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第24話

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 それは詠唱言霊を破棄した一言の精霊魔法であったが、あらかじめ右掌に集中させていた魔法力が大地に散開し、ロジャーたちの手前で大爆発を起こした。

 この驚異的な爆発現象により護衛の兵士たちは木っ端微塵に吹き飛ばされ、地面は高熱と衝撃波により大きな窪みが出来上がった。

「さすがですね、詠唱言霊を破棄したにもかかわらずこの威力とは。まさに情報通りの素晴らしい性能です」

 護衛の兵士たちはシュミテッドが放った精霊魔法により肉体を消滅されたが、ロジャーと上級魔人族である女神像は一切無傷であった。

 ロジャーの目の前の空間が歪んでいた。だがよく見ると、紫色をした光の層が幾つも重なっているのが確認できる。

 ロジャーはシュミテッドと同様、瞬時に防御結界を張って爆発を回避していた。

「ホウ、中々ノ精霊魔法ヲ使ウ。彼奴ハイッタイ何者ダ?」

 中空に静止していた女神像は、シュミテッドの魔法力を見て下卑た笑みを見せた。

「彼も魔法使いです。それもただの魔法使いではありません。かつて魔王ニーズヘッグを単独で打ち倒し、伝説的な英雄になりながらも哀れな最期を遂げた〈ア・バウアーの聖痕者〉」

 ロジャーの言葉を聞き、女神像は怒り狂うたが如き二枚の翼を羽ばたかせた。

『何ダト! 彼奴ハアノ憎キ怨敵ノ末裔カ! 我ラガ魔王ニーズヘッグ様ヲ〈マナの欠片〉ニ封ジ込メタ聖痕者ノ血ヲ引ク者カ!』

 女神像からは周囲の空間を歪めるほどの魔法力が湧き上がった。

 瞳孔がない赤眼は憎い敵を前により深みを増し、肉食獣さながらに生えていた牙は耳障りな歯軋り音を鳴らしている。

「落ち着いてください。彼は〈ア・バウアーの聖痕者〉の子孫ではありません。厳密に言うと、彼は〈ア・バウアーの聖痕者〉の遺伝子と〈マナの欠片〉を融合させて創られた複製人間なのです」

 ロジャーの話は続く。

「人間とは皮肉なものですね。魔王を倒してやっと世の中が魔族の脅威に晒されなくなったとわかった途端、今まで一つに統合していた国は分裂。各国は優秀な魔法使いを使って他国の侵略を図った。この五百年、確実に魔族と戦っていたときよりも多くの無辜の血が流されたでしょう。まったく嘆かわしい、実に嘆かわしい。やはり人間は滅びるべき存在なのです」

 芝居がかったロジャーの言葉に、シュミテッドは怒りをあらわにした。

「ふざけるな! それもお前たち〈蛇龍十字団〉が手引きしたことだろうが!」
 ロジャーはあっさりと認めた。

「当然です。私たちはそのために存在するのですから。ですが、あなたは違う。いったい何のために生きているのですか?」

 シュミテッドの表情が一瞬陰った。ロジャーはなおも話を続ける。

「当時の最大級の禁術であった人間の複製。それも〈ア・バウアーの聖痕者〉級の魔法使いを複製するためには膨大な魔法力が必要だった。だからこそ当時の魔法使いたちは〈マナの欠片〉まで使用してあなたを創った。何のために? 決まっています。魔王以上の存在を創りあげようとしたのですよ」

「違うッ!」

 シュミテッドは否定するや瞬時に詠唱言霊を紡いでいく。

「大気に集う烈水の戦歌。その力、今ひとつになりて大海と化せ――水神烈衝波!」

 シュミテッドが両手を前に突き出すと、空間に粒状の水滴が幾つも浮かび上がった。やがてそれは巨大な一つの水球となり、急激に爆ぜて津波と化した。

 広場の約半分を飲み込むほどの津波の高さは、ゆうに二十メートルはあっただろう。

 一瞬で広場の半分は津波の猛威に襲われた。広場にいた魔法傀儡たちは何の抵抗もできずに飲み込まれ、通りのほうにまで津波の脅威は押し寄せていく。

 だがロジャーには何の効果もなかった。

 すでにロジャーは女神像の背中に身体を移し、上空へと回避していた。

 それだけではない。上空へと飛翔した女神像は片方の翼を羽ばたかせ、シュミテッドたちに反撃を繰り出してきた。

 上空から降り注いでくる光の雨。魔法力を羽根に込めて放った上級魔人族の攻撃は、精霊魔法と同等の威力があった。

 ――シュミテッド!

 リンゼは咄嗟に六枚の翼でシュミテッドの身体を庇った。何百と降り注いでくる光の羽根がリンゼの身体に直撃する。

 リンゼは雄叫びを上げた。いくら強固な鱗と魔法力を纏っているとはいえ、上級魔人族の攻撃をまともに食らえば無事では済まない。現にリンゼは身体中から血を吹き出し、竜の顔をしていても苦悶の表情をしていることがわかる。

 精霊魔法を唱えた直後の術者は無防備となる。そのことに熟知していたロジャーは、まさにその一瞬をついて上級魔人族に攻撃させたのだが、リンゼに相応のダメージを与えただけで肝心のシュミテッドには当たっていない。

 ロジャーは舌打ちをした。

 出来ればシュミテッドはここで殺しておきたい。もし〈蛇龍十字団〉の情報が正しければ、シュミテッドは魔族にとっても魔法使いにとっても脅威の存在である。

 二人の様子を睥睨していたロジャーに、女神像が話しかけてきた。

『アノ竜ハ何ダ? 何故、魔法使いト共ニイル?』

 女神像の問いにロジャーは即答した。

「おそらく、魔法傀儡同様に禁術で創られた使い魔の一種でしょう。古の魔法使いの中では使い魔を召喚して己を守護させていた人間もいたそうですから」

 リンゼをさして問題にしていないロジャーは、広場の様子からミゼオンの街並みへと視線を彷徨わせた。

 その視界には何の力もない人間たちが目の前の脅威にただ怯え、我先にと逃げ惑っている光景が広がっていた。その中では非常事態を利用して店から品物を盗み出す人間たちの姿も垣間見えた。

 やはり魔法使い以外の人間はすべて滅びるべきだ。ロジャーは自分たち〈蛇龍十字団〉こそがこの地上を新たに浄化し、復活した魔族と共存できる唯一の存在だと信じている。

 そのためには〝カタワレ〟をすべて集めなければならない。だからこそ、それを邪魔する者は何としても排除しなければならない。

 ロジャーは唇を動かすと、ゆっくりと詠唱言霊を唱えていく。すると、ロジャーの身体が光の粒子に包まれ、やがて女神像と融合していった。

『ヴオオオオオオオオオオオオ――――ッ!』

 衝撃波さながらの咆哮が夜空に響き渡り、空中に残留していた炎粉が霧散する。

 地上にてその衝撃波を肌で感じたシュミテッドは、自分を庇ってくれたリンゼの手当てに魔法力を注いでいた。

 リンゼの身体には大小無数の穿たれた傷跡が残っていたが、シュミテッドの治療魔法により徐々に傷口が塞がっていく。

「大丈夫か? リンゼ」

 必死に声をかけるシュミテッドの頭の中に、リンゼの声が響く。

 ――はい、私は大丈夫です。しかし気をつけてください、シュミテッド。敵の魔法力が予想以上に上昇していきます。

 シュミテッドは顔を上げた。

 遥か上空で飛行している女神像とロジャーを魔法眼で捉えると、その姿が先ほどとはまるで異なっていることに気がついた。

 全身が鎧のような白銀色に覆われ、背中に生えていた二本の翼は何十本もの剣が重なって出来たような刺々しい形に変貌していた。

 それだけではなかった。

 機械の身体に生まれ変わったような女神像の右手は筒状の大砲に変わり、左手には六本もの銃身を連続的に回転させて発射できるガトリング砲の形になっていた。

 天使の姿よりも禍々しい異形な化け物に変身した女神像。だがそれ以上に、女神像の顔がロジャーの顔に入れ変わっていた。

『素晴ラシイ! 素晴ラシイ! スーバーラーシーイ! コノ身ノウチヨリ湧キ上ガル圧倒的ナ魔法力ハドウダ! コノ猛リ狂ウ破壊衝動ノ渇望ハドウダ! コレコソガ魔法使いノ本懐! 魔トノ融合ダ!』

 女神像と心身ともに融合したロジャーは、身も心も〝魔〟に支配されていた。

「馬鹿野郎……よりよって自分の魂を触媒に魔族と融合しやがった」

 魔法使いと魔族との融合。

 シュミテッドはこれまで幾度となく〈蛇龍十字団〉の人間と死闘を演じてきたが、魔族と融合した魔法使いとは一人も遭遇していない。 

 もし遭遇していたら、自分は生きてここにいないだろう。それほど魔法使いと魔族が融合した魔法生命体は異常な力を発揮するのである。

 だが、シュミテッドはロジャーが言うように〈ア・バウアーの聖痕者〉を模して創られた複製人間である。魔王を倒した〈ア・バウアーの聖痕者〉であれば、いくら魔法使いと魔族が融合したとしても勝てない相手ではない。

 しかし、それは本人であった場合である。

 シュミテッドには五百年前に魔王ニーズヘッグを倒した記憶や精霊魔法の術式、何百という精霊魔法の種類も記憶の中に刻み込まれている。

 だが、複製した身体ではその膨大な力に長時間耐えられない。

 耐えられる時間は、およそ一五分。

「リンゼ、あとどれくらい時間が残っている」

 シュミテッドの治療魔法により全体の三分の二以上回復したリンゼは、大きく六枚の翼を羽ばたかせた。

 ――十分を切りました。シュミテッド、お早くッ!

 リンゼの呼びかけにシュミテッドがうなずく。瞬間、上空から途轍もない魔法力の凝縮を感じた。シュミテッドは虚空を見上げる。

 大気がビリビリと振動し、共振するように大地も激しく鳴動した。

「やばいッ! リンゼ、ここから離れろッ!」

 叫ぶなりシュミテッドはすばやく詠唱言霊を紡いだ。リンゼは翼を羽ばたかせながら身体を浮上させていく。

『フハハハハハハハハッ、遅イッ! 遅イデスヨッ!』

 魔族と融合したロジャーは、右手の大砲の照準を広場へと向けていた。大砲の中には砲弾の代わりに異常圧縮された魔法力が恐ろしい速度で込められていく。

 次の瞬間、夜空から広場に向かって一条の光が迸った。もしその光景を遠くから見ていた人間がいたら、綺麗な一本の光線に見えたかもしれない。

 数秒後、ミゼオンでも憩いの場として有名であった広場は、その日を持ってこの世から跡形もなく消滅した。
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