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第八章 ~華やかで煌びやかな地下の世界・裏闘技場の闇試合編~

道場訓 七十三   闇試合のライフ・パートナー

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「ケンシン師匠、ご無事だったんですね!」

 部屋の中へと入るなり、先に案内されていたのだろうエミリアが俺に声をかけてきた。

「当たり前だ。俺がそんな簡単にやられるか」

 俺はエミリアに言い放つと、部屋の中をぐるりと見渡した。

 どうやらここが本選出場者の控室ひかえしつらしい。

 広さは10じょうほどで調度品などはほとんど置いてなく、俺が通ってきた扉とは反対の壁にもう1つ扉があったぐらいだ。

 おそらく、その扉から本選会場へと行けるのだろう。

 しかし、俺が疑問に思ったのはそこではない。

 この控室ひかえしつにはエミリア以外の人間が誰もいなかったのだ。

「ここは控室ひかえしつじゃなかったのか?」

 俺が般若面はんにゃめんの男にいかけると、「控室ひかえしつですよ。予選を勝ち抜いたあなただけのね」と言われた。

「本選出場者には相方パートナーの方と一緒の控室ひかえしつが1つずつご用意されております。それは本選前の出場者同士の無用な争いや、相手の相方パートナーに対する不正を防止するためです」

相方パートナーに対する不正?」

 そうです、と般若面はんにゃめんの男はうなずいた。

「過去には自身の勝ちを要求するため、相手の相方パートナーを人質に取ったりした選手もいたそうなので……それはさすがに胴元オーナーも観客の方々も望んではおりません」

 まあ、そうだろうな。

 一般人が観客の表の闘技場コロシアムならばともかく、こういった裏社会の人間が取り仕切る裏の闘技場コロシアムに集まる特殊な観客は不正を望まない。

 そんな姑息こそくなものより、純粋で単純な狂気のうたげが観たいのだ。

 表の闘技場コロシアムでは絶対に獲得かくとくできないほどの優勝特典と引き換えに、文字通り命をけて闘う出場者たちの死闘を。

 俺がちらりとエミリアを見ると、エミリアも俺を見つめ返してくる。

 この闇試合ダーク・バトルに参加する条件はすでにコジローから詳細を聞いており、俺たちはキキョウの命を助けるために覚悟を決めてここにいる。

 無関係な人間からすれば、このような闘いに命を賭けて参加するなど馬鹿だと言われるだろう。

 キキョウのことも自業自得なのだからと。

 それでも俺たちは同じ闘神流とうしんりゅう空手からて拳心館けんしんかん空手からてを修行する仲間だ。

 いや、仲間以上に家族同然になったと言ってもいい。

 だからこそ、俺たちはここにいるのだ。

 たとえ他人からどう思われようが家族の命は必ず助ける。

 俺が心中で新たに意を決した直後、その決意をさっしたのか般若面はんにゃめんの男が小さく首を縦に振った。

「さて、それでは役者がそろったところで本選への説明をさせていただきます」

 般若面はんにゃめんの男の口から闇試合ダーク・バトルの詳細が語られる。

 俺たちはコジローから詳しいことは知っていたが、あえてここでは何も知らない振りをして般若面はんにゃめんの男の説明に耳をかたむけた。

 裏の闘技場コロシアム闇試合ダーク・バトル

 それはヤマトタウン最大の任侠団ヤクザ組織――〈鬼神会きじんかい〉が胴元オーナーを務める裏社会でも最大の闘技祭とうぎさいだ。

 そしてこの闇試合ダーク・バトルに参加するためには、出場者以外の人間の命を担保にする〝生命の相方ライフ・パートナー〟と呼ばれる特殊な出場条件がある。

 もしも本選の出場者が対戦相手に負けた場合、自分が死ぬか相方パートナーが死ぬかの二者択一を選択できるのだ。

 自分を選択した場合は当然ながら自分が死ぬが、相方パートナーを選んだ場合は相方パートナーが死んで自分は生き延びられる。

 ただし対戦相手に殺された場合は、その殺された人間の相方パートナーも自動的に抹殺の対象になるという。

 まさに生かデッド・オア・アライブで行く、悪鬼羅刹あっきらせつが考えた闘技祭――それが闇試合ダーク・バトルと呼ばれるものだった。

 そんな闇試合ダーク・バトルの対戦形式はトーナメント方式であり、不正を無くすために1回戦ごとに抽選ちゅうせんをして対戦相手を変えていくらしい。

 そうしてトーナメントを勝ち上がった優勝者には、胴元オーナーから叶えられる願いならば何でも叶えてくれる優勝特典を得られる。

 金、名声、地位など何でもだ。

 もちろん、俺たちの願いはキキョウをこの手に取り戻すことだ。

 武士団サムライギルドでコジローから話を聞いたあと、念のため奉行所ぶぎょうしょに行ってみたがキキョウの安否あんぴを確認する以前に門前払もんぜんばらいを食らってしまった。

 当然と言えば当然だったので、そこで俺は奉行所ぶぎょうしょの門番に幾らかの銀貨を握らせてろうに入れられた罪人の状態をそれとなく聞いてみた。

 すると奉行所ぶぎょうしょろうに入れられた罪人は、ろうに入れられるだけで猿轡さるぐつわや手足の拘束こうそくはほとんどないという。

 そこで俺はキキョウが奉行所ぶぎょうしょにいないことが分かった。

 それだけではない。

 他にも分かったことがある。

 どこにいるかは分からないが、今のキキョウは猿轡さるぐつわや手足を拘束こうそくされている不自由な身になっているに違いない。

 なぜなら、そうでないならキキョウは俺の継承スキル――【神の武道場】へと避難ひなんすることも可能だからである。

 けれども、猿轡さるぐつわや手足を拘束こうそくをされているのなら話は別だ。

 そんな状態では気力アニマることはおろか、【神の武道場】へ入るための絶対条件である三戦サンチンの型を行うことも満足にできない。

 すなわち、【神の武道場】へと避難ひなんすることができないことを示している。

 特に俺には弟子の3人が単独ひとりで【神の武道場】に入った場合、道場長である俺には感覚ではっきりと誰がいるのか知ることができた。

 今もそうだ。

 現在、【神の武道場】を使っている者は誰もいない。

 つまり、キキョウは肉体を拘束された状態でこの裏の闘技場コロシアムのどこかにいる可能性が極めて高かった。

 ならば、俺がまず真っ先にやることはトーナメントを勝ち上がってキキョウを無事に取り戻すことだ。

 ゲイルやコジローから頼まれた非合法な魔薬まやくの調査は、その後でも俺ならば十分に果たすことが可能だった。

 何だったらキキョウさえ取り戻してしまえば余計な制約せいやくなど一切なくなる。

 この裏の闘技場コロシアム胴元オーナーである〈鬼神会きじんかい〉と〈暗黒結社あんこくけっしゃ〉もろとも叩き潰して証拠品のたぐいをコジローに渡してしまえばいい。

 などと考えていると、般若面はんにゃめんの男は「……以上ですが、ご承知しょうちいただけましたか?」と確認してくる。

 俺は大きくうなずいた。

「ああ、分かった。分かったから早く本選会場へと案内してくれないか? とっと闘って優勝したいんだ」

「ほう……見かけによらず好戦的こうせんてきでいらっしゃる」

 了解しました、と般若面はんにゃめんの男は本選会場へと続く扉へと進んだ。

「それでは早速、お2人を本選会場へとご案内いたします」

「待て。闘うのは俺だけだ。それなのにエミリアも連れて行くのか?」

「はい。本選会場へは出場者と相方パートナーのお2人で向かっていただきます」

 そう言うと般若面はんにゃめんの男は扉を開けた。

「さあ、参りましょう……表舞台ではお目に掛かれない裏の強者たちの元へ」

 望むところだ。

 誰が相手だろうと俺は絶対に負けん。

 俺はエミリアに目配めくばせすると、エミリアは信頼をふくんだ目で見つめ返してくる。

 安心しろ、エミリア。

 お前の信頼と命は絶対に無駄に散らしたりはしないからな。

 やがて俺たちは般若面はんにゃめんの男の案内に従って控室ひかえしつを出た。

 だが、このときの俺たちはまったく知らなかった。

 ズズズズズズズズズズズ…………。

 誰もいなくなった控室ひかえしつにおいて、不気味にうごめがあったことに――。
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