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第23話
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想像以上に街中は荒れ果てていた。
逃げ遅れた人々は瓦礫の山に埋もれ、わずかに生き残った人間たちは必死に救助活動に明け暮れている。
ミゼオンにある総合病院でも医者の人手が足りず、患者の対応に追いつかない。こんな場合は駐留軍から医療部隊や災害救助隊が出動してくれるはずなのだが、一向に駐留軍から部隊が派遣されてくる気配がなかった。
恐怖に支配された住人たちの間では、この緊急事態について様々な憶測が飛び交っていた。それは再びガザフシニア国とタード国との戦争が始まり、国境紛争の脅威に晒されたのではないかという噂である。
しかし、それは事実とは異なっていた。
あのとき屋外にいた人間たちは目撃しているのである。
ミゼオンの上空を飛行する不思議な物体。巨大な二枚の翼を羽ばたかせ、凍りつくような雄叫びをあげながら街中を焼け野原にした化け物の姿を。
コンクリートの建物は無残にも崩壊し、地面に瓦礫の山が崩れ落ちてくる。
通路には地盤沈下さながらに亀裂が走り、木造式の露店がまるで松明のように燃え盛っていた。
「こりゃあ、ひでえ」
昼間見た光景とは一変した大通りの様子に、シュミテッドは苦い顔をした。
肉が焼け焦げる死臭が鼻腔を通って嗅覚中枢に伝達される。吸い込む空気は五臓六腑に染み渡るほど痛く熱い。
「こう場が混乱していると、魔力神経が使い物にならないな。お前はどうだ?」
眉間に皴を寄せていたシュミテッドの後ろでは、縦横無尽に視線を彷徨わせているリンゼがいた。収まっている両眼は依然として赤く輝いている。
「見つけました」
彷徨わせていた視線を一点に定めたリンゼは、ゆっくりと人差し指を突きつけた。
「その先に〝カタワレ〟がいるのか?」
「はい……ですが少し様子がおかしいのも事実です」
「どういうことだ?」
リンゼは瞼を閉じた。精神を集中し、何かを探り当てるような仕草を取る。
「〝カタワレ〟の近くに徐々に消えかけていく生命反応が感じられます。そして、その生命反応の感じには見覚えがあります」
シュミテッドは首を傾げた。
「お前の顔見知りか」
こくりとリンゼがうなずくと、シュミテッドは「誰だ?」と訊いた。
リンゼはさして感情を込めずに答えた。
「イエラさんかと」
シュミテッドは自分の顔面を押さえつけた。両目を閉じて唇を激しく噛み締める。
「シュミテッド、いかがされました」
無言のシュミテッドにリンゼが話しかけた。
「何でもない。それよりもイエラが近くにいるのはどういうことだ?」
「そのままの意味です。すでに同化現象が起こっています」
「助かる確率は?」
リンゼは何も答えなかった。だが、その赤い瞳が真摯に訴えかけている。それはこれからするシュミテッドの行動自体だと。
大きな吐息を漏らすと、シュミテッドは決意した。
「考えてる時間はないってことか」
その瞬間、周囲の空気が一変した。
シュミテッドの唇から詠唱言霊が次々と紡がれていく。その滑らかに響き渡る独特の韻律は、己の生命力を触媒に魔法力へと変換するための高度な精霊術式であった。
五百年前、〈ア・バウアーの聖痕者〉が残した究極の秘術――精霊魔法。
人類の天敵であった魔族を退けた反面、後の人間同士で第一級の戦争の引き金になった脅威の力。誰もが渇望する忌むべき力。状況に応じて系統の違う詠唱言霊を紡ぐことにより、超自然現象を発動させることができる神の力の一端。
やがてシュミテッドの前方に光の軌跡が浮かび上がった。
空中に生み出された魔法象形は、六つの文字を支点とした星の形へと変わる。
それは正三角形と逆三角形を重ね合わせた魔法象形――六芒星であった。
これこそが魔術論理の集大成であり、これを魔法力により構成することが出来て初めて超自然現象の力を使用できるのである。
空間に光の六芒星が形成されると、シュミテッドの詠唱言霊が唱え終わった。
「リンゼ、〝カタワレ〟の場所まで案内しろ。爆速で行くぞ」
シュミテッドが覚悟を決めたように拳を手の平に打ちつけた。
「シュミテッド、今回の精霊魔法の継続時間は?」
リンゼの問いにシュミテッドは無言で通すと、大きなため息をついて答えた。
「いつもと同じだ。長くて一五分」
そのとき、無表情であったリンゼの顔にわずかな陰りが見えた。悲しそうな、それでいて哀れむような、そんな顔つきであった。
「そんな顔をするのは止めろ。後悔なんて五百年前にし尽くした。それはお前も同じだろうが」
「そうでしたね。私としたことが忘れていました」
くすり、とリンゼが笑うと、シュミテッドもふっ、と笑う。
「わかったらさっさと行くぞ。今ならまだ間に合うかもしれん」
シュミテッドは胸の辺りで両手を激しく重ねた。
パンッ! という乾いた音が高鳴ると、意識的に創り上げた六芒星は光の粒子へと姿を変え、シュミテッドの身体を鎧のように纏いだした。
すると、隣にいたリンゼにも変化が見られた。
収まっていた二つの赤眼が炎のような熱い輝きを放つと、シュミテッドが霧散させた光の六芒星に呼応するように身体が白光に包まれていく。それはさながら、これから生命が誕生するような卵のような形をしていた。
そしてそれはすぐに誕生した。リンゼを包んでいた光球の表面に亀裂が走ると、中から一匹の竜が現れた。
全身を黄金色に輝かせ、表皮には外敵から身を守る強固な鱗で覆われていた。口元から覗く牙は鋭利な槍を連想させ、背中に生えている翼の数は合計で六枚。その翼には鳥類のように舞い落ちる羽根がついている。
瞬く間に翼竜へと変貌したリンゼ。その姿を横目で確認したシュミテッドは、選定した場所に移動できる〝風〟系の詠唱言霊を紡いでいく。
「大地を離れし明色の風。流れるその身は隔絶の空――飛神転送!」
シュミテッドが詠唱言霊を唱え終わるや否や、周囲の空間が爆発的に弾けた。
地面に散らばっていた瓦礫の破片や露店の木片が散開し、ちろちろと周囲に燃え残っていた残り炎が一瞬で掻き消えた。
肉体を支えていた二本の足が地面から一瞬で離れると、シュミテッドは青白い燐光を纏いながら大空へと飛翔した。間髪を入れず、リンゼも六枚の翼を羽ばたかせながらシュミテッドの後に続いて飛翔する。
数百メートル上空まで飛翔した二人は、ミゼオンの街並みを一望した。
シュミテッドとリンゼの眼下には、目を背けたくなるほどの火炎地獄が広がっている。ただの火災ではない。街中のあちこちから魔法力の残りカスが感じられる。
地獄が溢れたような悲惨な光景をしばし眺めると、シュミテッドとリンゼは風圧をものともしない速度で空中を移動していく。
ミゼオンの上空に奔る二つの流星。
大宇宙から摩擦熱を潜り抜けた隕石ではない。膨大な魔法力でその身を守護し、一気に目的の場所まで飛行していくシュミテッドとリンゼである。
数キロメートルという長距離を一気に縮めた二人は、燃え盛っている街の中で一箇所だけ炎の脅威に晒されていない場所を発見した。
建造物の類は一切見られず、上空から見ると大きな円形をしている。
「あそこか、リンゼ」
シュミテッドは広場らしき場所の真上へと到着すると、空中でその身をピタリと静止させた。
――間違いありません。中央にいます。
翼竜と化したリンゼは、シュミテッドの頭の中に直接話しかけた。それは〈テレパシー〉と呼ばれる、一種の言語伝達能力であった。
シュミテッドは両眼に魔法力を集中させた。それにより大脳の視覚中枢の効果が何十倍にも増幅され、視力が爆発的に向上した。
シュミテッドの双眸は数百メートル眼下の様子が明確に視認できていた。
広場にいた人間は九人。武装した兵士二人にスーツ姿の男が一人。そして黒いローブを着た人間が六人いたが、すぐにシュミテッドは見抜いた。
今のシュミテッドは魔法力により視力の向上だけではなく、有機生物から微弱に流れている生命力すらも視認できる。
だが、その魔法眼を持ってしてもローブを着た六人の身体からは何も〝視〟えてこない。これは術者に操られて意のままに動く、魔法傀儡と呼ばれる使い魔の特徴であった。
魔法傀儡――かつて魔族の側に寝返った魔術師が編み出した背徳の秘術。死んだ人間を触媒にするこの精霊魔法は、当時の禁術の一つであった。
そんな秘術を今の世でも扱える人間たちは限られていた。
「……〈蛇龍十字団〉か」
シュミテッドは皮膚に指が食い込むほど拳を固く握った。
この五百年の間、〈蛇龍十字団〉のせいでどれだけ多くの人間が死に絶えたか見当もつかない。
人間の天敵であった魔族の力に魅入られた〝ネガエリ〟の魔法使いたち。
シュミテッドがぎりぎりと奥歯を軋ませると、頭の中にリンゼの声が響いてきた。
――シュミテッド、あれを見てください。
リンゼに言われなくてもシュミテッドにはわかっていた。広場にいる人間は、魔法傀儡も合わせれば九人。しかし、そこには十人めがいた。
神の御使いと呼ばれる天使のような姿をしているが、全身から迸る禍々しい魔法力がすべてを物語っている。
魔王の眷属――上級魔人族である。
「リンゼ……行くぞ」
シュミテッドがつぶやくなり、リンゼは腹の底から雄叫びを上げた。
刹那、六枚の翼を折り畳んだリンゼは、隣にいたシュミテッドと一緒に真下に見える広場に向かって一気に急降下した。
上空に静止していた二つの光は、文字通り光速の勢いで広場に激突した。
その衝撃により広場全体が激しく揺れ、衝撃波と爆風が巻き起こる。砂埃が霧のように辺りを覆いつくし、一時的に視覚を麻痺させた。
やがて広場に充満した砂煙が晴れていくと、シュミテッドは地面に堂々と立っていた。翼竜と化したリンゼとともに。
「これはこれは、珍しい登場をするお客さんだ」
自前のハンカチを振って砂煙を晴らしていくロジャーは、青白い燐光に包まれているシュミテッドと翼竜と化したリンゼを見ても動揺しなかった。
「留置場で合ったときにはまさかと思いましたが、精霊魔法を使えるということはそうなのですね」
ロジャーがハンカチを胸ポケットに戻すと、護衛の兵士二人はすかさず銃を構えながらロジャーの前に躍り出た。
シュミテッドは二人の兵士の後方にいるロジャーを見た。
「留置場で見たときは魔法力を感じなかった。お前はいったい?」
ロジャーは右手首をシュミテッドに見えるように掲げた。ロジャーの右手首には翼蛇が巻きついている。
「これは〈メビウスの魔蛇〉と呼ばれる魔族と契約を結んだ者の証です。それだけではありません。これには魔法力を生命力に見せかける能力が備わっている。その証拠に、留置場では感知できなかったでしょう」
ロジャーの言うとおりであった。
留置場でロジャーを見たときには、とくに魔法力の気配は感じ取れなかった。だが今は違う。手首から漏れている禍々しい魔法力は、徐々にロジャーに浸透している。
「まさかお前たち〈蛇龍十字団〉が軍の中枢にも潜り込んでいるとはな」
会話を続けながら、シュミテッドは右手の掌に魔法力を集中させていく。
「軍だけではありません。私たちはこの世界のあらゆる分野に根を生やしている。だからこそあの〈魔術師狩り〉を生き残ることが出来た。そう、すべては魔王復活のために」
ロジャーがパチンと指を鳴らすと、護衛の兵士たちはシュミテッドとリンゼめがけて銃を乱射した。
フルオート射撃されたサブマシンガンはすぐに弾切れになった。護衛の兵士たちは切れた弾倉を再装填させようとしたが、目標の状態を見て唖然となった。
サブマシンガンで狙い撃ちされたシュミテッドとリンゼは無傷であった。
二人の前にはすでに防御結界が張られ、何百発のもの銃弾の雨をすべて弾き返していたのである。その証拠に、地面にはまだ熱を帯びている何百発もの薬莢が散らばっていた。
護衛の兵士たちは散らばった薬莢を見て我に返ったのか、ポケットに手を突っ込み予備の弾倉を取り出そうとした。
「虚空閃爆!」
シュミテッドは右手を大きく振り払った。
逃げ遅れた人々は瓦礫の山に埋もれ、わずかに生き残った人間たちは必死に救助活動に明け暮れている。
ミゼオンにある総合病院でも医者の人手が足りず、患者の対応に追いつかない。こんな場合は駐留軍から医療部隊や災害救助隊が出動してくれるはずなのだが、一向に駐留軍から部隊が派遣されてくる気配がなかった。
恐怖に支配された住人たちの間では、この緊急事態について様々な憶測が飛び交っていた。それは再びガザフシニア国とタード国との戦争が始まり、国境紛争の脅威に晒されたのではないかという噂である。
しかし、それは事実とは異なっていた。
あのとき屋外にいた人間たちは目撃しているのである。
ミゼオンの上空を飛行する不思議な物体。巨大な二枚の翼を羽ばたかせ、凍りつくような雄叫びをあげながら街中を焼け野原にした化け物の姿を。
コンクリートの建物は無残にも崩壊し、地面に瓦礫の山が崩れ落ちてくる。
通路には地盤沈下さながらに亀裂が走り、木造式の露店がまるで松明のように燃え盛っていた。
「こりゃあ、ひでえ」
昼間見た光景とは一変した大通りの様子に、シュミテッドは苦い顔をした。
肉が焼け焦げる死臭が鼻腔を通って嗅覚中枢に伝達される。吸い込む空気は五臓六腑に染み渡るほど痛く熱い。
「こう場が混乱していると、魔力神経が使い物にならないな。お前はどうだ?」
眉間に皴を寄せていたシュミテッドの後ろでは、縦横無尽に視線を彷徨わせているリンゼがいた。収まっている両眼は依然として赤く輝いている。
「見つけました」
彷徨わせていた視線を一点に定めたリンゼは、ゆっくりと人差し指を突きつけた。
「その先に〝カタワレ〟がいるのか?」
「はい……ですが少し様子がおかしいのも事実です」
「どういうことだ?」
リンゼは瞼を閉じた。精神を集中し、何かを探り当てるような仕草を取る。
「〝カタワレ〟の近くに徐々に消えかけていく生命反応が感じられます。そして、その生命反応の感じには見覚えがあります」
シュミテッドは首を傾げた。
「お前の顔見知りか」
こくりとリンゼがうなずくと、シュミテッドは「誰だ?」と訊いた。
リンゼはさして感情を込めずに答えた。
「イエラさんかと」
シュミテッドは自分の顔面を押さえつけた。両目を閉じて唇を激しく噛み締める。
「シュミテッド、いかがされました」
無言のシュミテッドにリンゼが話しかけた。
「何でもない。それよりもイエラが近くにいるのはどういうことだ?」
「そのままの意味です。すでに同化現象が起こっています」
「助かる確率は?」
リンゼは何も答えなかった。だが、その赤い瞳が真摯に訴えかけている。それはこれからするシュミテッドの行動自体だと。
大きな吐息を漏らすと、シュミテッドは決意した。
「考えてる時間はないってことか」
その瞬間、周囲の空気が一変した。
シュミテッドの唇から詠唱言霊が次々と紡がれていく。その滑らかに響き渡る独特の韻律は、己の生命力を触媒に魔法力へと変換するための高度な精霊術式であった。
五百年前、〈ア・バウアーの聖痕者〉が残した究極の秘術――精霊魔法。
人類の天敵であった魔族を退けた反面、後の人間同士で第一級の戦争の引き金になった脅威の力。誰もが渇望する忌むべき力。状況に応じて系統の違う詠唱言霊を紡ぐことにより、超自然現象を発動させることができる神の力の一端。
やがてシュミテッドの前方に光の軌跡が浮かび上がった。
空中に生み出された魔法象形は、六つの文字を支点とした星の形へと変わる。
それは正三角形と逆三角形を重ね合わせた魔法象形――六芒星であった。
これこそが魔術論理の集大成であり、これを魔法力により構成することが出来て初めて超自然現象の力を使用できるのである。
空間に光の六芒星が形成されると、シュミテッドの詠唱言霊が唱え終わった。
「リンゼ、〝カタワレ〟の場所まで案内しろ。爆速で行くぞ」
シュミテッドが覚悟を決めたように拳を手の平に打ちつけた。
「シュミテッド、今回の精霊魔法の継続時間は?」
リンゼの問いにシュミテッドは無言で通すと、大きなため息をついて答えた。
「いつもと同じだ。長くて一五分」
そのとき、無表情であったリンゼの顔にわずかな陰りが見えた。悲しそうな、それでいて哀れむような、そんな顔つきであった。
「そんな顔をするのは止めろ。後悔なんて五百年前にし尽くした。それはお前も同じだろうが」
「そうでしたね。私としたことが忘れていました」
くすり、とリンゼが笑うと、シュミテッドもふっ、と笑う。
「わかったらさっさと行くぞ。今ならまだ間に合うかもしれん」
シュミテッドは胸の辺りで両手を激しく重ねた。
パンッ! という乾いた音が高鳴ると、意識的に創り上げた六芒星は光の粒子へと姿を変え、シュミテッドの身体を鎧のように纏いだした。
すると、隣にいたリンゼにも変化が見られた。
収まっていた二つの赤眼が炎のような熱い輝きを放つと、シュミテッドが霧散させた光の六芒星に呼応するように身体が白光に包まれていく。それはさながら、これから生命が誕生するような卵のような形をしていた。
そしてそれはすぐに誕生した。リンゼを包んでいた光球の表面に亀裂が走ると、中から一匹の竜が現れた。
全身を黄金色に輝かせ、表皮には外敵から身を守る強固な鱗で覆われていた。口元から覗く牙は鋭利な槍を連想させ、背中に生えている翼の数は合計で六枚。その翼には鳥類のように舞い落ちる羽根がついている。
瞬く間に翼竜へと変貌したリンゼ。その姿を横目で確認したシュミテッドは、選定した場所に移動できる〝風〟系の詠唱言霊を紡いでいく。
「大地を離れし明色の風。流れるその身は隔絶の空――飛神転送!」
シュミテッドが詠唱言霊を唱え終わるや否や、周囲の空間が爆発的に弾けた。
地面に散らばっていた瓦礫の破片や露店の木片が散開し、ちろちろと周囲に燃え残っていた残り炎が一瞬で掻き消えた。
肉体を支えていた二本の足が地面から一瞬で離れると、シュミテッドは青白い燐光を纏いながら大空へと飛翔した。間髪を入れず、リンゼも六枚の翼を羽ばたかせながらシュミテッドの後に続いて飛翔する。
数百メートル上空まで飛翔した二人は、ミゼオンの街並みを一望した。
シュミテッドとリンゼの眼下には、目を背けたくなるほどの火炎地獄が広がっている。ただの火災ではない。街中のあちこちから魔法力の残りカスが感じられる。
地獄が溢れたような悲惨な光景をしばし眺めると、シュミテッドとリンゼは風圧をものともしない速度で空中を移動していく。
ミゼオンの上空に奔る二つの流星。
大宇宙から摩擦熱を潜り抜けた隕石ではない。膨大な魔法力でその身を守護し、一気に目的の場所まで飛行していくシュミテッドとリンゼである。
数キロメートルという長距離を一気に縮めた二人は、燃え盛っている街の中で一箇所だけ炎の脅威に晒されていない場所を発見した。
建造物の類は一切見られず、上空から見ると大きな円形をしている。
「あそこか、リンゼ」
シュミテッドは広場らしき場所の真上へと到着すると、空中でその身をピタリと静止させた。
――間違いありません。中央にいます。
翼竜と化したリンゼは、シュミテッドの頭の中に直接話しかけた。それは〈テレパシー〉と呼ばれる、一種の言語伝達能力であった。
シュミテッドは両眼に魔法力を集中させた。それにより大脳の視覚中枢の効果が何十倍にも増幅され、視力が爆発的に向上した。
シュミテッドの双眸は数百メートル眼下の様子が明確に視認できていた。
広場にいた人間は九人。武装した兵士二人にスーツ姿の男が一人。そして黒いローブを着た人間が六人いたが、すぐにシュミテッドは見抜いた。
今のシュミテッドは魔法力により視力の向上だけではなく、有機生物から微弱に流れている生命力すらも視認できる。
だが、その魔法眼を持ってしてもローブを着た六人の身体からは何も〝視〟えてこない。これは術者に操られて意のままに動く、魔法傀儡と呼ばれる使い魔の特徴であった。
魔法傀儡――かつて魔族の側に寝返った魔術師が編み出した背徳の秘術。死んだ人間を触媒にするこの精霊魔法は、当時の禁術の一つであった。
そんな秘術を今の世でも扱える人間たちは限られていた。
「……〈蛇龍十字団〉か」
シュミテッドは皮膚に指が食い込むほど拳を固く握った。
この五百年の間、〈蛇龍十字団〉のせいでどれだけ多くの人間が死に絶えたか見当もつかない。
人間の天敵であった魔族の力に魅入られた〝ネガエリ〟の魔法使いたち。
シュミテッドがぎりぎりと奥歯を軋ませると、頭の中にリンゼの声が響いてきた。
――シュミテッド、あれを見てください。
リンゼに言われなくてもシュミテッドにはわかっていた。広場にいる人間は、魔法傀儡も合わせれば九人。しかし、そこには十人めがいた。
神の御使いと呼ばれる天使のような姿をしているが、全身から迸る禍々しい魔法力がすべてを物語っている。
魔王の眷属――上級魔人族である。
「リンゼ……行くぞ」
シュミテッドがつぶやくなり、リンゼは腹の底から雄叫びを上げた。
刹那、六枚の翼を折り畳んだリンゼは、隣にいたシュミテッドと一緒に真下に見える広場に向かって一気に急降下した。
上空に静止していた二つの光は、文字通り光速の勢いで広場に激突した。
その衝撃により広場全体が激しく揺れ、衝撃波と爆風が巻き起こる。砂埃が霧のように辺りを覆いつくし、一時的に視覚を麻痺させた。
やがて広場に充満した砂煙が晴れていくと、シュミテッドは地面に堂々と立っていた。翼竜と化したリンゼとともに。
「これはこれは、珍しい登場をするお客さんだ」
自前のハンカチを振って砂煙を晴らしていくロジャーは、青白い燐光に包まれているシュミテッドと翼竜と化したリンゼを見ても動揺しなかった。
「留置場で合ったときにはまさかと思いましたが、精霊魔法を使えるということはそうなのですね」
ロジャーがハンカチを胸ポケットに戻すと、護衛の兵士二人はすかさず銃を構えながらロジャーの前に躍り出た。
シュミテッドは二人の兵士の後方にいるロジャーを見た。
「留置場で見たときは魔法力を感じなかった。お前はいったい?」
ロジャーは右手首をシュミテッドに見えるように掲げた。ロジャーの右手首には翼蛇が巻きついている。
「これは〈メビウスの魔蛇〉と呼ばれる魔族と契約を結んだ者の証です。それだけではありません。これには魔法力を生命力に見せかける能力が備わっている。その証拠に、留置場では感知できなかったでしょう」
ロジャーの言うとおりであった。
留置場でロジャーを見たときには、とくに魔法力の気配は感じ取れなかった。だが今は違う。手首から漏れている禍々しい魔法力は、徐々にロジャーに浸透している。
「まさかお前たち〈蛇龍十字団〉が軍の中枢にも潜り込んでいるとはな」
会話を続けながら、シュミテッドは右手の掌に魔法力を集中させていく。
「軍だけではありません。私たちはこの世界のあらゆる分野に根を生やしている。だからこそあの〈魔術師狩り〉を生き残ることが出来た。そう、すべては魔王復活のために」
ロジャーがパチンと指を鳴らすと、護衛の兵士たちはシュミテッドとリンゼめがけて銃を乱射した。
フルオート射撃されたサブマシンガンはすぐに弾切れになった。護衛の兵士たちは切れた弾倉を再装填させようとしたが、目標の状態を見て唖然となった。
サブマシンガンで狙い撃ちされたシュミテッドとリンゼは無傷であった。
二人の前にはすでに防御結界が張られ、何百発のもの銃弾の雨をすべて弾き返していたのである。その証拠に、地面にはまだ熱を帯びている何百発もの薬莢が散らばっていた。
護衛の兵士たちは散らばった薬莢を見て我に返ったのか、ポケットに手を突っ込み予備の弾倉を取り出そうとした。
「虚空閃爆!」
シュミテッドは右手を大きく振り払った。
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これは魔法というものが絶対的な価値を持つ理不尽な世界で、士道を歩んだ者達の物語であり、その中でもアランという男の生き様に主眼を置いた大器晩成なる物語である。(他サイトとの重複投稿です。また、画像は全て配布サイトの規約に従って使用しています)
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
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