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第六章 ~続・この世はすべて因果応報で成り立っている~

道場訓 五十四   勇者の誤った行動 ⑲

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 死ねや、猿野郎!

 俺は心の中で高らかに叫びながら、標的であるジャイアント・エイプの首に向かって長剣を振り下ろす。

 ザシュッ!

 長剣が深々と肉と骨に食い込み、その傷口からは鮮血があふれ出てきた。

 しかし、長剣が食い込んだのは首ではない。

 丸太のようなジャイアント・エイプの腕の肉だったのだ。

「何ッ!」

 ホギャアアアアアアアアア――――ッ!

 俺が戸惑いの声を上げたのもつか、ジャイアント・エイプは眠りから覚めて絶叫ぜっきょうする。

 それだけではない。

 ジャイアント・エイプは強靭きょうじんなバネを使ってね起き、不意打ちをしてきた俺から大きく間合いを取る。

 俺は怒りの咆哮ほうこうを上げたジャイアント・エイプに舌打ちする。

 タイミングはかなり良かった。

 あのまま何事もなければ、確実に俺の斬撃はジャイアント・エイプの首を落としていただろう。

 クソッ、運のいいエテ公だ。

 まさか、あのタイミングでジャイアント・エイプが自分の背中をこうとするとは思わなかった。

 悪運とはこのことを言うのだろう。

 ジャイアント・エイプが自分の背中をこうと腕を回したことで、角度的に首への斬撃を自分の腕でガードする形になったのだ。

 それでも無傷とは言わず、俺の長剣は深々とジャイアント・エイプの腕の肉を半分以上は斬り裂いた。

 だったら、まだ勝機は俺のほうにある。

 不意打ちに失敗したとはいえ、ジャイアント・エイプは大怪我を負っている。

 それにまだ非合法の魔薬まやくの効果は切れていない。

 倒すなら今しかなかった。

「はッ、どうしたエテ公! こんな人間にやられてざまぁねえな!」

 俺は短期決着のため、ジャイアント・エイプにこれ見よがしな威嚇いかくをする。

「どうした? ほらほら、さっさと掛かってこいよ。それとも怪我が痛くて動けませんってか?」

 俺が挑発ちょうはつするごとに、ジャイアント・エイプの表情がけわしくなっていく。

 人間の言葉は分からないものの、俺がどういうことを言っているのか本能でさっしているのかもしれない。

 だとしたら好都合だ。

 このまま逃げられるよりは、真正面から向かってきてくれるほうが助かる。

「ホギャアアアアアアアアアアア――――ッ!」

 俺の願いが通じたのだろうか。

 ジャイアント・エイプは両目を血走らせながら猛進もうしんしてくる。

「うおおおおおおおおおおおおお――――ッ!」

 俺も腹の底から気合を放ち、ジャイアント・エイプを迎え撃った。

 ジャイアント・エイプは無傷だった左腕を横薙よこなぎに振って攻撃してくる。

 遅えんだよ!

 通常よりもみなぎっている魔力マナにより、俺の身体能力や動体視力は面白いように向上していた。

 それこそ、ジャイアント・エイプの攻撃など欠伸あくびが出るほど遅く感じる。

 なので俺はジャイアント・エイプの攻撃を前方に倒れ込むようにけると、その突進力を生かしたままジャイアント・エイプの腹部に長剣を突き刺した。

「ホギャアアアアアアアアアアア――――ッ!」

 頭上から聞こえてくるジャイアント・エイプの絶叫ぜっきょう

 俺はそんなジャイアント・エイプの声を無視してつかを握る両手に力を込める。

 そして――。

 俺は握りを返して刃筋はすじを真上に向けると、そのまま力任せに長剣をね上げた。

 直後、俺はすぐに間合いを取ってジャイアント・エイプから離れる。

 ドチャッ。

 と、大量の鮮血とともに傷口からは臓物ぞうもつかたまりとして地面に落ちた。

 やがて腹部を縦一直線に大きく斬られたジャイアント・エイプは、それこそ森全体に響き渡るほどの叫声きょうせいを上げて前方に倒れる。

「よっしゃあッ! どうだ、これが勇者の真の力だ!」

 ここに事情を知らない第三者がいれば、魔薬まやくの力のおかげではないかと言ってきただろうが、ここにいるのは最低限の仲間だから何の問題もなかった。

 それに事情を知らないカガミからは、俺が何をしたのか見えてはいないはずだ。

 だとしたら、カガミから俺が非合法の魔薬まやくを使ったことがバレることはない。

 まあ、それはさておき。

 どちらにせよ、こうして標的であったジャイアント・エイプを倒せたのだから良しとする。

 念のため俺は残心ざんしんをしてジャイアント・エイプの最後の警戒けいかいしたのが、目の前のジャイアント・エイプはぴくりとも動かない。

 いや、もう少し様子を見ないと分からねえな。

 野生の獣もそうだったが、亜人系や動物系に限らず魔物も致命傷を与えてもすぐには死なない。

 たとえ戦闘中に首を斬り落としたり心臓を突き刺したりしても、本当に死ぬまで十数秒は全力で暴れ回ったりする。

 中には最後のとばかりに反撃をしてくる奴もいるので、相手に致命傷を与えても反撃を警戒けいかいする――残心ざんしんを取ることは重要だった。

 これは俺が冒険者を始め立てのとき、アルミラージという角の生えたウサギに似た魔物と闘ったときに身を持って学んだ教訓だ。

 たとえ動物のウサギよりも少し体格の大きなアリミラージでも、身体を何か所か刺されても平然と命が尽きるまで襲ってくる。

 個体によっては死んだ振りをして油断をさそい、うっかり警戒けいかいと構えを解いて近づいてきた相手に反撃するという場合もあった。

 そうして俺もその洗礼を浴びてしまい、アリミラージの角に太ももを刺されて死のふち彷徨さまよったのだ。

 だからこそ残心ざんしんだけは絶対に忘れなかったのだが……。

「死んでるな? 確実に死んでいるよな?」

 たっぷり1分ほど様子を見たのだが、ジャイアント・エイプはまったく起き上がる気配がなかった。

 俺は足元の小石を拾って思いっきり投げつけてみる。

 それでもジャイアント・エイプが反応する様子は微塵みじんもなかった。

 どうやら確実に死んでいると判断してよさそうだ。

 だとしたら、あとはやることは1つしかない。

 俺はジャイアント・エイプから顔をらし、身体ごとくるりと振り向いた。

 しげみの中で俺の活躍を見ていた3人に手招てまねきする。

「おい、もういいぞ! お前らもさっさとこっちへ来い!」

 標的のジャイアント・エイプは倒したものの、これですべての依頼任務クエストは終わりではない。

 まだジャイアント・エイプの首を王宮に持ち帰るという仕事が残っている。

 それには俺1人だけでは無理だ。

 なので俺は3人を呼び寄せると、3人は周囲を見回しながら近づいてくる。

「信じられないが、本当に標的を1人で倒したみたいだな」とカチョウ。

「へえ、残念だったけど本当にアンタ1人だけで倒せたのね」とアリーゼ。

 うん? 何か言っていることがおかしくねえか?

 俺は2人のかけてきた言葉に頭上に疑問符を浮かべたが、一方のカガミを見てそんな疑問も吹き飛んだ。

「おい……何だよ、その目は?」

 カガミは俺を無言のままにらみつけてきたのだ。

 その眼差しの中に軽蔑けいべつの色が混じっていたことに気づいた俺は、戦闘の高揚感もあってカガミに鋭い視線を向けた。

 それでもカガミは何の反応も示さない。
 
 ただ、俺のことを無言で見つめているのだ。

「この野郎、言いたいことがあるのならはっきりと――」

 言いやがれ、と俺がカガミに近づこうとしたときだ。

 ホギャアアアアアアアアアアア――――ッ!

 と、森の奥から耳をつんざくような叫び声が上がった。

 それも1つや2つではない。

 明らかに10以上の叫び声が聞こえてくる。

 間違いなくジャイアント・エイプの叫び声だ。

 おそらく、俺が倒したジャイアント・エイプの悲鳴を聞いたのだろう。

 じっと耳を澄ませば地鳴りのような音も聞こえてくる。

「おい、急いでジャイアント・エイプの首を斬り落とすぞ。ボヤボヤしてるとこいつの仲間が集まってくる」

 3人にそう言って俺が振り返ろうとした瞬間だった。

 アリーゼが1歩だけ前に出て、左手を突き出しててのひらを俺に向けてくる。

「いいえ、キース。もう、そんなことする必要はないわ」

 続いてアリーゼは淡々と魔法の詠唱えいしょうに入った。

 はあ? こいつは何を言っているんだ?

 正直、俺はまったく理解ができなかった。

 どうしてアリーゼは俺に向かって魔法の詠唱えいしょうをしているんだ?

 どうしてカチョウとカガミはそんなアリーゼを止めようとしない?

 俺の頭の中が軽いパニックを起こしていると、森の奥から聞こえていたジャイアント・エイプどもの叫び声と地鳴りが徐々に大きくなっていく。

 もしかすると、あと数分も経たずに10体以上のジャイアント・エイプが集まってくるかもしれない。

 俺はようやくハッと我に返った。

「おい、アリーゼ! 冗談もほどほどにしとけよ! カチョウ、お前もお前だ! そんなところで馬鹿みたいに突っ立ってないで早くジャイアント・エイプを――」

 このとき、俺は最後まで言葉を言い終えられなかった。

 なぜなら――。

「〈痙攣パラライズ〉!」

 アリーゼの魔法の詠唱えいしょうが終わった直後、俺の全身にバチッという強烈なしびれが走ったからだ。

「ぐあッ!」

 そして俺はしびれに耐え切れず膝から崩れ落ちた。

「な……何で?」

 やがて俺はしびれてまったく動かせない身体と違って、何とか自由に動かせた顔だけを3人に向ける。

「すまんな、キース。もうお主にはついてはいけん」

「これはで決めたことなの」

因果応報いんがおうほうとはまさにこのことッスね」

 そこには俺を家畜かちくのような目で見下ろしている3人がいた。
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