上 下
29 / 78
第三章   元荷物持ち、記憶を取り戻したことで真の力が戻る

第二十九話  正式な告白

しおりを挟む
 俺と成瀬さんは、会長室へと向かって歩いていた。

 もちろん、俺たちのあとを追ってきたエリーもいる。

 だが、俺はともかく成瀬さんはエリーの姿を認識できないでいた。

「ほ~れほ~れ、つんつんつんつん。きゃはははは、おもろいな。こいつホンマに全然気づかんわ」

 エリーは自分の姿が見えないことをいいことに、さっきから成瀬さんの頬を突きまくっている。

 それでも成瀬さんは顔色一つ変えない。

 実際に皮膚を突かれているはずなのに、脳みそがエリーを認識できないでいるので皮膚の感触すらも感じ取れていないのだ。

 さて、どうしたものか。

 俺はエリーのことが見えているので悪戯を止めさせることはできる。

 けれども妖精族の悪戯好きは並大抵のものではない。

 しかも俺とエリーは向こうの世界で10年以上の付き合いがあったため、今さら俺の言うことをエリーが聞くはずないこともわかっていた。

 とはいえ、このままだとエリーは成瀬さんに悪戯をし続けるだろう。

 そうなるとこの悪戯を止める方法は成瀬さん自身がエリーに気づくしかなく、どうやって気づくかは【聖気練武】の〈聖眼〉を活用するしかない。

〈聖眼〉は練り上げた聖気を両目に集中させ、常人には見えない生物の生命エネルギーを明確に視認するという技だ。

 しかし、その〈聖眼〉の技にはさらにもう一段階上の技が存在する。

 それは〈聖眼〉だけではなかった。

 他の【聖気練武】も一般的に知られている技よりもさらに一段階上の技に昇華できる。

〈聖眼〉ならば生物の生命エネルギーの多寡たかをただ視認するだけではなく、昇華させれば一段階上の高次元の存在すらも鮮明に視認できるようになるといった具合に。

 そうなれば高聖霊体こうせいれいたいであるエリーの姿も見えるようになるだろう。

 まあ、今の成瀬さんの実力だとほぼ無理だろうが。

 俺は医務室からこの会長室に来るまでのことを思い出す。

 ここへ来るまでにも多くの職員や探索者とすれ違ったものの、俺と成瀬さんの頭上で自由に騒いでいたエリーに気づいて驚く者は皆無だった。

 それこそすれ違った探索者の中には【聖気練武】を使える上位探索者もいたが、エリーを視認できるほどの使い手は1人もいなかったのである。

 やはりこの世界の【聖気練武】の使い手は、アースガルドにいる【聖気練武】の使い手と比べて圧倒的に弱い。

 ただし成瀬会長だけは別だった。

 成瀬会長ほどの使ならばエリーを何とか視認できるだろう。

 などと思っていると、俺と成瀬さんは会長室に到着した。

 そして成瀬さんが会長室の扉をおもむろにノックする。

「どうぞ、お入りください」

 室内から聞こえてきた声に俺は眉根をひそめた。

 成瀬さんも俺に顔を向けてきて同じような表情をする。

 成瀬会長の声ではない。

 入室を許可したきたのは成瀬会長よりも若々しい声だ。

「し、失礼します」

 成瀬さんはややどもりながらも扉を開けて部屋に入る。

 俺も成瀬さんに続いて入室すると、エリーが入ってきたことをさりげなく確認してから扉を閉めた。

「お待ちしていました」

 俺たちを出迎えてくれたのは成瀬会長ではなかった。

 三木原飛呂彦。

 元A級探索者で、今は協会の本部で研究職に就いている人物。

 そして今年の探索者試験の担当官だった。

「どうして飛呂彦さんがここに?」

 成瀬さんも知らなかったのだろう。

 三木原さんの顔を見て少し動揺している。

 そんな三木原さんに俺は言った。

「よかった。あんたも無事だったんだな」

 そうである。

 あのとき俺は三木原さんについて最悪な事態を想定した。

 メタル・タートルが出現したあと、どこにも三木原さんの姿がなかった。

 そのため、てっきり俺は三木原さんの身に何かあったと思ったのだ。

「ああ、おかげさまで何ともない。お恥ずかしながら、イレギュラーが何もない空間から現れたときの衝撃で気を失ってしまってね。だから、拳児くん。君には感謝している。よくぞ、あの強力なイレギュラーを倒してくれた。君は英雄だ」

「過分な評価をしてくれるのは嬉しいが、まさか俺を褒めるためだけにここいるわけじゃないんだろう?」

 俺の予感は的中したらしく、成瀬会長は「その通りだ」とうなずいた。

「彼を呼んだのはわしだ。今回の一件で少々思うところがあってな」

 そう言った成瀬会長の表情は少しばかり暗かった。

 協会本部の敷地内にイレギュラーが出現したことで精神的な疲労が蓄積されたのだろう。

 数日前に会ったときよりも顔から精気が失われている。

 そんな成瀬会長はイレギュラーが現れたとき、環境庁のお偉いさんたちとの用事で地上世界に行っていたので不在だったと成瀬さんから聞いていた。

 それが成瀬会長の元気のなさの原因かもしれない。

 まあ、それはともかく。

「俺があのイレギュラーをこの協会内に転移させたかもしれない……そのことについてだな?」

「え?」と隣にいた成瀬さんが大きく目を見開かせる。

「まさか、自ら告白するのか? あのイレギュラーを手引きしたのは自分だと」

 成瀬会長は俺をギロリと睨む。

 三木原さんも同様に俺に鋭い視線を向けてくる。

 どうやら俺の1つ目の予想が当たったようだ。

 2人は俺があのイレギュラーをこの協会内に出現させた張本人だと疑っている。

「ちょっと待ってください」

 不穏な空気が流れ始めた中、俺と2人の間に割って入った人物がいた。

 成瀬さんである。

「お爺さまも飛呂彦さんもどうかしています。拳児くんがあのイレギュラーを協会内に手引きした? そんなことできるはずがありません」

「無理、とは言えないのですよ」

 成瀬さんの意見に答えたのは三木原さんだ。

 三木原さんはスーツのポケットから青色をした半月状の金属を取り出した。

 その青色の半月状の金属には奇妙な模様が彫られている。

「ケン、あれは〈転移鏡てんいきょう〉やで!」

 俺の頭上を飛んでいたエリーが指をさす。

 やっぱりな、と俺は思った。

〈転移鏡〉。

 それは俺とエリーがいたアースガルドに存在する希少な魔道具の名だ。

 鏡と命名されているが、実際には物を反射することはない。

 その名とは裏腹に、〈転移鏡〉には生命体ならば遠く離れた場所に移動させる特殊な力があった。

 やりかたはこうだ。

 本来の〈転移鏡〉は右と左で赤色と青色をした円形をしていて、力を使う際には割り符のように青色の半分だけを割り、その青色の片方をどこかの場所に置くか埋めるかする。

 そして残った赤色の片方を持って別の場所に移動し、半月状に残った赤色の〈転移鏡〉を割る。

 すると力が発動して青色の〈転移鏡〉の場所に物体が一瞬で転移するのだ。

 その力とはずばり転移能力に他ならない。

〈転移鏡〉自体に残された力にもよるが、まったく破損していない〈転移鏡〉を使った際には、赤色の部分の〈転移鏡〉を割った生命体を残りの青色の〈転移鏡〉の場所に移動できる。

 人間だろうと魔物だろうと、だ。

 その稀少な魔道具だった〈転移鏡〉を三木原さんが持っている。

 ということは、このダンジョン内で発見されたのだろう。

 アースガルドと繋がっていると思しき〈武蔵野ダンジョン〉の中で。

「これは私が過去にダンジョン内で発見したアイテムです。まだ名前は付けていませんが、このアイテムには不思議な力がある。それは――」

「物体を別の場所に転移させる力。そうだろう?」

 俺は三木原さんの言葉を強引に繋いだ。

 直後、俺とエリーを除いた3人が驚愕する。

「な、なぜそのことを君が知っているんです? ネットなどの憶測はともかく、これの存在は協会内でも会長と私を含めた一部の人間しか知らないことなのに」

 初めに驚きの声を発したのは三木原さんだ。

 無理もない。

 そもそも地球には魔道具というアイテムが圧倒的に不足している。

 アースガルドでは全大陸に様々な稀少アイテムが採れるダンジョンが多く存在していたが、この地球には希少なアイテムが採れるダンジョンは〈武蔵野ダンジョン〉しか存在していなかった。

 なので地上世界では〈武蔵野ダンジョン〉について国家間の問題も多くあるというが、まあ今はそんなことは関係ない。

「俺がそのアイテムのことを知っている理由はただ1つ」

 俺は力を使ったと思われる〈転移鏡〉の片割れを見つめる。

「それは俺がこの地球とは別な世界の人間だからだ。三木原さんが持っている〈転移鏡〉以外にも様々な力を発揮する、魔道具と魔法が存在するアースガルドと呼ばれる世界の住人」

 3人の信じられないという表情を見ながら俺は答える。

「俺はあなたがたの言うところの異世界人だ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

保健室で授業サボってたら寝子がいた

夕凪渚
恋愛
毎日のように保健室で授業をサボる男――犬山健はその日、保健室で猫耳の生えた少女――小室寝子と出会う。寝子の第一発見者であり、名付け親の養護教諭、小室暁から寝子を保護しろと命令され、一時は拒否するものの、寝子のことを思い保護することになるが......。 バーニャ王国から寝子を連れ戻しに来た者によって、「寝子をこっちの世界に適応させないと連れ戻す」と言われてしまう。そんな事実を健は最初皆に隠し通し、一人で全てやろうとしていたが、最終的にいろいろな人にバレてしまう。そこから寝子の真実を知った者だけが集まり、寝子を世界に適応させるための"適応計画"がスタートしたのだった。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる

遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」 「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」 S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。 村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。 しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。 とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

雇われ側妃は邪魔者のいなくなった後宮で高らかに笑う

ちゃっぷ
キャラ文芸
多少嫁ぎ遅れてはいるものの、宰相をしている父親のもとで平和に暮らしていた女性。 煌(ファン)国の皇帝は大変な女好きで、政治は宰相と皇弟に丸投げして後宮に入り浸り、お気に入りの側妃/上級妃たちに囲まれて過ごしていたが……彼女には関係ないこと。 そう思っていたのに父親から「皇帝に上級妃を排除したいと相談された。お前に後宮に入って邪魔者を排除してもらいたい」と頼まれる。 彼女は『上級妃を排除した後の後宮を自分にくれること』を条件に、雇われ側妃として後宮に入る。 そして、皇帝から自分を楽しませる女/遊姫(ヨウチェン)という名を与えられる。 しかし突然上級妃として後宮に入る遊姫のことを上級妃たちが良く思うはずもなく、彼女に幼稚な嫌がらせをしてきた。 自分を害する人間が大嫌いで、やられたらやり返す主義の遊姫は……必ず邪魔者を惨めに、後宮から追放することを決意する。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...