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第四章   元荷物持ち、とある理由でダンジョン配信を始める

第四十話   元荷物持ち・ケンジchの無双配信 ②

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 初配信を開始すると、ドローン機体の赤い点滅に変化がった。

 赤く光ったままの状態になったのだ。

 あらかじめ登録していた俺の個人情報を認識したのだろう。

「これでもう俺の姿がダンジョン・ライブに流れているんだな?」

 俺がちらりと横を見ると、俺から少し離れた場所にいる成瀬さんがスマホを見ながらうなずく。

 よし、あとは野となれ山となれだ。

 俺はゴホンと軽く咳払いすると、空中からカメラを向けているドローンに向かって喋る。

「やあ、初めまして。ダンジョン・ライブを通じて俺の初配信を視にきてくれた視聴者の皆さん。俺の名前は拳児だ。チャンネル登録名にある通り俺は元荷物持ちなんだが、ゆえあって今後はA級探索配信者として活動することになった。まあ、その他の経緯はおいおいしていくとして……」

 俺はカメラから視線を外すと、目的の場所に顔を向ける。

 ここは草原エリアと隣接する森林エリアのちょうど境目にある、過去の探索者たちが造ったのだろう頑丈な丸太とロープで作られた橋の前だ。

 その橋の下は深い渓谷になっていて、はるか下には糸のような細さに見える川が見える。

 常人が落ちれば命はないだろう。

 当然ながら、こんなところに魔物がいるとは夢にも思わないはずだ。

 しかし、それなりの知能を持つ魔物だとこのような場所を好都合と捉える。

 天敵からは絶対に見つからず、夜の闇に乗じて外に出て行けば狩りが成功する可能性が高くなることを本能的にわかっているのだ。

 これはアースガルドに生息していた、とあるゴブリンが根城にするパターンと酷似していた。

 先ほどから相手を刺激しないよう、軽い〈聴勁〉で周囲500メートル内に存在する生物のエネルギーの位置を特定しているのだが、その中に他の生命エネルギーとは比較にならない大きさを持つ者がいた。

 間違いない。

 こいつがゴブリン・クイーンだ。

 俺は再びドローンに顔を戻す。

「とりあえず、俺の初配信の内容として無双配信をしていこうと思う。ただし、そこら辺の普通の魔物を何百匹と倒したところで、視聴者の皆さんには至極つまらない配信内容になるだろう。そう思ったので、日頃から皆さんが見れないような配信内容を考えた。皆さんもご存じのように、ダンジョン内には通常の魔物とは異なり、強さも凶悪さも桁違いな特別な魔物――イレギュラーが存在する。俺の配信ではこのイレギュラーをこちらから見つけ出して無双していくという配信スタイルをしていこうと思う……まあ、前置きはこれぐらいにして」

 俺は魔物の口のように開いている地面の裂け目へと歩み寄る。

「初配信なのでダラダラとする配信はやらない。ここからは一気にノンストップでイレギュラーに近づいて速攻で倒す。なのでここからは瞬き厳禁だ。見逃すなよ」

 そう言いながら俺はちらりとエリーを見る。

 すでにエリーにもこのことは伝えてあった。

 そのため、エリーはドローンの腹の部分を下から両手でがっしりと持つ。

 ドローンの飛行速度よりもエリーの飛行速度のほうが圧倒的に速いからだ。

 よし、これで完全に準備が整った。

 俺はそのまま地面を蹴って一気に崖から飛び降りた。

 後方で成瀬さんが何か叫んでいたが、事前に彼女には事情を詳しく説明していなかったゆえだろう。

 まあ、それはさておき。

 ドローンを固定しているエリーも一緒についてくる。

 奈落の底へと落ちていく中、俺はその場所が目の前まで来るのを待った。

 数秒後、俺はその前を通った。

 ここだ!

 俺は素早く手を伸ばした。

 ガシッと地面を掴む。

 横穴だった。

 ほぼ90度の崖の途中に、上からでは絶対に見つからない5メートルほどの横穴が空いていたのだ。

 その横穴の縁を手で掴んでいた俺は、そのまま腕力だけで自身の肉体を横穴の中へと引き込む。

 ほぼ同時にエリーとドローンが追いついてきた。

「急に画面が乱れて気分を悪くした視聴者の方々がいたのなら申し訳ない。ここへ来るにはああしたほうが手っ取り早かったものだからな」

 俺はもう一度だけ謝ると、踵を返して穴の奥へと両足を動かす。

 穴の中は松明やペンライトを点けなくても十分な明かりがあった。

 どうやらこの周辺の地層には、発光する鉱物が豊富に含まれているのだろう。

 そんな穴をしばらく進んでいくと、やがて俺は巨大な椀型のホールへと出た。

 ギシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

 そのホールの中にはゴブリンがいた。

 どれぐらいの数だろうか。

 300匹はいるのは確実だが、普通のゴブリンはどれも個体差がないので密集されると目が滑って数が数えられない。

 けれども、その中で一際目立っているゴブリンがい匹だけいた。

 ホールの奥にいたのは、女王のような貫録を有している女のゴブリン。

 背中まで伸びている黒髪に、人間の女性のような顔立ち。

 見た目は10代前半ぐらいに見えるが、その腹は妊娠していると思うぐらい膨らんでいる。

 いや、実際にあの腹の中には子供――ゴブリンを宿しているのだ。

 俺はドローンのカメラに向かって説明する。

「あれはゴブリン・クイーンといって、単為生殖で低級ゴブリンを無限に産み続けるゴブリンのイレギュラーだ」

 これはアースガルドでも同じだったから簡単に言えた。

 そしてこちらの世界のゴブリン・クイーンも、アースガルドのゴブリン・クイーンもそう大差はないようだ。

 ならば駆除する方法は至極簡単。

 そう思った直後、ホール内にいたゴブリンが一斉に襲いかかってきた。

 それでも俺は顔色1つ変えない。

 変える必要がないからだ。

 俺は瞬時に〈聖気〉を練り上げると、ゴブリンどもをキッとにらみつけた。

 そして心中で激しく強く「殺す!」と念じる。

 次の瞬間、俺の〈聖気〉は物理的な威力をともなう衝撃波となってゴブリンどもに放射されていく。

 するとゴブリンどもは泡を吹きながら次々とその場に倒れた。

〈聴勁〉の応用技――〈威心いしん〉。

 本来は物陰に姿を隠している敵の居場所や、自分が広げた〈聖気〉に触れている相手の心理状況を読み取れるのが〈聴勁〉の技だが、それをさらに極めていくとこういうことができる。
 
 その〈威心〉も念の強さで気絶からショック死まで自由自在であり、今回の俺は〈威心〉によって300匹はいたゴブリンをすべてさせた。

 だが、俺の狙いは雑魚ではなく親玉だ。

「さて……ゴブリン・クイーンは自分が大量に生んだゴブリンに守られているので、倒す場合は前もって奴の子供であるゴブリンどもを戦闘不能にしておくのがベターだ。こうなると残るはゴブリン・クイーンただ一匹のみになり、非常に簡単に倒しやすくなる」

 キエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ

 自分の子供たちが倒されたことに怒りが極限に達したのだろう。

 ゴブリン・クイーンは瞬く間に身長が伸び、細かった体型も見る見るうちに筋骨隆々とした身体に変形していったのだ。

 ゴブリン・クイーンの特性――肉体を戦闘体型に変化できる変形メタモル・フォーゼである。

 しかし、ゴブリン・クイーンはまだ最後まで体型変化をしていない。

 その途中である。

 ならば、と俺は両足に〈聖気〉を込めて地面を蹴った。

 数十メートルはあった俺とゴブリン・クイーンの間合いがゼロになる。

箭疾歩せんしつほ〉。

〈聖気〉を両足に集中させて高速移動できる歩法の1つだ。

 そして俺はゴブリン・クイーンが形態変化する前に攻撃した。

 無防備だった顔面に、〈聖気〉を込めた突きを放ったのである。

 バガンッ!

 俺の突きをまともに食らったゴブリン・クイーンの頭部は爆裂四散した。

 そのとき、エリーとドローンが俺の元へと遅れて飛んできた。

 俺は顔だけを振り返らせる。

「さっきのは変形メタモル・フォーゼといって、一部のイレギュラーなどが使う形態変化の一種だ。変化すると強さや素早さが向上するので、ベストなのは形態変化するまでに叩くこと。今の俺がやったようにだな。そしてこのようにイレギュラーを倒すときは、相手の虚を最大限につくことが勝算を高めることにつながる。今回は純粋な戦闘タイプのイレギュラーじゃなかったから簡単だったが、中にはこれらの対応を楽にこなすイレギュラーも存在する。俺はそんなイレギュラーを配信を通じて1匹ずつ解説つきで倒していきたいと思う……というわけで今回の初配信は以上だ」

 早口でまくしたてた俺は、続いてエリーにあごをしゃくってみせた。

 エリーは俺の合図に気づき、ドローンの機体に取りつけられていたスイッチを押して配信を終了させる。

 一息ついた俺は、無残な屍と化したゴブリン・クイーンや他のゴブリンどもを見回した。

「なあなあ、ケン。ホンマにこの程度の戦闘を見せるだけでとやらは喜ぶんか? そんでケンに金が入ってくるんか?」

「わからん。何せ配信をするなんて初めてのことだからな。もしかすると、あまりの雑魚を相手にしたことで不評を買ったかもしれん」

 などという俺の心配が杞憂だったことは、この初配信をした数時間後に知ることになる。



【元荷物持ち・ケンジch】 
チャンネル登録者数 400人→4900人     
配信動画同時接続数 266人→6299人
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