇示したい権威もない。  ただ、自分たちのありのままの姿で、平穏に暮らせればそれでよかった。  だから中立という立場を選び、連邦と帝国が度々、[大陸戦争]と呼ばれる大戦を引き起こしても、関わろうとはしなかった。  だが、一口に[中立]と言っても、それを維持することは簡単ではない。  連邦、あるいは帝国から、「我々に味方しないのであれば、お前も攻撃するぞ! 」と脅迫された時に、その恫喝を跳ねのけるだけの力が無ければならない。  だから、王国は国民皆兵を国是とし、徴兵制を施行している。  そこに暮らす人々はそれを、仕方のないことだと受け入れていた。  国力で圧倒的に勝る二大勢力に挟まれたこの国が中立を保ち、争いに巻き込まれないようにして平和を維持するためには、背伸びをしてでも干渉を拒否できるだけの備えを持たなければならなかったからだ。  アランは故郷での暮らしが好きだった。  牧歌的で、自然豊かな農村での暮らし。  家族と、愉快で愛らしい牧場の動物たち。  そこでの日々が性に合っていた。  軍隊生活は堅苦しくて、教官役の軍曹はしょっちゅう怒鳴り散らすし、早く元の生活に戻りたくて仕方がなかった。  だが、これも義務で、故郷の平穏を守るためなのだからと、受け入れた。  幸い、新しく配属になった分隊は悪くなかった。  そこの軍曹はおおらかな性格であまり怒鳴らなかったし、仲間たちもいい奴らだ。  この調子なら、後一年残っている兵役も無事に終えられるに違いない。  誕歴3698年、5月22日。  アランは、家に帰ったら母親が焼いてくれることになっているターキーの味わいを楽しみにしながら、兵役が終わる日を待ちわびていた。  これから王国と自身が直面することになる運命など、なにも知らないままに……。   ※本作の本編、「イリス=オリヴィエ戦記」は、カクヨム、小説家になろうにて掲載中です。長編であるためこちらに転載する予定は今のところありません。

虚界生物図録

nekojita
SF
序論 1. 虚界生物 界は、生物学においてドメインに次いで2番目に高い分類階級である。古典的な生物学ではすべての生物が六界(動物界、植物界、菌界、原生生物界、古細菌界、細菌/真正細菌)に分類される。しかしこれらの「界」に当てはまらない生物も、我々の知覚の外縁でひそかに息づいている。彼らは既存の進化の法則や生態系に従わない。あるものは時間を歪め、あるものは空間を弄び、あるものは因果の流れすら変えてしまう。 こうした異質な生物群は、「界」による分類を受け付けない生物として「虚界生物」と名付けられた。 虚界生物の姿は、地球上の動植物に似ていることもあれば、夢の中の幻影のように変幻自在であることもある。彼らの生態は我々の理解を超越し、認識を変容させる。目撃者の証言には概して矛盾が多く、科学的手法による解析が困難な場合も少なくない。これらの生物は太古の伝承や神話、芸術作品、禁断の書物の中に断片的に記され、伝統的な科学的分析の対象とはされてこなかった。しかしながら各地での記録や報告を統合し、一定の体系に基づいて分析を行うことで、現代では虚界生物の特性をある程度明らかにすることが可能となってきた。 本図録は、こうした神秘的な存在に関する情報、観察、諸記録、諸仮説を可能な限り収集、整理することで、未知の領域へと踏み出すための道標となることを目的とする。 2. 研究の意義と目的 本図録は、初学者にも分かりやすく、虚界生物の不思議と謎をひも解くことを目的としている。それぞれの記録には、観察された異常現象や生態、目撃談、さらには学術的仮説までを網羅する。 各項は独立しており、前後の項目と直接の関連性はない。読者は必要な、あるいは興味のある項目だけを読むことができる。 いくつかの虚界生物は、人間社会に直接的、あるいは間接的に影響を及ぼしている。南極上空に黄金の巣を築いた帝天蜂は、巣の内部で異常に発達した知性と生産性を持つ群体を形成している。この巣の研究は人類の生産システムに革新をもたらす可能性がある。 カー・ゾン・コーに代表される、人間社会に密接に関与する虚界生物や、逆に復讐珊瑚のように、接触を避けるべき危険な存在も確認されている。 一方で、一部の虚界生物は時空や因果そのものを真っ向から撹乱する。逆行虫やテンノヒカリは、我々の時間概念に重大な示唆を与える。 これらの異常な生物を研究することは単にその生物への対処方法を確立するのみならず、諸々の根源的な問いに新たな視点を与える。本図録が、虚界生物の研究に携わる者、または未知の存在に興味を持つ者にとっての一助となることを願う。 ※※図や文章の一部はAIを用いて作成されている。 ※※すべての内容はフィクションであり、実在の生命、科学、人物、出来事、団体、書籍とは関係ありません。

処理中です...