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第7話   ナダグルグルーサンケー

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「何だお前らは? 邪魔だから退けよ」

 視界に入った2人に、剛樹はすぐに道を開けろと言った。

 その言葉に秋兵は他の野次馬たちと同様に素早く道を開けたが、あろうことか武琉はそ知らぬ顔で佇んでいる。

(馬鹿じゃないの。早く道を開けなさいよ)

 剛樹と武琉ではどう見ても武琉に勝ち目はない。

 身長では10センチ。

 体重では10キロも剛樹のほうが武琉よりも上回っているのだ。

 それに剛樹は〈ギャング〉たちの実質的リーダーである。

 喧嘩の実戦経験は他の一般生徒たちとは一線を画す。

「おい、もう一度だけ忠告してやる。俺が大人しくしているうちに退け」

 無害な一般生徒ならば直ちに道を開けるだろう剛樹の忠告に対して、あろうことか武琉は真っ赤な舌をぺろんと出した。

「ベールヒャー(嫌だ)」

 その瞬間、剛樹のこめかみに青筋が浮かんだことは羽美にも想像がついた。

 武琉の口にした言葉の意味は分からなかったものの、確実に否定するニュアンスだということは羽美にも十二分に理解できたからだ。

 それは剛樹も同じだっただろう。

 人を小馬鹿にしたような武琉の態度に言葉ではなく態度で返答した。

 前蹴りである。

 空手を修錬した有段者のような華麗な前蹴りではなかったが、実戦で磨き上げたのだろう獰猛な威力が込められた渾身の蹴りを武琉に放ったのだ。

 大砲のような前蹴りを食らった武琉は、数メートルも後方に飛ばされ背中から床に不時着した。

 それでも勢いは止まらず、武琉は何回か転がった末に丸テーブルにぶつかってようやく止まった。

 ぴくりとも動かずに仰向けに倒れる。

 羽美は自分の額をパンと叩いた。

 無防備だった腹部に深々と突き刺さったため、武琉の身体がくの字に折れ曲がった無残な姿がありありと見えてしまった。

「あっちゃ~、何で言われた通りに道を開けないのよ」

 やはり武琉はただの大馬鹿だ。

 自分と相手の実力差などは、体格を比較すればすぐに判断できるだろうに。

 なぜ、あんな他人を馬鹿にするような態度を取ったのだろう。

「馬鹿が……さっさと道を開ければいいものを」

 剛樹は地面に蹲っている武琉の方向に唾を吐き捨てると、自分こそ学園の王者だと誇示するような態度で空中通路から去っていく。

 そんな剛樹に取り巻きの連中が続き、やがて〈ギャング〉たちは空中通路から完全に姿を消してしまった。

 羽美は剛樹たち〈ギャング〉たちの背中をじっと睨んでいたが、すぐに視線を外して武琉の元へ駆け寄った。

「だ、大丈夫? 肋骨の2、3本は折れたんじゃない?」

 武琉の安否を自分の価値観で心配していると、秋兵もこちらへ足早にやってきた。

「あんな前蹴りを防御もせずに受けて平気なわけないだろ。取り敢えず保健室に連れて行こう。あまり動かすなよ。下手をすると肋骨が何本かイってるかもしれない」

 羽美はこくりと首を縦に振った。

「そうね。じゃあ秋兵も手伝って。私と一緒に彼を保健室に連れて行きましょう」

 2人は武琉の上半身をゆっくりと起き上がらせた。

 まさにそのときである。

 武琉の目がばっちりと開かれた。

 唖然とする羽美と秋兵に構わず腹部を弄る。

「いや~、テーゲーシカムン(とても驚いた)。いきなり蹴られるとはさすがの俺も思わなかったさぁ」

 暢気に笑う武琉を見て、羽美は心配を通り越して呆れてしまった。

(何でこいつは笑っていられるの?)

 羽美は自分自身が空手を習っているせいか、前蹴りの恐ろしさと攻撃力の高さは身に染みて理解している。

 昨今の打撃格闘技では見栄えがする廻し蹴りや踵落としなどが重宝されているが、対峙する相手の突進を止める効果と急所を狙えば一撃で相手に甚大なダメージを与えられる前蹴りほど実戦的な蹴りはない。

 ましてや剛樹のような体格に恵まれた人間が放つ前蹴りは、例え我流だろうと相応の威力があることは容易に想像できた。

 それなのにあの前蹴りを食らった武琉は痛みに苦しむどころか快活に笑っている。

 本当にダメージはないのだろうか。

「どうやら君は相当に身体が頑丈のようだね。それとも秋山が手加減したのかな?」

「さあ、俺にはよく分からん」

 武琉は答えるなり立ち上がった。

 剛樹の靴跡がくっきりと残っている腹部を見て「デージ(とても)大変よぉ。この汚れ取れるか?」と喚いている。

 どうやら本当にダメージはないようだ。

 秋兵が言ったように頑丈な身体である。

「どうやらこいつに保健室は必要ないみたいね。だったら心おきなく生徒会役員の仕事を遂行できるわ」
 羽美は瞬時に振り向くと、勢いよく人差し指を前方に突き出した。

「〈ギャング〉どもは仕方ないとして、あなたたちだけでも事情を聞かせてもらうわよ。二階堂晴矢君に堀田花蓮さん」

 しかし、騒ぎの一端を担っていた晴矢と花蓮の姿は露と消えていた。

 羽美はどういうことかと近くにいた男子生徒を捕まえて事情を訊くと、羽美が武琉の元に駆け寄ったと同時に反対側の入り口に悠々と向かっていったのだという。

 つまり、呆気なく逃げられたというわけだ。

「あははは。まあ、こんな日もあるさぁ。ナダグルグルーサンケー(めそめそするな)」

 秋兵に言葉の意味を聞いた羽美は、奥歯を軋ませながら固く握り締めた拳を天高く振り上げた。

 そして武琉の頭頂部に容赦なく叩きつけたとき、昼休み終了のチャイムが学園中に響き渡った。

 結局、3人ともこの日の昼食は満足に食べられなかったのは言うまでもない。
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