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第六章 ~続・この世はすべて因果応報で成り立っている~

道場訓 四十七   勇者の誤った行動 ⑫

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 俺たちはカガミを正式なサポーターとして雇い入れると、すぐに装備とアイテムを整えてオンタナの森へと向かった。

 オンタナの森はアリアナ大森林よりも広大ではないものの、鬱蒼うっそうとした木々が立ち並び昼間でも薄暗い場所だ。

 なので俺たちは魔物の襲撃にそなえて、横ではなく縦一列になって森の中を慎重しんちょうに進んで行く。

 先頭は勇者である俺、続いて魔法使いのアリーゼ、その次にサポーターのカガミで最後尾さいこうびはサムライのカチョウという具合にだった。

「クソッ、それにしても暑いな……ダンジョンの中とは違ってしするぜ」

 俺が愚痴ぐちをこぼすと、後方のアリーゼやカチョウも同意する。

「ほんとよね。おまけに虫も多いし、まったく嫌になっちゃう」

 するとアリーゼは前もって用意していた虫よけの薬を肌にりたくる。

 俺たちもそうだった。

 森の中が虫だらけなのは周知の事実であったため、俺たちは職人街で大量の虫よけの薬を買っておいたのだ。

 そして俺たちが虫よけの薬をり始めると、途端とたんにカガミが「ちょっと待つッス」と大声を上げた。

「それって他の薬よりも匂いが強いモノじゃないッスか?」

 俺はカガミが何に動揺どうようしているのか分からなかった。

「だから何だよ? 匂いが強いってことは効き目が強いってことだろうが。それにこの薬は他の薬よりも安かったからな」

「でも、そんな匂いが強い薬を使ったら魔物に気づかれるッスよ」

「別にいいだろう。向こうが気づくときは俺たちも気づくだろうし、どうせ目当てのジャイアント・エイプがいる森の奥以外では低ランクの魔物しかいないんだ。先に見つかったところでどうにでもなる」

「で、でも……」

 まだ何か言いたげなカガミだったが、「ねえねえ、そんなことよりもさ」とアリーゼの気だるげな声がカガミの言葉をさえぎった。

「いつもよりのどかわきが早く感じない?」

「うむ、アリーゼの言う通りだ。それにこれだけ湿気しっけが多いと汗も多く出るから、のどかわきもいつもより早い気がする」

 カチョウがそう言うと、先頭を歩いていたカガミがピタリと足を止めた。

「そうッスね。思ったよりも湿度しつどが高い場所のようなので、ここはあまり無理せず進んで行きましょう」

 カガミは背中にかついでいた巨大なリュックを下ろすと、中から全員分の革製の水筒すいとう絹布けんぷ(タオル)を取り出して渡してくる。

「おい、もう休憩きゅうけいか? まだ森の中へ入って30分も経ってないぞ」

 俺はそう言いながらもカガミから水筒と絹布けんぷ(タオル)を受け取った。

 正直なところ、先ほどからのどがカラカラだったのだ。

 だが女であるアリーゼが言うのならならまだしも、男であり勇者の俺からのどかわいたから水筒をくれとは女々めめしくて言い出せなかったのである。

「キースさん、こういう湿度しつどが高い場所の脱水症状だっすいしょうじょうめたらダメッスよ。無理するとすぐに身体に異変が出てきて動けなくなるッス」

「おいおい、そんな大げさな」

「大げさじゃないッスよ。それに水筒の水も一気に飲むんじゃなくて、少しずつゆっくりと飲んでくださいね。いきなり大量の水を飲むと、身体に吸収されず汗としてまた出てくるッスから」

「え? そ、そうなの?」

 カガミの指摘に驚きの声を上げたのはアリーゼだ。

「本当ッス。なので身体の汗もこまめに絹布けんぷ(タオル)でき取ってください。今のアタシたちの体温は通常よりも高くなってるはずなので、放っておくと汗がどんどん出てくるッスから」

「そんなに気にする必要はねえだろ? たかが汗じゃねえか」

 俺の言葉にカガミは首を左右に振った。

「先ほども言いましたが、脱水症状だっすいしょうじょうめたらダメッス。夏場のような暑さのときなら身体から出てきた汗で体温は下がるッスが、こういう湿気しっけが多いせいで身体の体温が上がっているときは汗をいても体温は下がらないんッスよ」

「そ、そうなのか?」

「はいッス。そして湿気しっけが多いということは、言いかえれば乾燥かんそうしにくい環境ということッス。だから汗が蒸発じょうはつせずに体温が高いままなので、水分を取らないと脱水症状だっすいしょうじょうになってしまうんッスよ」

「なるほど、そこで話は戻って脱水症状だっすいしょうじょうにならないよう……要するに身体に水がきちんと吸収されるように少しずつ水を飲むということか」

 カチョウの言葉にカガミは「その通りッス」と大きくうなずいた。

「しかし、お主はまだ若いのによくそんなことを知っているな」

 と、カチョウが感心したように言ったときだ。

「いや~、実はこれも以前にケンシンさんから教わったことなんッス。あの人は本当に凄いッスね。サポーターとしてもそうッスが、戦闘家として敵を倒すだけじゃなくてプロの斥候せっこうも顔負けの周囲を見る「目」を持っていて……何というか完璧超人ッスよ」

 カガミは鼻先を人差し指できながら照れくさそうに笑う。

 そんなカガミの告白を聞いた俺は、口にふくんでいた水をき出してしまった。

「どうしたんッスか、キースさん!」

 俺はゴホゴホとむせながら「どうしたじゃねえよ」とカガミに顔を向けた。

「け、ケンシンが完璧超人だと? 馬鹿なことを言うな。あいつはサポーターの仕事も満足に出来なかった無能野郎だ」

「え? それってどういう――」

 貴重な水をこぼしてしまった苛立いらだちもあり、俺はカガミが言い終わる前に「休憩きゅうけいはもう終わりだ。日が暮れる前にさっさと終わらそうぜ」と歩き始めた。

 リーダーであり俺が出発すると、アリーゼとカチョウも続く。

「待ってくださいッス」とカガミも頭上に疑問符を浮かべながらついて来る。

 俺はちらりと顔だけを振り向かせてカガミを見た。

 やっぱり、こいつもだったか。

 チッ、と俺はカガミに聞こえない程度に舌打ちする。

 何がケンシンは完璧超人だよ……ふざけんなってんだ。

 俺は内心でカガミに毒づいた。

 どいつもこいつもケンシンケンシンと、なぜあんな野郎を英雄みたいに扱う。

〈魔の巣穴すあな事件〉のことだってそうだ。

 あんな闘えもしないエセ空手家からてかのケンシンが、1000体もの魔物もそうだがSランクの魔物を2体も倒せるがずがねえ。

 そのとき、俺の脳裏にに関する様々な記憶がよみがえってくる。

 Bランクのダンジョン内で出会った、を実力者だと評価していた男女2人の冒険者。

 中央街の宿屋に現れた、のことを勇者さまだとほざいていたクレスト教の修道女。

 職人街の冒険者ギルドでを英雄扱いしていた冒険者ども。

 そして、俺の前でのことを完璧超人だと口にしたサポーター。

 ケンシンケンシンケンシンケンシンケンシンケンシンケンシンケンシン。

 どいつもこいつもケンシンケンシンケンシンケンシンケンシンケンシン。

 ケンシンケンシンケンシンケンシンケンシンケンシンケンシンケンシン。

 このし暑さのせいもあり、頭の中でケンシンという名前がぐるぐると回っていて非常に腹立たしい。

 もしも次に誰かががケンシンをめるようなことを言ったとき、無意識にそいつを本気で殴りつけてしまいそうなほど俺のはらわたえくり返っていた。

 そんな俺が奥歯をぎりりときしませていたときだ。

「あのう……キースさん」

 後ろからカガミがそっと俺に声をかけてきた。

「あん? 何だよ?」

 俺は顔だけを振り向かせ、じろりとカガミをにらみつける。

「え~と、あんまり森の中を一直線に進まないほうがいいッスよ。それに地面にある足跡も注意深く見つけながらのほうが絶対にいいッス」

 は? いきなり何を言うんだ、こいつは?

 しかも俺がイラついている奴と同じようなことを言いやがる。

「お前、ケンシンみたいなことを言うんじゃねえよ。いいからお前は黙って俺についてくればいいんだ」

 そうさ、サポーター風情ふぜいが勇者である俺に意見するんじゃねえよ。

「え? いや……でも……」

 俺はそれだけ言うと顔を正面に戻した。

 その直後である。

 ガサガサッ。

 俺は不自然なしげみの揺れに両足を止めた。

 他の連中も俺と同じく歩みを止める。

 全員の緊張感が高まった中、不自然に揺れたしげみの奥から魔物が現れた。

「へっ、何かと思えば雑魚ざこじゃねえか」

 1本の毛も生えていないハゲ頭にとがった鼻と耳。

 特徴的な緑色の肌に腰蓑こしみの1枚という姿は、オークと同じく亜人系の魔物だがスライムに次ぐ雑魚ざことして有名なゴブリンだった。

 しかも相手は道にでも迷っていたのか1体だけだったのだ。

 ビビらせやがって、すぐにぶっ殺してやる。

 俺は職人街で購入した新品の長剣をさやから抜いた。

「カチョウ、アリーゼ……お前らは手を出すなよ。あんなゴブリン1体ぐらい俺だけで片づけてやる」

 そう言うと俺は、長剣を構えながら地面を蹴った。

 ケンシンに対する苛立いらだちを目の前のゴブリンにぶつけるつもりで疾駆しっくする。

 だからこそ気づかなかった。

 俺がゴブリンを斬り殺すことに意識が集中していたとき、後方にいたカガミが「そいつはわなッス!」と叫び声を上げていたことに――。
 
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