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第34話   すべての真相

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「長く生きていると嬉しいことや悲しいことには何度なく遭遇するものだけど、やはり自分の学園の生徒が被害に遭うと胸が痛むね」

 正面の窓ガラスから差し込む陽光がソファに座っていた女性を明るく照らしている。

 ここは鷺乃宮学園の理事長室であり、黒革のソファに深々と腰を下ろしていたのは理事長の鷺乃宮朱音である。

 鶴の刺繍が施された藍色の着物がよく似合う。

「同感です。まさか秋兵が裏で手を引いていた黒幕だったなんて今でも信じられません」

 朱音の意見に心から同意したのは、透明なガラステーブルを挟んだ対面のソファに座っていた羽美であった。

「でも何で秋兵はあんなこと……マリファナなんて薬物に手を出したんでしょう?」

 すでに旧校舎の一件から丸一日が経過していた。

 また現在の時刻は午前10時を少し回ったところ。

 本当ならば今頃は二年B組の教室で英語の授業を受けている時間帯だ。

 それでも羽美は授業には出ずにこうして理事長室に詰め掛けている。

 昨日、旧校舎で起こった一件を詳しく朱音に話すためだった。

 朱音はガラステーブルに置いていたカップを手に取り、優雅な仕草で口に運んだ。

 同様のカップが羽美の手前にも置かれている。先ほど朱音が淹れてくれたコーヒーだ。

「それなんだけどね。多分、3年前の事件が関係しているんだろう」

「3年前の事件? 都ちゃんが交通事故に遭った件ですか?」

 羽美は小首を傾げた。

 3年前に身近で起こった不運な出来事と言えば、秋兵の妹である都が交通事故に遭って死亡したことしか頭に浮かばない。

 確かに世間的には事件とも呼べなくはないが、それが秋兵に薬物に走らせる原因を作ったとは到底思えない。まったく接点がないではないか。

 朱音はカップから口を離して落胆の溜息を漏らした。

「そう言えば羽美には教えてなかったね。実は秋兵の妹だった都の直接的な死因は交通事故ではなかったんだよ。いや、交通事故には違いなかった。けどね、事故に遭った原因は都が自分からトラックの前に飛び出したんだそうだ」

「え?」

 初耳だった。

 すると都は自殺したということになる。

「でも、都ちゃんは自殺するような性格な子じゃなかったはずです。いつも元気溌溂で思いやりがあって、他人のことを心配しているような純粋な心の持ち主。そんな都ちゃんが自殺なんて……」

「分かるよ。私も都の性格はよく知っていた。だからこそ、あの子は耐えられなかったんだろうね。徐々に薬物に溺れていった自分自身に」 

「どういうことです?」

 羽美はずいっと身を寄せた。

「これは私が懇意にしている刑事から訊いたんだけど、当時の都には付き合い始めた1人の男性がいたんだそうだ。都よりも年齢は3つか4つぐらい上だったと思う。相手の名前は知らないが、その男は言葉巧みに女に尽くさせる最低な屑だったそうだよ。そしてその男と交友関係を持っていた数人の女の中に都もいた」

 ふと遠い目になった朱音の言葉に羽美は耳を済ませる。

「その男が女に使う常套手段はヤクザから仕入れていた薬物を女たちに使用して尽くさせるということ。羽美も聞いたことがあるだろう? 覚醒剤、LSD、MDA、そして今回の一連の事件に使用されたマリファナ。これらを効率よく使い分けて女に使用していたそうだよ。まったく反吐が出る。薬を使って女を操るなんて最低を通り越して最早呆れるしかない」

 羽美は奥歯を噛み締めつつ拳を固く握った。

 まさか、都の死因の背景にそんな裏があったとは思わなかった。

 だが、それよりも今の今まで知らなかった自分自身に腹が立つ。

 一方、朱音は羽美の心境に気づいたのだろう。

 じっと羽美の目を見据えた後、小さく首を左右に振る。

「だからといって羽美が自分自身を責めるのはお門違いだよ。それに今さら都の死を悼んだところであの子が生き返るわけでもない……とは言っても血の繋がりがあった秋兵には耐えられなかったんだろう。私は友人の刑事にかなりの時間が経ってから聞いたけど、家族である秋兵には当時から知らされていたんだろうからね」

 それも痛いほどよく分かる。

 当時から秋兵と都の中はすこぶるよかった。

 まだ秋兵が有聖塾の空手道場に通っていた頃、都は道場の見学や試合の観戦に何度も訪れていた。

 羽美は思ったことを口に出した。

「だから秋兵は都ちゃんの直接的な死因となった薬物に手を染めたと?」

「手を染めたといっても自分では使用していなかったはずさ。そうでなければ秋兵自身がとっくの昔に壊れていたはずだからね。そしてこれは私の推測なんだけど、おそらく秋兵は妹が死ぬ原因となった薬物を憎むあまり、その憎しみを振り撒く方向性を間違えたんだと思う。都に薬物を与えていた男を憎んでも憎み足らず、ついには低年齢層に蔓延っている薬物を自分自身でコントロールしようと思った……まあ、単なる推測だけどね」

 一理あるかもしれない。

 羽美は朱音の言葉を聞いてそう思った。

 愛情を注いでいた妹が理不尽な死を遂げた。

 しかもその理由が付き合っていた赤の他人がもたらした薬物だったならば自分は耐えられるだろうか?

 否である。

 耐えられるわけがない。

 もしかすると、薬物を与えた男を見つけ出して相応の報いを受けさせようと決意するだろう。

 だが、それとは別に気になることがあった。

「お祖母様。まさかお祖母様は最初から気づいていたんですか? 一連の奇行事件に秋兵が関わっていると?」

「いや、さすがの私でもそこまでは分からなかった。でも、職員会議や生徒会の報告書を読む度に変な感じがするとは思っていたんだ。何かこう……上手く情報が操作されているような変な感覚が。そのときはそれ以上深く考えなかったけど、今となるとやはり情報は操作されていたんだね。事件を調べていた生徒会に主犯がいたんだ。報告書の改竄や煙草に似せたマリファナ――〈L・M〉だったかい? その〈L・M〉を学園内で一般生徒に売り捌いていた不良生徒たちに忠告するぐらい簡単だったろう」

 直後、朱音はふっとはにかんだ微笑を浮かべた。

「だが、悪いことは長く続かない。今回の一件で秋兵も改心したことだろう。南国から吹き荒れた神風に腐った性根を吹き飛ばされてね」

 南国から吹き荒れた神風とは名護武琉のことだろう。

 朱音が自分の婚約者として沖縄から呼び寄せた赤銅肌の少年。

「それについては今でも信じられません。あの武琉が古流空手の使い手だったなんて」
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