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第25話 名護武琉の停学
しおりを挟む〈二年B組 名護武琉 上の者、学園内において当学生にあるまじき行為に及んだため一週間の停学に処す〉
鷺乃宮学園右棟・1階部分のエントランス・ホールに設置された巨大掲示板には、学内行事に関するポスターに混じって1枚の紙が貼られていた。
学園側から生徒たちに用件を告知する通達書である。
A2サイズの目立つ大きさということもあり、掲示板の前を通り過ぎる生徒は必ず一度は目に通す。
そんな通達書が貼られた掲示板の前に一人の女子生徒が佇んでいた。
副生徒会長の羽美だ。
「一週間の停学に処す……か」
通告書の一部分を音読すると、羽美は眉間に激しく皺を寄せた。
現生徒会長に暴力を振るった現生徒会役員の失態。
これは学園内のスクープを日々探し求めている新聞部にとっては格好の餌だったのだろう。
その証拠に通達書の隣には学園新聞が並ぶように貼られている。
〈沖縄からやってきた転校生の正体は野蛮人! 理事長の怒りを買って停学処分! このまま学園から姿を消してしまうのか?〉
などと勝手な一文が多く目立つ。
中には武琉の印象を纏めた生徒たちのコメント分が書かれていたが、よく読むと武琉の印象よりも現生徒会の誹謗中傷が多く見受けられた。
大方、生徒会を目の敵にしている風紀委員か執行部の息がかかった生徒たちのコメントだろう。
目線を隠された生徒の何人かは見知った顔である。
だが,、今は風紀委員や執行部など関係ない。
注目すべきは現生徒会役員が、現生徒会長に暴力を振るって停学処分を言い渡された事実だ。
さすがの羽美もこれには辟易するばかり。
まさかあの武琉が転校して1週間も経たずに停学になるとは思わなかった。
見た感じ自由闊達を地でいくような武琉である。
出会ってまだ1週間ほどしか経過していないが、そんな危険な人物には到底思えない。
羽美は2日前のことを振り返る。
昼休みに突如として左棟に鳴り響いた防火ブザーのベル音。左棟・3階奥の生徒会室にいた羽美はひとしきりベル音が鳴り響いたところで現場に駆けつけた。
しかし駆けつけたときには耳障りなベル音は鳴り止み、現場は多くの生徒たちで犇いていたのを覚えている。
そして野次馬根性を全開にしていた人垣を押し退け、騒ぎの中心点を覗いたときに再び驚いたことも。
あの光景は今でも脳裏に焼きついて離れない。
複数の教職員に囲まれながら、反対側の廊下を歩いていく武琉の背中を。
それだけではない。遠ざかっていく武琉から視線を外すと、他の教職員たちに安否を気遣われている六郎と秋兵の姿もあったのだ。
近くにいた女子生徒に事情を尋ねると、まず六郎が秋兵を気絶させ、その次に武琉が六郎を気絶させたという。
正直、まったくわけが分からなかった。
ただ、なぜかこの件に関しては理事長である祖母の強い要望で武琉1人のみが停学処分を言い渡されたのである。
(お祖母様は何を考えているんだろう)
武琉を強く停学処分に推したのは他ならぬ祖母の朱音である。
それは直に本人の口から聞かされたので間違いない。
羽美はこの件に対して、何度も祖母に直談判したが暖簾に腕押しだった。
祖母は頑として羽身の直談判を拒み、騒動が収まるまで深く考えないよう言い渡したのみ。
「考えるなっていうほうが無理でしょう」
羽美は通達書を睥睨しつつ、憮然とした態度で両腕を組んだ。
ちょっとした騒動となった現生徒会長暴行事件から2日。
被害を受けた六郎も武琉も学校を休んでいる。
停学処分を言い渡された武琉はともかく、六郎も万が一のことを考えて病院で精密検査を受けているという話だ。
「秋兵も様子が変だったけど大丈夫かな」
そうである。
2日前の事件で被害を受けたのは何も六郎だけではない。
六郎に気絶されたという秋兵も今は学校を休んでいた。
そこで羽美は幼馴染の安否を確かめるためスマホにかけて事情と怪我の具合を訊いてみたものの、秋兵は妙に余所余所しい態度で一通り応対すると一方的に切ってしまった。
羽美にしては歯切れの悪い状態である。
生徒会役員のうち3人が学校を休んでおり、しかもその理由がほぼ仲間割れが原因だったからだ。
これでは役員会議云々の問題ではない。
下手すれば生徒会存続の危機に陥る。
もちろん生徒会自体がなくなることはない。
だが現生徒会役員を全員退会させ、教職員たちが独断と偏見で構成された張りぼての生徒が役員に収まる可能性は高い。
それだけは断固として阻止しなくてはならない。
羽美は鍛えた拳を固く握り締めた。
無気力な生徒が生徒会役員に収まっては風紀委員や執行部の思う壺だ。
そんなことになれば学園を表と裏から統一するという野望のため、強制的に動いてくるに違いない。
「何とかしないとね」
羽美が通達書を睨みながら呟いたときだ。
「先輩! 羽美先輩!」
背後から妙に緊迫感に溢れる声が聞こえた。
聞き慣れた声に羽美は颯爽と振り返る。
愛羽千鶴。
現生徒会役員の1人であり、今年入学したばかりの一年生だ。
羽美と同じく現在まともに残っている生徒会役員でもある。
「どうしたの? 千鶴ちゃん。そんなに慌てて」
会計係を務める千鶴は普段はお洒落に気を使う普通の女子生徒だ。
最初こそ過剰な装飾品の数々に驚いたが、今では自分の言うことを聞いて過剰な装飾品は外している。
一方で千鶴は常にマイペースな性格を貫いていると把握していた。
それが今では顔を蒼白に染めて息を荒げている。
何か非常事態に見舞われたのだろうか。
「実はとても大変なことが起こったんです。先輩、今すぐ私と一緒に旧校舎に行ってくれませんか?」
「え? 旧校舎に?」
訊き返すと千鶴は小さな顔を頷かせた。
「はい。私一人ではどうにもならないことは分かっているんです。だから先輩についてきてもらえれば勇気が出ると思って」
「でも、一体何が起こったの? それに旧校舎は……」
羽美の脳裏に〈ギャング〉たちの姿がありありと浮かんだ。
グラウンドの片隅に依然として残っている旧校舎は、現在〈ギャング〉たちの巣窟と化している。
それにあそこは鬱蒼とした木々と金網フェンスに囲まれており、一般生徒はもちろんのこと教職員や用務員たちも滅多に近づかない。
そんな危険な場所にこれから千鶴は同行してくれという。
羽美はエントランス・ホールに設置されている窓ガラスから外の光景を視認した。
今日の天気は2日前と同じく灰色の雲が太陽光を遮断している空模様だ。
それに現在の時刻は午後5時30分を過ぎようとしている。
こんな天気と時刻の中、昼間でも薄暗い旧校舎の敷地内に足を踏み入れても大丈夫なのだろうか。
だが、神妙な面持ちで思案していた羽美の腕を千鶴は強引に引っ張り始める。
「とにかく行きましょう。詳しい説明は行きながら話しますから」
普段からは想像もつかない強引な千鶴の態度を見て、もしかするとこれは相当な事態なのかもしれないと羽美は思った。
そして羽美は千鶴に腕を引っ張られる形で昇降口から外へと出た。
やはり空は重厚な雲に覆われている。
今にも大粒の雨が降り注いできそうな雰囲気だ。
それでも2人は駆け足で目的の場所へと向かっていく。
〈ギャング〉たちがアジトにしている旧校舎へと――。
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