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第二章   元荷物持ち、ダンジョン協会のトップに紹介される

第十七話   草薙数馬の破滅への言動 ③

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「おらあああああああああ」

 草薙数馬こと俺は、怒声を上げて刀を横一文字に薙ぎ払った。

 ザシュッ!

 少しばかり軌道はへらついていたものの、俺の斬撃は飛びかかってきた魔物を空中で真っ二つにする。

「ピギュイッ!」

 と独特の悲鳴を上げて魔物は地面に落ちた。

 殺ったか?

 俺はしばらく魔物の様子を眺めていたが、どうやら魔物は完全に死んだらしい。

 ブヨブヨとした肉体はピクリとも動かない。

「ははははっ! どうだ、俺さまの腕前は!」

 俺は身体ごと振り返ると、後方にいた美咲と正嗣の顔を交互に見る。

「……ねえ、何でそんなに喜べんの?」

 無表情のまま言ったのは美咲だった。

「ああ? どういうことだ?」

 俺が美咲をキッと睨みつけると、美咲の隣にいた正嗣が「どういうこともないだろう」と大きなため息を漏らす。

「美咲が呆れるのも無理はないぞ。数馬、お前はスライムを倒したぐらいで何をそんなに喜んでいるんだ?」

 うぐっ、と俺は口ごもった。

 確かに美咲や正嗣が呆れるのも当然だった。

 俺が倒した魔物はブヨブヨとした粘液体の魔物――ダンジョン内では最弱中の最弱のスライムなのだ。

「し、仕方ねえだろ。どういうわけか俺たちはオークやトロールどころか、ゴブリンすらも倒せないほど身体能力が落ちたんだ。それでも魔物を狩らねえと収入がなくなる。だから、こんなスライムでも必死に倒して金を稼いでいるんじゃねえか」

 現在、俺たちは草原エリアの一角にいる。

 だが、あまり迷宮街から遠ざかると強力な魔物と遭遇してしまう。

 なので俺たちは、草原エリアの中でも迷宮街の近くで魔物を狩っていた。

 迷宮街に近いので倒しても報酬の低いスライムしかいないのが難点だったが、あの悪夢のような初配信でゴブリンどもに殺されかけたこともあり、仕方なく遠出を避けて近場でスライムを狩って金を稼いでいるのだ。

「あーもう嫌! そんなスライムを何十匹狩ったところでどうすんのよ! わたしたちがあいつらにいくら借金してると思ってんの! スライムなんてちまちま狩ったところで全額返すのに何年もかかるじゃない!」

 俺はぎりりと奥歯を軋ませた。

 美咲に言われなくても俺は【疾風迅雷】のリーダーだ。

 俺たちがいくら協会に借金しているのかぐらい1円単位まで把握している。

 くそっ、どうしてこんなことになったんだ。

 俺は美咲の金切り声を聞きながら、数日前の初配信のことを思い出す。

 俺たちはあの役立たずな荷物持ちの拳児をパーティーから文字通り叩き出し、ダンジョン協会からの許可と専用カメラを得てB級探索配信者となった。

 高性能なドローン機材を貸し与えられるA級以上の探索者とは違ってハンディタイプのカメラだったが、それでもダンジョン内での活動を配信できるメリットは限りなく大きい。

 まずは何と言っても知名度だ。

 C級までの探索者はどんなに有名になってもたかが知れている。

 先代のリーダーだった亮二も「居合」の使い手としてそこそこ有名だったものの、あくまでもC級までの探索者の間だけで有名だったので一般人への知名度は皆無に近かった。

 一方、B級探索者になれば専用カメラで配信ができる。

 B級探索配信者になると実力はまずまずでも、ダンジョン・ライブから探索者専用掲示板やSNSにパーティーメンバーのプロフィールが拡散して知名度が一気に跳ね上がる。

 もちろん、探索配信者になったからすべてが順風満帆にいくかと言えば否だ。

 まったく情報が広がらないC級探索者とは比べ物にならないが、B級探索配信者になると今度は探索配信者の間で知名度の争いになってくる。

 この知名度の争いこそがチャンネル登録者しいては視聴者数に直結し、その再生数に応じた広告収入や企業からの案件の数にも違いが出てくるのだ。

 要するにすべては知名度によって収入に大きく差が出てくる。

 一昔前までのダンジョンでは探索者というと魔物を狩った数やイレギュラーなどの魔物を倒した功績で収入に違いが出ていたと聞くが、専用カメラやドローンを使っての配信活動というものが誕生してからは広告収入や企業案件の報酬という副業的なことでも探索者たちは金を稼げるようになった。

 ただし配信活動が許可されるようになったからといって、その探索配信者たちがすぐに配信活動で金持ちになるかというとそうではない。

 近年では新米の探索配信者たちによる初期ブーストの重要性がネット上で話題になっていた。

 初期ブーストとはB級探索配信者になったばかりの探索者たちが、初配信などで一般人の視聴者を驚かせるような配信をすることでチャンネル登録者や視聴者数が桁違いに上がる状態を指す。

 そして数日前の俺たちはこの初期ブーストを狙った。

 ゴブリンを100匹連続で倒すという無双配信をしようとしたのだ。

 最初こそ俺たちは何の疑いもなく無双配信を行えると自負していた。

 当然と言えば当然だった。

 俺はイレギュラーまではいかなくとも、草原エリアの主とも呼べるオーク・エンペラーですら単独で倒せるほどの腕前を持っていたのだから。

 特に亮二が死んでからというもの、俺を中心に美咲や正嗣の身体能力が劇的に向上した感があり、そのおかげで倒せたようなものだったが。

 まあ、そんなことはさておき。

 とにかく、すべてはあの初配信で予定が大幅に狂ってしまった。

 刺激のある魅力的なサムネイルと内容により、ネット上で鬱屈している連中のはけ口の要素を狙っての初配信が思いもよらぬ結末を迎えたのだ。

 正直なところ、あれ以降は1度もダンジョン・ライブにアクセスはしていない。

 探索者関連掲示板やSNSなど論外だった。

 それは美咲と正嗣も同様だったのだろう。

 俺は忌々しく奥歯をきしませる。

 エゴサなどしなくても俺たちの顔と名前が拡散していることは想像できた。

 ネットの住民は感情の起伏が激しい。

 探索者関連の掲示板にいる住民などはその代表格だ。

 持ち上げるときは神のように徹底的に持ち上げるが、こき下ろすときは非国民に接するように徹底的にこき下ろす。

 今頃は俺たちのことを探索者関連掲示板でボロクソに叩いていることだろう。

 配信活動を許されたB級探索者のくせに、C級探索者でも倒せるゴブリンにボコられた情けない奴らと。

 俺は様々な感情に襲われて身震いした。

 もはや取り返しのつかない最悪なスタートを切ってしまった。

 ゴブリン程度にやられた様子も配信され、あろうことか格下のC級探索者たちに助けられた。

 そして大怪我を負った俺たちは迷宮街の病院に担ぎ込まれ、多額の医療費を支払うことになった。

 病院に対してもそうなのだが、どうやらあとで聞いた話によると俺たちの怪我はかなりヤバかったらしく、ちょうどその病院に居合わせたA級探索者たちに医者が相談して俺たちの治療を頼んだという。

 何でもそのA級探索者たちは「治療専門」の探索者たちだったらしく、ダンジョン内を巡回して緊急手術が必要なほどの怪我や、ダンジョン内の異常気候で病気に罹った探索者たちをで瞬く間に治療しているらしい。

 その不思議な力が何なのかは今もわからないが、どちらにせよ瀕死だったあのときの俺たちの怪我はわずか1日で完治したのである。

 とはいえ、怪我が治った俺たちは素直には喜べなかった。

 俺たちは瀕死の重傷を治してくれたA級探索者たちに対して莫大な治療費を支払うことになったからだ。

 それこそ300万円という金額の治療費をである。
 
 しかしB級探索配信者になったばかりの俺たちに金はない。

 そこで俺たちはダンジョン協会から借金をして、俺たちを治療したA級探索者たちに金を渡した。

 本当は勝手に治療したとわめいて踏み倒したかったのだが、相手はダンジョン協会や各医療施設にも大きく顔が効くA級探索者パーティーということもあって、しぶしぶ俺たちは全財産と借金によって得た金を財布から吐き出すことになった。

 こうなると美咲や正嗣が不満を募らせるのも当然だ。

 俺たちは一夜にして金も知名度もなくなってしまったのだから。

 ならば普通の配信活動によって金を稼ぐことなど夢のまた夢。

 初配信の映像はあまりにも不甲斐ないという名目でダンジョン協会から途中で削除され、俺たち【疾風迅雷】のチャンネル内にある投稿動画は現時点でゼロ。

 初配信を始めたときは1000を超えるチャンネル登録者がいたのだが、最後に見たときのチャンネル登録数は10人ほどだった。

「ねえ、数馬! わたしたちこれからどうすんのよ! どうやってあんな額の借金を返すの! あんたリーダーなんだから考えてよ!」

「うむ、美咲の言う通りだ。数馬、この【疾風迅雷】の現リーダーはお前なんだから、これからどうやって借金を効率よく返済していくのか、どうやって探索者活動を続けていくのか明確なビジョンを提示してくれ」

 ……ウゼえな、こいつら

 このとき、俺の目には美咲と正嗣が赤の他人に見えるようになった。

 キーキーわめくだけのクソ金髪女と、なぜか胸を張って他人事のように振る舞う木偶の坊。

 一瞬、手にしていた刀で斬りつけたい衝動に駆られたが今は我慢だ。

 こいつらにはまだ使い道がある。

 そう、こいつらを消すのは俺だけでも有名になったあとでも遅くはない。

 有名になる。

 そうだ、すべてを解決するためには有名になるしかない。

 こんなスライムをちまちま倒していても埒が明かず、なぜか身体能力が落ちた今となってはゴブリン1匹を倒すのに苦戦するだろう。

 となれば魔物を狩って報酬を得ている場合ではなかった。

 そんなことをしていても借金は一向に減らない。

 だからといって迷宮街や地上世界であくせく働くなど論外だ。

 多かれ少なかれ、探索者を志す人間など社会不適合者の集まり。

 まともな労働ができないからこそ探索者などというヤクザな商売を選ぶ。

 俺もその中の1人だからよくわかる。

 低級中の低級の魔物を狩ってもろくな金は稼げず、まともに労働する気もないのならば残る大金を稼ぐ方法は1つ。

 幸か不幸か【疾風迅雷】のチャンネルはBANされずに生きている。

 これこそが俺に残された金を稼げる最後の手段。

 俺は剥き出しだった刀を鞘に仕舞った。

「お前たちの意見はよくわかった。いいだろう。これから【疾風迅雷】が何をするべきか教えてやるよ。ただし、お前たちもウダウダ言わずに協力しろよな」

 実はゴブリンの無双配信とは別に、もう1つ初配信の内容を考えていた。

 けれども、下手をすれば魔物を狩るとき以上の危険があるから却下したのだ。

 だが、もうなりふりなど構ってはいられない。

 俺は意を決すると、美咲と正嗣に言い放った。

「〈魔羅廃滅教団〉の懸賞金を狙うぞ」
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