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第10話 奇声の謎
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鷺乃宮学園の右棟一階にある巨大掲示板の前には、公開された成績の順番を確認するような生徒の山ができていた。
しかし、生徒たちは公開された成績を見るために集まったわけではない。
新聞部により発表された事件の概要を見るためだった。
昨日、左棟三階にある図書室の窓から1人の女子生徒が飛び降りた。
数人の友人たちと受験勉強をしていた三年生である。
新聞部が発表した概要によれば、その女子生徒は奇声を伴った暴動行為を行った挙句に自分から窓の外へ躊躇なく飛び降りたのだという。
「まさかこんな日がくるとはね」
巨大掲示板を見上げていた羽美は、親指の爪を噛みながらつぶやいた。
これまで学園内では様々な問題が浮上していた。
入学したばかりの血気盛んな一年生による喧嘩沙汰、真面目と称された二年生による煙草の喫煙、そして受験を控えていた三年生による突然の奇行行為などである。
それでも、今までの問題は一般の高校ならば十分にあり得たことだった。
生徒同士の喧嘩や煙草の喫煙などは表沙汰になっていないだけで、他の高校でも多かれ少なかれ起こっていたに違いない。
「でも、まさか自殺未遂まで起こるなんて」
羽美は事件の概要を最後まで黙読した。
幸い図書室から飛び降りた三年生は一命を取り留めていた。
図書室の下が園芸部の花壇になっており、柔らかな土がクッションの役割を果たしたのだという。
だがまったくの無傷とはならず、右の足首を骨折するという怪我を負ったと学園新聞には書かれている。
羽美は颯爽と踵を返し、巨大掲示板から離れていく。
十数歩進んだ後に振り向くと、昼休みということもあるのだろう多くの生徒たちが学園新聞の内容について勝手な意見や憶測を口にしていた。
飛び降りた女子生徒は図書室に巣くう悪霊に取り憑かれたとか、受験のストレスに耐え切れなくなってノイローゼになってしまったとかだ。
一理あるかもしれない。飛び交っていた憶測に対してそう思ったとき、数メートル手前にあった階段から秋兵が降りてくる姿が見えた。
秋兵は羽美の姿を見つけると、周囲の目を気にするようにゆっくりと近づいてくる。
「どうだった?」
合流した秋兵に羽美は神妙な面持ちで尋ねる。
「駄目だ。図書室は警察が封鎖して出入り禁止。先生たちも理由を問い詰められていたが飛び降りた原因は分からないそうだ」
「本当に? 例えば誰かに突き落とされたとかは?」
「いや、それは絶対にないらしい。現場にいた図書委員の女子にそれとなく事情を訊いてみたんだけど、例の三年生は本当に自分から飛び降りたらしいぞ。しかも散々暴れ回った末にな。俺も封鎖された図書室を何とか目を盗んで見たが、まるで台風が通ったように本が散乱していたよ」
「そう……ありがとう」
さすがは秋兵である。
ほんの少し図書室の様子を見て欲しいと頼んだだけでここまで情報を集めてくれるとは思わなかった。
普段は何事にもやる気を見せない男だが、やるときにはやる気概を見せてくれる。
「それでこれからどうするんだ? ここまで騒ぎが大きくなると目立った情報収集活動はおろか事件解明なんて不可能だぞ。飛び降りた三年生に事情を訊くにしても絶対に警察が阻んでくるだろう。せめて飛び降りた原因が突き止められない限りな」
それは分かっている。
いくら生徒の自主性を重んじる鷺乃宮学園とはいえ、生徒の1人が学園内で自殺未遂を起こしたとなれば警察に頼らざるを追えない。
難しい顔をして思案を始めた羽美。そんな羽美に対して秋兵は真剣な口調で言う。
「なあ、もういいんじゃないのか? これは俺たち生徒会の仕事じゃない。喧嘩の仲裁や学校行事ならまだしも自殺未遂の事件なんて究明してどうする。いや、他の生徒たちは好き勝手に騒いでいるようだがこれは事件なんて大袈裟なものじゃない。大方、その女子生徒は噂通り受験ノイローゼにでもなったんだろう。よくある話だ」
「だけど学園内で起こったのよ? 他の場所だったのならいざ知らず、学園内で起こった問題は私たち生徒会が率先して解決するのが筋でしょう?」
秋兵は頭を振りながら溜息を漏らす。
「その前提が間違っているんだよ。いいか? 理由がどうであれ一人の生徒が自殺未遂を起こしたんだ。学園側もマスコミに大きく問題を提示される。俺たち生徒会が出る幕はないんだよ」
「じゃあ、私たちはどうすればいいの? このまま指を咥えて黙っていろってこと?」
「よく分かっているじゃないか。そうだ、この件に俺たちの出る幕はない。今後は警察と学園側の判断に任せればいいんだ。何でもかんでも厄介事に首を突っ込むと火傷ぐらいじゃ済まなくなるぞ」
幼馴染に厳重注意され、羽美は肩を竦めてうな垂れた。
確かに自殺未遂をした事件に首を突っ込むのはお門違いである。
だが、それでも羽美には気になることがあった。
学園新聞にもはっきりと書き記されている。
三年C組の門前里美さんは図書室の窓から飛び降りる前、狐に取り憑かれたような奇声を発しながら暴れ回った、と。
それに秋兵も、図書室は台風が通ったように本が散乱していたと言っていたではないか。
そしてこの事実を知った生徒たちは、女子生徒が図書室の窓から飛び降りたという件だけを強烈に記憶してしまい、他にもある事実を記憶にも留めていなかったに違いない。
だが、羽美は違う。
他の生徒たちが目を背けた事実にも目を通す眼力を持っていた。
(三年生は図書室の窓から飛び降りる前に〝奇声を発している〟のよね)
そうである。
最近、徐々に生徒会の調べで浮き彫りになっていた事件があった。
普段から大人しく真面目な生徒が突如として奇声を発するという意味深な事件だ。
また奇声を発するだけではなく、部活中に奇行行為を起こす生徒も出ている。
例を挙げれば、雨でグラウンドが使用できず屋内で筋力トレーニングを行っていたサッカー部の部員数人が窓ガラスを素手で叩き割るという行為などである。
他にも体育会系の生徒の奇行行為が如実に目立っていた。
無論、これだけでは具体的な詳細が分からない。
だが、これらの問題行為を起こした生徒たちの共通点を探せば1つの事実が浮かんでくる。
それは問題行為を起こした生徒全員が、奇声を発した直後に問題行為を起こしているということだった。
もちろん生徒会としても原因究明に努めたが、不思議なことに問題行為を引き起こした生徒たちは頑として口を開かなかった。
それは先生が質問した場合でも変わらず、中には人目を避けるように転校してしまった生徒もいる。
そういうわけで羽美には今回の事件も決して無関係とは思えなかった。
何かある。
羽美の第六感がそう警鐘を鳴らしていた。
「そんなに落ち込むな。生徒会役員といえど俺たちもしょせん普通の生徒だ。できる範囲で頑張ればいいじゃないか」
「そうだけど……やっぱり私には何か妙な胸騒ぎがするの」
「妙な胸騒ぎ?」
「ええ、上手く言えないんだけど今回の自殺未遂は始まりのような気がする。これから起こる何か大きな事件のね」
「考えすぎだ。これ以上、何も起こらないよ」
秋兵は微笑を浮かべつつ「気にするな」と羽美の肩に手を添えた。
直後、秋兵は周囲を見渡しながら首を傾げる。
「そう言えば、彼の姿が見えないな。昨日の今日でもう倦怠期に入ったのか?」
彼という台詞を聞いて羽美は表情を一変させた。
気難しい思案顔から役立たずな人間を思い浮かべるような呆れた顔になる。
「ああ、あいつなら聞き込みに回っているわよ。今朝、私が事件の詳しい情報が欲しいと言ったら「俺にマカチョーケー(任しておけ)」と豪語したから頼んだの。庶務係が請け負う最初の仕事としては最適だと思ったから」
「おいおい、仮にも婚約者だろう? あまり無碍に扱うなよ」
「いいのよ。婚約者といってもお祖母様が勝手に寄越しただけなんだから。それに結婚相手ぐらい自分で探すわよ」
羽美がそう言ったとき、昼休み終了のチャイムが鳴り響いた。
「はい、この話はこれでお終い。今はあんな奴のことよりも生徒会の仕事を片づけるほうが先なんだから。分かったら秋兵も手伝ってよね?」
同じ生徒会役員である秋兵にずばり指摘すると、秋兵は観念したように首肯した。
しかし、生徒たちは公開された成績を見るために集まったわけではない。
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それでも、今までの問題は一般の高校ならば十分にあり得たことだった。
生徒同士の喧嘩や煙草の喫煙などは表沙汰になっていないだけで、他の高校でも多かれ少なかれ起こっていたに違いない。
「でも、まさか自殺未遂まで起こるなんて」
羽美は事件の概要を最後まで黙読した。
幸い図書室から飛び降りた三年生は一命を取り留めていた。
図書室の下が園芸部の花壇になっており、柔らかな土がクッションの役割を果たしたのだという。
だがまったくの無傷とはならず、右の足首を骨折するという怪我を負ったと学園新聞には書かれている。
羽美は颯爽と踵を返し、巨大掲示板から離れていく。
十数歩進んだ後に振り向くと、昼休みということもあるのだろう多くの生徒たちが学園新聞の内容について勝手な意見や憶測を口にしていた。
飛び降りた女子生徒は図書室に巣くう悪霊に取り憑かれたとか、受験のストレスに耐え切れなくなってノイローゼになってしまったとかだ。
一理あるかもしれない。飛び交っていた憶測に対してそう思ったとき、数メートル手前にあった階段から秋兵が降りてくる姿が見えた。
秋兵は羽美の姿を見つけると、周囲の目を気にするようにゆっくりと近づいてくる。
「どうだった?」
合流した秋兵に羽美は神妙な面持ちで尋ねる。
「駄目だ。図書室は警察が封鎖して出入り禁止。先生たちも理由を問い詰められていたが飛び降りた原因は分からないそうだ」
「本当に? 例えば誰かに突き落とされたとかは?」
「いや、それは絶対にないらしい。現場にいた図書委員の女子にそれとなく事情を訊いてみたんだけど、例の三年生は本当に自分から飛び降りたらしいぞ。しかも散々暴れ回った末にな。俺も封鎖された図書室を何とか目を盗んで見たが、まるで台風が通ったように本が散乱していたよ」
「そう……ありがとう」
さすがは秋兵である。
ほんの少し図書室の様子を見て欲しいと頼んだだけでここまで情報を集めてくれるとは思わなかった。
普段は何事にもやる気を見せない男だが、やるときにはやる気概を見せてくれる。
「それでこれからどうするんだ? ここまで騒ぎが大きくなると目立った情報収集活動はおろか事件解明なんて不可能だぞ。飛び降りた三年生に事情を訊くにしても絶対に警察が阻んでくるだろう。せめて飛び降りた原因が突き止められない限りな」
それは分かっている。
いくら生徒の自主性を重んじる鷺乃宮学園とはいえ、生徒の1人が学園内で自殺未遂を起こしたとなれば警察に頼らざるを追えない。
難しい顔をして思案を始めた羽美。そんな羽美に対して秋兵は真剣な口調で言う。
「なあ、もういいんじゃないのか? これは俺たち生徒会の仕事じゃない。喧嘩の仲裁や学校行事ならまだしも自殺未遂の事件なんて究明してどうする。いや、他の生徒たちは好き勝手に騒いでいるようだがこれは事件なんて大袈裟なものじゃない。大方、その女子生徒は噂通り受験ノイローゼにでもなったんだろう。よくある話だ」
「だけど学園内で起こったのよ? 他の場所だったのならいざ知らず、学園内で起こった問題は私たち生徒会が率先して解決するのが筋でしょう?」
秋兵は頭を振りながら溜息を漏らす。
「その前提が間違っているんだよ。いいか? 理由がどうであれ一人の生徒が自殺未遂を起こしたんだ。学園側もマスコミに大きく問題を提示される。俺たち生徒会が出る幕はないんだよ」
「じゃあ、私たちはどうすればいいの? このまま指を咥えて黙っていろってこと?」
「よく分かっているじゃないか。そうだ、この件に俺たちの出る幕はない。今後は警察と学園側の判断に任せればいいんだ。何でもかんでも厄介事に首を突っ込むと火傷ぐらいじゃ済まなくなるぞ」
幼馴染に厳重注意され、羽美は肩を竦めてうな垂れた。
確かに自殺未遂をした事件に首を突っ込むのはお門違いである。
だが、それでも羽美には気になることがあった。
学園新聞にもはっきりと書き記されている。
三年C組の門前里美さんは図書室の窓から飛び降りる前、狐に取り憑かれたような奇声を発しながら暴れ回った、と。
それに秋兵も、図書室は台風が通ったように本が散乱していたと言っていたではないか。
そしてこの事実を知った生徒たちは、女子生徒が図書室の窓から飛び降りたという件だけを強烈に記憶してしまい、他にもある事実を記憶にも留めていなかったに違いない。
だが、羽美は違う。
他の生徒たちが目を背けた事実にも目を通す眼力を持っていた。
(三年生は図書室の窓から飛び降りる前に〝奇声を発している〟のよね)
そうである。
最近、徐々に生徒会の調べで浮き彫りになっていた事件があった。
普段から大人しく真面目な生徒が突如として奇声を発するという意味深な事件だ。
また奇声を発するだけではなく、部活中に奇行行為を起こす生徒も出ている。
例を挙げれば、雨でグラウンドが使用できず屋内で筋力トレーニングを行っていたサッカー部の部員数人が窓ガラスを素手で叩き割るという行為などである。
他にも体育会系の生徒の奇行行為が如実に目立っていた。
無論、これだけでは具体的な詳細が分からない。
だが、これらの問題行為を起こした生徒たちの共通点を探せば1つの事実が浮かんでくる。
それは問題行為を起こした生徒全員が、奇声を発した直後に問題行為を起こしているということだった。
もちろん生徒会としても原因究明に努めたが、不思議なことに問題行為を引き起こした生徒たちは頑として口を開かなかった。
それは先生が質問した場合でも変わらず、中には人目を避けるように転校してしまった生徒もいる。
そういうわけで羽美には今回の事件も決して無関係とは思えなかった。
何かある。
羽美の第六感がそう警鐘を鳴らしていた。
「そんなに落ち込むな。生徒会役員といえど俺たちもしょせん普通の生徒だ。できる範囲で頑張ればいいじゃないか」
「そうだけど……やっぱり私には何か妙な胸騒ぎがするの」
「妙な胸騒ぎ?」
「ええ、上手く言えないんだけど今回の自殺未遂は始まりのような気がする。これから起こる何か大きな事件のね」
「考えすぎだ。これ以上、何も起こらないよ」
秋兵は微笑を浮かべつつ「気にするな」と羽美の肩に手を添えた。
直後、秋兵は周囲を見渡しながら首を傾げる。
「そう言えば、彼の姿が見えないな。昨日の今日でもう倦怠期に入ったのか?」
彼という台詞を聞いて羽美は表情を一変させた。
気難しい思案顔から役立たずな人間を思い浮かべるような呆れた顔になる。
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「おいおい、仮にも婚約者だろう? あまり無碍に扱うなよ」
「いいのよ。婚約者といってもお祖母様が勝手に寄越しただけなんだから。それに結婚相手ぐらい自分で探すわよ」
羽美がそう言ったとき、昼休み終了のチャイムが鳴り響いた。
「はい、この話はこれでお終い。今はあんな奴のことよりも生徒会の仕事を片づけるほうが先なんだから。分かったら秋兵も手伝ってよね?」
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