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第25話 人気声優とのラジオ収録
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「〈オフィス・リング〉代表取締役の上里円清です。改めて今日はよろしく」
映像つきラジオ放送番組の収録日。
授業が午前中で終わる土曜日の昼過ぎは、思わず「春眠暁を覚えず」と言う言葉を口ずさんでしまうほど陽気な日だった。
しかし、本物のプロ声優である上里円清を前にした二人は違う。
二人とは声優に詳しかった秋彦と奈津美だ。
アニメや洋画に限らず、家庭用ゲームからBLドラマCDでもメインキャラの声をあてていたベテラン人気声優が放つオーラに圧倒されていた。
無造作に伸ばした黒髪にサングラス。
ビンテージのジーパンに花柄のシャツという奇抜な出で立ちの円清からは、明らかに一般人とは一線を画す雰囲気が感じられる。
「いいえ、とんでもない。あ、ちゃんとした自己紹介がまだでしたね。俺……いや僕は八天春学園ラジオ放送部部長の円能寺秋彦です。今日はよろしくお願いしまふ」
最初の挨拶から噛んでいた秋彦は放っておき、代わりに場を取り仕切った夜一が円清に席に座るよう促す。
円清は複雑な表情を浮かべながら「ありがとう」と着席する。
午後二時四十三分。
場所はラジオ放送部の部室。
円清を含めた六人は、副調整室の中央に置かれていた長机の席に各々腰を落ち着かせた。
円清が八天春学園に到着したのは十数分前。
綾園駅からタクシーで来た円清を校門の前で待ち侘び、文化系サークル棟の裏手にある部室に案内したのが数分前。
さすが若い頃は芸人顔負けのロケを体験した経歴を持つ円清だった。
鬱蒼とした林の中にぽつねんと存在していた部室を見ても、愚痴一つこぼさず平然と部室に足を踏み入れた。
それでも放送設備が整っていた室内を見たときには感嘆の声を漏らした。
おそらくオファー内容に不安を感じていたのだろう。
それも仕方ない。
無名の私立高校が公開録音でもないのに一流の声優を招いたのだ。
しかも内容は映像つきラジオ放送番組のゲスト依頼。
普通の声優ならば事務所側からNGが入ること請け合いだ。
「君たちが作った番組の台本読んだよ」
円清は自分の手前に置かれていた六枚の台本を手に取った。
武琉の話では一昨日に〈オフィス・リング〉へ完成台本を送ったという。
無理もなかった。
これから打ち合わせをして本番に臨むというのに、今からゲストに台本を渡す馬鹿な人間はいない。
東京からわざわざ足を運んでくれた円清に前もって台本を送るのは当然のことである。
「高校生が作ったラジオ台本にしては完成度が高い内容だった。お世辞じゃないよ。ふつおたコーナー、フリートーク、エトセトラとパーソナリティやゲストが番組をスムーズに進行できるように構成が練られている。この台本は誰が書いたの?」
「ワン(俺)です。名護武琉と言います」
普段のポーカーフェイスを崩さず武琉が挙手をする。
「ワン(俺)? もしかして君は沖縄生まれ?」
「分かるんですか?」
「これでも私の趣味はスキューバー・ダイビングでね。毎年、夏には事務所にNGを入れて沖縄の海に潜りに行くんだ。だから沖縄の方言は日常会話程度なら分かるよ」
それは夜一も知っていた。
円清の趣味は綺麗な海で泳ぐこと。
何しろ尊敬している人物が伝説のダイバーとして世界に名を馳せたジャック・マイヨールなのだ。
「……とまあ世間話はこれぐらいにしようか。時間も押しているしね。あまり打ち合わせに時間をかけたら肝心の本番が収録できないだろうから」
そのとき、夜一は頭上に大きな「?」マークを浮かべた。
それは君夜を除いた他の人間たちも同様だっただろう。
「あのう、上里さん。時間が押しているとはどういうことですか?」
意を決して口を開いたのは秋彦だ。
「そのままの意味だよ。昨日、急に別の仕事が入ってね。今日の夜には新宿のスタジオに行かないと駄目なんだ。なので君たちには悪いけど、今日の収録は夕方までにしてほしい。最低でも四時には終わってくれないと困る」
(そんなこと一言も聞いてないぞ!)
夜一は心中で高らかに抗議した。
現在の時刻は午後二時四十七分。
これから収録する番組は一時間を予定していたが、番組自体は生放送ではない録画番組だ。
つまり途中で何かしらのアクシデントが起こっても、中断して録り直しができるという余裕がパーソナリティである夜一にはあった。
それなのに午後四時には学園を去らなければならないと円清は言う。
本番を控えた打ち合わせの今になって。
「それって事実上の生放送ちゃいますか? 四時までに収録を終わらせるのはさすがに……」
「できないというのなら今回の話は無しだ。私はこのまま帰らせてもらう」
ぴんと張り詰めた空気が部室内に充満した。
「待ってください。急な仕事が入ったと言っても先にオファーしたのはこっちです。それなら僕たちの収録に時間をかけてもいいじゃありませんか?」
本番まで余計な茶々を入れたくなかった夜一だったが、円清の口から出た爆弾発言を聞いて黙っているほど今回の収録に冷めてはいなかった。
「あいにくとオファーしてくれたのは何年もつき合いのあるプロデューサーなんだよ」
円清は淡々と二の句を繋げる。
「朝霧君。プロの声優にとってアニメやラジオの製作会社関係なくプロデューサーとは絶対的な存在だ。プロデューサーが企画を立案しないことには、ディレクターが各事務所に声優の募集ができない。そして私たち声優は新人やベテラン関係なくオーディションを受けて合格することで仕事がもらえる。たまに指名してくれるプロデューサーやディレクターもいるが、大半の声優はオーディションを受けることに全身全霊を尽くす。オーディションに合格して役をもらえないことにはギャラが発生しないからだ」
「でも今回は珍しくプロデューサーから指名があった?」
円清は一度だけ顎を引いた。
「何でも本来の声優さんが急病で来られなくなったからだそうだ。声優業界にはたまにあるんだよ。別の声優さんの代打でゲストに参加してくれというオファーがね」
そう言うわけで、と円清は両指を絡めた上に顎を乗せた。
「私情で悪いが今回の収録は一発録りで頼みたい。その代わり、ギャラは半分でいいよ。これでは不服かな?」
「いやいや、ギャラの問題じゃ」
ない、と言い放とうとした夜一の脛に衝撃が走った。
弁慶の泣きどころとして有名な人体の急所にである。
「もちろん不服なんて毛ほどもありませんよ。一発録りでも全然構いません。何せラジオ放送部の記念すべき第一回収録のゲストに上里円清さんを迎えられたんですから」
夜一は痛みを堪えて前方に視線を飛ばした。
向かいの席に座っていた秋彦が、手をすり合わせながら恍惚な笑みを浮かべている。
どうやら脛に蹴りを見舞った犯人は秋彦らしい。
そして表情と行動の違いから察するに、円清の機嫌を損ねるような発言は止めろと忠告して来たのだろう。
円清は明らかなごますり顔の秋彦に上品な笑みを投げた。
「そう言ってもらえると非常に助かるよ。では、そろそろ本番収録に移ろうか?」
「待ってください。その前に二、三質問があるのですが」
皆の視線を一心に浴びたのは武琉だった。
「どうして上里さんはワン(俺)たちのオファーを承諾してくれたんですか? 〈上里円清のボイス・クリニック〉の公開録音ならいざ知らず、無名の高校のラジオ番組に上里さんほどのベテラン声優が出演する義理はないはずです。それこそ普通の声優事務所ならデスク側でストップがかかるはずでは?」
「君は中々に勉強しているね。確かに普通の事務所なら了承しないだろうね。けれど〈オフィス・リング〉は私の事務所だ。誰に依頼された仕事だろうと必ず私の耳に入る。そして私はこれまで高校生が作るラジオ番組にゲスト出演した経験は皆無。だからこそ、私は君たちのオファーを受けた。あくまでも私自身の経験の糧になると思ったからだ」
円清の単純明快な答えに武琉は押し黙った。
映像つきラジオ放送番組の収録日。
授業が午前中で終わる土曜日の昼過ぎは、思わず「春眠暁を覚えず」と言う言葉を口ずさんでしまうほど陽気な日だった。
しかし、本物のプロ声優である上里円清を前にした二人は違う。
二人とは声優に詳しかった秋彦と奈津美だ。
アニメや洋画に限らず、家庭用ゲームからBLドラマCDでもメインキャラの声をあてていたベテラン人気声優が放つオーラに圧倒されていた。
無造作に伸ばした黒髪にサングラス。
ビンテージのジーパンに花柄のシャツという奇抜な出で立ちの円清からは、明らかに一般人とは一線を画す雰囲気が感じられる。
「いいえ、とんでもない。あ、ちゃんとした自己紹介がまだでしたね。俺……いや僕は八天春学園ラジオ放送部部長の円能寺秋彦です。今日はよろしくお願いしまふ」
最初の挨拶から噛んでいた秋彦は放っておき、代わりに場を取り仕切った夜一が円清に席に座るよう促す。
円清は複雑な表情を浮かべながら「ありがとう」と着席する。
午後二時四十三分。
場所はラジオ放送部の部室。
円清を含めた六人は、副調整室の中央に置かれていた長机の席に各々腰を落ち着かせた。
円清が八天春学園に到着したのは十数分前。
綾園駅からタクシーで来た円清を校門の前で待ち侘び、文化系サークル棟の裏手にある部室に案内したのが数分前。
さすが若い頃は芸人顔負けのロケを体験した経歴を持つ円清だった。
鬱蒼とした林の中にぽつねんと存在していた部室を見ても、愚痴一つこぼさず平然と部室に足を踏み入れた。
それでも放送設備が整っていた室内を見たときには感嘆の声を漏らした。
おそらくオファー内容に不安を感じていたのだろう。
それも仕方ない。
無名の私立高校が公開録音でもないのに一流の声優を招いたのだ。
しかも内容は映像つきラジオ放送番組のゲスト依頼。
普通の声優ならば事務所側からNGが入ること請け合いだ。
「君たちが作った番組の台本読んだよ」
円清は自分の手前に置かれていた六枚の台本を手に取った。
武琉の話では一昨日に〈オフィス・リング〉へ完成台本を送ったという。
無理もなかった。
これから打ち合わせをして本番に臨むというのに、今からゲストに台本を渡す馬鹿な人間はいない。
東京からわざわざ足を運んでくれた円清に前もって台本を送るのは当然のことである。
「高校生が作ったラジオ台本にしては完成度が高い内容だった。お世辞じゃないよ。ふつおたコーナー、フリートーク、エトセトラとパーソナリティやゲストが番組をスムーズに進行できるように構成が練られている。この台本は誰が書いたの?」
「ワン(俺)です。名護武琉と言います」
普段のポーカーフェイスを崩さず武琉が挙手をする。
「ワン(俺)? もしかして君は沖縄生まれ?」
「分かるんですか?」
「これでも私の趣味はスキューバー・ダイビングでね。毎年、夏には事務所にNGを入れて沖縄の海に潜りに行くんだ。だから沖縄の方言は日常会話程度なら分かるよ」
それは夜一も知っていた。
円清の趣味は綺麗な海で泳ぐこと。
何しろ尊敬している人物が伝説のダイバーとして世界に名を馳せたジャック・マイヨールなのだ。
「……とまあ世間話はこれぐらいにしようか。時間も押しているしね。あまり打ち合わせに時間をかけたら肝心の本番が収録できないだろうから」
そのとき、夜一は頭上に大きな「?」マークを浮かべた。
それは君夜を除いた他の人間たちも同様だっただろう。
「あのう、上里さん。時間が押しているとはどういうことですか?」
意を決して口を開いたのは秋彦だ。
「そのままの意味だよ。昨日、急に別の仕事が入ってね。今日の夜には新宿のスタジオに行かないと駄目なんだ。なので君たちには悪いけど、今日の収録は夕方までにしてほしい。最低でも四時には終わってくれないと困る」
(そんなこと一言も聞いてないぞ!)
夜一は心中で高らかに抗議した。
現在の時刻は午後二時四十七分。
これから収録する番組は一時間を予定していたが、番組自体は生放送ではない録画番組だ。
つまり途中で何かしらのアクシデントが起こっても、中断して録り直しができるという余裕がパーソナリティである夜一にはあった。
それなのに午後四時には学園を去らなければならないと円清は言う。
本番を控えた打ち合わせの今になって。
「それって事実上の生放送ちゃいますか? 四時までに収録を終わらせるのはさすがに……」
「できないというのなら今回の話は無しだ。私はこのまま帰らせてもらう」
ぴんと張り詰めた空気が部室内に充満した。
「待ってください。急な仕事が入ったと言っても先にオファーしたのはこっちです。それなら僕たちの収録に時間をかけてもいいじゃありませんか?」
本番まで余計な茶々を入れたくなかった夜一だったが、円清の口から出た爆弾発言を聞いて黙っているほど今回の収録に冷めてはいなかった。
「あいにくとオファーしてくれたのは何年もつき合いのあるプロデューサーなんだよ」
円清は淡々と二の句を繋げる。
「朝霧君。プロの声優にとってアニメやラジオの製作会社関係なくプロデューサーとは絶対的な存在だ。プロデューサーが企画を立案しないことには、ディレクターが各事務所に声優の募集ができない。そして私たち声優は新人やベテラン関係なくオーディションを受けて合格することで仕事がもらえる。たまに指名してくれるプロデューサーやディレクターもいるが、大半の声優はオーディションを受けることに全身全霊を尽くす。オーディションに合格して役をもらえないことにはギャラが発生しないからだ」
「でも今回は珍しくプロデューサーから指名があった?」
円清は一度だけ顎を引いた。
「何でも本来の声優さんが急病で来られなくなったからだそうだ。声優業界にはたまにあるんだよ。別の声優さんの代打でゲストに参加してくれというオファーがね」
そう言うわけで、と円清は両指を絡めた上に顎を乗せた。
「私情で悪いが今回の収録は一発録りで頼みたい。その代わり、ギャラは半分でいいよ。これでは不服かな?」
「いやいや、ギャラの問題じゃ」
ない、と言い放とうとした夜一の脛に衝撃が走った。
弁慶の泣きどころとして有名な人体の急所にである。
「もちろん不服なんて毛ほどもありませんよ。一発録りでも全然構いません。何せラジオ放送部の記念すべき第一回収録のゲストに上里円清さんを迎えられたんですから」
夜一は痛みを堪えて前方に視線を飛ばした。
向かいの席に座っていた秋彦が、手をすり合わせながら恍惚な笑みを浮かべている。
どうやら脛に蹴りを見舞った犯人は秋彦らしい。
そして表情と行動の違いから察するに、円清の機嫌を損ねるような発言は止めろと忠告して来たのだろう。
円清は明らかなごますり顔の秋彦に上品な笑みを投げた。
「そう言ってもらえると非常に助かるよ。では、そろそろ本番収録に移ろうか?」
「待ってください。その前に二、三質問があるのですが」
皆の視線を一心に浴びたのは武琉だった。
「どうして上里さんはワン(俺)たちのオファーを承諾してくれたんですか? 〈上里円清のボイス・クリニック〉の公開録音ならいざ知らず、無名の高校のラジオ番組に上里さんほどのベテラン声優が出演する義理はないはずです。それこそ普通の声優事務所ならデスク側でストップがかかるはずでは?」
「君は中々に勉強しているね。確かに普通の事務所なら了承しないだろうね。けれど〈オフィス・リング〉は私の事務所だ。誰に依頼された仕事だろうと必ず私の耳に入る。そして私はこれまで高校生が作るラジオ番組にゲスト出演した経験は皆無。だからこそ、私は君たちのオファーを受けた。あくまでも私自身の経験の糧になると思ったからだ」
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