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第六章   元荷物持ち、やがて伝説となる無双配信をする ②

第五十九話  元荷物持ち・ケンジchの無双配信 ⑬

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 知能の低いウェット・ワームたちは、本能のまま俺に向かって四方から津波のように襲いかかってくる。

 全長十数メートルのウェット・ワームたちの攻撃は、さながら巨大な槍による攻撃を思わせた。

 円形の口内に生えている鋭い牙の威力もさることながら、その胴体による衝撃もまともに食らえば計り知れない。

 俺はウェット・ワームたちが迫りくる数秒の間に思考した。

〈硬身功〉で受けるか?

 いや、と俺は心中で頭を振った。

 仮に〈硬身功〉で受けても身体は衝撃で遠くに飛ばされてしまう。

 それはダメだ。

 ダメージがどうのというよりも、この開けた場所から移動しては視聴者たちが俺を見失ってしまう。

 すなわち、視聴者たちが楽しみにしていた配信に不備が出るということ。

 それだけは探索配信者として避けなければならない。

 では、どうする?

 以前にハイリッチ・フェンリルを屠ったように、〈聖光・神遠拳〉で1匹ずつ木っ端みじんに打ち砕くか?

 いや、と俺はまたしても心中で否定した。

 なるべく視聴者には【聖気練武】の技を見せないほうがいいだろう。

 ぱっと見ても素人にはわからない〈化勁〉、〈聴勁〉、〈硬身功〉などは何とでも誤魔化せるが、〈発勁〉の発展技である〈聖光・神遠拳〉のような聖気弾を放つ技は言い訳がしずらい。

 すると必然的に〈軽身功〉も多用できない。

 今の俺ならば〈軽身功〉を使うと軽々と10メートル以上は跳躍できるからだ。

 ならば、ここは正攻法で行くとするか。

 このようなことを数秒の間で決めた俺は、両足に〈聖気〉を込めて地面を蹴った。

 地面に穴を穿つほどの瞬発力で疾駆し、2匹のウェット・ワームの隙間を一気に通り抜ける。

【聖気練武】の基本技の1つ――〈箭疾歩せんしつほ〉を使ったのだ。

 聖気を両足に均等きんとうに集中させて高速移動できる〈箭疾歩せんしつほ〉により、俺はウェット・ワームたちの猛撃を難なく回避した。

 一方のウェット・ワームたちは今ほどまで俺がいた場所の地面に食らいつき、大量の土をボリボリと噛み始めた。

 やはりこの世界のウェット・ワームも知能が低い。

 ウェット・ワームたちは気づいていないのだ。

 これまでの獲物は自分たちの襲撃に1歩も動けず、ただ成すすべもなく噛みつかれて食らい尽くされるだけだったのに対して、俺はウェット・ワームたちも気づかない速度で数メートルの距離を一瞬で移動した。

 そのため、ウェット・ワームたちはそこに獲物がいるはずだと思って地面を食っている。

 俺は地面を食っているウェット・ワームから上空に飛んでいるエリーとドローンに顔を向けた。

 どちらかと言えばドローンに対して1本だけ突き立てた親指を突きつける。

 もしかすると俺の動きが速すぎたゆえ、ウェット・ワームたちに食われてしまったと絶望した視聴者もいたかもしれない。

 なので俺は自分が生きているという証拠を見せた。

 こうすれば視聴者は安心して引き続き俺の配信を視てくれるだろう。

 そんなことを考えた直後、ウェット・ワームたちは「ギイイイイイイイ」という耳障りな鳴き声を上げた。

 さすがのウェット・ワームたちも気づいたのだ。

 自分たちは獲物を取り逃がしたと。

 数秒後、ウェット・ワームたちは周囲を見回したのちに俺のほうに口を向けた。

 再び「ギイイイイイイイイイイ」という鳴き声を発する。

「その耳障りな声は視聴者に迷惑だ。すぐに黙らせてやる」

 俺は両足を大きく開いて腰を落とした。

 加えて左右の拳を握って脇に引く。

 そして俺は深く長い呼吸を始めた。

「コオオオオオオオオオオオ――――…………」 
 
 俺の呼吸に合わせて意識は丹田まで落ちていき、やがて丹田からは人間だけが持つ生命エネルギーである〈聖気〉が生み出されていく。

 もちろん、〈聖気〉は【聖気練武】の技を使う源。

 これまでも基本技や応用技を使う際にもずっと生み出していたのだが、今回の闘いでは見た目が派手な【聖気練武】の技を制限することを決めていた。

 となると、純粋な〈聖気〉と武術の技だけでウェット・ワームたちを屠らなければならない。

 それは今の俺には難しいことなのか?

 答えは否である。

 見た目が派手な技を使わないと決めただけで、〈聖気〉自体を使えるなら何の問題もない。

【聖気練武】の基本技の1つ――〈周天〉。

 聖気を増幅させて普段の数倍から十数倍の力を出せるようになる技だ。

 俺はこの〈周天〉を最大限に使った。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ――――ッ!

 俺の全身を覆っていた黄金色の〈聖気〉が激しさを増す。

 それはさながら、激しく燃え盛る炎に油をかけたような勢いがあった。

 もしもこの場に常人がいたら1発で気を失っただろう。

 それほど練られた圧倒的な生命エネルギーの塊。

「ギイイイイイイイイイイイイイイイ」

 低能なウェット・ワームたちは先ほどまでとは違う鳴き声を上げた。

 大気から伝わった俺の〈周天〉の勢いに本能が警鐘を鳴らしたに違いない。

 あれは獲物じゃない。

 自分たちを蹂躙する圧倒的な力を持つ敵だと。

 ゆえに人間にたとえるなら悲鳴を上げ、今すぐこの場から逃げようと声を上げたのだろうか。

 どちらにせよ、もう遅い。

 俺が〈周天〉を使ったのは純粋に身体能力が向上するからだ。

 見た目が派手にならなくとも、武術の技のみでウェット・ワームたちを倒すために。

「オオオオオオオオオオオ」

 裂帛の気合一閃。

 俺は逃げようとしていたウェット・ワームたちに疾駆した。

 まずは1匹!

 5匹のウェット・ワームたちに①から⑤までの番号を振ると、そのうちの1匹――ウェット・ワーム①に間合いを詰め、すぐさま俺は無防備な胴体に渾身の突きを放った。

 ドンッ!

 ウェット・ワーム①の胴体が爆裂四散する。

 2匹目!

 俺は返り血を浴びる前にその場から移動すると、続いてウェット・ワーム②に突進。

「ハッ!」

 気合とともにウェット・ワーム②の胴体にも突きを繰り出す。

 ドンッ!

 ウェット・ワーム②の内部にも衝撃が伝わって胴体が破裂した。

 次だ!

 俺は地面を蹴ってウェット・ワーム③との距離を縮め、今度は胴体に連続蹴りを放った。

 ドドンッ!

 俺の連続蹴りでウェット・ワーム③は大きく後方に吹き飛び、ウェット・ワーム④に衝突した。

 ウェット・ワーム③とウェット・ワーム④はその衝撃でもつれ合うような形になって動きが止まった。

 もちろん、これを俺は狙った。

 俺はウェット・ワーム③に突進すると、胴体にピタリと掌を密着させた。

 そして――。

〈聖光・波濤掌はとうしょう〉ッ!

〈発勁〉の応用技である〈聖光・波濤掌はとうしょう〉。

 それは名前の通り、掌を通じてゼロ距離から相手の内部に大津波のように〈聖気〉の衝撃波を浸透させる技だ。

 この〈聖光・波濤掌はとうしょう〉により、俺の〈聖気〉の衝撃波はウェット・ワーム③の内臓をメチャクチャにしながらウェット・ワーム④にも浸透。

 結果、ウェット・ワーム③とウェット・ワーム④はほぼ同時に即死した。

 最後の1匹!

 俺はウェット・ワーム⑤をキッと睨む。

 瞬く間に仲間たちが殺されたウェット・ワーム⑤は一瞬だけ動揺した素振りを見せたが、すぐに大気を震わせる声を上げて襲いかかってきた。

 勝機を見出したからではない。

 俺からは決して逃げられないとわかったことによる必死の攻撃だ。

 その意気やよし……だが!

 俺は破城追はじょうついのように襲ってきたウェット・ワーム⑤の口撃を真横に避けると、間髪を入れずに胴体に横蹴りを放った。

 ズドンッ!

 ウェット・ワーム⑤の巨体は「く」の字に折れ曲がり、口内から大量の血を吐き出した。

 そのまま地面を転がり、やがて1本の太い樹木にぶつかって止まった。

 俺は気息を整えてウェット・ワーム⑤を見やる。

 ウェット・ワーム⑤はぴくりとも動かなかった。

 樹木にぶつかる以前に絶命したのだろう。

 これでひとまずの撮れ高はあったかな。

 などと思ったときだった。

「ケンッ!」

 上空からエリーの甲高い声が降ってきた。

 俺はエリーの言葉に応えず、さっきから感じていた気配のほうへ視線を移す。

 やがてこの開けた場所に1匹の魔物が現れた。

 人間の女の顔をしていたが、髪は無数の蛇でできた異様な相貌。

 十数個の乳房がついた爬虫類を想起させる胴体。

 身長は2メートルはゆうにあるだろう。

「ウフフフフフフフ」

 魔物女は俺を見つめながら低い声で笑った。

「探す手間が省けたな」

 俺は今回の配信のターゲット――キメラ・ゴルゴンを見て指の骨を鳴らした。

「さあ、本当の無双配信を始めようか」
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