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第四章 ~空手家という名の闘神、大草原に舞い降りる~

道場訓 二十一   アリアナ大草原の攻防戦

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 俺とエミリアは装備を整えた冒険者たちと一緒に目的地へとやってきた。

 アリアナ大草原。

 余計な障害物しょうがいぶつなどあまりなく、風に揺られて草の葉がどこまでも平坦へいたんに広がっている場所だ。

 だからこそ、そこで何が行われているかは遠くからでもよく見えてしまう。

 戦況は最悪だな。

 俺は両目を細めながら、数キロメートル先の光景に歯噛はがみした。

 すでに王国騎士団と魔物どもの殺し合いは佳境かきょうに入っている。

「ケンシン師匠、あれでは騎士団の者たちは……」

 エミリアも視力は良いほうだったのだろう。

 俺にはおよばないが、数キロメートル先の惨状さんじょうが何となく見えているようだ。

「ああ……さすがにもう助けは間に合わないな」

 正直なところ、王国騎士団は壊滅かいめつ寸前だった。

 ざっと視認したところでも王国騎士団の9割は全滅している。

 魔物どもはゴブリンやオークが大半で、その他にはヒグマ並みの体格の魔狼ワーグやダンジョンにしか出没しないはずのキメラなどの姿も確認できた。

 そんな魔物どもは生き残っている王国騎士団たちと闘っている奴もいるが、他の大半の魔物どもは殺した王国騎士団たちの死骸しがいむさぼり食っている。

 まさに狂乱きょうらんうたげとも呼ぶべき凄惨せいさんな光景だ。

 それこそ、耐性のない人間など一発で理性が吹き飛んでしまうに違いない。

 現に俺以外の冒険者たちはあっさりと戦意を失ってしまった。

「だ、駄目だ……どうやったって俺たちはここで死ぬしかないじゃねえか」

「何なんだよ、あの魔物どもの数は……確実に1000はいるぞ」

「くそったれ、王国騎士団が勝てない魔物に俺たちが勝てるかよ」

 などと冒険者は口々につぶやくと、自分たちの死を明確にさとったのその場にがくりとひざを折っていく。

 そのとき、一人の女が大刀をすらりと抜いて天高くかかげげた。

あきらめてはなりません! たとえ勝ち目が薄い戦いになろうとも、拙者せっしゃらには街の命運がたくされているのです! さあ、立って一匹でも多くの魔物を打ち倒そうではありませんか!」

 キキョウである。

 弱気になった冒険者たちとは対照的に、キキョウだけが必死に恐怖を抑えて戦意をあらわにしたのだ。

 けれども、誰一人としてキキョウに賛同さんどうする冒険者はいなかった。

「どうしたと言うのです、諸先輩方しょせんぱいがた! 魔物どもが本格的に攻め込んでくる前に、こちらから打って出ましょう!」

「お前は本当の馬鹿だな。この状況を見て、そんな気休めの言葉に乗る奴なんているわけないだろ」

 俺は遠くの魔物どもを見据みすえつつ、キキョウに言い放った。

「な、何だと!」

 キキョウは俺に大刀の切っ先を突きつけて憤慨ふんがいする。

「お主、Cランクの分際でAランクの拙者せっしゃを馬鹿呼ばわりするのか!」

「ランクなんて関係あるか。それに馬鹿に馬鹿と言って何が悪い。あれだけの数の魔物相手に何の作戦もなしに突撃なんてするのは、切り立ったがけの上から飛び降りるようなものだ。お前も陣頭指揮じんとうしきを任されたリーダーなら、まずは自分たちが置かれた状況からいかに味方の損害を出さずに切り抜けられるかを考えろ」

「お、お主に言われなくともそれぐらいは考えている」

「そうか? じゃあ、お前は突撃という方法以外でどういう戦略を立てるんだ?」

 キキョウは難しい表情で遠くの魔物どもをながめた。

「う、うむ。そうだな……見たところ魔物の大半はゴブリンやオークどもだ。奴らは森の中では強敵だが、こうした見晴らしの良い場所での戦闘には慣れていない。それならばきちんと隊列を組んでいどめば勝てる見込みはある」

 俺は大きくうなずいた。

「ああ、ゴブリンやオーク程度ならこちらも隊列を整えて対処すれば苦戦する相手じゃない。お前の言う通り、ここは見晴らしのいい開けた場所だ。不意の襲撃を受けやすい森の中とは違って、罠を仕掛けられたりする心配がないからな」

 しかし、と俺は両腕を組んで言葉を続けた。

「さすがに機動力にけた魔狼ワーグや、魔力マナ耐性に強いキメラ相手だとさすがに分が悪すぎるか。隊列を整えるほど奴らにとって恰好かっこうまとになる」

 俺はあご先を人差し指と親指でさすりながら思考する。

「……だが、今回は密集陣形みっしゅうじんけいを取るのもアリかも知れないな」

「おい、どっちだ! 密集陣形みっしゅうじんけいなど取れば魔物どもの恰好かっこうまとになると言ったのはお主だぞ!」

「落ち着け。確かに魔物が約1000に対してこちらは約200。普通に考えれば密集陣形みっしゅうじんけいを取るのは得策とくさくじゃない……だが騎士だけで構成されていた王国騎士団と違って、ここには弓や魔法に長けた冒険者もそれなりにそろっている。それが吉と出るかもしれん」

 俺はキキョウに自分なりの作戦を提案した。

「いいか? まずは200人を4部隊に分けて、後方に回復魔法や応急処置に長けた援護えんご部隊を置け。そして中間には弓や魔法を撃てる狙撃部隊、前線には槍や薙刀なぎなたを持った隊を配置して魔物に対処する」

 俺は矢継やつばやに内容を口にしていく。

「残りの部隊には剣術や接近戦に長けた人間たちを集め、前線で仕留め損なった魔物たちを倒していくよう指示すればいい。そうすれば少なくともバラバラに冒険者たちが各個撃破かっこげきはされることはなくなって、死傷者――特に援護えんごしかできない女冒険者たちの被害数はかなりおさえられるはずだ」

 もちろん、それは俺が一番槍いちばんやりつとめたあとの陣形だとも付け加える。

 そこまで言ったとき、俺はキキョウが変な顔をしていることに気がついた。

 口を半開きにさせて、大きく目を見張っていたのだ。

「どうした? 俺の顔に何かついているか?」

「い、いや……お主、本当にうわさ通りの追放された無能者なのか?」

「どんなうわさかは知らないが、俺が勇者パーティーを追い出されたのは本当だ。そして無能と言うのなら、メンバーのためと思って身勝手に動いていたことに対しては無能だったのかもな」

 そんなことよりも、と俺は強引に話を終わらせる。

「風向きが変わった……そろそろ来るぞ」

 俺の言葉にキキョウはハッとなり、遠くの魔物どもに顔を向けた。

 やがて冒険者たちの間に緊張が走る。

「来たあああああ――――ッ! 魔物どもがこっちにやって来るぞ!」

 時刻は昼過ぎ。

 冒険者たちの悲痛な叫び声が大草原に響き渡る。

 それはこれから始まる戦争の狼煙のろしでもあった――。
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