上 下
33 / 37

第三十三話   衆目の中で

しおりを挟む
「本当に間違いありませんか?」

 カルマが再度確認を取ると、パーカスは何度も首を縦に振った。

「はい、間違いありません。この二人は遺跡内で先代女王陛下を斬り殺したばかりか、返す剣で同行していた騎士様も躊躇なく殺しました。私は恐ろしくなって無我夢中で逃げ出しましたが、あの場所に留まっていたら間違いなく殺されていたでしょう」

 カルマはパーカスの証言に納得したのか、「ご苦労様でした」と早々にパーカスを玉座の間から退室させてしまった。

「さて、何か言い訳があるのならば聞きましょう。本来ならば盗賊団を退治してくれたことに深く感謝し、それ相応の褒美を与えたいところなのですが、一国の女王を手にかけた罪はあまりにも大きい。それに未来ある女性騎士も殺害されたとなると情状酌量の余地はありません」

 顔を上げたオリエンタは広げた扇で口元を隠していたが、その扇の中では口を歪に曲げて笑っていることは一目瞭然であった。

 四狼は逃げるように退室していったパーカスを横目で見ていて、おそらくそうではないかと睨んでいた。

 パーカスはただの道案内役ではなく、このときのために雇われた偽りの証言者であったのだろう。

 しかし、その程度で屈するほどこちらの仕込みは甘くない。

「何か言い訳はあるのかと聞いたな? じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうか」

 四狼は不適な笑みを浮かべると、パチンと指を鳴らした。

 オリエンタを始め、二人を包囲している騎士団たちは見るからに動揺し始めた。

 四狼の後方に佇んでいた金剛丸がぐるりと背中を見せると、背中に担いでいた木の箱を床に降ろしたのである。

 だがその程度のことならば、どんな危機的状況にも迅速に対応できるように訓練されている騎士団たちが動揺するはずがない。

「そ、そんな……馬鹿な……」

 オリエンタは驚愕の色を浮かべながら立ち上がった。手にしていた扇が絨毯に落ちる。

 その場にいた人間たちは信じられなかっただろう。

 金剛丸が担いでいた木の箱が左右に開き、中から一人の女性が姿を現したのだ。

 しかもその女性は豪奢ではないが気品が漂う朱色のドレスを纏っており、極めつけは髪の毛が白銀色だったのである。

 白銀色の髪の毛。

 それはバルセロナ公国を統べる王族の証であり、今はもうセシリアとオリエンタ以外に持ち主はいないと思われていた。

 唯一、生存が不明だった王位継承権第二位の資格を持っていたオルセイアを除いては――。
「オ、オルセイア様!」

 周囲に波紋のようにさわめきが広がったとき、高らかに声を上げた人物がいた。

 宰相のマルコシアスであった。

 ただし他の人物たちが口にした名前は違った。

 特に近衛騎士団の人間たちは、皆、口を揃えて「オリビアだ」と狼狽している。

「そんな馬鹿な! 確かに報告ではオルセイアは谷底に落ちて死んだはず――」

 その瞬間、オリエンタはしまった、という顔つきになり口元を押さえた。

 だが、すでにあとの祭りであった。

 控えていた大臣や諸侯たちは一斉にオリエンタに注目する。

 四狼はオリエンタの狼狽振りを見てニヤリと笑った。

 あのとき、四狼は断崖絶壁の上からショットガンを使ってオリビアを谷底に落とした。

 そしてもしあの現場に第三者がいたとしたら、確実にオリビアは奈落の底へ落ちて即死したと思っただろう。

 しかし、すべては四狼の作戦であった。

 オリビアは確かに谷底へ落ちたが、実はすでに谷底には金剛丸が待機しており、オリビアをしっかりと受け止めていた。

 金剛丸の両手は特殊合金の上から衝撃を吸収・拡散する特殊ゴム製で、人間一人ぐらいならば無傷で受け止めることができたのである。

 それにオリビアは、ショットガンで腹部を撃たれたのに傷一つ負ってはいなかった。

 当然であった。

 四狼がオリビアを撃ったときに使ったのはゴム弾であり、オリビアは四狼が貸した防弾チョッキを着ていたのである。

「まさか、俺がアンタのちゃちな思惑に気づかないとでも思っていたのか?」

 四狼はオリエンタに向かってそう言い捨てた。

 四狼は気づいていた。

 現場の近くにあった茂みの中で、息を殺しながらじっと監視していた人間たちの存在に。

 そして四狼はそんな人間たちに心当たりがあった。

 オリエンタに仕事を依頼された折、民家の屋根に潜んでいた連中と同じ気配であった。

 それから四狼は金剛丸と合流すると、大急ぎで行動に移った。

 研究所内で見つけたトランクケースを前もって拾っていた四狼は、そのトランクケースに気絶していたオリビアを押入れてアッシリアに舞い戻った。

 アッシリアに戻った四狼は、宿屋で意識を取り戻したオリビアに事情をすべて白状し、今後の作戦について説明した。

 今後の作戦――それは間違いなく城に呼ばれることを逆手に取り、死んだと思っているオリビアをオルセイア王女として皆の前に登場させること。

 オリビアは最初こそ迷っていたが、これが一番重要なことだった。

 これぐらいはしないと、今回の騒動を立案した人間たちの正体を確実に暴けなかったからだ。

 かくして作戦は成功した。

 宿屋の一階部分がドレスも扱っている衣装屋だったということもすべて含めてである。

「オリエンタ様……今の発言はどういうことでしょうか? 私の耳が確かならば、オリエンタ様はオリビアの……いえ、オルセイア様の生存を事前に知っていたかのような発言に聞こえましたが」

 そう強い口調で言ったのはマルコシアスであった。

 そして他の大臣や諸侯も同意見だったらしく、怪訝そうな表情でオリエンタの次の言葉を待っている。

 返答に困っていたオリエンタを見据えながら、四狼はそっとオリビアに近づいていく。

「どうだ? 王女として衆目の中に顔を出した気分は?」

 ふふふ、と含み笑いをした四狼に対して、オリビアは気恥ずかしそうに言い返した。

「馬鹿が! これでお前の言うことが嘘だったら本当に冗談では済まされないぞ」

「心配するな。十中八九当たりだ」

 周囲が微妙に混乱している最中、四狼は外套の中からショットガンを取り出した。

 右手でしっかりと握り、天井に突き刺すように真上に掲げる。

 その行為を見た周囲の人間たちはただ呆然としていたが、ただ一人オリビアだけは違った。

 両耳を塞いで四狼から颯爽と離れる。

 次の瞬間、玉座の間に甲高い銃声が響き渡った。

 天井の一角が激しく穿たれ、その衝撃で硝子窓が風もないのにガタガタと揺れ動く。

 玉座の間に広がっていたざわめきが一瞬で静まった。

 無理もない。

 ショットガンの銃声は拳銃の銃声とは比較にならないほど大きい。

 それこそショットガンという武器の特性を知らない者は、近くに稲妻が落ちたと錯覚してしまうほどだろう。

 現に周囲の人間たちは悲鳴を上げながら床に伏せっていた。

 これが銃器の存在を知らない人間の当然の行動なのである。

 しかし、その中でたった一人だけ床に伏せっていない人間がいた。

 四狼はその人物に向かってショットガンの銃口を突きつけた。

「お前だな……いい加減に正体を現せ、〈亜生物〉!」

 勢いよく突きつけられた銃口の先には、中腰の姿勢で身構えていたカルマがいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

S級冒険者の子どもが進む道

干支猫
ファンタジー
【12/26完結】 とある小さな村、元冒険者の両親の下に生まれた子、ヨハン。 父親譲りの剣の才能に母親譲りの魔法の才能は両親の想定の遥か上をいく。 そうして王都の冒険者学校に入学を決め、出会った仲間と様々な学生生活を送っていった。 その中で魔族の存在にエルフの歴史を知る。そして魔王の復活を聞いた。 魔王とはいったい? ※感想に盛大なネタバレがあるので閲覧の際はご注意ください。

心の癒し手メイブ

ユズキ
ファンタジー
ある日、お使い帰りのメイブは、”癒しの魔女”が住む『癒しの森』の奥で運命の出会いを果たす。倒れていたのは、平和を象徴する東の大国メルボーン王国の近衛騎士、レオンだった。彼が抱える使命とは、”曲解の魔女”によって突如もたらされたチェルシー王女を苦しめる『魔女の呪い』を解くこと――ただそれのみ。 “癒しの魔女”ロッティと、その使い魔であるヒヨコのメイブは、彼の願いに共感し、勇敢なる冒険へと旅立つ。 魔女の使う禁忌『魔女の呪い』は、生命力を吸い取り苦しみを与え死に至らしめる強力なもの。唯一解呪することができるロッティの魔法効力を底上げ出来る『フェニックスの羽根』を求め、使い魔メイブ、”癒しの魔女”ロッティ、”霊剣の魔女”モンクリーフ、近衛騎士団長レオン、騎士フィンリーは旅に出る。 世界の南ルーチェ地方に位置する『癒しの森』を拠点に、数々の困難な試練と不思議な出会い、魔女や人々、そして仲間たちとの織りなす絆を描くこの物語は、信じる心と愛情の物語でもある。 怒り心頭の”曲解の魔女”が語った愛するペットが被った悪戯の真相、人語が話せないことで苦悩するメイブ、心に秘めた思いと使命の板挟みに葛藤するロッティ、自分の行動に対し無責任だったモンクリーフの心の成長、人間でありながらメイブの言葉が判ってしまうフィンリーの秘密とメイブへの恋、忠誠心故に焦るレオンの誠実な想い。ロッティとレオン、メイブとフィンリーの異種族間の恋愛模様や、みんなの心の成長を経て王女の解呪に挑むとき、ロッティとメイブに立ち塞がる最後の試練は!? きらめく冒険と温もりに満ちたファンタジーが、今ここに始まる。 中世欧州風の、人間と魔女が共存する世界アルスキールスキンを舞台に、小さなヒヨコの使い魔メイブと、魔女や人間たちとのほのぼの王道ハートウォーミング冒険ファンタジー。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

最強の魔王が異世界に転移したので冒険者ギルドに所属してみました。

羽海汐遠
ファンタジー
 最強の魔王ソフィが支配するアレルバレルの地。  彼はこの地で数千年に渡り統治を続けてきたが、圧政だと言い張る勇者マリスたちが立ち上がり、魔王城に攻め込んでくる。  残すは魔王ソフィのみとなった事で勇者たちは勝利を確信するが、肝心の魔王ソフィに全く歯が立たず、片手であっさりと勇者たちはやられてしまう。そんな中で勇者パーティの一人、賢者リルトマーカが取り出したマジックアイテムで、一度だけ奇跡を起こすと言われる『根源の玉』を使われて、魔王ソフィは異世界へと飛ばされてしまうのだった。  最強の魔王は新たな世界に降り立ち、冒険者ギルドに所属する。  そして最強の魔王は、この新たな世界でかつて諦めた願いを再び抱き始める。  彼の願いとはソフィ自身に敗北を与えられる程の強さを持つ至高の存在と出会い、そして全力で戦った上で可能であれば、その至高の相手に完膚なきまでに叩き潰された後に敵わないと思わせて欲しいという願いである。  人間を愛する優しき魔王は、その強さ故に孤独を感じる。  彼の願望である至高の存在に、果たして巡り合うことが出来るのだろうか。  『カクヨム』  2021.3『第六回カクヨムコンテスト』最終選考作品。  2024.3『MFブックス10周年記念小説コンテスト』最終選考作品。  『小説家になろう』  2024.9『累計PV1800万回』達成作品。  ※出来るだけ、毎日投稿を心掛けています。  小説家になろう様 https://ncode.syosetu.com/n4450fx/   カクヨム様 https://kakuyomu.jp/works/1177354054896551796  ノベルバ様 https://novelba.com/indies/works/932709  ノベルアッププラス様 https://novelup.plus/story/998963655

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

処理中です...