【完結】その複製人間、史上最強につき ~世界を救った大魔法使いの複製人間の俺、使い魔のツンツン美人メイドと訳あってハードライフしている~

岡崎 剛柔

文字の大きさ
上 下
13 / 29

第12話

しおりを挟む
 とんとんとん、と軽快なリズムを奏でる音が台所に響いていた。

 まな板の上に乗せられていた山菜をザク切りにしていくと、イエラはぐつぐつと煮だった大鍋の中に次々と山菜を放り込んでいく。 

 その間に残りの山菜と旬の野菜を合わせたサラダを作る。隠し味はもちろん森の中で見つけた香草である。軽く直火であぶると、台所には心を落ち着かせるような清々しい匂いが立ち込め始めた。

「うん、今日もバッチリ」

 付け合せのサラダを味見したイエラは、満面の笑みを浮かべた。

 サラダは水で洗った山菜と野菜を合わせただけの簡単な料理だったが、やはり隠し味である香草を使うと一味も二味も違う。味に深みと香りが出るのである。

 そうしている間にも、大鍋に入れた山菜が十分にしんなりとしてきた。その山菜をザルに取って水気を切ると、熱していたフライパンに油を引いて山菜を炒めていく。

 しばらくすると、すべての料理が完成した。

「よし、完成だ」

 それぞれの皿に盛り付けた山菜料理の数々に、イエラは大満足だった。これで昼食の完成である。自分が作った料理ながらとても美味そうだ。

 イエラが日課である山菜取りから帰ってきて、実に数時間あまりが経過していた。

 ミゼオンから目的の森まではけっこうな距離があるのだが、イエラは特に気にしていない。よい運動にもなるし、母親の太陽のような笑顔が見られるなら、たとえ千里の道も何のそのである。

「母さん、出来たよ」

 イエラは料理が盛りつけられている皿をリビングのテーブルに運ぶと、寝室から母親のサブリナがショールを羽織ながら出てきた。

「ごめんね、イエラ。いつもあなたに迷惑ばかりかけて」

 子供に家事全般を任せてしまっていることが申し訳なさそうに、サブリナはゆっくりとテーブルの席に座った。

「何言ってんの母さん。これぐらい何でもないよ。それよりも冷めないうちに食べてみてよ」

 かけていたエプロンを外したイエラは、料理のために肘まで捲くっていた袖を直すと、自分の席に腰を下ろした。

 どこの家庭にも見られる穏やかな昼食の風景がそこにはあった。

 向かい合って座る母娘の目の前には、湯気が立ち昇る六品の料理が並んでいる。

「いただきます」

 イエラとサブリナは目の前にある料理を口に運んでいく。その中で、イエラはサブリナがサラダを口に運ぶ姿をじっと見つめた。

 森の奥で幸運にも手に入れた香草を使った自信作である。先ほど味は確認したが、やはり緊張する。病人の母親には味付けが濃すぎなかっただろうか。

 サブリナは口に含んだサラダをよく咀嚼すると、イエラに向かって微笑んだ。

「美味しい」

 その一言で今日の成果が十分に実ったと感じた。やはり、あの時に勇気を出して森の中に入ってよかったと思う。

 その時、ふとイエラは思い出した。隣の席に顔を向けると、普段は父親が座る席には食材を入れるための木の籠が乗せられていた。

 料理を作ることに夢中になって忘れていたが、木の籠の中には不思議な石が生まれたばかりの小鳥のように寝かされていた。

「そうだ。母さん、これ見てよ。ほら」

 木の籠に入っていた不思議な石を摑んだイエラは、テーブルの上にちょこんとその石を置いた。

 食べることを一時中断したサブリナは、テーブルの上に置かれた石を見つめた。

「イエラ、これは何?」

「さあ、わかんない」

 きょとんとするサブリナに、イエラは首を傾げて見せた。

 何かと聞かれても持ち帰った本人すらわからない。ただ、不思議な物体だから持ち帰ったとしか言えなかった。

 サブリナはその不思議な石を手に取った。

 ころころと手の平の上で転がしてみせる。

「これはどこで手に入れたの?」

 不思議な石の発見場所をサブリナが問うと、イエラは普通に「森」と答えた。

 実際、森で拾ったのだから嘘はついていない。

 しかしイエラが香草と不思議な石を手に入れた森の奥は、古くから立ち入りを禁止されている場所であった。そんなところに、自分のために食材を求めて足を踏み入れたなどとサブリナが知ったら、気分を害してしまうかもしれない。

 だからこそイエラは詳しく話すことは止めた。よく考えれば、特に口に出して言うことでもない。黙っていれば誰にも気づかれないことである。

 それに、これは目の錯覚だろうか。

 不思議な石を手に取っている母親の顔色が、どんどん健康な色を取り戻していくように感じられた。肌つやも見るからによくなり、咳きもしていない。

 この不思議な石には人間の体調を良くする効果でもあるのだろうか。そんなことを一瞬考えたイエラだったが、すぐに頭の中で首を左右に振った。

 もし手に取っただけで体調が回復する物があるのなら、この世には医療よりも魔法が横行しているだろう。

 昨日の晩――一日だけの居候であったシュミテッドに魔法は存在すると豪語したイエラだったが、正直に言うと半信半疑だった。

 もし魔法なんて便利なものがあるのなら、母親の病気なんてすぐに治るはずである。それに、魔術読本禁止撤廃令という連合政府軍から配布された勧告命令のせいもあった。

 設立の経緯はよく知らないが、魔術や呪術に関する書物の読本や、それに書かれている魔術の方法を実践した人間は問答無用で処罰するという、現在では信じられない内容であったらしい。そのせいで、この世に魔法を実践できる人間がいなくなったとも聞いたことがある。

 しかしそれは何百年も昔のことで、今はどちらかというと印刷技術が向上したことにより魔法に関する書物は増えているような気がする。

 だがそれも小説や子供の絵本に出てくる程度で、本格的な魔術書の類は書店では見かけない。おそらく、もうそんな本を購入することはできないだろう。

 それは、ミゼオンの隣の国にあるミシュラと呼ばれる街が明確に示していた。

 ミシュラにはミゼオンのオークション市と同様に、人々の活気を集めている古本市と呼ばれる催しが開かれていた。ジャンルを問わず、様々な国で出版された本が街を埋め尽くすのである。まさに、本好きには聖地と呼べる街であった。

 そのミシュラに父親が仕事で出向くことになった際、イエラは便乗してついていったことがあった。

 目的は本格的な魔術に関する事柄が記載されている本の獲得である。

 もし魔術読本禁止撤廃令を潜り抜けた貴重な魔術書が今でも現存しているのならば、このミシュラをおいて他にはなかった。逆にそのミシュラで見つからないのならば、この世には現存していないという事実にも繋がる。

 だからこそイエラは無理やりにでも父親についていった。自分が欲しい魔術に関する本が有るにせよ無いにせよ、自分の目で確かめなければ気が収まらない。

 イエラは半日をかけて広大な敷地を誇る古本市を見て回った。

 しかし、世界で一番本が集まると呼ばれるミシュラの表通りの本屋でも、滅多に手に入れられない貴重な本が手に入ると言われていた裏通りの本屋でも、本格的な魔術に関する本は見つからなかった。

 結局、少なからず懸けていた期待は大きく裏切られたのである。

 そしてトボトボと裏通りを歩いていたところで、イエラは一人の老人と出会った。

 出会ったといっても、その老人は病気を患っていたらしく、心臓の箇所を押さえながら油汗を垂らしてうずくまっていた。

 イエラはすぐに老人の元へ駆けつけた。

 老人は頭まですっぽりと包む漆黒の布服で全身を包んでおり、誰が見ても風変わりな姿をしていることは一目瞭然であった。

  だがイエラが声をかけるのに、そんなことは何の関係もない。困っている人が目の前にいるのなら助ける。それがイエラであった。

「大丈夫ですか?」

 月並みな言葉だったが、初対面の人間に声をかけるときには有効な言葉であった。
 続いて病院まで付き添いましょうかと言ったイエラに、老人は首を振って拒否すると、懐から小瓶を取り出した。

 小瓶の中には錠剤がじゃらじゃらと音を立てて納まっていた。

 老人はその何粒かの錠剤を手の平に移すと、一気に胃の奥に流し込んだ。すると、冷や汗で覆われていた老人の顔からは見る見るうちに生気が蘇ってきた。すごい効き目の薬であった。

 元気を取り戻した老人はその場に立ち上がると、何もしていないイエラに一冊の本を差し出した。イエラは最初のほうこそ気づかなかったが、老人の傍には何冊かの古書が散らばっていた。その中の一冊を、老人はイエラに差し出したのである。

 本当に何もしていないイエラは、最初のほうこそ必死に本の受け取りを断ったが、老人はそれでも受け取って欲しかったらしく、執拗にイエラに本を差し出した。

 ついに老人の熱意に負けたのか、イエラは渋々その本を受け取ることにした。

 そしてその本を手に取った瞬間、イエラは全身の産毛が総毛立った。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

迷宮に捨てられた俺、魔導ガチャを駆使して世界最強の大賢者へと至る〜

サイダーボウイ
ファンタジー
アスター王国ハワード伯爵家の次男ルイス・ハワードは、10歳の【魔力固定の儀】において魔法適性ゼロを言い渡され、実家を追放されてしまう。 父親の命令により、生還率が恐ろしく低い迷宮へと廃棄されたルイスは、そこで魔獣に襲われて絶体絶命のピンチに陥る。 そんなルイスの危機を救ってくれたのが、400年の時を生きる魔女エメラルドであった。 彼女が操るのは、ルイスがこれまでに目にしたことのない未発見の魔法。 その煌めく魔法の数々を目撃したルイスは、深い感動を覚える。 「今の自分が悔しいなら、生まれ変わるしかないよ」 そう告げるエメラルドのもとで、ルイスは努力によって人生を劇的に変化させていくことになる。 これは、未発見魔法の列挙に挑んだ少年が、仲間たちとの出会いを通じて成長し、やがて世界の命運を動かす最強の大賢者へと至る物語である。

ブラックギルドマスターへ、社畜以下の道具として扱ってくれてあざーす!お陰で転職した俺は初日にSランクハンターに成り上がりました!

仁徳
ファンタジー
あらすじ リュシアン・プライムはブラックハンターギルドの一員だった。 彼はギルドマスターやギルド仲間から、常人ではこなせない量の依頼を押し付けられていたが、夜遅くまで働くことで全ての依頼を一日で終わらせていた。 ある日、リュシアンは仲間の罠に嵌められ、依頼を終わらせることができなかった。その一度の失敗をきっかけに、ギルドマスターから無能ハンターの烙印を押され、クビになる。 途方に暮れていると、モンスターに襲われている女性を彼は見つけてしまう。 ハンターとして襲われている人を見過ごせないリュシアンは、モンスターから女性を守った。 彼は助けた女性が、隣町にあるハンターギルドのギルドマスターであることを知る。 リュシアンの才能に目をつけたギルドマスターは、彼をスカウトした。 一方ブラックギルドでは、リュシアンがいないことで依頼達成の効率が悪くなり、依頼は溜まっていく一方だった。ついにブラックギルドは町の住民たちからのクレームなどが殺到して町民たちから見放されることになる。 そんな彼らに反してリュシアンは新しい職場、新しい仲間と出会い、ブッラックギルドの経験を活かして最速でギルドランキング一位を獲得し、ギルドマスターや町の住民たちから一目置かれるようになった。 これはブラックな環境で働いていた主人公が一人の女性を助けたことがきっかけで人生が一変し、ホワイトなギルド環境で最強、無双、ときどきスローライフをしていく物語!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

弟に裏切られ、王女に婚約破棄され、父に追放され、親友に殺されかけたけど、大賢者スキルと幼馴染のお陰で幸せ。

克全
ファンタジー
「アルファポリス」「カクヨム」「ノベルバ」に同時投稿しています。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第三章フェレスト王国エルフ編

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

ダンジョンの隠し部屋に閉じ込められた下級冒険者はゾンビになって生き返る⁉︎

もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
 Bランクダンジョンがある町に住む主人公のカナンは、茶色い髪の二十歳の男冒険者だ。地属性の魔法を使い、剣でモンスターと戦う。冒険者になって二年の月日が過ぎたが、階級はA〜Fまである階級の中で、下から二番目のEランクだ。  カナンにはAランク冒険者の姉がいて、姉から貰った剣と冒険者手帳の知識を他の冒険者達に自慢していた。当然、姉の七光りで口だけのカナンは、冒険者達に徐々に嫌われるようになった。そして、一年半をかけて完全孤立状態を完成させた。  それから約半年後のある日、別の町にいる姉から孤児の少女を引き取って欲しいと手紙が送られてきた。その時のカナンはダンジョンにも入らずに、自宅に引きこもっていた。当然、やって来た少女を家から追い出すと決めた。  けれども、やって来た少女に冒険者の才能を見つけると、カナンはダンジョンに行く事を決意した。少女に短剣を持たせると、地下一階から再スタートを始めた。

処理中です...